プロローグ
この世界には魔物がいる。
見たことがない?
でも、確かにすぐそばに居るのだ。
『魔物なんていない』『いるわけない』
魔物たちは、こういった人間の固定概念に上手く溶け込み、姿を隠している。
だから見えない。
どんなに魔物の存在を信じても、こういった常識価値観が邪魔をする。
でも、一つだけ。
見えるようになる方法がある。
──それは、『魔物と出会ってしまうこと』だ。
***************
冬も深まったようで、最近まで日の出ていた下校路を今は月が照らしている。
この様子だと、いつもの下校ルートは暗くって危険そうだ。
「確か、この公園を抜ければ早かったよな」
いつもは多くの子供たちが利用している公園。
その広さのおかげでボール遊びができるところが人気だが、この暗さではさすがに誰も利用していなかった。
人がいないなら、安全に自転車で突っ切れる。
そう思って、真っ暗な公園のグラウンドを走っている時だった。
「ッ!?あ、アブねぇ...!」
誰もいないと思っていた公園の真ん中に、うずくまった人影があった。
暗くて見落としていたのだろうか...。
気付いて止まっていなかったら、そのまま衝突していただろう。
「えっと...大丈夫ですか?」
そのまま自転車を降り、人影のもとへ駆け寄る。
人影はうめき声をあげるでもなく、ただ静かに胡坐をかいて座っていた。
「...マリョクガ......」
「え......へ?」
何を言ってるのか分からない。
でも何かを伝えようとしているみたいだ。
どうやらフードをかぶっているらしいその人影は、少しだけこちらに顔を向けた。
俺は人影に歩み寄り、その顔を確認しようとする。
その時――
「早く離れて!!!!」
「!?」
突然大きな声が聞こえてきた。
さらに遅れて、後ろから何かが耳元をかすめる。
「ギァアアァァア!!!」
「え!?え!?」
目の前にいた人影が悲鳴を上げる。
とても人とは思えない、耳を劈くような声だ。
人影はさっきの飛んできた物が当たったらしく、両手で顔を覆い、全身を小刻みに震わせていた。
袖から覗くその両手は黒くて細長く、まるで枯れ枝のようだ。
これは...。
根拠はないけど、一つ確信できる。
「ば、化け物...」
俺は思わず後退りした。
そこに
「そうよ化け物よ!だからもっと離れてっての!!」
「!?」
またさっきの声が聞こえる。
聞こえてくるのは後ろ。
咄嗟に振り替えると──
「マジックバレットアーチャー!!」
まだ中学生くらいに見える少女が、こちらに向かって石を投げてきていた。
****************************************************
「私はクレア。それであんたは...無事?」
「一応...。あ、それと俺は日野原。日野原大河」
「ふーん。ま、よろしく。日野原」
夜空に溶け込むほどの黒髪が短めのポニーテールにくくられていて、逆に前髪はあっちこっちに遊んでいる。
その少女はクレアと名乗ったが、パッと見たところ完全に日本人だ。
「さっきのアレは魔物.....というか、悪魔よ。普通の人間が近付けば、あっという間に餌にされるわ」
「悪魔......」
アレというのは、おそらくこの死体。
さっきまで俺が人間だと思っていた人影だ。
仰向けに倒れており、顔に大きな穴が開いている。
この少女がつけた傷だ。
「これ...さっき投げてた石が貫通したんだよな。そんなことってあるのか...?」
俺は、そのグロテスクな光景に息を呑みながら尋ねた。
魔物だの悪魔だのといかにも胡散臭いことを言っている少女だが、決してからかっているわけじゃないのは身に染みて理解している。
音速に迫るんじゃないかって速さで小石を投げる少女なんて、
人間だといわれる方が信じられない。
「私の能力──って言っても、まだわからないでしょ?まぁ焦らなくていいわ。説明はきちんとするし。だからとりあえず、この場を離れるわよ」
「なんで?」
公園の出口に行こうとする少女に問うと、少女は呆れた顔をした。
「あのねぇ、悪魔は他の魔物と違って人間にも見えるんだから。こんな死体のある公園で立ち話してたら、通報されるわよ」
「おいおい勘弁してくれ...」
ただでさえ訳が分からない状態にいるのに、そのまま刑務所行きなんてまっぴらごめんだ。
どうせ考えたってわからないんだ。
この少女に従うことにしよう。
「それで、じゃあどこに逃げろって?」
「私の家が近くだから、ひとまずそこよ。ほら早く」
「了解。.....あ、待って忘れてた。自転車があっちに停めてあるから、ちょっと取ってくる」
「いいけど...ダッシュよ」
「おう」
言われたとおりに駆け足で自転車の元へ向かった。
明らかに年下である少女の言うがままなのは少し情けないが、実際今は明らかにあちらが上の立場だ。
致し方ない。
「それにしても.....これは.....」
自転車にまたがる前に、もう一度その死体を見た。
眉間部分にドス黒い穴は見えるが、それだけ。
このとおり暗いせいで見えにくいが、しかし嫌に頭に焼き付く姿だ。
見たくない.....はずなのに、つい見てしまうのは何故だろうか。
「いや、駄目だ。考えてもわかるわけねぇや。それより早く行かねえと、あのクレアとかいう奴が怒るからな...」
急いで自転車に乗り、ハンドルを握る。
そして足でスタンドを戻して──────
「日野原ッ!!!危ない!!!!!!」
「──え?」
突如、視界が九十度回転する。
頭をモロに地面にぶつけ、一度跳ねる。
そしてまた視界が落下し、もう一度頭を地面に打った時。
俺の意識はそこで途絶えた。
どうやら、死んだと思っていたあの悪魔が攻撃してきたらしい。
どんな攻撃かは分からないが、風前の灯であった命にムチ打って放った、その悪魔の最期の一撃だったそうだ。
悪魔は攻撃の反動で完全に命を落とした。
そして――――
その攻撃を受けた俺が、「悪魔を殺した」と判定されたらしかった。