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空の上で

 ゴーン…ゴーン…

 金色の鐘が鳴り響く中、西洋風の白い建物から白い翼をはやした1人の少女が屋上に出てきた。茶色がかったショートロングの黒髪をしており、白いローブを着ている。背は小さく、眉は弓形に丸くなっておりいかにものんびりとした性格をしていそうな少女である。

 建物の外に装飾されている女神の像が少女に向かって微笑むように、少女も女神に向かって微笑んだ。


この世界は退屈だ。

 私の国の名前はイデアという。

 皆幸せそうな顔で道を歩いている。白い羽がユラユラ揺れる。その顔に悪意はない。

 犯罪も存在しない。警察は暇そうに欠伸する警官達でいっぱいだ。経済状態も良く、適当に働いても高収入を得られる。

 差別もない。貧乏人もいない。男も女も退屈そうに家で過ごしたり、外に遊びに行ったりを繰り返している。


 私―スワンは学校の屋上から世界を見回した。

 あらゆる屋根は白く塗られ、透明な窓からは花壇に水を与えている住人の姿が見える。

「…あ〜あ」

 平和な光景だ。

 クルクルと体を回す。白ローブが風に揺れて太腿が見える。

 世界が回りだして面白い。

 白い太陽がポカポカ暖かく、1年中この天気。

「なんだか退屈〜」

 何か起きないだろうか。

 台風とか地震とか雷とか。教科書に書いてあった天災など起きたことがない。

「何か起きないかなぁ〜」

 心の中で何度反復しても何も起きない。

 体のバランスをわざと崩して地面に尻餅をついた。痛みがお尻から後ろの白い羽まで伝わってくる。でも頭は退屈ですっかりボサッとしており、痛いという思いすら起こらなかった。

「…どうしてこんなに平和なんだろ…」

 小さく膨らんだ胸に手を置いた。体温の暖かさと胸の鼓動が耳に聞こえる。鼓動は一定で規則正しく、何の変化も起きない。

「スワン!」

 顔を上げると友達のセガルが大きく手を振った。セガルは茶色の翼を持ち、髪形は黒い三つ編みにしてあり、少し内気で穏やかな少女だ。家では果汁園を経営しているおじさんの娘である。

「お弁当食べようよ!」

「…うん!」

 何も起きなくても腹は減る。

 私は起き上がるとセガルの元へと走った。


「このりんごおいしい!」

 私はりんごにかぶりついた。セガルの他にスワローやダークも屋上へとやってきた。

 スワローは茶髪の髪先にカールがかった髪型を持つ少女である。翼は白く、眉は細くてへの字になっている。顔は整っており、4人の中では一番の美人だし、お金持ちだ。ローブも私達とは比べて少し金が混ぜられており、太陽の光の中キラキラと光っている。

 ダークは黒い翼を持ち、ボサボサ頭の黒髪の少女だ。男兄弟が多いせいか行動的でやんちゃな性格をしている。そのためか、顔は男の子っぽく、よく男子に間違えられる。白いローブもすぐに汚れてしまうため洗濯が大変だろうなと思う。

「でしょ? 家の庭で取れたやつなの」

 セガルが自慢げに言った。内気なセガルもこれだけは自信があるらしい。

「本当、おいしいわ」

 色黒の肌をもつダークがムシャムシャとりんごに噛り付いた。

「こらダーク。女の子はお行儀よくしなきゃ」

 スワローが見かねて声をかけた。

「このりんご。男の子に十分プレゼントできるわ」

「…へえ〜誰にあげるのよ?」

 私の言葉にセガルが反応した。

「ちっ違うわよ。ほら、いつも女神の日には女の子から男の子へプレゼントするじゃない。トニーにあげようと思って…」

「え〜あんな平凡な男のどこがいいの?」

 スワローが意外そうな顔をした。

「義理だって。単なる幼馴染!」

 私はムッとして言った。

「私なら断然ミカエル様だな〜。高貴な方だし、知的だし」

 スワローが頬を赤らめていった。ミカエルとは大天使長を務める私にとっては雲の上の存在である。たまに私達の町によってこられる人で確かに眩いほどの金髪に大きく白い翼をしており、女性からの人気が高い。唯一神からの祝福を受けているので永遠の美と生命を持っており、私が生まれる前から存在しているが、姿はまったく変わっていないらしい。

