常に美しくあれ
華月流
華の美しさだけでなく、生ける者さえも美しくてはならない。
花器の前に座り、華と対面したその瞬間からが作品である。
初代家元である此乃恵蒼風によって生れた華道の流派。
他の流派に比べ歴は浅いが、最大級の美しさを表現する華月流はとても気品溢れ、美しいと評判高い。
その美しい姿は貴族の女性に好まれ、華月流の名が知れ渡るのには時間がかからなかった。
だが、華月流に人気がでたのは華の美しさだけではない。
生みの親である此乃恵蒼風は、遠目からでも見惚れるほど美しかった。
決して愛想がいいわけではなかったが、華を愛で微笑むその姿はどの華にも引けを取らない買ったと聞く。
「華の美しさを生け人が邪魔をしてはならない」
蒼風は常々言っていたらしい。
今ではすっかり名家となった此乃恵家ではあるが、いまだ他の流派のなかには実力ではなく、色仕掛けを使って成り上がっただけだと言う者もいる。
だが、歴代当主は全く相手にすることがなかった。
もはや火に油を注いでいるのではないかと思うほど、華麗に聞き流してきたらしい。
そんな美しさを追求した此乃恵家の人間として、私は生まれた。
現在では門下生を多く抱え、華月流の美しさは作法、仕草と言われるようになり、女性の習い事として人気高い。
だが、家元である此乃恵家は作法、仕草が美しいだけでは許されない。
自身の美しさも求められる。
華月流の家元は美しくて当たり前。
良家の娘はある一定の習い事ができて当たり前。
文武両道の兄をもつ妹は同じように頭がよく、何でもそつなくこなして当たり前。
周りの期待から出来上がったのが今の私。
手入れされた艶のある黒髪は腰あたりで切りそろえられ、陶器のような白い肌に紅を塗らなくても色づいた唇。
見事に此乃恵家の遺伝を引き継いだ美しい顔。
華道だけでなく、茶道、お琴、裁縫など一通りの習い事において優秀。
勉学にも力をいれ、流石に兄と同じ剣術を習うことは出来なかったがその代わりに弓道に力を入れた。
此乃恵家の人間として恥じぬよう生きてきたつもりだ。
常に人の目を気にし、笑顔を張り付ける。
華のように笑い、周りを明るくすることが今私が出来ること。
そんな私が唯一息抜きできる場所は、家から少し離れたところにある小川だけ。
5年前に母が亡くなり、一人になりたいと家を逃げ出したときに見つけた場所。
茂みに入っていかないとたどり着かないこの場所は、誰も知らないのかいつも静かで私を癒してくれる。
今日もまた一人、この小川に来ていた。
そっと着物の裾をたくし上げ、足を浸す。
ひんやりと冷たい水。
流れる水、風に揺れる木々の音。
全てが心地いい。
瞳を閉じ、自然の音色に耳を澄ませているとついつい時間を忘れてしまう。
「・・・そろそろ戻らないと、叱られちゃうかな」
濡れた足を手拭いで拭き、バレないよう家の裏口を目指す。
庭園まで抜けてきた所で、何かを探している志摩さんの姿が見えた。
志摩さんは私が生まれる前からずっと家に仕えてくれるいわば使用人の重鎮。
白髪交じりの髪は丁寧にまとめられ、深く刻まれた皺はとても柔らかい。
私にとって志摩さんは祖母のような存在。
「椿さまここに居られたのですか、旦那さまがお呼びですよ」
あ、私を探していたのね。
勝手に出て行ってしまってごめんなさい志摩さん。
「わかりました。すぐに向かいますね」
探しに来てくれた志摩さんに「ありがとう」と声をかけ、父が待つ部屋へと向かう。
切れ長な目に、整った容姿。
凛とし、周りを寄せ付けない風格。
その姿は、曾祖父の蒼風に似て娘の私がみても美しいと思うが、父は全く笑わない。
そんな所までおじい様に似なくても良かったのに。
と常々思うが、私にとっては優しい父に他ならない。
確かに笑いはしないが、いつも子供を第一に考えてくれる良き父だ。
良家にしてはかなり異例な話だが、今年で18歳になる私には婚約者がいない。
親戚には早く相手を見つけろと、様々な名家のご子息を紹介いただいたが、「好きな人と一緒になりなさい」と父は今まで頑なに縁談の話を断ってくれた。
にしてもそろそろ、私も相手を探さないと行き遅れちゃうわ。
5つ上の兄は既に結婚しており、恋愛結婚に近いお見合いで知り合ったと聞いている。
恋人がほしいと焦っているわけではないが、幸せそうな兄、そして義姉を見ていると憧れてしまうのは事実。
私にもいつかそんな出会いがあるといいなと、未来に期待しながら膝をついた。
「椿です。お呼びでしょうか?」