腹を括ってみましょうか
「進路、決まったんだろ?」
と、昴は続けた。
進路、大学の話。
私は、あまりに不意打ちに感じて全ての動きが止まってしまって、瞬きもせずに昴を見ていた。
けれど、時間を要しながらも出された話題を理解して。とん、と椅子の背もたれに体を預け、ゆっくりと瞼を下ろして、息を吐いた。
「親かよぉ」
なんて、進路の話に固まったことを誤魔化すように、一言混ぜっ返しの言葉を吐き出す。
心の中は、波打っていた。
自分がしようとしていた話題でもあったのだけれど、まさか自分が切り出す前に切り出されるなんて思わないではないか。
自分のタイミングではないタイミングでの話題の発現の結果、驚くはめになった。
いつ、気がついたんだろう。
「幼馴染で、彼氏ですけど。……彼女の進路は気になるものだろ」
「……時々そうやって、すんなり言うところだぞ」
むうぅ、となる。
前を見ると、昴は真っ直ぐ私を見ていた。さっき迷う様子を見せていたことが、嘘のよう。
さっきのあの様子は、この話題のせいだったんだなぁ。
日々の学校生活の影響で、さすがに表面だけを撫でるようには話をしたことがある。
けれど、どこか冗談混じりで曖昧で、多少探り合っても深いところまで突っ込むことはなかった話題だった。
核心をずばりと問われて提示された今、意外とぎこちない空気は作り出されなかった。
中学のときにも同じようなことがあったからだろうか。今はさしずめ二回目だ。私にとっては、規模が違うけれど。
言えず、聞けずにいたことが、一旦出てしまうと、意識の端に一種の安堵が滲むのだから不思議だと思う。
ふっ、と息が出た。
「進路、決めたよ」
知っての通り、放課後に先生に呼び出されて──いや、違う。先生に付き合ってもらいながら、やっと決めた。夢がなくて、将来もまだ描けないままだけれど、行きたいと思う大学。
「あのね、昴」
うん、と昴は相づちを打った。
「私はね、昴のことが大好きだよ」
昴は、少し目を見開いた。唐突だったからだろう。
だから、一度二度と瞬きすると、彼は微笑んだ。
「俺も。好きだよ」
そうやって、こういうときにはすんなり言うところだぞ。なんて、言ってやりたかったけど、止めた。
その間に、昴が言葉を重ねる。
「だから、教えて。知っておきたい。俺も教えるから。葉月がどこに行くのか、──俺達は、どれくらい離れるのか」
中学のとき、高校受験のときにはなかった事柄が付け加わっていた。どれくらい離れるのか。
──君と私は、生まれた頃から、ずっと一緒だ。
幼い頃は手を繋いで、小学生の頃には一緒に走り回っていた。登下校は当然のように一緒。
中学生のときはちょっと離れた時期もあったけど、今あるように、前より近い距離になりもした。
そうして何だかんだずっと一緒に、側にいて来られた。
でも、これからも『ずっと』一緒の道を歩むことは出来ないんだ。
これまでは小さな世界の中で、自然に出来た道を来たけど、これからは道は無数に増えて、そこから自分で進む道を選び出して、努力をしないといけない。
私が決めた志望大学は県内にある。
けれども、交通機関の便から言って、家から通うには時間がかかりすぎる。家を出ることになるだろう。
高校入試のときは、もしも高校が別々になっても家から離れることはない範囲だった。
昴がもしも、他の高校に行っても、まだ完全に離れてしまうわけじゃなかった。
大学からは違う。
私がそうなるであるように、地元では家を出る人が多い。そして、私は県内志望でも、選択肢は日本全国無限大にある。そこに制限などない。誰にも出来ないのだ。
だから。最大で、物理的な距離で、どれくらい離れてしまうのか知るのが嫌だった。
離れたくないし、一緒にいたい。
ずっと一緒で、気軽に会えなくなるのが、想像出来ないから。今の距離が続けばいいのにと思うから。大学入試なんて、来なくていいのにと思った。
でも、自分がやりたいことだったり、行きたい道を行くのだ。きっと、誰だって、誰かとずっと同じ道を行けるんじゃない。
「うん」
私は、頷いた。
頷いて俯いた顔をあげて、改めて昴の方を見る。
話をしよう。現実を知ろう。
知らないままの方が、こわい。大体、知らないままで過ごしたって、事実が変わるわけではないのだ。腹を括ろうではないか。どこかで来るタイミングが、この大学進学のタイミングだというだけ。
「じゃあ、いっせーので、で見せ合いっこしようよ」
学校名を聞いたって、どこの県のどの辺りにあるところかすぐには判別出来る気がしない。
それならケータイに出して、互いに見せ合おうじゃないか。
昴は「いいよ」と言って、ケータイを操作しはじめた。
私も、ブックマークしていた大学の概要が載ったサイトを画面に出す。要した時間は、ものの数分。
ちらっと前を見ると、昴はもうこっちを見ていた。
「準備は?」
「──できた」
では。
互いにケータイを手に、「いっせーので」で。
机の上の空いたスペースに、ケータイを差し出した。皿とコップがある関係で、空いているのは両側となり、両方自分から見て右側に置いた。
私は、昴のケータイを覗き込む。
どくどくと、心臓の鼓動がやけに大きく感じた。
画面には、大学の写真と、概要と思われる文字の列が映されている。その文字を、追いかける。
昴は、どこに行くんだろう。どこに行ってしまうんだろう。
「……あれぇ……?」
大いに首を傾げた。