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緊箍児(きんこじ)

 孫悟空は面白くなかった。何が面白くないかというと、自分の頭にはまっている緊箍児きんこじが気に入らなかったのだ。

 たしかにおれは化け物だ。だが、それは沙悟浄だって猪八戒だって、同じじゃないか。なんでおれだけがこんな目に合わされるんだ。これじゃ囚われの身と変わらないじゃないか。それに、ちょっと羽目を外したり、三蔵法師の意見に逆らったりすると、その度に呪文を唱えられ、頭に激痛がはしる。あの痛みといったら、ハンパじゃない。いくら言葉で言っても、経験した者でないと分からないだろう。三蔵法師にも一度、味あわせてやりたいぐらいだ。

 だが、こんなことを口に出したら、たちまち呪文を唱えられ、痛みでのたうちまわることになる。それぐらいは悟空だってわかっていた。だから、不満をグッとこらえ、おとなしく旅を続けていたのだ。

 さて、数々の苦難を乗り越えた三蔵法師一行は、ついに天竺にたどり着くことができた。だが、ホッとしたのもつかの間、天竺でも新たな苦難が彼らを待ち受けていた。だが、三蔵たちには長旅で培った経験があった。天竺での苦難もなんとか切り抜け、ついに釈迦との謁見にまで漕ぎ着けた。釈迦は彼らが幾多の苦行を乗り越えたことを褒め称え、三蔵に教典を与えたうえ、四人に仏としての新たな名前を授けた。

 すると、それを待っていたかのように、悟空がこんなことを言い始めた。

「お釈迦さま、おれはこれで仏さまになったんだろう。仏が頭に輪っかを乗せてたんじゃ、格好がつかないよな。これ、取ってくれないかなぁ」

 三蔵は慌てた。

「これ、悟空。お釈迦さまになんという無礼な態度を。取り消しなさい」

 だが、釈迦は悟空の言うことを聞くと鷹揚に頷き、

「悟空、おまえの言うことももっともだ。よかろう。緊箍児は取り外してやろう」

 と言うと、悟空の頭からいとも簡単に緊箍児を外してしまった。

 悟空は飛び上がって喜んだ。

「やった! これでおれもやっと自由の身だ。緊箍児さえなけりゃ、もうこっちのものだ。こんなところにもおまえらにも用はない。あばよ」

 そう言うと、金斗雲に乗って、天竺を出て行ってしまった。

 自由を得た悟空は、天界でも現世でもやりたい放題だった。気の晴れるまで大暴れし、うまいものをたらふく食い、飽きるまで女を抱いた。欲しいと思った物は強奪でもなんでもして手に入れた。

 そんな日々を送っていた悟空は、ある時、金斗雲に寝そべりながら、ふと思った。

「あいつら、今頃どうしているかなぁ」

 あいつらとは、もちろん三蔵法師たちのこと。

「思えば、あの頃はあの頃でそう悪くはなかったなぁ。天竺に行くって目的があったし、何より仲間がいた」

 悟空は目を閉じ、三蔵法師たちと旅していた頃の光景を脳裏に浮かべた。

「それに比べ今はどうだ。何だって自由にやれるが、毎日々々同じ事の繰り返し。目的もなけりゃ、みんなおれのことを怖がって、仲間も友達もできやしない。これって本当におれが欲していた自由なのかなぁ」

 そしてしばし考えると、意を決したように、金斗雲を最高速度で走らせた。向かう先は天竺だ。

 天竺で悟空は釈迦に言った。

「お釈迦さま。せっかく取り外してくれた緊箍児だけど、またおれの頭にのっけてくれないかなぁ」

 釈迦は微笑みながら答えた。

「ほう。これはどうした心境の変化かな」

「うん、分かったんだ。おれの心には欠けている部分があって、緊箍児がそれを補ってくれていたんだって」

 悟空が言い終えるやいなや、彼の頭には再び緊箍児がはまっていた。

「ありがとう、お釈迦さま。ところで、三蔵法師たちはどこにいるか知ってるかい?」

「今頃、帰り道の途上だろう。追うのかね?」

「ああ。別れて分かったけど、あいつらはおれにとって大切な仲間だから。それに、帰り道だって魔物にいつ襲われるか分かったもんじゃない。悟浄と八戒だけじゃ心許ない。やっぱりおれがいなきゃ」

 悟空はそう言うと、「いろいろとありがとう、お釈迦さま」と別れを告げ、金斗雲に乗って三蔵法師たち一行の後を追いかけていくのだった。

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