その2-1
「今日は曇り空。過ごす分には問題ないでしょう」
あれから数週間が過ぎようとしていた。特にやることは変わらない。
パンを焼いて販売して、あとは接客して。それの繰り返しだ。
別に、嫌気がさしてるわけじゃない。寧ろ、こんな風に何事もない平和な日々がいい。
扉の音がなる。お客様が入ってきた合図だ。
「いらっしゃいませー」
「俺をここで、働かせてくれぇぇぇぇぇい!!」
……
……
……は?
「……言っている意味が分からないんですけど」
「いや、だから、俺を働かせてくれ!」
その意味が全く分からん。
心の中で呟きながらも、とりあえず理由を聞いてみる。
「……どうしてですか?」
「ここで働きたいからだ」
「他にもパン屋があるというのに」
「ここがいい!」
「……」
ふと、ちょっとした過去を思い出した。でも、すぐにしまう。
あくまで彼は彼であって、私じゃない。
そんなことはわかってる。
……でも、それ以前に……
「……今募集してないんですけど」
「……マジ?」
「はい」
そりゃそうだ。丁度、私がここに来た時に終わったし。ま、運が悪かったと思って諦めてもら……
「話は聞かせてもらった!」
……
……
……そうだ、この人のいるパン屋だった。この人と一緒にいると可笑しなことが起こるんだった。
「ちょうど今人手が少なったところよ! みんな出張だの休みだのだったし」
「……緊急補充、ってところですか」
それはそれで困るんだけど。ってか、根は悪い奴じゃないけど、開口一番がそれな人なんだけど。大丈夫なのだろうか。
……
……
……そう思っている、ということはもう諦めているという証拠だ。ずいぶん毒されたな、と、ふと思ってしまう。
「ってわけで、ちょっと軽く面接しよっか? 今ちょっと散らかってるけど」
「散らかってるって!? 店長の部屋じゃないでしょうここは!?」
ってか何で散らかっているんだ。前に呼ばれたときには散らかってないでしょうに、どうして。
「まぁ、てことで、ルヴァンはそっちを頼むわね」
「……分かりました」
ってわけで、店長は男性を連れて奥の部屋に。
……
……
……それにしても、新入りか。そういえば、自分が入ってきた後、新しく入ってきた人はいなかった。私にとって、この店は先輩や上司ばっかりだった。となると、彼が私の後輩になる。……ってことか。
「……はぁ、なんてことだ」
別に、来るのが悪いってわけじゃない。というか、彼は確実にこの店で働くことになるだろう。
と、思っているからだ。普通ならそんなことは思わないはず。
……でも、あの人がこの店の店長のために、そんなことがないとは言えない。
「……今日も明日も曇り空。太陽が見れるのはいつ頃でしょう」
……今すぐ現実から逃げたい。