「あっ! 私も私も!」

 負けじとセガルが手を上げた。

「え〜2人ともマニアックだね」

 まったく興味のない私は耳をかきながら聞いている。

「なによ。あんたは興味ないの?」

「だって付き合うことなんて不可能だもん。それに全天使のトップにいる人だよ? どうにもならないよ」

「リアルなこと言うわね。いいのよ。あこがれなんだもの」

 スワローはシャリ! っとりんごを口に含んだ。

「…あ〜あ」

「どうしたのスワン? 急にため息なんてついて?」

 セガルが食べるのを止めて心配そうな顔をする。

「何か平和」

 私の言葉に皆顔を見合わせた。

「当然じゃん。この国は犯罪もないし天災だってないし」

 スワローが何を言い出すのやらとりんごを再びかじり始めた。

「でも平和って退屈。何か起こらないかなぁ〜」

「わかる、わかるぞスワン。何か暇なんだよなぁ〜。こう刺激がないっていうかさぁ〜」

 ダークがうんうんと頷いた。

「あんたは学校の成績がやばいでしょ。それなんとかしなさいよ」

「え〜。学校の成績悪くても就職できるじゃん。勉強なんて意味あんの?」

「成績上位者は神様の下で働けるのよ。光栄な事だわ」

「俺は神様なんて興味ないね」

「うわっ、罰当たり」

 スワローとダークが笑い合った。

「まあ平和って良いことなんじゃない? 変な事言うのはよしなよ」

 セガルが忠告してくれた。

「…そうだよね…良い事だよね…」

 私は空を見上げた。空はずっと青い空のままだった。

「でも…ねえ…」

 私は空の雲を掴めないかと手を伸ばした。

 当然、掴めるわけはなかった。



「行ってきま〜す」

 いつものように学校へと向かう。

「スワンちゃん。気をつけて学校行くのよ」

 翼の大きい母親がのんびりとした口調で言う。

「わかった」

 返事を返すと粘土で出来たような角のない白い家を飛び出した。

 朝の道はいつものようにお年寄りか、子供か、学生しかいない。皆きちんと挨拶して登校している。

 登校するときはあまり空を飛ばないようにしている。なぜなら人とぶつかることが多いからだ。だから徒歩でいつも学校に向かうのである。

「真面目だねぇ〜。感心感心」

 私は笑顔で手を振る小さい羽を持った女の子に微笑むと学校へと急いだ。

「やばっ! どうせ遅刻しても怒られないだろうけどバツが悪いもんね」

 近道をしようと町の商店街へと向かった。いつもここは昼は賑やかだが、お店の閉まっている朝は人がいない。この特徴を利用して学校へ向かおうという魂胆だ。

「…えっ!?」

 町の商店街は予想と違って人が賑わっていた。

「えっ? えっと?」

 今日は何かの祝日だったっけ? それとも何かのイベント日だっけ? それとも神様がこの道を通る日だっけ?

