その3-5
気がついたら……朝日が登っていた。
「……」
何か重要なことを考えていた気がするけど……夢だったんだろうか。
まぁ、いいか。っと、ぼーっとしてる暇はない。昨日は1日休ませてもらった分、片付けはちゃんとしないと。
数時間後。
片付けも終わり、飛空挺にまでやってきた私たち。代表の方……一番偉い人でもなく、ましてや兄でもなく。感謝の言葉をもらってから私たちも、飛空挺へ入っていく。私も礼をしてから飛行船に乗ろうとして……
ふと、足を止めた。
「ルヴァン?」
…何か、重要なことを忘れている気がする。
あれは夢だったのか? 自分で自分の答えを探していたのは夢だったのだろうか?
私はやっぱり気のせいだろうと思って、一歩進もうとして。
あのまま、納得してくれるのだろうか?
っ! そうだ。このまま帰るわけにはいかない!
「ごめんシミット! もうちょっとだけ時間を稼いで!」
そういって荷物をほぼ乱暴において……
ダッシュ。
場所はわからないけど……! でも、なんとなくあては……ある!
「……もう行ったのか。時間は経つのは……早いな」
声が聞こえた。その声の奥にいるはずの、邪魔な扉を強引に開けた。
「……誰だ? ……!?」
「はぁ……はぁ……」
「ルヴァン……!?」
「……ちゃんと、話すことがある」
驚いている兄を放っておき、それだけ言って、一度息を整える。
「……私は落ち込んでいたんだ。自分が何で魔法が使える兄がいるのに、魔法を使えないのか。そのとき通ったパン屋の匂いとその味……それが、私がパン屋で働くきっかけになったんだ」
「そう……なのか」
「……構わないよ。怒っても、嫌っても。そのほうが、スッキリする」
私はそう言って、兄を一直線に見た。……兄は、何も反応はなかった。
沈黙が重かった。やっぱり兄は怒っているのだろう。
怖かった。
……そろそろ時間になりそうだ。そうやって私は怖いことを、怒られることを嫌って、黙って、この場を離れようとして。
「……そっか」
「……」
兄の声に、足が止まる。もう身体は戻ろうとしていたけど、私はそれを必死にこの場に食い止めた。
怖いのは本当。怒られて当然。
兄は将来有望の魔法使いで、その兄に妹がいるのは恐らく何人か知っている事実だ。
その兄の妹が、魔法を使えない落第生だったら周りの人間はどう思うだろうか?
考えるだけで怖くって、ずっと兄に……フーガスお兄ちゃんに言えなかった。
だからせめて。この場で声を聴こうとして、私の心がそう思っていた。
「今の道で、満足しているのか」
言葉をかけられる。厳しいような声に、振り返らずに頷き、答える。
「……店長は嫌な人だけどさ」
自分の声から出る一語一語が凄く重い。振り返る余裕もない。
「でも、その道に行くと決めた。そうだろう?」
意外な言葉に、思わず息をのんだ。身体も硬直した。でも、声を出した。
「うん」
たった一言。その一言。怒りでも恐れでもない、自分の感情のままに出した一言。
その一言の後……兄は答えた。
「……それがお前の選んだ道なら、兄として応援するだけだ」
「……!」
……意外だった。
兄は応援してくれる、って言ってくれたから。
私の予想した反応とは……違ってて。
……兄は厳格な人で、自分にも他人にも厳しかった。だから……何も言わずに道を逸らした私を怒るのか、それとも幻滅したのか。
怖かったんだ。
いや……恥ずかしかったんだ。そうじゃなかったら、あんなふうに怒鳴っていないはずだったんだ。
……素直に、なれなかった。
……だから、本当に……
……ごめんなさい。
そして……ありがとう。
「ルヴァン、泣いているのか?」
「ば、バカッ、泣いてなんかない」
泣いてない。声は震えてるけど泣いていない。目頭が熱い気がするけど泣いてないから。というか、そんなこと、もし泣いていても言わないでほしい。
「あぁ、悪かったよ」
「……」
こういうところが鈍感なんだ。天才の、お兄ちゃんの……短所。
いろいろ言いたいけど、早く行かないと。意地張った心がゆっくり溶けて、やがて私はゆっくり歩き始め、振り返らずに声をかける。
「じゃあ、そろそろ行くよ……そっちも頑張ってよね」
「あぁ」
たった一言を交えて、ふと、気になって何となく言ってみた。
「……あの、そのさ」
「……いずれ休みが取れたら、そっちでパンを買いにいく」
先を見据えられた答えに私は動揺し、思わず振り返った。お兄ちゃんはとてもやさしい表情をしていた。それもあってものすごく恥ずかしくなってきた。
「こ、来なくていい!……あぁ、いや、来てもいいけど……」
「ふっ……分かってる……そろそろ行け。待ってるんだろ?」
「……うん!」
行ってきます。
心の中で呟いて……私は走り出した。
……
心も体も……まるで拘束が解けたように……軽かった。
意地張っていたんだろう。
でも……その意地はもう、なくなっている。
これからは、遠慮なく、パン屋である自分を誇れる気がするからだ。
「……頑張れよ。ルヴァン」
後ろから聞こえた言葉に、私は手を振って応えた。




