やんちゃ王女、ひと夏の河童狩り
パーフェル王女は少々やんちゃな少女です。
もう一五歳になりますが、未だに、そのやんちゃぶりは衰える様子を見せません。
第一王女、即ち順当にいけば次期の女王陛下であらせられるのに……。
今日も今日とて、護衛を一人も連れずにお出かけ中です。
当然、お城の誰にも内緒で。
庭石の陰に隠しておいたお手製の釣り竿を肩に担いで、お城から脱走。一路、河原を目指しているのです。
――このクソ暑い夏の時期に、城に籠って勉強だなんて。馬鹿のやる事よ。
昨日だって、クソ真面目な弟くんが熱にやられて倒れていたじゃない。
人民の上に立つ者ならば、人民の健全を第一に考える視点を持たなければならないと思うわ。
そのためにも、まずは自愛を万全にしなければ、でしょ? 以上。
……と言うのが、パーフェルの弁。
暑い夏の日は、涼しい河原で日がな一日、釣りに興じるのが賢明。
法令で義務付けるべきだとさえ、パーフェルは真面目に思います。熱中症はとても怖いものですからね。
そうこうしている内に、パーフェルは目的の河原へと辿り着きました。
「あ、しまった。餌を忘れてきたわ」
今日のために、昨晩、ただっ広い庭中を掘り返して大量のウオズキミミズを瓶詰にしておいたのに。
すっかり、部屋に忘れてきてしまったようです。
仕方無し、釣りは諦め……たのでは、庭師とミミズたちが浮かばれません。
王女としての使命感。必ず釣りを堪能してみせる。
と言う訳で、パーフェルはひとまず、河原を散策します。
小虫でも捕まえて餌にしようと言う魂胆です。
「……ん?」
ふと、パーフェルはあるものを見つけました。
緑色で、細長くて、ちょっとゴツゴツしています。
「これは確か……キュウリ、だったっけ?」
遠く遠くの大陸や島国で珍重されている野菜、キュウリ。
最近はパーフェルの暮らすこの帝国にも流通し、栽培されているものです。
ほぼほぼ水なので栄養価はゼロに等しいと話題ですが、何でも件の大陸や島国では「水の神様へのお供え物」として扱われているのだとか。
河原に転がされているのは、その辺りの理由でしょうか。
大陸や島国からの移住者が、ここで水神様にお祈りでもしたのかも知れません。
「ふむ…………イケるかしら……?」
パーフェルは考えます。
栄養価は無に等しい、もはや固形の水だと揶揄されるキュウリ。
しかしそれでも野菜は野菜。
この辺りには水草を食む草食性の魚も多く生息しています。
「よし。百聞しても一見には及ばずと言うし。とりあえず、やってしまいましょうか」
やんちゃ娘の面目躍如。考えるよりまず動く。
パーフェルはキュウリを拾い上げ、丸々を釣り針にブッ刺してしまいました。
大物以外には興味が無い、と言う彼女の豪快な性格をよく表していますね。
さて、準備完了したパーフェルはさながら鎖鎌を振り回すように釣り糸をブンブンと振り回し、
「せー……ッのォるァッ!!」
豪快な叫びと共に、勢い良く、川へとブン投げました。
釣りの始め方ひとつ取ってもこの王女は本当にもう。
ドッパァン! と凄まじい音を立てて、餌のキュウリが川に着弾しました。
もしも着弾地点に小魚がいたら一網打尽で即死している威力でしょう。
現に、水生昆虫が何匹か、ぷかぁ……と浮かんできました。
「お、虫の死骸が……良い感じの撒き餌ね! 儲けたわ!」
王女の発想ではない。
「ふんふんふ~ん♪」
どんな大物がかかるかしら、とパーフェルは期待を乗せて鼻唄を奏でます。
パーフェルはおやつの確保も兼ねて釣りを選んだので、獲物の食い手があればあるほど嬉しいのです。
少しして、釣り竿がビクビクビクゥン!! と反応しました。
「!」
釣り竿はピクピクと揺れています。まるで未知の快感に悶える淑女のように。
「大物ね!」
竿の重さから獲物の大きさを推し量り、パーフェルは笑顔爆発。お腹いっぱい余裕の大きさと見ました!
パーフェルは両手で竿を引き上げるのかと思いきや――慣れた様子で足元の小石を蹴り上げると、右手で掴み、
「せいッ!!」
釣り糸の先、川の奥底に潜む獲物へ向けて、小石を全力で投げ付けた!!
パーフェルは超短期決戦主義! 竿さばきで魚を疲弊させて釣り上げるだなんてまどろっこしいやり方はしません!!
