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その1-1

「今日も快晴、気持ちの良い晴れ模様でしょう」


 私は窓の外を見ながら誰にも聞こえないように呟く。そんな私が呟いた場所は、パン屋の工房。

 時折この王国に住んでいるお客さんや冒険者っぽいがやってきて、たまに混雑することもある、いつものようになにも変わらない、私の働いている小さなパン屋。


「おーいルヴァン。頼みたいことがあるんだけど」


 店長に呼ばれた。私は一度パンをこねる手を止めて店長の元へ。


「なんですか、店長」


 私がパン屋で働こうと思った時に偶然この店に貼られていた募集告知を見て私はこの店に働こうと思った、この店の店長だ。

 一応女性。独身なのか結婚してるのか分からないが、私がここで働いている限り、この人はいつも店の厨房に入る気がする。だから独身だ。


「……今、独身とか思った顔でしょう」


 ………たまに心を読んでるんじゃないかと思うぐらい、勘が鋭い気がする。この人本当に嫌いだ。


「まぁいいわ。ルヴァン。貴女に出張サービスを頼みたいの」


 出た。出張サービス。私は嫌そうな顔を浮かべる。歩くのだるいし、道中魔物もいる。そんな危険な状況で出張してこいと。私はパン屋で働く普通の一般人だというのに。


「嫌です。というかなんで自分なんですか」


 こういうのは他の人が適正ある。私が行くなんてもってのほかである。しかし店長は素顔でとにかく私を見ていた。

「そう言いつつも、いつもひょっこりと生還してくるじゃない。私はその逃げ足を評価してたのんでいるのよ」

「………褒めてないですよね」

「褒めてるわ」


 嘘だ。逃げるのなんて他の人にとっては恥なのに、私の長所の一つとして組み込まれているなんて。私は無意識にため息をついた。


「……で、行って来いと」

「もちろん」


 即答だった。


「給料はさらに引き上げるわよ」


 ……時々思う。個人の給料引き上げてこの店の経営は大丈夫なのだろうかと。さすがに店が潰れるなんてそういうのはごめんだった。

 でもなぜだろう。この店はそうそう潰れないんじゃないかと、同時に思うのだ。


「で、答えは?」

「……分かりました」


 結局、お金に目が眩んで私は引き受けることになった。

 あぁ、やっぱり私は貪欲で金の話を聞いたら承認してしまうのだろう。なんてことだ。決して、私が積極的ではないと思いたい。


「よろしい!」


 店長は満足そうに頷いた。私はもちろん不服だった。とはいえ、もう後には引けない。私は意を決したかのようにため息を吐いた。


「で、店長。出張先ってどこなんですか」


 私は店長に出張先を聞き始める。店長はそれを聞いてすぐに手元の紙を一枚引っ張り出すと私に手渡した。

 …場所はここから南東にある、田舎村。往復にしても1時間ぐらいあれば大丈夫そうだ。


「販売する時間も3時間ほどで大丈夫なんですか?」


 店長に聞いてみる。


「もちろん。依頼主もそれぐらいでよし、と言っているわ」

「分かりました」


 ……しかし、そうは問屋が卸さないのがこの世界だ。運よく魔物に遭遇さえしなければ1時間だが、下手に遭遇しすぎるとそれ以上かかる。力さえあればいいのだが、私は残念ながら一般人。……ついでに、魔法もかなり制限されている。

 この世界は魔法を学べばいつでもどこでも制限なく、手順さえ守って実力さえあれば使うことができる、当たり前にあるモノの一つだ。ただ、あんまり使いすぎると環境が悪くなる。実際に資料で見たことがある。以前まで緑で生えていた森林が、魔法の使いすぎで雑草すらもない荒地と化した土地があること。そのため、使うには許可証が必要だし、腕輪を必ず人に見せられる位置に装着しなくてはいけない。しかも使うのにも環境省ってところが決めた「一週間ごとに使える量」を腕輪に自動的に設定される。それを越そうとすると警告がなされ、それを破ろうとしてそれ以上使ったら腕輪から特殊な魔法が発動されて、数日間使用不可にされる。

 確かに、下手に使いすぎて環境悪くなるのはご勘弁。魔物も狂暴化する可能性もあるらしいし、そうなったら出張どころの話じゃなくなる。

 ……別に、心配してるわけじゃないけど。


「よぉく読んだ?」


 店長が私に声をかける。私は営業資料から目を離してうなずく。店長は満足そうにうなずく。


「それじゃ、行こうか!」


 ……は?


「善は急げ。ほらほら行った行った!」

「……いや、ちょっと待ってください。もう一度見させてください」


 どういうことだ。思わず私は店長に待つように言ってから紙をもう一度見る。

 ……日付は書いてない。イコール今日って……。


「……店長。別にこれ明日でも良くないですか」


 今の営業資料を見ながらも私は反論する。


「確かに善は急げ、とは言いますし、時間をかければ出来立てが出来るはずです。けどそれを考慮しても急ぎすぎだと思います」


 店長はこういうことでせっかちだ。

 でも店長は机を軽く叩き始めた。私に「行け」と示している。

 この店長、机をたたくときは基本的に「有無を言わさず行け」と言っているようなものだ。拒否するとどうなるか分からない。噂では「夜中に化けて出てくる」と言われている。訳が分からない。しかもその日からばったりとお客が来なくなるらしい。なんだそりゃ、とは思う。しかしお客が来ないと給料下がったり最悪店が潰れる可能性もなくはない。そんな噂が本当だったらどうなるか。最悪なパターンになりそうだ。思わずため息をついた。


「……分かりました。行きます」

「よろしい!」


 笑顔になりながら店長は私に抱き着いてきた。この人、たまに頭のねじが狂ってるんじゃないのかって思いたい。というか、人として恥ずかしい。この人が店長でなければぶん殴っているところだ。


「店長」


 私は冷めた声で店長に遠まわしで「離せ」と告げる。なんかもう慣れた。後悔はしているが、他にあてもない。なんていうか、諦めているんだろう。

 店長は渋々と私から離れて、でも肩を押して準備を進めるようにさせる。私は片手を振りながらこの場を離れて、作業へと戻ることにする。

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