前と同じになっただけ
衛は焦げ茶色の鎧を着たユーベルトートという戦士と出会う。
松平衛が人間の村に足を踏み入れると、皆々衛を見て目を輝かせ、大歓迎してくれた。
寛容で優しい人たち。
大部分が黒髪の東洋人であった。というか日本人だ。
この地域は日本人の流入者が多いようだった。
村人たちは住む家を紹介してくれ、カンパで生活資金を集めてくれた。
衛は人間関係が苦手で、こんなに親切にしてもらったことは初めてであり、とても感動した。
にこやかに笑いながら寄ってくる人々。ふと、衛の前を青い肌の人間が通り過ぎる。それは、この地域の
ネイティブの人間なんだろうと思って衛が声をかける。
「こんにちわ」
しかし、その青い肌の人間は無視して行ってしまった。
「ほっとけよ、あいつ、アレキサンダー・ファゲイトっていうんだ。変わり者だから相手にしないほうがいいよ」
「そうなんですか」
衛は呆然とその後ろ姿を目で追った。
村の住民はほとんど日本人だったが、耳の長い金髪のエルフや肌が灰色のダークエルフもいた。
彼等エルフは理知的で、とても好奇心旺盛で、衛に前に住んでいた異世界の話を熱心に聞きたがった。
衛はこの村で弓と剣を習い、狩人として生きることにした。何事もなく平和に日々は過ぎた。
そんなある日、村の若い女が失踪した。村をあげて探し回り、山狩りをして探したが、若い女は
草むらの中で死体で見つかった。その腹と額にはナイフで星型に切り裂いた魔方陣の形が刻み込まれていた。
魔法術の生贄にされた事は明らかだった。この村で魔法を使うのは主にエルフだった。
エルフは好奇心旺盛だが、それが行き過ぎて過度な実験に執着することがある。その材料に人間の内臓や
若い娘の生贄が必要であるとわかれば、良心より好奇心が勝って殺してしまうことがあるようだ。
殺したのは若い男のダークエルフだと分かった。
村の若者たちは怒り狂い、エルフたちに罵声をあびせた。
罵られたエルフたちは自分がやったわけでもないのに、しょぼくれ、「ごめんなさい」というプラカードを首からさげて、人間が通るごとに頭をさげた。その平身低頭な姿は気の毒なほどだった。
しかし、しばらくすると、村にゴブリンたちがやってきた。コブリンたちは人間に罵声をあびせかけ、過去に人間たちがエルフの村を襲って村ごと皆殺しにしたと言い立てて棍棒を振り上げ、人間たちを追い回した。
それをエルフたちは止めて、ゴブリンたちを追い払った。
次の日、、村のはずれにゴブリンの死体が落ちていた。誰か、村の若者が恨んで殺したのだろう。
一見平和そうな村でも、色々と種族間の軋轢はあるようだった。村の者たちの話しを聞いてみると、
みんなゴブリンが嫌いだった。エルフは尊敬しているようだった。
口々に、「何で俺たちの先祖はエルフの村を襲ってしなったんだろう」と口々に言って反省していた。
そんな事があってしばらくしてから、村にこげ茶色の鎧と仮面をかぶった戦士がやってきた。
「人々よ、騙されてはならない!悪いのはエルフだ!我々の先祖はいい事をしたのだ!」
大声で怒鳴りながら甲冑の戦士は村を練り歩いた。
「うわっ!ユーベル・トートだ!」
人々は怯え、家の中に走りこんだ。
だが、衛はこの甲冑の戦士に興味をもった。本当の事を知りたい、そう衛は思った。
衛は、人々の目を盗んで、こっそりとこの甲冑の戦士の後を追った。
村のはずれ、誰も居ないのを見計らって衛はその甲冑の戦士に声をかけた。
「あの、お話を聞かせていただけませんでしょうか」
「うむ、よかろう」
甲冑の戦士は衛を手招きした。
甲冑の戦士は、人間がいかに素晴らしいか訴え、本当はエルフが人間の村を侵略し、人間はそれに抵抗したものの
敗れて降伏してしまったのだと衛につげた。
そして、時々村にやってくるゴブリンも、エルフが金で雇ってやらせているのだと教えてくれた。
衛はこの戦士、ユーベル・トートの言葉に共感し、彼と暮らすことを決意した。
彼は、衛にあらゆる戦闘術を教えてくれた。そして、人間に誇りを持ち、いつの日かエルフたちを倒し、人間が
この世界を支配すべきなのだと教えた。
衛は短期間でめきめきと武術を習得し、やがて、ユーベル・トートの術をすべて取得してしまった。
「もう、お前に教えることは何も無い。全ての術を習得した褒美に、私の宝物の甲冑をお前に与えよう」
「え、そんな、大切な甲冑をいただけません」
「いいのだ。私はもう老いた。これからはお前が人間たちのために、正義のために戦うのだ」
「はい、わかりました。師匠」
「では、この指輪に口付けするのだ」
そういって人差し指を差し出すユーベル・トートの指に赤と黒のマダラ模様の石がはめ込まれた指輪があった。
衛は何の躊躇もなくそれに口付けした。すると、ユーベル・トートの鎧は霧となり、衛の体に覆いかぶさった。
「やったー!呪いの鎧がはずれたぞ!これで俺は自由だ!」
いままでユーベル・トートの鎧を着ていたのは白髪でメガネをかけ、ラクダのパッチを着た鼻の大きなおっサンだった。
「え?え?」
衛は戸惑ってそのおっサンを見る。
「ユーベル・トートさん、これは一体……」
「誰がユーベル・トートだ!そんな呪われた名前で呼ぶな!俺の名前は西田譲二だ!騙されやがってバーカ!」
そう言って西田譲二は脱兎のごとく走り去っていった。
「ああ……」
衛は、しかたなく村に帰った。
「ユーベル・トートだ!呪われたユーベル・トートだ!」
村人たちは恐れて家の中に隠れた。
「まってください僕です、衛です!僕は何もしません。これが呪われた鎧なら、誰かに着せたりしません。僕が一生、これをかぶってゆきます。だから、みなさん、安心して出てきてください!」
叫んでも誰も出てこなかった。
それから、衛は、この鎧を着て生活することになった。人々はドアや窓の隙間から憎しみの目で衛を見ている。
衛がそちらを見ると、慌ててドアをしめた。
それからも、狩人として生活したが、山に行って帰ってくると、ドアに「呪われた鎧は出て行け!」と赤いペンキで描かれていた。
あれだけ親切にしてくれた村人たちが、外見が少し違ってしまっただけで、態度を一変させた。
誰も、衛を相手にしなくなった。
あれだけ善良で親切だった人たち。それは、相手が仲間だあらだ。
衛は思い出した。村のはずれのゴブリンの死体。
それは、いままで自分が当事者でなかったから気づかなかっただけなのだ。
それは、ずっと、ずっと、目の前で行われてきたことなのだ。
そして、今、それに気づいた。
「なーんんだ、前と同じになっただけじゃないか、ははは」
衛は、乾いた声で笑った。
「みんな聞くがいい!俺はユーベルトートだ!俺はこの呪いを誰かに押し付けたりしない。俺は、この呪いを一生せおいつづけていく!だってこんな辛い思いを誰にもさせたくないから!」
衛は、いや、ユーベルトートはそう大声で怒鳴って、その村を出ていった。
ユーベルトートの鎧は呪いの鎧。衛はユーベルトートになってしまった。