少女の淡い香り
人で犇めき合うバス車内、僕は入って直ぐ近くの二人用の席へ座れた。
窓際にはお爺さんが座っている。
______エンジンが掛かり、バスが走り出そうとした時
「あっ!すみません待ってください!乗ります!」
甲高い声を聞きつけた運転手は、すぐさま閉めたバスの扉を開ける。
バスに乗っていた乗客に謝る声は、とてもか細い少女の声で、
走って来たのか乱れる呼吸音が乗車口から微かに聞こえてくる。
〈発車します。おつかまり下さい〉
バスのアナウンスが流れ、まずまずなエンジン音が鳴り響き走り出した。
『今日は渋滞気味か…会社間に合うかな…』
バスに貼られた広告へ視線を送り僕は黄昏に更けた。
『すみません失礼します…』
先程の女子高生がペコペコしながら、車内の人混みを掻き分け、
掴まれる所を探し僕の前の手すりへと来る。
揺れる車内、人々は目的地につくまでの時間を、
スマートフォンやゲームをして過ごす。
まあいつもの出勤時の光景だ。
僕は揺れる車内で目を瞑っていると、
手の甲に布のような感触を感じ何かと眼をひらく。
ーーーーーーーーーーーー⁉︎!?
女子高生のスカートの裾がバスの揺れと共に、左右微動しつつ
僕の手の甲を撫でる。
気のやり場に困る僕。
決して素肌には触っていないが痴漢にはならないのかと、非常に焦る。
触らずにターゲットの香りを嗅覚で楽しむ痴漢と言うのもある様だが、
考えた人の発想力が斬新だ。
とやかく考えるうちに変な汗が、身体中の穴という穴から湧き出てくる。
出社前に何て下世話な事を。
『何故俺は女子高生相手にこんなひとり劇場を繰り広げているんだ!
落ち着け俺っ、あっ落ち着け僕!』
自分でも何故スカートの裾が触れただけで、こんなにも焦るとは思ってもいなかった。
前日の仕事疲れが溜まっているせいだと、心の中で終止符を打ち、
やや窓辺に首を向けた。
そして一呼吸しバレないように
手の上に乗る女子高生のプリーツスカートの裾が、大幅に動かないように慎重に動
かす僕。
まるで積まれたジェンガが崩れないように、そっと木の板を抜くような
感覚だ。
『朝から何動揺しているんだ僕は…自分で自分が嫌になる……』
僕は黒縁メガネに、黒い髪色の至って普通の27歳の日本男児。
大学卒業と同時に、システムエンジニアの会社へと勤務。
上司からは熱い信頼を得ていると同時に、何故か、弟の様に
先輩から可愛がられる。
まあ自慢できる所と言ったら、身体が頑丈な所と真面目な所か。
女性とのお付き合いは二度しているが、それを僕と来たら…
早く駅につかないかと言わんばかりに焦るこの姿が、四方八方から他の乗客に変
な目で見られてるんじゃないかと、不安になる。
『ああー…誰も何も気にしていないだろうに、僕は心配ばかりしてPTSDかよ』
_____________その時だった
女子高生が手摺りにつかまりながら、眠いのかウトウトして
いた為、髪が僕のyシャツの襟に上下左右に揺れながら
微かに触れては離れてくる。
yシャツの布地と僕の出っぱった喉仏を、淡いシャンプーの香りと共に
優しく毛束の半ばから毛先までが撫でてくる。
先程申した、ターゲットを嗅覚のみで嗜む痴漢と同じ様な動作をしていないだろうか。
僕の嗅覚は無意識に、横から漂う香りに惹かれ鼻から体内に吸引すると、心拍数が速くなり香りにクラクラして来た。
この症状は昨夜の仕事疲れの眩み方では無い。
『目の前の女子高生、いや、女性の髪質と仄かに残るシャンプー、生活臭の香りがブレンドした世界に一つだけのフェロモンのせいだ』
