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ご近所歩けば幼馴染に会う

 




 たまには猫を外に出してやろうというのが、我が家の方針だ。外を見てにゃーにゃー鳴くのだから、出してやりたいと思う親心でもある。

 という事で、時折うちの猫たちは野に放され──ることはさすがになく、犬と同じようにリードをつけ、二匹並べて散歩する。

 ただし、家の周りをぐるりとのんびり回るだけ。


「おぉ、こむぎ、野生の草は止めなさい。家に私が育てたやつがあるでしょ」


 草をむしゃむしゃと食べようとする白猫にストップをかける。

 食べるなら、私が丹精込めて育てたやつを食べるんだ。


「そんなに食べたいなら、早く帰ろう。ダッシュだこむぎ! ──くろ、こんなときに限って座り込まないで」


 白猫を家に向かって促したが、もう片方の猫がこんなときに地面に座り落ち着きはじめた。

 立ち上がる気配がないので、白猫を見て、また黒猫を見て、仕方なく黒猫を抱っこする。


「重い。こんなに重かったかなぁ。太りましたか、くろさん」


 にゃ、と言ったのは、単にお腹を押したからだろうか。

 足元では、素直な白猫が、家路を歩いてくれている。すまないね。


「葉月?」


 呼ばれて、顔を上げた。

 昴の声に似ているようで、異なる声だった。

 道の先に、紺色の道着を着た男子がいた。自転車に乗っているが、止まったらしい。


流星りゅうせいだ。久しぶりー」

「久しぶりでもないだろ。この前一緒に晩ごはん食べたの忘れたのかよ」


 呆れたような表情をされた。生意気である。だが事実でもある。そういえばそうだった。

 流星は、昴の弟であり、もちろんご近所さん。私の妹と歳が同じで、今中学二年生だ。


「道場の帰り?」

「おう」


 流星が持っている長細い袋の中には、竹刀が入っていると思われる。彼は、妹と同じ道場に通っている。

 自転車を押し、近づいてくる流星を見ていると──


「うお」

「今の声どこから出たんだよ。低」

「喉」


 だろうな、という声を聞きつつ、私は驚愕である。


「流星、いつの間にそんなに大きく……」


 近づいてきて、目の前までやって来た流星の背が予想より高かった。こんなに見上げていたっけ?