小石を蹴り上げては掴み、投げ、蹴り上げては掴み、投げを繰り返し、水中の獲物へと雨のような直接攻撃を仕掛けます!!
何発か命中したか、命中しかけて回避されたか。釣り糸が派手に右往左往。
その反応を見て、パーフェルは獲物のより正確な位置を絞り込みます。
「よっしゃあ! 次の一発で絶対に殺すわ!」
だからおい王女。
「はぁぁあああああ……!!」
パーフェルは大きめの石を選んで蹴り上げ、掴み取ると――今度は、かつてないほどに足を振り上げての全力投球の構え!!
爪先が真っ直ぐに天空を指し、そして振り下ろされる!!
「せいァッ!!」
ドッッッパァァアアアアアン!! 天まで届きそうな水柱を上げて、着弾ッ!!
「……殺った」
竿の引きが格段に弱まった事から、獲物の死を確信し、パーフェルはにやりと笑顔。
勝利の余韻に浸りながら、パーフェルは竿を引っ張って獲物を引きずりあげます。
「………………ん?」
ふと、パーフェルは異変に気付きました。
余りにも……引きが軽くなり過ぎでは?
「ッ――まさか!」
「そのまさかだぜ!」
声は、背後。
腹の底を揺するような重低音の渋い声。声の印象から想起されるのは大柄な男性。
振り返ると、パーフェルの想像に近い存在が、彼女の背後に立っていました。
堅い肉で膨らんだ翡翠の肌、黄色く太い嘴、鋭く尖ったサングラス――何より、成人男性の倍以上はある巨体!!
明らかにモンスター!!
「餌だけ、取らせてもらったのさ……クァパパパ……しかし、やるじゃあねぇか、お嬢ちゃん。石が皿に当たりかけてひやひやしたぜ……!」
「ッ……!」
翡翠色のモンスターの嘴には、パーフェルが餌に使ったキュウリが咥えられています!
間違いなく、このモンスターがパーフェルと死闘を繰り広げた獲物!!
「餌だけ取るだなんて……無粋な!」
「石を投げこんでくる御転婆娘に言われたかねぇんだが?」
正論! モンスターが正論でパーフェルを攻めます!
しかし相手は稀代のやんちゃ王女パーフェル! 正論の百や二百で引き下がるような可愛らしい性格はしていません!
「まったく……そもそも、私は魚を釣りに来たのよ!? モンスターが横槍を入れないで頂戴!」
「そいつぁ、無理な相談だぜ。キュウリを吊るされちゃあもう……河童としては見逃せねぇな」
「かっぱ?」
「おうよ。俺の種族は河童。名前はメープルジャム。よろしくな」
「……何だか、すごく甘そうな名前ね」
「よく言われるが、涎を垂らされながら言われたのは初めて……どぉわ!?」
パーフェル、釣り竿で河童のメープルジャムに殴りかかるも、躱されてしまった!!
「い、いきなり何をしやがる!?」
「甘そうな名前だったから……甘いかなって」
「食う気か!?」
そもそも、パーフェルはおやつの確保も兼ねて釣りに興じていました。
甘そうな名前の魚(?)が目の前に現れた以上、それを狩らない手はありません。
パーフェルは急ぎ、釣り糸の先に石を巻き付けて、遠心力を利用した投擲武器を用意。
パーフェルが釣り糸を以て、鎖分銅の要領で石を振り回します。
「ひ、瞳に迷いが無ぇ……!」
「朝食後から時間が空いているもの」
空腹ッ!!
「さっき、『石が皿にあたりかけてひやひやした』って言っていたわね。弱点は膝の皿と見たわ」
「その皿じゃな、ぅおぉう!?」
王女が河童の膝に狙いを定め、石を括りつけた釣り竿を振り回す――この世も末ですね。
「く、くそう! このお嬢ちゃん、本気で殺りにきてやがる! モンスター相手とは言え、対話が成立している相手を!? 感情ってもんが無ぇのか!? 俺は人間に手ぇ出したくねぇぞ!?」
人間に対して友好的、暴力は振るいたくないメープルジャムに対して、パーフェルは既に次の投擲を準備。
「聞けよ!」
「言葉なんて九官鳥でも喋るわ」
「あれは声真似であって言葉じゃあな……ひょあああ!?」
「チッ……まずは頭を狙って動きを止めてから膝の皿を狙いたいのに……!」
「ぁ、あぶ、あぶなッ……!」
実はメープルジャムの言っていた皿とは、頭の天辺についている皿の事。
つまりパーフェルは今、図らずもメープルジャムに致命傷を与えかけていました。
「……まずは目を潰す必要があるわね……」
パーフェルは爪先で細かい砂利を掬い上げ、メープルジャムへ向けて蹴り上げる!!
