幼馴染にはこんな一面もある
最初に何となくつけてしまっていたので、少しタイトルを変えました。
「えっ、今日金曜日?」
昼休み、本筋の話題をすっ飛ばし、私は声をあげた。
「何曜日だと思ってたの」
一緒に昼ご飯を食べている友達が、目を丸くした。一日も半分を終えようとしている辺りで、午前中も授業を受けていたというのに、今さらのことだったのだ。
今日、金曜日なんだって。
「木曜日かと思ってた。何となく」
「感覚で生きてんね」
「感覚大事。そうか、金曜日かぁ」
「あたし歯医者行くんだよねー」
「歯医者も大事だね」
いやしかし、金曜日。黒板に記された日にちを確認し、脳内である日付と照らし合わせる。うん。
放課後になり、掃除当番を終わらせ、鞄を持って廊下に出る。
目当ての昴を見つけた。何やら話しているようだ。後ろにでも控えて、気がついたときにでもびっくりさせてやろう。
「あ、彼女来たぞ」
しかしながら、親切な友人、谷くんにより昴はびっくりどっきりを逃れるのであった。ちぇっ。
「気にせず話を続けてください」
「はは、大した話はしてないし、じゃーな、昴。間宮さんも」
モップを持った谷くんに見送られ、私と昴は教室前の廊下から離れていった。
……ん? モップ?
谷くん、掃除当番なのに、さぼってたの?
私でも掃除当番ちゃんとするのに、何たることだ。
とか何とかは他人事。すぐに頭の外に追いやられ、私は昴を見上げる。
「昴、今日うちに来ない?」
「ん? うん」
「昨日映画のDVDが届いたから、一緒に見ないかなって」
「何の映画?」
ふふん、と私はケータイの画面を突き出してみせる。
「少し前に話題になった、心温まるハートフルボッコストーリー!」
「……フルボッコにされてるけど、それ本当に心温まるやつ?」
「間違えた。フルボッコは間違えた」
「どうやったら間違えるんだ」
「まあまあ細かいところを気にしてると、切りがないよ」
私が生まれ育った地は、田舎である。
近くに映画館はない。電車や車で行けばもちろんあるが、まあ遠い。
というわけで、行く機会を逃せば、上映期間なんてあっという間だ。今回届いたDVDは、以前見逃して、この際買ってしまおうと通販で買った代物である。
「じゃあ見に行く」
「よし、そうと決まれば急いで帰ろう!」
「そんなに急いでも、電車の時刻は決まってる」
「そんな細かいところ気にするなよ!」
細かいところじゃない、とか何とか言っていたが、私は昴の腕を掴んで引っ張って、駅へ直行した。
電車から降りると、昴も一緒に、私の家に帰宅する。
「たーだいまー」
「おかえり」
「昴もおかえり!」
「ただいま」
お母さんは仕事でまだ帰っていないし、お父さんは単身赴任で元々留守だ。妹は学校の後、習い事の剣道に近所の道場に行くため、まだ。
靴を脱いで、家に上がった私は、帰宅後の習慣を開始する。
「こむぎー、くろー」
お留守番をしていた猫たちの探索である。
出てこないということは、眠りこけているに違いない。
ソファにはいない。段ボール箱にもいない。
うーん、と思って二階に行くと、ドアが開いていた。これは、と思って入ると、
「見つけた」
ベッドの下に、白い塊を見つけた。
我が家の猫その1である。
「こむぎちゃん、こむぎちゃん。出てくる気はない?」
ちなみに雄である。
こちらに背を向け丸まっている白猫に声をかけると、こむぎが顔だけこちらに向けた。「おっ」という顔をして、初めて帰宅を知ったらしい。
起き上がって、のそのそ歩いて出てきた。にゃー、と鳴いたところを抱き上げ、一階に帰還する。
「こむぎ見つけたー」
捜索結果を報告すると、昴は黒い塊を抱っこしていた。
「あれ? くろ、どこにいたの?」
「どこからともなく出てきたけど」
我が家の黒猫は、昴の腕の中でごろごろ言っている。昴になついているのだ。けっこうな頻度で来るときもあるので、単身赴任中で中々見ないお父さんより、家族の一員だと思っている可能性がある。
「こむぎって、前はこむぎこって呼ばれてなかったっけ」
「うん。正式名ってやつだよ」
「前から気になってたんだけど、それって『こむぎ子』か『小麦粉』どっちなんだ」
「小麦粉」
「粉の方」
「うん。白いから」
「ああ、そう」
昴は私が抱っこしているこむぎを見て、それから自分が抱っこしているくろを見て、「お前は普通につけられたな」と話しかけている。
「片方くろなら、しろにしようとかいう案はなかったのか」
「くろは、私と桃が話し合ってつけて、」
「話し合ったんだな」
「こむぎは、お母さんがつけて同時発表だったから」
「おばさんがつけたのか……」
「小麦粉白いから」
と、言いながら、私はこむぎを床に放って、DVDが収納されている棚の方に向かう。
「じゃーん、これが噂のDVDです」
「おー」
「後はー、お菓子とジュースを用意します。昴、コップを頼んだ」
「うん」
昴が食器棚に向かう横を通り、私は棚からお菓子の大袋を掴み、冷蔵庫からジュースの大きな瓶を取り出す。
それから、リビングの奥のスペースに行って、ソファ前のテーブルにお菓子とジュースを置いて、DVDを入れに行く。
「では早速見ます。昴、覚悟はいいか」
「どんな覚悟して映画見ればいいの」
分かんない。
とりあえず、そんな感じで、ソファに並んで映画を見始めたのである。
だが。
はっ、と気がついた。
ぱち、ぱち、と瞬いて、色んなことを把握しようとする。今、何時? 暗い、のは、夜で自分の部屋で寝ていたのだったか。それにしては……見る先に、テレビが見えて、エンドロールが流れていた。
ここは、自分の部屋じゃなくて。夜でもなくて。
「はっ、寝てた!」
頭を起こすと、傾いていた視界が正常になった。
映画を見ていたのに、途中からの記憶が飛んで、気がついたらエンドロールだ。何てこった。
呆然としていると、隣で鼻を啜るような音が聞こえた。そうだ、昴、とさっきまでもたれていた方を見ると──
「昴、泣いてるの?」
「……泣いてないし」
嘘だなぁ。
昴は目元を拭い、顔を逸らした。暗いけれど、鼻が赤かった気がする。
声は完全にくぐもっていた。
「そんなに感動ものだったのか……」
眠気に負けてしまった私は、口惜しい気持ちになる。
午後からの授業で何とか我慢した眠気が、ここにきて邪魔をするとは……!
「何がフルボッコだよ……」
「いや、それ間違えたんだって」
ぼやきながらも、昴がぐす、と明らかに鼻を啜ったので、私はスマートにティッシュを差し出しておいた。
私の幼馴染は、こういうところもある。
「うわー、私寝ちゃったぁ」
「これは見るべき」