ちょっとVIPなファミレス~小指の思い出~
喫煙席。奥に遮蔽されていて、見ようによってはVIPルーム。既に長居してそうな、中年の二重顎、乾いた白髪混じりの女が一人、読者中。別の席では、白く長いセーターが似合ってる若い女が、残念な感じの彼と向かい合う。続いて黒い革ジャンの屈強な男二人が、窮屈そうに席におさまった。と思ったら、男性ご老体の二人連れ入場。かと思えば、車椅子のご老公が奥方を率いて登場。何たるキャスティング。ある種現代社会のパノラマ。
強面の革ジャン2人組。よく見るといくつか指が欠けてそう・・・ヤバい人達?・・と、その席に運ばれてきたのは、ホットミルクと唐揚げ。おいおい、普通、生ビールをジョッキでガツーンと飲むんだろうよ。
『俺らもミルクで乾杯するようになったもんだ』
『あの事故以来なぁ』
『バイク、めちゃめちゃだったよなぁ』
ふむ、なるほど。九死に一生を得たってわけね。道理で。。。
仄かな赤い照明と心地よい肉汁の香り。さすが、本来肉料理の店だけある。
おっ、おっと、激しい咳込み。しかもタンがらみ。ご老体の席か。
『あっ、おまえさん、COPD(肺機種)で煙草やめたんだっけ。席、移動すっか?』
『いや、俺はかまわんから』と、運ばれたワインを一気呑み。
『今更遅いかもなぁ』と、相方は呆れたような声。まぁ、どの席に行っても、その咳込み様じゃあ嫌われるぜ。どの道、手遅れかもねぇ。
その時、隣の暗いムードの中年女性が席を立った。白髪混じりの乾いた頭髪がやけに印象的。ドリンクバーか?テーブルに伏せられた本の表紙には『他人に嫌われる勇気』。って、勇気、いらなそうだけど。
この間、私には注文取りの女の子が。私は野菜と蛋白質が一皿で摂取できる『コエビのサラダ』をオーダーした。
と、思ったら、ええっ!中年女が立ち止まったのは、あのカップルの席。なぜ?・・うろたえる男。呆気にとられる白いセーターの娘。にわかに事情が飲み込めないのは私と同じらしい。
『あたしという女がいながら何なのこれは!』
『いや、なん、なん、、、でもなく、、』
中年女は男の胸ぐらを掴み、時に白髪混じりの髪を震わせつつ、殺さんばかりの勢いで男を攻め立てる。抑えようにももはや抑えきれない感情が、マグマの爆発のようにほとばしる。興奮で途切れ、そして繰り返される女の話をなんとか聴き分けると、どうやら、かつて彼と1~2回関係を持ったらしく、その後つれなくなった彼を着け回していたらしい。まさしくストーカー。おいおい青年、魔がさしたのかも知らんが、少し慎重さを欠いたかもなぁ。ご同情もうしあげるよ。
修羅場。気迫に満ちた女の低い怒号が主旋律を奏で、弁解する男の喘えぎ声が副旋律、これに『何なのこれ、教えてよ』と白いセーターのソプラノが加わる。さながら小劇場。さしずめタイトルは、『やっちまった男女の三重奏』とか、昭和歌謡風に『ストーカー・ブルース』か。
こりゃ見物と全神経を傾けた私だったが、ふと気がつくと、他の客は見て見ぬ振り。左隣のご老公夫妻は騒ぎお構いなしに、年甲斐もなく唇から肉汁を垂らしながら料理に噛り付いているし。白いセーターの女からは、ただ一人注目する私に助けを乞うが如く、どこか甘く懐かしい視線を投げかけらた気もしたが、まっ、アッシには関わりのないことで。こんな状況をさばける器量も持ち合わせていないし、、。
・・・ええっ!?
中年女の手にいつのまにやら握られた肉切り包丁が、高く煌めいたかと思ったら、次の瞬間、男性の首に一直線に振り下ろされ、辺り一面は、、、血吹雪。男性の身体は、ゆっくりと仰向けに床に崩れ落ちたのだ。
凍りつく空気。思いもよらないこの展開にしばし呆然。
…なのは、俺だけ!?
気がつくと、料理人と思しき男が店員2人て出て来て、床に伸びた青年を‥こうなると遺体だろうが‥、厚手のゴムだかビニールだかの大きな袋に手際よく入れて運び去る。若い女性店員が床、テーブル、椅子の血痕を拭き取る。最後にアルコールを吹き付けたりして。他の客達は、何事もなかったように、食事、歓談を続ける。ご老体の咳も止まらない。
惨劇を目の当たりにしたはずの白いセーターの女も、今や眉間に皺をよせながら、天井を見つめて煙草の煙りを燻らせている。
なんだこりゃ?
『お待ちどうさま』
その声で見上げると店員の女の子が私の席の横に。
『コユビのサラダです。ご注文の品はお揃いでしょうか。』
『‥えっ、コユビの・・?‥え、、、えぇ‥』
『召し上がり易いように小指の爪は取り除いてあります。それから、料理長からワインのサービスです。先程あちらで亡くなったばかりの方のですので、少々温かいですが、風味はよろしいかと。』
『…』
『初めてのご来店ですね。当店のお客様は皆様、間もなくお亡くなりになるか、既に亡くなられていて成仏できないでおられる方々です。お客様、近々お亡くなりになる際には、是非ご来店下さいませ。当店では、皆様からとびきりの食材を頂いて、一流シェフが腕を振るい、皆様にご提供させて頂いておりますので。』
店員は滑らな口上を残して去った。。。究極の地産地消か。。。
ワインは各席に振る舞われ、革ジャンの二人も『そういや、もう控える必要なかったんだ』と笑いながら乾杯している。
ん?そう言えばあの白いセーターの女、学生時代に少しだけ付き合いのあった娘に似ていた。他の男とも噂があって、いつの間にか疎遠になり、それ切り忘れていたが…。
白いセーターの女が居た席は、淡い照明に赤紫の煙りがわずかに漂うだけだった。