 記憶を探ってみるも何も当てはまらない。今日は閑静な朝になるはずだ。

「あれ? スワン?」

 後ろから急に声をかけられ飛び上がった。

「うわっ!?」

「何が『うわっ!?』だよ。そんなに驚くことか?」

「トニー!? 急に声かけないでよ」

 トニーはいつも汚い帽子をかぶっており、白い翼をもつ少年である。私と同じくのんびりとした性格で幼馴染。昔から気が合うのでよく行動している。

「はいはい、悪かったよ。そんなことよりお前も見物に来たのか?」

「えっ…なにを?」

「何って…罪人だよ」

「ええっ!? 罪人!?」

 私は驚きのあまり大声を出していた。

「馬鹿! 大声だすなよ!」

「あっ、ごめん」

「でも驚きだよな。この国に罪人が出るなんて。みんな珍しくて見物に来てるんだよ」

「…罪人が通るの?」

「ああ、エデンから護送される途中だよ」

「エデンからって…まさか禁断の実を食べたの?」

「そうなんだよ。確か罪人の名前は…アダムって言ったかな?」

 禁断の実…。

 エデンには様々な実をつけた木が栽培されている。その中でも禁断の実を食べることが許されるのは神様のみだ。普通の天使がこの実を食べることは許されない。

「おい、こっちこっち」

「きゃ!?」

 トニーが強引に腕をつかむと鉄のはしごのある壁まで私を連れて来た。

「何よ」

「このはしごを上れば罪人の顔が見れるぜ」

「ほんと?」

「嘘なんかつくかい。俺はよくここからのぼって町を見物してるんだ」

「…平和な趣味ね」

「さあ、上ろうぜ」

 トニーが親指で上を指した。

「…あんたから上りなさいよ」

「どうして?」

「私はスカートなのよ」

 白いローブを手で押さえて言った。

「…あっ、そうか。じゃあ俺が後から上ればいいんだ」

 それじゃ変わらないだろ。

「…あんた。それ天然?」



 はしごを上り、下を見下ろすと人々が道を開けつつも興味深く遠くを見ている。まるで烏合の衆だ。

「みんな暇なのね…」

「そんなの常識だろ」

 トニーは一番近くで見ようと私の腕を引っ張り、最高座席に私を座らせた。

「ここでなら罪人の顔もはっきり見えるぜ」

「………」

「なんだよ? 急に黙り込んで?」

「…なんか…怖い…」

「平気だよ。護衛兵もいるしさ。相手は1人だし、どうってことないよ。…俺もいるし」

 トニーはそう言うものの何故か震えが止まらなかった。やはり緊張しているのだろう。

 実際生まれてきてから罪人や犯罪者といった天使を私は見たことがない。平和ボケした笑顔しか見ていないのだ。

 罪人の表情を想像する。昔、母親が読んでくれた怖い絵本の内容を思い出す。あんな顔でこっちを睨まれたら…。

「…やっぱり私学校へ行く!」

「なんだよ。臆病だな」

「臆病じゃないわよ。学校遅刻しちゃう…」

「あっ! 来たぜ!」

 ザワザワと人々の声が大きくなった。大きな槍を持ち、銀色の鎧をつけた護衛兵が2人、道を歩いてくる。その後ろに銀色の鉄の鎖で首を繋がれた男がついてきている。

「きっとあの男だ」

 トニーが物珍しそうに言った。

 罪人の後ろには強そうな護衛兵が何人も見張っている。たかだか罪人1人にこれだけの兵隊がいるだろうか? いったいこの罪人はどんな天使なのか?

 スワンは興味を覚え、トニーと一緒に身を乗り出した。

 罪人はボロボロの衣服を身にまとっていた。黒い服だ。

「…あれ?」

 罪人の後ろにあるはずの白い羽がない。天使なら必ずあるはずだ。捕らえられた時に切り落とされたのだろうか? それとも地上人なんだろうか? 地上人だとしたらどうやってこの空の上にあるイデアに来たのだろうか? 彼らは翼を持たないはず。

 もうすぐ罪人が私の前を通り過ぎていく。罪人は顔を下に向けており、表情がわからない。どんな表情をしているのか見たい。

 スワンはさらに身を乗り出した。


「えっ?」

 罪人が止まった。ちょうど私の目の前だ。私は氷のように動くことができなかった。

 罪人が顔を上げ、こちらへと視線を向けた。私と目が合った。

「………」

「………」

 罪人の目は赤く血走っていた。泣いたのだろうか。表情はひどくやつれている。

「…どうして」

 私はつい呟いてしまった。

 なぜなら…罪人が哀れむような目でこちらを見ているからだ。

 まるで私に同情するかのように、その目は優しく、悲しそうだった。


「おい…歩け」

 護衛兵が罪人の鎖を引っ張った。罪人は素直に再び歩き始めた。止まった時間がまた動き始めた。

「うわっ…怖かった…何されるのかビクッちゃったよ」

 トニーは興奮して飛び上がった。


「どうして…そんな顔するの…」

 この国はこんなにも平和なのに。

 どうしてあの罪人は泣いていたのだろう…。


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