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夜さ来い  作者: 真砂絹
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第7話 花見と先生

「イイー!こっちだよ。早く早く!」


 朝丘が階段をすごい勢いで上っていく。


 幅が広くて歩きずらい階段だというのになんであんなに軽々と上れるんだ。一段一段ゆっくりと踏みしめながら俺は深くため息をつく。



 入学してから初めての週末。高知城の桜は徐々に散り始めていた。上を向くと天守閣てんしゅかくと大量の花びらが目に映る。


 今日、俺達は花見をしに来ていた。



 少し目線を落とすと目の前に長い階段が立ちはだかっているのが見える。


 高知城の階段は本当に上りづらくて疲れるな。俺は中腹の広場に向けて再び歩みを進め始めた。



「イイ君!こっちこっち!」



 俺が広場に着くと先生の声が聞こえた。一番立派な桜の下で先生と朝丘はすでに花見を始めているようだった。



「すいません。階段上るのにすごい時間かかっちゃって……」


「まったくイイは男子なのに全然体力無いね。」



 お前が疲れてないのは買い出しの荷物を一つも持ってこなかったからだろ。俺は大量の食料が入ったレジ袋を置きながら朝丘をにらみつける。



「先輩はまだ来てないんですか?」


春日はるひちゃんなら桜の写真を撮りに行くって行っちゃったわよ。あの子、お花が大好きだから。」



 俺が持ってきた食料を取り出しながら先生が答える。


 周りを見渡すと先輩が遠くで桜の枝にスマートフォンを向けているのが目に見えた。俺は小走りで先輩のもとへ向かう。



「先輩。全員揃ったのでそろそろ戻ってきてください。」


「ありがとう。飯島君。すぐに戻るね。」



 先輩は桜の写真に目を落としながら柔らかな表情をしていたが、先生たちのビニールシートに着くころにはその表情は覚悟と責任感の詰まったような凛々《りり》しいものになった。



「では、よさこい部の新歓花見会しんかんはなみかいを始めましょう!」



 よさこい部の体験の翌日、俺と朝丘は正式に入部を申し込んだ。今日はよさこい部初の新入部員を歓迎する花見会というわけだ。




「よさこい部の創設を祝して、かんぱーい!」



 みんなで楽しく祝宴を始める。しかし、先輩はまだ硬い表情のままだった。



「霞先輩。浮かない表情してますけどどうしたんですか?何かあったんですか?」



 朝丘も疑問に思ったのか先輩に問いかける。先輩は目を閉じ深呼吸をしてから、



「入部早々に悪いけど、二人に頼みたいことがあるの。聞いてもらってもいい?」


「はい!何ですか?」



 俺と朝丘は集中して先輩を見つめる。


「実はまだこのよさこい部は正式な『部活』ではないの。」


 先輩はゆっくりと話し始める。



「部活動として認定されるためには最低でも5人、部員がいる必要があって、朱雀門すざくもん高校で新設された部活動は新設されてから1か月以内に部員が集まらなければ活動することができなくなってしまうの。」


「じゃあ5月までに部員をあと2人集めないとよさこい部は活動できないってと何ですか⁉」



 朝丘の質問に先輩は静かにうなずく。


「だから2人にも部員を集めるのを協力してほしいの。私だけだとなかなか入部してくれそうにないから……」


 先輩は寂しそうに目を落とす。こんな元気のない人を放っておけるはずがない。

 俺と朝丘はお互いの顔を見てうなずき合う。


「分かりました。俺たちは何をすればいいんですか?先輩と一緒にビラ配りをするとか?」


「……確かにビラ配りをしてくれるのはありがたいけど、それだけじゃ新入部員は集まりそうじゃないわ。」


「じゃあいったい何をすればいいんですか?」


 俺が先輩に問いかけるのを見て、先生はバックから1枚の紙を取り出す。


「4月の下旬に部活動合同発表会っていうのがあるわ。簡単に言うと新入生にアピールする最後のチャンスってことね。」



 先生はスナック菓子を頬張ほおばりながらなぜか楽しそうに説明する。対照たいしょう的に深刻そうな先輩は続けて、



「だから2人もよさこい部として発表会に出て欲しいの。みんなでよさこいの魅力を伝えることができれば必ず新入生が入りたいと思うはずだから……。」


「分かりました。私たちも発表会に出ます!一緒に頑張りましょう、かすみ先輩!」


「ありがとう、朝丘さん。最初からこんなわがままでごめんなさい……」


「何を言ってるんですか!部活動の後輩として先輩についていくのは当然のことです!」


 熱く手を取り合う二人。理想的な先輩と後輩の関係をうらやましく思いながら黙って見ていると先生が横に腰かけてきた。



「二人共、楽しそうだね。イイ君は一緒に喋らないでいいの?」


「俺が行くと変な空気になるじゃないですか。だから、ここで静かにしてます。」


「ふーん。部員全員で盛り上がるのも面白いと思うんだけどねえ。」



 先生は退屈そうにチョコ菓子に手を伸ばす。俺は何にも考えていないような表情をしつつ、ぼんやりと目の前を眺め始めた。



「ねえ、イイ君は春日ちゃんのこと好き?」


「な、なにを言ってるんですか⁉」



 途端とたんに顔が赤くなる。話の転換が急すぎやしないか。



「違う違う。後輩から見て春日ちゃんはどう見えてるのかなと思っただけよ。」



 先生は血相を変えて立ち上がる俺をなだめる。俺は重力に引き戻されるように勢いよく座ってチョコ菓子を受け取った。



「先輩はすごくいい人だと思いますよ。僕たちにも優しいし、よさこいも全力でやってるように見えます。まあ、まだ入部したばかりなんでよく分かってないですけど。」


「そっか。あの霞がね……。」


 先生は先輩を見ながら感傷かんしょうひたっているようだった。



「…………。」



「イイ君。やっぱり春日ちゃん達としっかり話しなさい!これからよさこい部で一緒に頑張っていかないといけないんだから!」


 先生が急に押し出したせいで俺はビニールシートの上で盛大せいだいに倒れてしまった。


「飯島君!大丈夫⁉」


「もう!イイ、何してるの?」



 いきなりビニールシート上を荒らす俺に二人はすぐさま反応する。


「すいません。ちょっとバランス崩しちゃって……」


「飯島君。とりあえず、ビニールシートの上を整理しましょう。」


「全くもう……、本当にイイはドジなんだから……。」


 三人で散らかったお菓子や飲み物を片付け始める。後ろからはかすかに先生の笑い声がした。


 

 

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