家はなんでも知っている
私は、マンションの一室です。
特に名前はありません。
今は、誰も住まなくなってしまい、独りぼっちになってしまいました。
私ね、昔はプラス思考だったんですよ!
というより、何も知らなかったんですよね。
私が誕生したのは、今から25年前の暖かい日でした。
新築できれいだった私は、すぐに買い手が決まりました。
私を買ってくれたのは、小学生の子供がいるご夫婦でした。
この家族はとても仲が良いくて、いつも笑いに満ちていました。
ママは、いつも私をきれいに掃除をしてくれました。お花も大好きで、ベランダや玄関はお花でいっぱいでした。
お料理もとても上手で、部屋は幸せの匂いがいっぱいで、私はとても幸せでした。
この家の子供は、ゆりちゃんといいました。
ゆりちゃんは明るい女の子で、お友達が沢山遊びにきました。
私は、沢山の笑いの中で生きていました。
元気いっぱいのゆりちゃんが年頃になって、彼氏を連れてきました。
ママは、ゆりちゃんにそういう人がいることを知っていたんだけど、パパは何も知らなかったんだよね。
何だか淋しそうに、彼と話していました。
その彼とゆりちゃんが結婚をして、ゆりちゃんは彼と新しい家に行くことになりました。
あの時は、淋しかったなぁ。
だけど、ゆりちゃんの幸せの為。
私は、笑顔で彼女を見送りました。
パパとママの二人の生活が始まって、ちょっと淋しかったけど、たまにゆりちゃんと赤ちゃんが遊びにきたり、それなりに幸せでした。
だけどある日、パパが病気になってしまいました。
それからが大変でした。
パパが入院をして、ママは帰ってこない日もありました。
そんな日々が随分続きましたが、ある日パパが帰ってきました。
見違える程痩せこけて、別人のようになって。
そんなパパを、ママはしっかりと支えました。
だけど、それは長くは続かずパパは帰らぬ人となりました。
ママは、泣きました。
よく出かけていったけど、お部屋に帰ってくるといつも泣いていました。
ゆりちゃんたちがくると笑顔が戻ってくるけど、帰ってしまうとしばらく泣いていました。
ママが泣かなくなりました。
だけど、その時には病気になっていました。
いつものようにお掃除をして、疲れやすくなったわぁとソファに座ってうとうとしていると、夢の中にパパが天使と一緒に出てきました。
『一人でよく頑張ったね。迎えにきたよ』とパパは言いました。
ママは、『昔、一緒に見た映画でこんなシーンあったね』と笑顔でいい、お空に帰っていきました。
ママ、パパがお迎えに来てくれて良かったね。
私は、心から嬉しかったです。
その後、沢山の人がきました。
警察の人もきました。
ゆりちゃんたちも来たけど、ずっと泣いていました。
私はゆりちゃんに、『ママはパパに会えたんだよ。』って伝えたんだけど、私の声は聞こえなかったみたい。
ずっと泣いていました。
しばらくたってから、部屋の全ての家具が外に運ばれていきました。
本当に、何もなくなってしまいました。
だけど、私は不幸じゃないわ。
私は、笑顔いっぱいの中で生きてきて、ママが最後は幸せだったことも知っています。
だから、私は不幸な部屋じゃないの。
幸せに生きてきた部屋なのよ。