役名はその他大勢(三十と一夜の短篇第39回)
場所は多分東京の下北沢辺り、若者向けの居酒屋で、数人の男女が飲みつつ食べつつ、語り合っております。
「あたしはさ、俳優志望じゃないのよ。ただ服飾デザイナーの勉強の足しになるかと思ってここの劇団の衣装係やってんじゃないの。設定が宮廷で場面を華やかにしたいからって、人でが足りない、貴婦人の格好して舞台に出てくれって頼まれたのに過ぎないのに、もっとらしくシャンと立っていろとか、仕草を上品にしろとか言われて、フラストレーション溜まっちゃう」
「ああ、ああ、判ったから、奢るから、あんまり愚痴垂らさないでよ、みんなそれなりに不満があるんだからさあ」
「ちっちゃい劇団が背伸びしてシェイクスピアの四大悲劇の一つを上演するんだから、誰だって重たいよ」
「せめて座付きで脚本書ける奴いれば、アテ書きとか、登場人物の人数考えた芝居になってたかも知れないのになあ」
「シゲちゃん、演出家としての理想は高いから」
「理想は高くなくっちゃ」
「理想は大切だけど、分ってものも大切でしょう?」
「サっちゃんだって、デザイナーで大成したいって夢あんでしょ?」
「それ言われるとねえ」
「カズは主役で、長台詞ばっかり、おまけにハムレットって仇の様子を探ろうと芝居をしたり、試そうとしたり、色んな演じ方ができるだろう? シゲルとああでもない、こうでもないとぶつかってばかりで進まねえ」
「芝居よりも服のわたしとしちゃハムレットって嫌な奴なんだけどね。大臣の、ポローニアスだっけ? そのご一家が気の毒じゃない。大臣さんが物陰に隠れていたのをいきなりハムレットに刺し殺されて、オフィーリアはおかしくなって死んじゃうし、レアティーズだって父親の敵討ちしたいじゃないの。相手が王子様だから我慢して、クローディアスの話に乗っちゃうのにさあ」
「だから、終幕にああなっちゃうんだ」
「俺なんかローゼンクランツの役やっているのに、終幕でイギリス使節になって、ローゼンクランツとギルデンスターンを処刑したと報告しに出てくるんだぜ。観客にばれないようにそれぞれ帽子に特徴あるのを頼んで、サっちゃんが素敵なの作ってくれた、有難う」
「固有名詞のある役しているだけいいじゃんか、俺は旅回りの役者の一人と墓掘りだ」
「あははは、あたし宮廷の貴婦人その一!」
「サっちゃん、台詞喋れないでしょうが!」
「でもスミレちゃんとユリちゃんが役で揉めなくて良かったよなあ。スミレちゃんがガートルードの方が演じ甲斐がありますって立候補した」
「なあんだ、ケイ、知らねえんだな。ユリちゃんも本当は狙ってたんだよ。シゲルの演出じゃあ、オフィーリアは可哀想なオンナノコにされるに決まっているから、そんなの詰まんないじゃないかなあって言ってたぜ」
「それじゃ稽古では大人しくシゲルの指示に従っていて、本番でばあんとユリちゃん解釈で演じちゃう?」
「オフィーリアの衣装はあたし一番力入れて作ってるんだから、ファッションモデルの如き動きでいいの」
「うん、サっちゃん、頑張ってるは判ってるから」
「果たしてハムレットは台詞通りにオフィーリアを愛していたのか?」
「王子様の気紛れ」
「ちょっとサッちゃん、黙っててよ!」
「なあによ、奢るって誘っておいて、今度は黙れっていうの!」
「誰よ、飲み会にサオリに声掛けた奴」
「知らねーよ。君じゃないのか」
「あ~ん、サオリはあくまで衣装係で芝居のテーマを掘り下げるとか、台詞回しがどうとか、てんで興味がないんだよ。私はここでそういう話をしたくてついてきたんだから。白けるじゃない」
「え~、ミッチーに衣装を用意してあげないわよ」
「ミッチーって呼ぶのやめ」
「じゃあミチコさん」
「勝手にしてよ」
「は~い、ミッチー」
「ミチコは男の役になっちゃったけど、スミレやユリに文句がある訳じゃないんだろ?」
「ホレイショーの役を演じるのになあにが不満があるの?」
「そりゃそうだ、いい役だ。ここにいる面子で一番の大役」
「サラ・ベルナールみたいに男装でハムレット演じてみたいって女優だって憧れる」
「だよなー。カズヤより巧くなってタイトルロール演じてみたい」
サッちゃんを除いた皆が顔を見合わせ合い、肯いて、ポーズを取りました。
「あとは沈黙」
酔っ払いのハムレットたち、最期の台詞が決まって、お互いの演技を褒め合いました。お隣の席、沈黙と言いながら、少しも静かにならないじゃないかと、溜息です。若い俳優志望さんたちの声が大きいのは仕方ないとあきらめ顔。
どうやったら上昇できるのか、一流になるにはどうしたらいいのかと、わたしも日々悶々と悩んでおります。