その2-4
「さてと、もう少しで……ん?」
私たちが働いてるパン屋の扉が開く。中からおばあさんがパンを抱えて、重そうに持っていた。
「……大変だ。手伝おう」
「了解!」
いい返事。私は無言で頷き返して、おばあさんの近くへ。
「荷物、運びましょうか?」
「いいのよ。これは私の問題ですし」
おばあさんは遠慮しがちだが、そこにシミットが割って入る。
「そんなこと言ってないで、持たせてくださいよ。俺重いもの運ぶの得意ですし」
「けどねぇ……」
まだ遠慮しているおばあさんに、私は言葉をかけた。
「いいんですよ。店長も本当は一緒に運ぼうと思ってたでしょうし」
この状況を見過ごせるほど、私は悪人じゃないし。それに言った通り、店長も悪人じゃない。今は一人だけだったから、迂闊に店も閉められなかっただろう。
店長は鬼だけど、鬼じゃないのは分かってるから。
……って、何思ってるのさ私は。
店長は鬼だよ。鬼畜だよ。悪魔だよ。そんなことを頭の中で呟いた。
おばあさんはあきらめたのか、私たちに一礼した。
「……それじゃ、お願いします」
「任せてください! ルヴァン先輩はそっちのほうを持ってください!」
「分かったよ」
そういって、私も荷物を持ち、おばあさんの後ろをついていくように歩き出す。ゆっくりだったけど、仕方ない。むしろ、今はゆっくり歩いてもらったほうがいいかもしれない。何となく、落ち着くからだ。
パンの入ってる袋を持ってると、不思議と和らぐような気がするから。
変だと思うけど、でも本当にそう思う。
……
……私が持っている間、シミットとおばあさんは二人で話していた。時々私にも話を振ってきて、私も答えて。
穏やかな、時間だった。
……やがて、私たちは少し大きな家にたどり着く。どうやら、このおばあさんは孤児院の人だったらしい。だからこんなにパンを買っていたんだなと、一人で納得していた。
「本当にありがとうねお二人とも。どう? 中でお茶でも……」
「いいですよ別に。私たちは店長に報告しに行かないといけないので」
「あらまぁ……ごめんなさいね。そんなときに手伝ってもらって……」
「……店長は割と楽観的なので、大丈夫ですよ」
多分。でもこれぐらいなら仕方ないことだろう。店長もまぁ……許してくれるはず。
「それじゃ、暇なときにまた来てくれると嬉しいわ」
「その時が来たら、またお手伝いしますね!」
シミットがそういう。そんなこと言うシミットは得意顔だった。それが、ちょっと羨ましい。
私は遠慮だけだった。
でも、彼は真っ直ぐだった。
その真っ直ぐさ。……それが羨ましくない、と言ったら嘘になる。
私は……なんだかんだでひねくれているのだから。
でも……今はただ、素直に。
「それでは、またのご来店を。心よりお待ちしております」
そういって、私とシミットは孤児院を後にした。
さっきよりも少しだけ早めに来た道を戻る私とシミット。そんな中、話すのが好きなのかシミットがまたこっちに話しかけてきた。
「それにしても、ルヴァン先輩は優しいですよね。ほんと、いい人だと思います」
「そんなわけないでしょ。それに、こんなとこで言わないでよ恥ずかしい」
正直な気持ちだった。本当に恥ずかしい。
「……そうだ、さっきの話の続きの続き、なんですけど」
「また独り言? でも聞いてる暇はないよ」
「いや、独り言じゃなくって……俺がルヴァン先輩のいる店に来た理由です」
いや、別に聞きたくないんだけど。他人のことを聞いたところで、私が変わるわけじゃないし。
「……あの、妹を助けてくれて、ありがとうございます」
「……え?」
いや、助けた記憶ないんだけど……
……待った。……まさか。
「実は、俺が冒険者として飛び出した後……妹が引きこもりになっちゃったらしいんです」
「……」
「もちろん、手紙も何度も出しました。不安で不安で。……でも、一向に返信が来なくて」
だから、あれだけ大量の紙があったのか……。ひとりでに納得していた。
「で、もしこの手紙で来なかったら戻ろうとしようとした。その時、手紙がやってきてくれて」
「……それで、書かれてたわけ?」
「はい」
…………何それ、すごく恥ずかしい。
正直顔真っ赤だと思う。目線も何度も逸れ気味だったし。
「だから……兄として、感謝の気持ちを述べたい。……ありがとう、ルヴァン」
「……別に……大したことじゃない」
本当に大したことじゃない。誇れることでも何でもない。というか……こんなところでそんなこと言われても困る。いや、どこで言われても困る。
……あんまり、人助けはするものじゃないな……と思ってしまうほどに。
「それだけです。……それじゃ、急いで戻りますかっ!」
「……」
何となく、無言になっていて。ふと、口が開く。
「……実は、私も引きこもりだった。なかなか魔法もうまくいかなくて。それを救ってくれたのは、パンなんだ」
……多分自分でも無意識に口は開いていた。
「……ごめん、独り言」
「大丈夫、聞いてませんよ」
そういい返してるってことは、聞いているってことで間違いないな。……まぁ、これで差し引きなし。とりあえず無言のまま、店に帰ることにした。
「おかえり、二人とも!」
まさか入り口前で迎えてくれるとは思わなかった。
いや、窓越しに光景を見ていたんだろう。
店長は何も言わずに、私とシミットを抱きしめてきた。
「うわ、ちょ、店長!?」
シミットはいきなりの出来事に動揺していた。私は慣れたんだけど。慣れたんだけど。
「店長」
「あぁ、ごめんごめん」
反省の色が見えない店長の声。やっぱりこの人いろいろおかしい人だった。
「とにかく、今日は早仕舞いにすることにした」
「え……いいんですかそれで」
「もちろんよ。この店の店長は誰だと思うの?」
……絶対店長じゃない気がする。
「ルヴァンは後で説教ね」
「へ!?」
いきなり心の中を読まれて驚く私。しかもその隣でシミットがいらんことを言い始める。
「……そういえば先輩、店長のこと……」
「わー!わ、わー!!」
やめろ、やめろ! ホントやめてそういうこと言うのは!……って待てよ? 私そんなに店長の特徴を言ったわけじゃないぞ……?
「……ルヴァンだけ、後でお店に来るように」
「……」
はめられた。……シミットはやっぱりバカだ。
そして店長はなんか心底楽しそうで……でもそこが見えない声だ。
今日も明日も曇り空。……きっと最悪なことになるでしょう。