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夜さ来い  作者: 真砂絹
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第6話 入部

俺の声の後、数秒は沈黙が続いた。先輩は驚いたのか、俺に引いてしまったかは分からないが、何かしらの衝撃は受けているらしかった。


「よさこい部に入ってくれるの?」

「はい!お願いします!」


 先輩は部室の鍵を両手で握りしめ、唇を固く結んだ。また緊張と沈黙が続くかと思ったが、先輩は俺に向かって走ってきた。突然の動きに俺の目は先輩を上手くとらえることができない。先輩は今どこにいるのか。その答えは先輩の温もりを肌で感じるまで分からなかった。


「ありがとう……。本当に、本当に……。」


 消え入りそうな弱々しい声でささやきながら先輩は両手で俺を抱きしめていた。いったい今なにが起きてるんだ。現状を整理するだけで脳内はオーバーフローする。先輩は俺を、こんな俺を受け入れてくれた。それが分かっただけで一気に全身の力が抜けた。



 遠くから下校のチャイムの音がする。



「ごめんね、飯島君。本当に、本当にうれしかったから……。」


 再び俺の視界に先輩が現れる。先輩は泣いていた。

 先輩の涙は美しさとともに儚さを感じさせる。俺がやったことは少なくとも二人の想いを揺さぶるほどに影響力があったのだと初めて実感した。


 袖で涙を拭きとると、先輩は元の先輩になっていた。

 

「飯島君。これからよろしくね。楽しみにして待ってるから。」

 

 先輩は、手を振りながらもどんどんスピードを上げて去っていく。希望に満ちた綺麗な表情。俺はまたあの表情を見ることができたんだ。膝から崩れ落ちながらも俺は自分の中で喜びを噛み締める。廊下にかすかに響く音も徐々に小さくなっていく。チャイムが終わると、廊下には何の音も残ってはいなかった。







「ねえ、イイ。なんでさっきよさこい部に入部するって決めたの?もう少し考えてからでも良かったんじゃない?」


 朝丘は俺の後ろを遠慮気味についてくる。いきなり衝撃的な場面を目撃した朝丘からすれば自然な反応だろう。今更、朝丘の前で入部を申し込んだことを後悔し始める。俺は階段を下りる速度を少し上げた。


「すぐに入部しないといけないって思ったんだ。理由は分からないけど直感的によさこい部に居たいって思ったっていうか……。」


 ああ、早くこの場から離れたい。俺は階段の踊り場にたどり着くまでに朝丘の顔を見ることができなかった。


「そっか……。イイは自分がやりたいと思えることを見つけたんだね。私またイイにおいて行かれちゃった気分だよ……。」


 朝丘らしからぬ小さな声。振り返ると朝丘が階段状で立ち止まっている姿が見えた。


「朝丘はやりたいこととかは見つかってないのか?」


「……見つからないというか見つけようとしてないのかもしれない。自分の気持ちに正直になれないの。ねえ、私はどうしたらいいと思う?」


 照明もついていない放課後の階段で朝丘の表情は見ることができなかったが、俺に尋ねる声から助けを求めていることは理解できた。俺は朝丘の唐突な質問に素直に答えるしかなかった。


「無理に正直になる必要もないんじゃないか。自分の気持ちなんて自分次第でなんとでもなるし、他人に決められて始めたことでもやりたいことになる可能性もあるだろ?」


「そっか、イイはやっぱりすごいね。何にも決められない私にもこんなに優しくしてくれる。今でも、たぶんこれからも……。」


 俺は朝丘の言おうとする意味を理解することはできなかった。だがそれを質問することはできない。朝丘の振り絞るように出された言葉に耳を傾けることしかできないと本能的に感じるほど放課後の階段は重く冷たい空気に飲み込まれていた。


「ねえ、イイ。私、決めた。」


 決心を告白する朝丘の声は昨日よりも震え、かすかなものだった。朝丘も今の自分を変えようとしている。俺は朝丘が次の言葉を発するまで息をのみながらも沈黙を貫く。


「私もよさこい部に入る。まだ自分が何がしたいかは分からないけど……、私、よさこい部に入れば何かが変わる気がするの。イイ、こんな理由で入部してもいいのかな?」


 俺も今日自分自身を変えようと決断をした。その決断が自分にとって良いのか悪いのかは分からない。ただ本当に自分を変えるには答えを出すべきだ。朝丘と俺の迷いを断ち切る一つの答え。俺は朝丘に照準を定めた後、もう一度深く息を吸った。


「ああ……、むしろ理由としては十分すぎるくらいだ。」


 朝丘は一気に階段を駆け下りて俺の目の前に来る。周りには誰もいないのに朝丘は静かに声を出した。


「私、絶対変わるから。その時までずっと待っててよ。」


 朝丘はそう言い残すと暗闇に消えていった。俺は一人、踊り場の窓から空を見上げる。春の夜空には満月がはっきりと映し出されていた。


 これで良かったんだよな。


 初めて今日の行動をねぎらった途端、弱々しい寒さを感じる。俺は沈黙から一転して下に降りた朝丘を追いかけた。





やっと入部するところまで行きました。今後もゆっくりと更新していこうかなと思ってるので応援よろしくお願いします。

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