「砂の眼潰しだァ!? ったく、あんまり河童を舐めるなよぉ、お嬢ちゃん!!」
メープルジャムの両腕がメキメキと音を立てて膨らみます!
怒張! 力みによって筋肉が膨れ上がっているのです!
「河童水流拳――嵐風防壁!!」
メープルジャムのムキムキな両腕が前方に突き出され、円を描くように振り回された結果!
その剛腕によって掻き乱された空気が小規模な竜巻となり、メープルジャムの前面に展開!
凄まじい風の防壁となって、砂利の目潰しを弾いてしまいました!
「クァパパパ! 恐れおののけ! 河童の筋肉はこう使――ッは!?」
いない! いません!
メープルジャムの視界から、パーフェルが消えています!
「ッ――まさか!」
「そのまさかよ!」
声は、メープルジャムの背後!!
「馬鹿正直に防いでくれて、ありがとう。回避されたら手間が増える所だったもの」
そう、パーフェルの狙いは、「目潰しを防がせる事」!
目潰しを防ぐために、目を守ったり、前面に防壁を展開して、一瞬でも視界を遮れればそれでよかったのです。
回避されたら防ぐまで続けるつもりだったが……メープルジャムは「河童の力を見せつけて撤退させよう」と、パフォーマンス的な防御を選んでしまったのが運の尽き!!
これまで、教育係や騎士団長、時には宮廷魔術師まで相手取って逃げ回ってきたやんちゃ王女の足腰は伊達ではありません!!
一瞬でも相手の気が逸れれば――背後を取るなど、容易い事なのです!
「ぐッ……だが! その距離じゃあ、充分な遠心力は生み出せないぜ!!」
背後は取られた、だが、パーフェルとメープルジャムの距離は近い!
鎖分銅めいた釣り竿with石では、充分な攻撃はできない!
しかし、メープルジャムの想定は激甘です。伊達に甘味の化身のような名前ではありません。
パーフェルは、臨機応変すぎて手がつけられないからこそパーフェルなのです。
「せいっ」
「ぎゃあッ」
パーフェルは糸の先に結び付けた石を鷲掴みにして――それを思い切り、メープルジャムの膝の皿に向けて打ち下ろしました。
原始の一撃・掴んだ石で殴る。
湿った朽木が砕け散るような鈍い音が、河原中に響き渡りました。
「ぉごぉおおおおお……!?」
弱点の皿とは違いますが、まぁ、普通に痛い。
メープルジャムは膝を抱えてのたうち回ります。
「む……死なない? 何で? 弱点じゃあなかったの? 嘘つきめ」
「その皿じゃあねぇんだよぉぉ……!」
「じゃあどの皿を割れば死ぬの?」
「教えるくぁぁぁ!!」
「だとすると……苦しんで死ぬ事になるけれど、良いの? 弱点を教えてくれたら一瞬だよ?」
「この冷徹サイコヤロウ!!」
死ぬまで殴ろう、と言う意志表現で石を振り回すパーフェルに、メープルジャムは批難の声を上げます。
しかしパーフェルに取ってメープルジャムの言葉は九官鳥の鳴き声と大差ありません。
なので、特に何も思わない。
返り血で汚れるのもヤだし、のたうち回るメープルジャムを観察して、急所っぽい所を探します。
「あ、頭にも何か皿っぽいものが……意識を奪うついでに割ってみよう」
「くぁ!?」
この世で最も気付かれてはいけない女に気付かれた。
メープルジャムはもう形振り構っていられない、と最大奥義を発動します。
「河童水流拳ッ、超☆飛翔ッ!!」
限界まで怒張させた両拳で地面を殴りつけ、その反動で大空へと舞い上がる!!
「あっ、逃げる気!?」
「覚えておけ……あ、いや、もう俺の事は忘れやがれ! テメェみたいなのに付き合ってらんねぇわ!! 皿が何枚あっても足りやしねぇ!!」
メープルジャムは捨て台詞を残して、青空の彼方へと去って行きました。
「おのれ猪口才な……!」
さすがのパーフェルも空は飛べません。
試しに石を投げてみますが、当然、届くはずもなく。
完全に、逃げられてしまいました。
「……仕方無い」
大人しく諦め――ては、王女の名折れ。
パーフェルは堅く拳を握りしめ、天へと掲げて誓います。
「明日こそは、仕留めてみせる」
まずはキュウリの調達から始めよう。
食欲由来の確かな殺意を込めて、パーフェルは一歩、河童ハンターへの道を踏み出したのでした。
おしまい。




