初デートは無言の散歩と呉服屋で
先日初めましてとお会いして、本日2回目。
何がどうしてこうなったのか、蒴夜さまよりデートのお誘いをいただきました。
そして現在私、絶賛玄関で待機しております。
わざわざお越しいただかなくとも、何処かで待ち合わせでよかったのに。
なんて考えながら大人しく待機していると、玄関の戸が開いた。
――ガラッ
「わっ!お嬢様なぜこんな所にいらっしゃるのですか!志摩は心臓が止まるかと思いました」
「ごめんなさい。でも心臓は止めないでくださいね?」
胸を抑える志摩さんに悪いことをしてしまったと、心が少し痛む。
「えっと、蒴夜さまが来られたらすぐに出れるようにと思って、その・・・」
「あらあら、お嬢様にもとうとうそのようなお相手が出来たのですね。志摩は嬉しゅうございます」
うん。
ごめん志摩さん。
そういう訳ではないの。
お待たせしてしまって、機嫌を損ねてしまわないようにってだけなの。
「お待ちかねの碓氷様が到着されましたよ」
「志摩さんそれを早く!!では、行ってまいります」
後ろで「うふふっ」と笑う声は聞かなかったことにして、急いで門へ向かった。
「・・・どうした?」
「へ?」
「何を慌てていた」
「あ、いやその・・・お待たせしてはいけないと思いまして、すみません」
流石にはしたなかったかな・・・。
しゅんっと、一人静かに反省していると、手が伸びてきた。
細く長い綺麗な手は私の髪に触れ、優しく梳く。
乱れた髪を直してくれたのだろうが、想定外の行動に戸惑った。
「慌てる必要などない。怪我でもしたらどうする」
・・・え?
蒴夜さまが優しい??
いや、それも失礼な話だけれど。
噂に聞く蒴夜さまからは、全く想像できない言動で本物か疑ってしまう。
いやでも、この不機嫌マックスですよ、と言わんとばかりの眉間の皺は限りなく蒴夜さま。
「すみません。気をつけます」
「そうしてくれ」
言葉は素っ気ないが、とても暖かい。
蒴夜さまって本当はとてもお優しい人なのでは?
ちょっと表情筋が硬いだけで。
そう思うと、近づきがたい印象は少し和らいだ。
「本日はどちらへ?」
「・・・呉服屋に付き合ってほしいのだが、良いか?」
「もちろんです」
移動中も相変わらず会話はない。
だけど、少し前を歩きながらも私の歩幅に合わせてくれる。
そんな些細な気遣いが嬉しくて、こっそりお顔を盗み見てみるがやはり無表情。
無表情でもこんなに綺麗なんて、羨ましい。
この顔面偏差値で微笑みでもしたらどうなってしまうのかしら?
一度沸いた好奇心はなかなか消えない。
どうしたら笑ってくれる?
美味しいものを食べた時?
でも、特に好きなのものないっていていたしな・・・。
美しいものを見た時とか?
それとも可愛いものを見た時??
なんて、一人あれやこれやを考えていたら、いつの間にか目的地であろう呉服屋に着いた。
「・・・こちらの呉服屋さんですか?」
てっきり蒴夜さまのお買い物かと思っていたら、着いた先は今若い女性に人気の呉服屋さん。
男性の物も置いていないわけではないが、どう見ても女性向きのお店。
「私は少し用がある。好きに見ていてくれ」
「わかりました」
奥へと行かれる後ろ姿を見送り、言われた通り商品に目を向ける。
・・・どこまでも不思議な方。
華やかな店内をウロウロとしていると、綺麗に並べられた髪飾りが目に留まった。
大胆な飾りがついた物から小ぶりな物まで、どれも魅力的な品々。
「お気に召した物はございましたか?」
「どれも素敵ですね」
声をかけてくれた店員さんは女性同士ということもあり、あれやこれやと好きなデザイン、テイストについてお話していると時間が経つのはあっという間。
奥から蒴夜さまが出て来れれるのが見えた。
「あっ、すみません。お仕事中に邪魔をしてしまって・・・」
「邪魔だなんて、まさか。お客様のお好みをいろいろお聞き出来てとても楽しいかったですよ」
「ありがとうございます。・・・また買いにきますね」
軽く頭を下げ、蒴夜さまのもとへ向かう。
「待たせたか?」
「いえ、大丈夫です。とても素敵な物ばかりで見ていてとても楽しかったです」
「・・・何か気に入った物はあったか?」
「どれも素敵で迷ってしまって」
左右に頭を振りながら答えると、ふいっと目線を反らされてしまった。
「・・・そうか」
本当は気に入ったものはあったけれど、言ってしまうと何だが催促しているようで言えなかった。
素直に答えた方が良かったかなとも思ったが、やはり催促みたいなことは出来なかった。
それからは特に会話もなく、ちょっとした散歩のように遠回りしながら家まで帰った。
「送っていただきありがとうございました」
「あぁ」
「では、また」
簡単な挨拶だけを交わし、別れた。
ただ呉服屋さんに行っただけでこれと言って何もなかったが、不思議とまた一緒にお出掛けしたいな、何て思っている私がいた。
「・・・また誘ってくれるかしら?」