たまには帰りは別々に
放課後、教室の掃除が始まったため、廊下に出た。廊下も掃除が始まるので隅の隅の方へ行き、友達と喋っていたが、彼女らは部活へ行った。
しばらく、廊下の外に腕を出した状態でだらんと、ぼんやりしていた。しばらく。
「……さて昴さん、最近めっきり暑くなってきたわけですが」
「むしろ気温的には下がってきてるはずなんだけど」
「細かいことは気にしなさんな」
同級生たちが、部活へと玄関に向かったり、私たちのように喋っていたりする声が周りから聞こえてくる。
静かに現れ、気がついた私ににわかに話しかけられた昴は、隣で壁にもたれた。
「怖い話を一つしましょう」
「脈略がめちゃくちゃだったな」
「細かいことは」
「気にしない。はい、じゃあどうぞ」
うむ、と私は頷いて、満を持して話し始める。
「学校には七不思議というものがあります」
「よく聞くな」
「実はこの学校にもあるらしいです」
「それは初耳」
「私も今日初めて聞いた」
「情報元どこだよ」
彩香だよ、と答えておく。
昼休みに聞いたばかりの新鮮な情報である。
「この学校の女子トイレには」
「トイレ……」
「まさか誰でも知ってるやつかよ……」とかいう呟きが聞こえた気がしなくもなかったが、構わず続ける。
「女子トイレの一つに、夜中の誰もいない時間なのに必ず閉まっているトイレがあって、ノックをすると返事が返ってきます。そして、返事と共に戸が勝手に開いてそこには小さな女の子がいるという……」
「へえ。そんな話だったのか」
「その七不思議の名を、『トイレの花さん』……」
「それ何か足りないな」
もっと詳しく話された気がするけど、かなり省いてクライマックスに突入したら、そんな指摘が横から。
指摘された私は、ちょっと横を見て、「えー」と言う。
「足りないって何が」
「名前があと一文字。いや、俺は名前しか知らなくて中身が同じか知らないから、この学校の女子トイレにいるのは『花さん』とやらで正しいならいいけど」
「え、私も自信はない」
「話し始めたのそっちなのに?」
いやぁ、詳しい中身をほとんど忘れているくらいだし。
テキトーに、何となく出してきた話にすぎないし。
締まらない終わり方になった怖い話は、そのまま放り出して、私はまた窓の外に目を戻す。
窓の外には、自転車置き場が見える。
帰宅部生徒の内、自転車通学の生徒が続々と華麗に自転車に乗って、裏門を出ていく。
私も早いところ帰りたいのだけれど……。
「そうもいかないんだなぁ」
そうもいかなくなったのだ。
昴に言っておかないと。
にゃあ
高い声が聞こえた。
猫の鳴き声だ。家でお留守番をしている我が家の猫の鳴き声とは、少し違う声──。
「おっ」
猫がいた。
窓の下に、毛が、茶色と白の部分に分かれた色合いの猫がちょこんと座っていた。なんと可愛い。
「昴」
「ん?」
情報を共有しようと、昴の方を見ずに、制服を引いて注意を引き、視線で窓の外を示す。
昴が、私の方に身を傾け、私が顔を出している窓の上の方から、外を見る。
「猫……こんなところまで入り込んでるのか」
「前もいたから、もしかして学校に住んでる可能性ありじゃない?」
「野良猫って、人が多くいる場所に好んで来るものなのか」
どうだろう。単に屋外にも、猫が入り込めそうな屋根がある場所があるからかも。
でも、この猫は明らかにこっちを見ていて私たちを認識している。その上で逃げようとはしなくて、それなりに人に慣れていそうな猫だ。
「──危ない」
「あー、やっぱり届かないかぁ」
急に窓の外に大幅に身を乗り出したことに驚いたらしき昴が、私の腕を掴んだ。
一階だから、頑張ればいけるんじゃないかと謎の予感がして身を乗り出してみるが、全然届かなかった。
「びっくりした」
「ごめんごめん。猫じゃらしがあれば届くかなぁ?」
とは言え、猫じゃらしはないし、もうやる気はない。
やらないよ、と昴に一応言うが、昴は胡散臭そうなものを見るような目付きになった。笑ってしまう。
昴、こういうとき、絶対二度目を警戒するんだよね。
昔々、色んなシチュエーションであったときのように、昴はばれてないとでも思っているのか、私の服を掴んだ。
迷子になって再会したときには、その日はいつもこうだったなぁ、と数ある中、なぜか子どもの頃のことを思い出した。
昴の行動には何も言わず、私は窓の外の猫に話しかける。
「お一人? この前いたうちの一人?」
にゃ、と猫は短く鳴いた。
「うちにも猫がいるんだよ」
にゃあ
「こむぎとくろって言うんだよ」
にゃあ
「にゃあ──間違えた」
「そこ間違えるのか」
昴がちょっと口元を綻ばせた。
家で、猫の鳴き声に声真似で返してしまうときがあるじゃないか。あれが出ただけだ。
他の同級生に聞かれたなら何だが、昴なので恥ずかしさはない。
念のため、きょろきょろと辺りを確認しておくが、こちらに注目している生徒はいなかった。
生徒の数は、減っていた。
その変化を見た私は、そうだ、と言おうとしていたことを思い出して昴を見る。
「昴、今日先に帰ってて」
約束をしているわけではないが、当たり前のように一緒に帰ることがほぼ毎日だ。
だが今日、急遽放課後に用が入った。
「なに、居残り?」
「そんな感じ」
「長い?」
「どれくらいになるか分かんない」
「長くなるなら、むしろ待ってるけど」
「むしろ? なんで?」
「暗くなるから」
優しい幼馴染であり、彼氏である。
「んー、たぶん大丈夫。その辺り、先生早く帰してくれると思う」
私次第だと思うけど。
「間宮、そこいたか。待たせたな」
「あ、先生」
「今日こそ進路決めるぞー」
「目下の怖い話がやって来た……! 昴、そういうことだから!」
今日は先に、帰っていて。