第二章 アイドルは女王様 - 10 - 舞の告白
第二章 アイドルは女王様 - 10 - 舞の告白
「柔らかいでしょ、圭太さん。私の胸は貴方の手の温もりを、優しく触れた指先の感触をはっきりと覚えています。貴方は不思議に思わなかった? 初めて類と会った時、初めて私と会ったとき、貴方はなぜパニックにも陥ることなく普通でいられたのか。そのことが、一つの事実を示しているの。記憶はなくても、覚えている。あたしも類も、そのことが本当に嬉しかった。だからではないけど、貴方のことが欲しいと思った。その想いはこうしている間も膨らむ一方なのだけど、今は全身全霊をかけて耐えています。そのことだけは、分かっておいて欲しいの、圭太さん」
我慢しているのは圭太も似たようなものなのだが、圭太の場合は三十年こじらせ続けてきた実績がある。良くも悪くも圭太がそのチャンスをものにできるわけがなかった。
チャンスの方がいつまでも待ち続けているなら話しは別である。だが、今の圭太にはそんなことを判断できるような余裕はない。
「はぁ……」
結局今の圭太にできるのは、気の抜けたような返事を返すことくらいであった。
「この感触を忘れないでくれたのなら、今はそれでいい。でもね、圭太さん。本格的な戦いが始まってしまったら、二人でいられる時間は取れなくなります。できればその前に……」
舞は言いかけて、途中でやめてしまう。
「いや、忘れて圭太さん。所詮は、あたしの想い……あたしの欲望なのだから。それに……」
またもや舞の言葉は途中で途切れた。
ただ今度は本人の意思でやめたわけではない。
悲鳴が聞こえたからだ。
浴場の中央辺り、女性の声で。
「圭太さん、絶対に此処を動かないで!」
それだけを言い残して、舞は悲鳴の聞こえた方へと向かい一気に跳ねる。
お湯の中を移動するより遥かに早く移動できるが、十数メートルある距離を助走なしで跳べるのは人間業ではない。
だが、それを舞は軽々とやってのける。
薄暗い浴場の中央付近。
一体なにが起こったのか、初めは分からなかった。
だが、巨大な浴槽の中央付近に、何かが浮いているのが分かった。
どうやらそれは、人間の女性の体であるようだが頭部がなかった。
水面の上でゆらゆらと動いている。
そしてその周囲のお湯には、圭太のいる位置からだと黒々とした影のように見えるものが急速に広がりつつあった。
とくに調べるまでもなく、その影とは切り取られた首から流れ出した大量の血液であることがわかる。
そこに舞が落下する。




