新しい居場所
森の中で餓死寸前だったユーベルトートは青肌のファゲイトに助けられる
意識がモウロウとする。森の奥でユーベルトートは仰向けに倒れている。体の上をムカデがはってゆく。
このまま飢えて力尽き、土に返るのだろうとユーベルトートは思った。
誰か覗き込む。青い顔。
「あの……アレキサンダー・ファゲイトさんですか?」
「ああ、ザンと呼んでくれ。とりあえずこれ食え」
ザンは干した果物と水の入った木の筒を差し出す。
「ありがとうございます」
ユーベルトートは顔に食べ物を近づけた。すると顔の上の鎧が透過して食べ物が口に入った。
ユーベルトートは干した果物を貪り食い水を飲み干した。
「どうして私を助けてくれたんですか」
「頼みごとがあってな」
「何です?」
「浮雷名郡の胡桃屋地方に北の魔王軍が侵攻してな、そこにあるゴブリンの村を守る兵隊を探している。当然、ゴブリンの村なんかマトモな奴は相手にしねえ。相手にするのは、俺みたいな青肌のはぐれモノか、お前みたいに呪われて誰からも相手にされない奴だ」
そう言ってザンは少しはにかんだように笑った。それは村で見せた無愛想な表情とはうってかわって、ユーベルトートに
親近感をもっているようであった。
「私が怖くないんですか?」
「じゃあ、聞くが俺の青肌が怖くないのか?」
ユーベルトートは首を横に振る。
「そんなもんさ、青肌も呪いも。数が少ないからつまはじきにされる。みんな青肌だったり、みんな呪われてたりすれば、それが当たり前で誰もつまはじきにしない。数が少ないってのはそういうことさ」
「分かりました。お味方しましょう」
「報酬は聞かないのか?」
「報酬は何ですか」
「毎日メシが食い放題、井戸の水が飲み放題だ」
「そんな事だろうと思いましたよ。でも、村からはじきだされて働くあてもない私にとっては、それは命を賭けるにに値する報酬です」
「俺にとってもそうだったさ、じゃあ行こうか」
ザンは満面の笑みを浮かべた。
「はい」
ユーベルトートはザンの後ろに続いた。
村に入ると、村の入り口の草原に金髪碧眼のエルフの青年が腰を下ろして本を読んでいた。
エルフはユーベルトートを見ると立ち上がって近づいてくる。
「なんだい、たくましい新入りさんだねえ、この厚い胸板、いいね、最高だね」
そう言いながらユーベルトートの胸板を鎧の上からなでまわす。
「なんかこう、お尻もきゅっとあがっててさ」
エルフはユーベルトートの尻に手を回す。
「何するんですか」
ユーベルトートが飛びのく。
「だいたい、なんでエルフがこんな処にいるんですか。この世界じゃ、エルフが食物連鎖の頂点なんでしょ」
ユーベルトートがそういうとエルフは首をすくめた。
「色々あってね、ボクはエルフの国にいると殺されちゃうんだ。だからここに来た。エルフの国じゃ職業にもつけないし、部屋も貸してもらえない。そんなボクにとっては毎日食事が出来て住むところがあるここの暮らしは最高さ」
エルフは手を差し出す。
「ボクはマシュー・シェパード。よろしくね」
そう言ってマシューはウインクした。
「あ、はい……」
ユーベルトートはマシューと握手した。
「おい、新入りか!」
大きな怒鳴り声がした。
「あ、ババ!」
マシューが嬉しそうにふりかえる。
そこにはスレンダーな体の東洋人の青年が立っていた。
「おう、新入り、お前日本人なんだって?俺も日本人のやる夫って言うんだ。ここの連中は俺の名前がおぼえられなくってババって呼んでるけどな」
「こんにちわ、ババって何ですか?」
「アニキって意味らしいぜ」
そこに小さな女の子がとことこと歩いてきた。
「なんだ、新入りか、えらそうに鎧きやがって、見掛け倒しか。ちょっと腕試ししてやる。かかってきな」
くりくりした丸い目にずんぐりとした体型、黒髪。ともすると小人ようでもあり、子供のようでもあった。
「あ、ダメだよ、おじょうちゃんこの鎧は頑丈だから叩いたりしたら怪我するよ」
ユーベルトートは気を使って後ずさりした。
「なんだ、てめえ、、なめてんのか」
そういうと女の子はトコトコ歩いてきて片手でユーベルトートの足を掴み、高く持ち上げて地面にたたきつけた。
ガシャン!と大きな音がした。
「うーん、いたたたた。何ですかこの子」
「ははは、言い忘れてた、こいつはアスラ。日本語でいうと阿修羅族かな。阿沙比奈って言うんだ。みんなアサヒナって呼んでるよ」
「なんだ、鬼神ですか、それを早く言ってくださいよ」
ユーベルトートは起き上がった。
「お、私に投げられて生きてるのか、よし、合格だ」
アサヒナは満足そうに腕を組んだ。
「ところで、敵は北の魔王とモンスターの軍団なんですよね」
「あ?お前何言ってんだ、相手は人間だよ」
アサヒナが眉をしかめて言った。
「え?どういう事ですか。人間って、もしかして村人たちですか。それは話しが違う。あなたたちは人間の村を襲うんですか、盗賊ですか!」
「何言ってやがんだ、襲ってくるのは人間だよ。それを殺しても正当防衛だ」
「でも、何故、人間が北の魔王の味方をするんですか」
「そりゃ……何だっけ?」
アサヒナがババのほうを見る。
「メタンガスだよ」
「そうそうメタンガス……って何だっけ?」
アサヒナが首をかしげる。
「元々人間がこの世界に住み始めたころ、ここの住人たちは人間を歓迎した。しかし、人間は力をつけるに従い、
自らの力を過信するようになった。そこで、北の魔王が人間たちをそそのかし、武器を渡して不可侵条約を結んでエルフの国を攻めるようすすめたんだ。人間はエルフの国に攻め入ったが、それと同時に北の魔王は不可侵条約を破棄して
人間の国に攻め込み、大量の人間をさらって北の国に帰っていった。そして痺谷地方に殺害した数千万人の人間の死体を捨てた。その死体が腐って、メタンガスが発生した。その大量のメタンガスを現在の人間たちの王、
騎士の孫が利用しようとしてるのさ。対エルフ戦争に参加した騎士の孫が英雄の子孫と崇め奉られて人間の王になっている。その王が北の魔王国からメタンガスを引き入れて、それを国民に売って大もうけしようとしているんだ。それは、自分たちの先人の死体でできているガスなのにな。当然、エルフやこの世界の住民たちは、人間が魔王と手を組むことに反対している。しかし、騎士の孫はそれら世界の人々を裏切り、利権のために北の魔王と手を組んだ。そして、北の魔王を支援するため、浮雷名侵略に援軍を出したってわけさ」
「うーん」
ユーベルトートは考え込んでしまった。
「まあ、すぐに答えを出さなくてもいいさ、一晩ゆっくり考えな。それで人間の村に帰って俺たちを攻撃するための軍に加わるもよし。ただ、お前みたいなはぐれものは、連中に利用されて捨てられるだけだろうがな」
そう言って、ババはその場を立ち去った。
魔王と戦う心積もりだったが、実際に戦う相手は人間だった。