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隣の人

作者: 羽田 恭也

 初夏の頃、初めは好奇と不安で一杯だった高校生活にも慣れ、数人の同性の友達を作ることに成功していた。テレビの話、ゲームの話、漫画の話──仲間内で共有する話のネタを朝のホームルーム前のこの時間に話す事が、最近の楽しみとなっている。

 ふと、クラス全体を見渡せば、自分達のグループの他にも男子のグループ、女子のグループが出来ている。こうして綺麗に男女が分かれているのを見ると、幾ら高校生と言っても……否、寧ろ高校生だからこそ異性との距離感が掴めないのかもしれない。かく言う俺も人のことは言えないが──。

 チャイムが鳴るとそれぞれ自分の席に着き始める。話し足りないという欲もあるが、俺達の担任は強面の男教師だ。誰だって怖い人に目をつけられたくはない、俺だってそうだ。


「席替えするぞー」


 そんな担任教師が朝のホームルームにて開口一番にそう告げた。突然のイベントにざわめく俺達を余所に、教師はあらかじめ用意していたのだろう。くじ引きで使うような箱を教卓に置いて、黒板に席順を書き込んでいく。

 確かに小学校、中学校でもこの時期にやっていた事だし、拒否するものでもないという考えから、騒然としていたクラスもやがて、戸惑いから好奇のものへと変わっていく。

 ただ、流石に最前列のど真ん中──つまり教卓の真正面と言う名の危険地帯。あそこだけは、絶対に引きたくない。それは生徒全員の総意だ。


(2番──まぁ、無難だな)


 廊下側の列で前側の席だが、別に嫌な場所ではない。移動の準備をしながら周囲を見渡してみると、反応は様々だった。

 クラスの様子を見れば席が近くになって喜んでいる奴も居れば、逆に近くだったのが離れてしまったことに落ち込んでいる者───教卓前を引いてしまって悲鳴を上げている男子は、周りから同情の眼差しを向けられていた。

 そんな中には──こっそりと席の交換をしている者達も居るようだが、担任もそこまで目が届いていないのだろう、お咎めは飛んでこなかった。

 俺の席は、片方は廊下に面しているので、左側にしか隣の席が無い。

 暫くすると、一人の女がその位置に机と椅子を持ってきて席に着いた。


(女子か……話す機会は無さそうだな)


 これが男子だったらまだ少し話しやすかったかもしれないが、女子だとそう簡単には踏み込めない。未だにクラスの女子と、一対一で話したことがない自分には、ハードルが高い話だ。きっと隣の彼女もそう思っているのだろう。

 席替えによって終了したホームルームの後、早速休み時間に突入する。友達を呼ぼうとしたが、その本人は、近くの席ですでにグループを作ってしまっている。


(──ってか、面白い具合に男子が固まってるな……あそこ)

 

 此方に来る気配はなさそうだ。退屈しのぎにカバンからスマートフォンとイヤホンを取り出して、音楽を聴く事にした。友達との話もそれはそれで楽しいが、こうして自分一人の空間を満喫するのも好きだ。

 だが、そんな俺だけの空間に誰かが入ってきた。音楽を聴いて気付かない俺の肩を叩いて存在を促したのは他でもない隣同士になった彼女だった。何の用だろう? ひょっとして音漏れしでもしていただろうか?


「何だ」


 口にしてから少しぶっきらぼうだったかと反省する。ただ、少し緊張していた事は、否定できない。だが、彼女は然して気にしていない様子で俺のスマホを指さしながら尋ねてきた。


「ねえ、それって【────】の新曲?」

「え……」


 今度は正直、意外だと思った。ヤローが好んで聞いているという印象だったので、女子の口から、この名前が出てくるとは思っていなかった。ただ、正解なので『そうだ』と返すと彼女は『やっぱり!』と嬉しそうに声音を上げる。そして彼女は笑顔でこう続けた──


「私も、その人の歌、好きなんだ」


●●●●●


 引き出しから偶然見つけた高校時代の卒業アルバムを捲る手が止まる。あれから歳月が流れた後も、この時の記憶は今でも鮮明に覚えている。大げさに聞こえるかもしれないが──あの日、あの瞬間に俺の世界は一気に彩られた事は覚えている。


「何を読んでるの?」


 後ろから妻の声が聞こえてきたので、俺は彼女にそれを見せる──「懐かしい!」そういって手に持っていた洗濯籠を置いて、俺の隣に座ったと思えば、アルバムを俺から奪って捲り始める。

 あの時、隣の席になった彼女は今も俺の隣にいる。


「そういえば──」


 ふと、彼女に聞いてみたい事が浮かんだ。


「あの時、どうして俺に声を掛けようって思ったんだ?」

「ん~? どういうこと?」

「いや、あの時が初めての会話だっただろ? やっぱり、そういうのって勇気があるって言うか、何ていうか──」


 自分でも何て言えば良いのかよく判らないが、それでも彼女は考えるそぶり見せ──やがて口に人差し指を当てる。


「内緒♪」


 そう言って笑う彼女の笑顔はあの時の笑顔よりも、ほんの少し悪戯っぽかった。


去年の4月ごろに書いた短編小説を少し修正してあげました。

自分には、程遠い青春のページでしたねえ……。

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