「前も言ってたからな、それ。さっきのことといい、ばあさんかよ」


 呆れた顔の流星は、私が抱くくろの肉球をふにふにと押す。「お前は相変わらずいい肉球してるなー」とか言っている。


「人のことをばあさんなんて」


 くろを取り上げてやる。残念がるがいい。

 流星は「あーあ」とちょっと残念そうにした。効果は抜群だ。


「前はそんなに大きくなかった」

「この短期間で驚くほど背が伸びてたまるか。つーか、葉月の成長が止まりすぎてるんじゃないか? 背とか、完全に止まってるだろ」

「え、そ、そんなことない」


 両手が自由だったなら、頭でも押さえただろうけど、手が塞がっていたので後ずさった。


「桃より低いんじゃねえの?」

「えっ、うそ」

「並んで見ないと分かんないけどな」


 また一歩後ろにいった私を、流星がけらけら笑う。許すまじ。


「流星だって、……流星だって、昴より背が低いくせに!」

「俺がなに?」


 苦し紛れに言い返した言葉に、流星が反応するより先に、ご本人登場。

 私の後ろから、昴が現れた。


「兄貴、何してんの」

「畑から何でもいいから野菜取りに行ってこいって、母さんに言われた」

「あー」


 弟に答えた兄こと昴は、私に向き直って、手にした篭の中のものを私に差し出す。


「あげる。母さんについでにお裾分けしてくるように言われてたから。手間省けた」

「わーい、ありがとう」


 今日でなくとも、明日の晩御飯になって出てくるだろう。

 私は、くろを下ろしてお裾分け品を受け取った。くろが不満そうににゃーと言ったが、仕方ない。家はそこだ。歩きたまえ。


「で、俺の名前が聞こえたんだけど、何の話してたんだ」

「えーっと、何だっけ?」

「やっぱりばあさんだろ。いや、もうそのレベルじゃないな」

「最初の話題は思い出した! 昴、流星が人のことをばあさんって言ってくる!」

「すぐに忘れるからだろ」


 反省の色が見えない流星のことを訴える。

 すると昴は、一度瞬き、「あ」と言った。その視線の先を見て、私も「あ」。


「桃」


 流星と同じく道着で、私の妹が帰って来たのだった。

 自転車に乗ってすーっとやって来た妹は、流星の横で止まる。


「お姉ちゃんたち、こんなとこで固まって何してるの?」


 後ろで一つに束ねた髪を揺らし、桃は首を傾げる。


「うーん、私が散歩してたら、流星に会って、流星と話してたら、昴が現れて、今度は桃も来た」

「ふーん。あ、流星、これ流星のでしょ」


 妹は、自転車の篭からタオルを取り出し、流星に投げた。


「ほんとだ、俺のだ。さんきゅー」

「自分のものくらいしっかり管理しなさいよ」

「ちょっと忘れただけだろ」

「前は水筒忘れてたじゃない」

「いつの話だよ」


 目の前で、我が妹と、流星の言い合いが始まった。

 とはいえ、大抵お馴染みの流れなので、止める気はない。仲はいいのに、些細なことがきっかけで、ぽんと言い合いになるのはいつ見ても何だか不思議だ。

 いや、さっきまでの自分と流星の流れを思い出すと──流星の特性では?


「ねぇ昴」

「ん」

「流星より昴の方が背が高いよね」

「ん……意識したことないから並んでみないと確信はないけど、高いんじゃない? 歳の差もある分、流星はこれから伸びる時期だろうし。そのうち抜かされるかもな」

「そんなことない! 昴負けないで!」

「勝ち負けなのか」

「違うけど、そう!」


 昴まで負けては、流星の暴言を誰が止めるのだ。

 力一杯言うと、昴は「じゃあ、うん」と頷いた。「まあ、背の高さなんて自分でどうこう出来るものじゃないけど」とも。

 そうして前を見て、私も前を見るけれどまだ二人の言い合いは終わっていない。


「戦ったら、どっちの方が強いんだろうねぇ」


 両方とも同じ時期に剣道をはじめて、続けて。

 純粋に疑問に思った。記憶の限りでは、桃が僅かに強かったような……。いつの記憶だ。

 ここまでくると、男女の差があるだろうか。


「どうだろうな」


 疑問を受けて、昴も同じ内容を考えたのか、曖昧な相づちだった。

 しかし、


「あたしよ」


 ここで、言い合いをしている片方が反応した。桃である。

 今までこちらのことなど眼中になく、言い合いしていたというのに、声の飛び合いがピタリと止まった。

 かと思いきや。


「何デマ言ってんだよ。俺に決まってるだろ」

「そっちこそ、何を根拠に言ってるのよ」


 喧嘩再熱。

 二人とも負けず嫌いだからなぁ、と私は昴と一緒に桃と流星を眺めている。


「いたっ」


 のんびりな傍観が阻害された。

 脚に痛みが加えられたのだ。

 見ると、白猫が私の脚を支えに二本立ちしていて、爪が脚に食い込まされた様子。

 白猫は、私が見ると、にゃーと鳴く。何かを主張しているようだ。


「ごめん、こむぎ、早く帰ろうって言ったの私だったね」


 しかし爪が伸びてきましたか?

 爪を切らなきゃだな、と思いつつ、白猫との約束を果たすため帰ろうと思う。


「桃、私先に帰ってるね」

「えっ、あたしも帰る」


 あっさりと、妹はいがみ合いを止めた。流星もまだ何か言い足りなさそうにしたけど、口を閉じた。

 幕引きは、いつもこんなにあっさりだ。


「お姉ちゃん、お腹減ったんだけど、ご飯できてる?」

「まだだね」

「えー」

「お菓子でも食べて待ってなさい」


 運動後で大層空腹なのは分かる。だからせめて空腹をやんわり宥めながら待っていて。


「そこはお菓子食べさせたら駄目なところじゃないのか」

「桃はちゃんと晩ごはんも食べるから問題なし!」

「そっか」

「じゃあね、昴、流星」


 じゃあね、と各々の家へと歩き始めて。

 後ろから、我が家の話題につられてか、単に同じような状態だからか、流星も昴に「晩ごはんあとどれくらいで出来る」と尋ねていた。

 昴が晩ごはんの材料を取りに来ていることからの問いの内容だろう。「あと一時間くらいじゃないか」という答えと「うわまじか」という反応が聞こえた。








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