その3-1
また数週間が過ぎようとしていた。シミットのパン作りの腕前が上がっているのを実感していたけど、やっぱりお客の行列は全然なかった。
いつものような私のいるパン屋で、私は言われたことを信用できなかった。
「……え?」
「言ったとおりよ?」
いや、信用できない。……環境省に出張に行け、だって?この世界の魔法の管理局である、環境省へ……?
「何かの冗談じゃないんですか?」
「いいえ、これを見てみなさい!」
店長は堂々と紙を見せた。確かに……環境省の印鑑付きだ。
「……って、なんで私なんですか、おかしいでしょう」
「ルヴァンは最近がんばってるじゃない。だから、その頑張りをお偉いさんに……」
「……嫌です」
断固拒否。わざわざ相当な遠出するほどではあるまいし。それに私じゃなくても他の人に適性がある。
「どして?」
「他の人の方が私より適任じゃないですか。わざわざ私が行くまでもありません」
「給料下げるよ?」
「構いません」
……本心だ。私はシミットの先輩とはいえ、新入りの一人だ。そういうのは上司のほうが顔が効く。
「どうしたんだルヴァン先輩?」
シミットがやってきた。
「ルヴァンがいじけた」
「だめだぞルヴァン先輩。わがまま言っちゃ」
「いじけてませんし、わがままも言ってない」
言ってることは全うだろう。いつもの私だ。
……
……。
……いつもの、私だ。
「ルヴァーン。そんなこと言ってないでさ」
店員もいつものペースだった。
そのペースが……心底鬱陶しい。
「これはチャンスでもあるのよ。売り上げでも。そして、あなたにとってもね?」
何がチャンス? そんなの、他の人にも任せること出来るでしょうが。
「……ルヴァン、貴女は店員なんだから」
う……
「会わなきゃ、それはそれで無問題でしょ?」
………この言われた言葉に無意識に腹を立てたのか、不機嫌になったように私は言った。
「……誰に、会うのが嫌って言ってたんですか」
「いいえ別に?」
「……この際だから言いますけど、ホント嫌な人ですね」
「おいルヴァン先輩!」
「いいのよいいのよ。人のことはなんとでも言いなさい」
……いつもの表情で、本当にむかつく。それを認める店長も店長だよ。
……ほんと、むかつく。
「ま、ルヴァン一人じゃ大変だし、シミットも言ってあげて」
「……いいんですか? 俺たち新人じゃないですか」
「いーのよ別に。二人はよく頑張ってるし。それに二人で十分だと思うわよ?」
不安なんだけど。
「でもまぁ不安だし、あと何人かつけておくわね」
おいこら。
「……」
「で、ルヴァンの返事を聞いてないんだけど?」
「……」
……店員に私情は禁止、か。
「……分かりました」
「……うん、気迫はないけど、いい返事だとしておくわね」
……店長命令だし、仕方ない。……それに、私はただのパン屋の店員なのだから。
……私情は禁止、でしょう。
持ち場に戻った私とシミット。どうやらシミットはまだ気にしているらしい。そう思ったのか、声をかけてきた。
「なぁルヴァン先輩、どうしたんだ?」
「何が……?」
「さっきの先輩、まるで先輩じゃなかったぞ?」
……
「気のせい」
「んー……気のせいなら別にいいけど」
……何さ。文句ある? 心の中で私は言う。
「でもやっぱ……」
「しつこいよ……さっきも言ったとおりよ」
「……そっか」
少し悩んだシミットだけど、やがて一人で頷いた。
「そうだよな。先輩、仕事は結構真面目だし、嫌がってるのも演技だったんでしょう!」
「うるさい。私は真面目よ」
そう、真面目。店長のようにあっけらかんとしたような人じゃない。
「ま、とにかくフォローするんで、ルヴァン先輩はじゃんじゃんお願いします!」
「……」
……何を言ってるのか全然わからん。まさかシミット、店長に毒されてるわけじゃないよね?
「ま、先のことはその時考えるってことで」
「ひどいな」
「考えるのはそんなに得意じゃないしな」
ここに来たのも、自分が妹の面倒を見た、という理由だけ。シミットはぶっちゃけ、「バカ」って言葉が似合うと思う。……本人に下手しても言えないけど。
……それにしても、先のことはその時考える、か。
……先の事考えてもなんも意味がない。
だって……私は「その先」を知ってるのだから。
―――そんなルヴァンの様子をそ、店長は眺め、呟いた。
「……この環境省には、天才がいる。どんな強大な魔法もまるで描くように使える天才である彼。そのため、魔法を行使すること制限は冒険者以上。もし、その人の身内に……魔法が『使えない』人がいたらどうなるか。……本当は、行かせることに抵抗感があるんだけど……あの子ならきっとちゃんと選択してくれる。そんな気がするわ」