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都会

「ビルって、すごいのかな?」


 黒く焦げた焼き魚の皮を、浩一は箸でつつく。カサカサと、香ばしい音を立てながら、その表面が崩れた。木製の箸の先には、真っ黒な焦げが貼り付いている。


「都会にでも憧れたのかい?」


 愉快な声を出しながら、母は笑った。少し気恥ずかしくて、ご飯をかきこむ。


「なんだ急に、都会なんて言い出して。まさか、都会に行きたいなんて言い出すんじゃないだろうな。遊んでばかりいないで、少しは、畑を手伝え。(ゆたか)を見習いなさい」


 父が、不機嫌に味噌汁をすする。贔屓の力士が負けこんでいるせいだ。桐箪笥(きりたんす)の上に置かれたラジオから、鼻に掛かった声のアナウンサーが、夏場所の今日の結果を伝えていた。


「浩一、気にしなくても好きにしてていいぞ。俺は好きで手伝ってるんだしな」


 豊は、浩一の4つ上の兄だ。勉強が得意なのだが、それ以上に彼は農業というものが好きらしい。夏休みなんか、一日中、父の手伝いに明け暮れていた。


「好奇心が旺盛でいいじゃありませんか。それに、この子が大人になる頃には、都会に行くのが当たり前になっているかもしれませんよ」


「へっ、女に何が分かるってんだ。何が都会だ。産まれた村で、与えられた仕事を黙ってしてればいいんだよ」


「あら、あなたって、いつこの村で産まれたんでしたっけ?」


 父は、返す言葉がないのか、ふてくされた様子で沢庵をボリボリと噛み締めた。それを見て、母はクスクスと口端を緩ませる。


 父は、金沢の出身だった。戦争が激しさを増すにつれ、父の母、つまり浩一の祖母は子どもたちを連れ故郷であるこの村に疎開してきた。祖父が、戦争で負傷したこともあり、父たちはこの村に定住することになる。そこで、母と出会い恋に落ちたというワケだ。「あんな時代に、好きな人と一緒になれたなんて、なんて幸せなことだろうか」これが母の口癖だ。

 父の兄弟は、みんな東京に出ていったらしい。都会なんて、これは父の口癖だった。


 白熱電球がボヤボヤとした光を放つ。その周りを、小さな蛾が舞う。緩やかにカラフルな羽をしならせて優雅な飛行を楽しんでいた。


「それにしても、どうして都会だなんて言い出したの?」


 女の子が、と言いかけて浩一は口をつぐむ。母に向かい彼女の話をするのが、なんとなく気恥ずかしかったからだ。頬の熱さのワケを、浩一はわからない。


「おませね」 


 ちゃぶ台の斜向かいに座る、5つ上の姉である和子(かずこ)が眉を吊り上げる。和子の言葉を聞き、母も同じような表情を浮かべた。


 コロコロと、二人の目がはしゃぐように細まる。なんとなくいい気がしなくて、浩一は甘くたかれた里芋を大げさに頬張った。しっとりとした感触が口の中で崩れる。その甘さは、昼間の彼女から感じたものとは別のものだった。胸の中には、もっとキラキラとした甘さがある気がする。

 ラジオのニュースは、明日の天気を伝えていた。快晴。そんなことで、浩一の胸は、異様に弾んだ。

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