異世界へのいざない
引きこもりだった衛は親に無理矢理矯正施設に送り込まれ、そこから逃げて森に迷いこなら、
そこは異世界への入り口だった
「はあ、はあ、はあ、はあ」
松平衛は森の中を息を切らしながら走っていた。
どうしてこんな事になってしまったのか。
思えば高校2年生の春休み、学校がイヤで引篭もってしまったのがきっかけだった。
衛は成績優秀で親に期待されていた。兄の武士は勉強嫌いのオタクで両親に疎まれていた。
それでも、兄はひ弱でいじめられっこだった衛をいつも守ってくれていた。
しかし、あまりに勉強ができない兄にしびれをきらした両親は兄を西麻布の自宅から追い出し、
祖父の住む下谷に住まわせることにした。それに怒った兄は衛を助けてくれなくなった。それで、
学校が怖くて家に篭ってしまったのだ。何日か家にひきこもっていたある日、誰だか分からない屈強な
おっさんたちが衛の部屋に上がりこんできた。それは両親が雇った愛知県のヒキコモリ矯正施設の職員だった。
衛は必死に助けを呼んだが、両親は出てこない。携帯電話で兄に電話したが、兄は電話を切った。
そして、衛の地獄が始まった。衛は矯正施設で、毎日ヨットの練習をさせられ、職員に殴られた。
「お前は生きる価値のないクズだ!」「ゴミだ!」
そしてコンクリート作りの宿舎の屋上に他のヒキコモリたちとつれていかれて、怒鳴られた。
「お前らは日本に必要のないクズだ!無駄を無くすため、今からここから飛び降りて死ね!」
毎日、毎日怒鳴られ、殴られ、蹴られ、ある日、たまりかねた一人が屋上から飛び降りた。
それを見た職員はゲラゲラと笑った。
「マジで飛び降りやがった、クソが、ゲラゲラ」
衛は体中の血が逆流した。そして、職員の一人にタックルして、ビルの屋上から突き落とした。
絶対反撃してこないと思っていた職員はしばし唖然としたが、すぐに逆上して衛にとびかかってくる。
衛はその場から逃げ出し、台所にいって包丁を持ち出し、追ってきた職員を突き刺した。
相手は武道の心得のある屈強な職員だ。しかし、全体重をかけて勢いよく突進して体ごと、包丁を突き刺せば、
第一撃は案外よけられないものだ。ケンカは武道の心得のある者が強い。しかし、殺し合いは、本気で
殺すつもりの人間のほうが強いことを衛はこの時知った。
そして、必死に外に逃げ出し、そのまま森に逃げ込んだ。
森に逃げ込んだはいいものの、水も食料もない。すぐに体の力が抜けて、飢餓が襲ってくる。
しだいに動けなくなる。このまま力尽きて死んでしまうのか、それとも逮捕されて死刑になるのか。
衛の頭の中で恐怖がグルグルと渦を巻いた。
目がかすむ。
いつしか、衛は気を失っていた。
「うーん……」
誰かが乱暴にゆさぶっている。
衛は目をさました。そこには化け物がいた。テレビゲームで見たゴブリンだ。
衛は自分が恐怖のあまり、頭がおかしくなってしまったんだと思った。なら、それでいい。もう、なにもかもイヤになった。
「こいつ、殺してる」
体の小さいゴブリンが言葉をしゃべった。
「ゴブリン殺した人間、殺す。人間ゴブリン殺す。悪いやつ」
大きいゴブリンがいった。
ああ、殺されるのか、それならひとおもいに殺してくれ、もうどうでもいい。そう衛は思った。
「違うぞ、ギガント、これ人間の匂い。こいつ人間殺した」
「マジか、カッツェ、人間殺すやついいやつ、こいついい奴」
小さいほうのコブリンが衛の顔を覗き込む。
「お前、何で人間殺した。お前人間、なんで仲間殺した」
「あ……俺……俺なんて生きる価値のないゴミだっていうから、ビルの上から飛び降りて死ねって、いうから……あいつら、俺の友達が飛び降りて死んだら笑ってた。だから……殺した」
衛の言葉を聞いて、小さいゴブリンの目にみるみる涙が流れ出した。
「そうたよ!俺たちゴミじゃないよ!生きてるよ!俺たちゴミじゃないよ!」
そう言って小さいゴブリンは衛を抱きしめた。
「気をつけろカッツェ、人間裏切る、気をゆるすな、元気になったら俺たち殺しにくる!」
「そんな事ないよ!こいつゴミ!人間のゴミ!人間の最底辺!ゴミ扱いされる苦しみしってる!俺たちと同じ!」
「違うぞ、カッツェ、人間は人間だ!」
「違わないよ、ギガント!ゴミ扱いされるものは誰でも同じ!みんな見下され、嘲笑される辛さ知ってる!こいつ助ける!」
「後悔するぞ、カッツェ!」
「後悔てもいい!こいつ、、仲間!」
「しかたねえな、分かったよ、こいつ助ける。でもこいつは、必ず裏切る。それでも後悔するなよ、俺はお前にこいつが裏切るところ見せるために、こいつ助ける」
大きなゴブリンが粗末で薄汚れた麻布のような服のポケットから何か出してきた。それはイチジクのような崩れた実だった。
「食え」
衛はそれが何かわからなかったが、夢中になってむちゃぶりついた。どうせいつ死んでもかまわないのだ。
それが毒であってもかまわなかった。少し腐敗臭がして酸味があったが、甘みもあって食べられた。なにより、猛烈に空腹だったから、すごく美味しく感じた。
衛はゴブリンの村に連れていかれた。ゴブリンたちは人間の衛を見ると恐怖の目で衛を見た。カッツェやギガントに詰め寄って怒鳴りつける者もいた。カッツェとそのゴブリンは怒鳴りあって、つかみ合いになったところで、ギガントがその両名を引き離した。何か分からないゴブリンの言葉でしゃべっている。それでも、カッツェが必死で衛の事を
かばっているのがわかった。
それから衛は数日、ゴブリンの村で暮らした。カッツェの説明で、少しずつ状況が分かってきた。
ずいぶん昔から、少しずつこの世界に人間が紛れ込んでいるらしい。最初、一人でやってきたときは、人間は
ゴブリンたちに友好的で、すごく低姿勢だったらしい。しかし、数を増やし、勢力を増すにつれて、彼等は傲慢になり、先住民であるゴブリンたちを化け物扱いして襲うようになった。
衛も、そんな異邦人の一人であったようだ。
何日たっても、ゴブリンたちの衛に対する警戒心はとけず、ゴブリンたちの刺すようなまなざしに衛はさいなまれた。
それでも、カッツェは必死に衛を守ってくれた。
そんなある日、衛はギガントに呼ばれ、村のはずれまで来た。
ギガントは、このままではカッツェが村で孤立してしまうと説明し、衛は人間の村に行くように言った。
ギガントは数日分の食料を入れた袋を衛に渡し、人間の村の近くまで衛をつれていってくれた。
そして、衛はそこでギガントと分かれた。
ゴブリンに助けられた衛は、人間の村へと向かう。