会社の後輩
体調があまり良くない。
出社前に、如何わしい感情を埋めいた人と周りの上司同僚から思われぬ様に、
ボサボサ気味な髪を右手でワサワサと撫で下ろす。
隠蔽工作の方はバッチリだ。
(後は夜の楽しみが…はっ…失礼)
会社へ着き、入館ゲートにてIDカード通し口にカードを差す。ゲートが開く。
徹夜で終わらせた書類の出来を期待するかの様に、エレベーターが僕を向かい入れてくれる。
ちょうど後輩がエレベーターの中に入ってきた。
『あっ!先輩おはようっす!』
仕事は出来る方だが女好きの男。いわゆるチャラ男という奴だ。
僕と性格の方は正反対だが、友達といるみたいで心地いい。
休憩時間は趣味の写真ワークの話をしながら、コーヒーを飲む。
そんな後輩の性格と趣味のギャップに驚かされた。
そして面倒な事に、小さな事にもすぐ気づく男だ。
『あれ?今日、何如何わしい事でも考えてませんでした?』
そう後輩が笑いながら聞いてきた。
案の定気づかれる。
僕の長所である仕事への切り替え能力は、本日もポンコツだった様だ。
彼の前で隠せた事はほぼ99・9%無いようである様な…いや無いかな。
仕事に励もうとしていた僕の脳裏から、
今朝の女子高生の事を引きずり出されそうになった。
僕が罪を犯して、刑事さんに取り調べを受けて罪を吐く罪人の様な気分だ。
勿論、後輩が刑事だ。
カツ丼になる様なものは別途にくれた事はないが。
まあ可愛い後輩の笑顔が毎日見れるなら何もいらないか。
もしもコーヒー缶を一本くれた日には、
後輩の後ろめたさを疑ってしまうかも知れないしな。
仕事終わりの晩飯も飲み代も、いつも僕持ち。
全国の女性よ!僕は部下の男にでさえも飲みの席で金額の折板を求めない。
女性相手なら全額を出す。言わばジェントルマンかも知れない様な無いような。
なので今朝の如何わしく恍惚な気分になってしまった僕をどうか許しておくれよ!
『い、いやーーーあまり十分な睡眠が出来てないからだよ!』
今回僕が放った誤魔化し文句の効果の方はどうだ。
『先輩、プロジェクトの方を任されてるっすよね!少し顔がやつれてたんでちょっかいを出して見たっす』
同じ男目線で見ても、相変わらず気配りができるいい男だ。
俺と後輩の龍二はS極とM極の様な正反対な性格だが、
引き寄る良い関係なんだなと再認識させられた。
そして、女性にモテる理由が分かる。
気配りとか、男らしさとか男らしさとか男らしさとか男らしさとか。
逆に俺ときたら…
いい男でもなく。
男らしくもなく。
可もなく不可も無く。
下手したら、それ以下かもしれない。
『龍二ありがとうな!来週あたりメシ食い行くか!』
後輩の龍二はニコニコしながら会釈をし、自分の席へ戻った。
まあ今はいいさ。いつか運命の人が現れます様に。
僕は自分のデスクの椅子へ座り、今日提出する物をまとめる。
慣れた手付きでキーボードを打つ。
『今日はひたすらこのシステムの設計か…』
カタカタカタ
タタンッ
カチカチ
カタカタカタカタ……
__そうこうしていると時刻は午後十時を迎えていた。
今日という一日が後二時間で終わり、また明日、同じ一日が始まる。
その短い時間の中で、何かやり残したことがあるかって?
そう。僕は出社前の早朝に、デリバリーヘルスの女の子を予約したのだ。
朝に僕を吸い寄せた罪な女子高生、お前は有罪だ。
【君】のせいで僕は、勤務中をも抜け出し社内同階、
廊下を歩く女性の匂いを嗅ぎ回ってしまったじゃ無いか。
二十七歳のこの僕がだ。
飼い主を鼻で探す様に、途方もない答えを探し当てられなかったが。
【【僕の求めている物と合致しない】】
【君】が離れなくて。部署から二百メートル先にある奥のトイレの個室にて、
吐き出し泣きながら霞んだ声でいった。
『なんなんだ!?僕は何に苦しめられている?みんな違う!頭がおかしくなりそうだ!』
高校卒業してすぐに入った十代の子。違う部署の二十代と思しき女性。
同じ哺乳類人間の女という女は嗅ぎ回った。違う。僕が求めているものと合致しない。
【君】の匂い。持ち合わせている雰囲気と違うんだ。血の匂いも多分違う。
無意識でも人を殺めてしまったら裁判官は有罪を下すだろう?
僕は至って平凡なそこら辺にいる冴えない男。
上司部下共々様に信頼して貰ってる、好青年風だと思っていたのに。
デスクワークで脳汁を思っていたよりも絞り切ってしまった。
ごく僅かな脳中の汁を掻き集め、一滴有るか無いかを頼りに。
僕は、会社の静まり返ったデスクの椅子から立った途端、無意識に【仮面】を捨てた。
部署の入口にある扉のドアノブを、何かを殴る様に右手で右へ捻る。
そして、部署から出た僕は初めに、
汗ばんだ左手で、背にある使い古されたドアへ軽く手を伸ばし、
左手でそっと、ドアを撫で閉じた。
もう一人の悪い僕は、平凡な僕を寝かしつけた。
僕の身体中の何万とあるリンパ線の血の流れが、速度を上げ出した。
競馬場での競走前に興奮する馬の様に、心臓の鼓動が早まる。
廊下の奥に灯されている、緑色の非常口ランプを目指す。硬めな廊下を淡々と歩く僕。
手入れがされた牛革靴のソール音が、コツコツと廊下へ響き渡る。
非常口のドアを開け、階段を一段一段。
馬が走るかの様に、カッカッと馬力を上げ、降りていく。
僕の中の何か黒いモヤが動き出した。
_____まるで、これから起こす事を準備するかの様に。
続
最後まで見て戴きありがとうございます。