麻薬と言うものはやった事ないが、この様な突発的衝動に恍惚な症状が出る物なのかと、違法麻薬、ドラッグに溺れる人達の気持ちに少々賛同できる気がする。
彼女と言う存在の合法ドラックの塊、これ以上長い時間近くにいると溺れてしまう。
『他の奴等に分けたくない…はっ何を考えているんだ……』
頭がおかしくなりそうだった。
(お待たせ致しましたーーーー終点○○駅に到着致しました)
『あっ、部活の先輩に怒られちゃう、速く行かなきゃ!』
_______終点の〇〇駅停留所ていりゅうじょへ着く。
女子高生がスクールバックから花模様のパスケケースを取り出し、
おしとやかな足取りで車内から降りていった。
パスケースは手作りの物だろうか。とても彼女の雰囲気ふんいきに合う女の子らしい物だ。
『こっちはどんな匂いがするだろう。はっ!こんな如何いかがわしい事を考えて俺は大馬鹿野郎おおばかやろうだな。』
最近、下の処理がご無沙汰だからだろうか。
元々風俗ふうぞくへ行かないし、水商売みずしょうばいのお店も接待ぐらいしか行かない。
今時、パスケースを手作りだなんて珍しいなと思いながら、
僕は揺れるバスの中で、女子高生が堅く掴んでいた手摺てすりへと手を伸ばす。
〈お客様! 〇〇駅停留所ですよー〉
バス運転手さんの呼びかけで僕は我に還り、無意識に掴んでいた手摺りを離した。
『すみません!今降ります!!』
忘れたい感情に嫌悪感を抱きつつ、今日片す予定の仕事を頭の中で考えながら、
駅の通路を寂しげに早々と歩く。
定期券を改札へ通した男は、近くの売店でサンドウィッチを買い、
ホームの奥で足を止めた。
この通勤時間帯だと奥の車両の方が人が並んでいなく、席に座れる確率も高いからだ。一応、七人乗りのボックスカーを持っているが、電車通勤の方が安いのであまり乗らない。
『そう言えば、最後に乗ったのはレンタル屋さんへDVDを借りるため、
少し走らせたくらいだっけか。彼女と付き合っていた頃は良く遠出したな』
三年前に彼女がいた。料理上手で奥ゆかしい子。
二人で休みの日は、ドライブに旅行など行ったな。浮気されたが。
そうこう思っているうちに、電車が来た。
〈ーーーーーー〇〇線、快速〇〇行きまもなく参ります〉
車両のドアが開き、たまたま空いていた入り口付近の角席へ座り、前を見た。
下から視線を送り、黒のヒールにベージュのストッキング、
黒の少し履き慣れた感じのタイトスカート、
そして白のyシャツに目線を上げる。
ウェーブがかった艶つややかな黒髪の、メガネ美人な女性が座っていた。
ジロジロ見たら失礼だと思い周りを見渡すと、老若関係なく
男どもが僕の前に座る女性を見ていた。まあ僕も同じ野郎だが。
ふと脳裏にある事がよぎる。
さっきの女子高生だ。
『女子高生のスカートの裾が手の甲に触れたからだろう』
だが、目の前の女性は何か違う感覚だ。
『最近する相手もいなくて人肌が恋しいし、デリヘルのお姉さんを仕事が片付いたら家に呼ぶか』
朝から怪けしからん事を企たくらむ僕。
携帯を左手に持ち、デリヘルサイトで良い感じの子を探し、予約した頃に会社の最寄駅へ着いた。
〈〇〇駅ー。〇〇駅へ到着しました〉
駅のホームへ降りて仕事脳へ切り替える僕。
コツは特に無いのに我ながら素早く切り替えてるなと、自画自賛じがじさんする今日此頃きょうこのごろ。
続
この時、僕の中にもう一つの精が現れるとは思ってもいなかった。
ーーーーーーー普通で真面目な人ほど変わると恐ろしい物だ。
初めまして、純と申します。
_________毎週の水曜日の18時に連載投稿をさせて戴きます。






