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猫と骸骨

「…遅いわね」

 スワローはイライラと地上を見下ろした。まだバインとアナが戻ってこない。食料調達にこんなに時間がかかるものだろうか。

 エリカはコモリの傍にずっといる。コモリは気絶したままだ。この2人は私達を最初に見て怯えていた。どうしてだろう?

 ダークはさっきのことで不貞腐れて寝ているし、スワンとセガルは初めて見る地上に感動してはしゃぎ回っている。…というか、別に私達がいた世界とあまり変わらないじゃない。

「あ〜…つまんない」

 スワローは立ち上がると、2人が何をしているのか見に行こうと森へと歩いていく。

「あっ、スワロー? どこ行くの?」

「ちょっと散歩。すぐ帰ってくるから」

 スワンに本当のこと言うと「私も行く」とか言ってついて来られかねない。

「気をつけてね」

「は〜い」

 セガルに適当に返事をすると森の中に入った。

 森は静かでシットリとしている。別に私達の国にある森と変わらない。可愛い動物とかいないだろうか。そんな動物がいれば持ってかえってペットにしよう。

 そんなことを思いながらスワローはズンズン森の中へ入っていく。

 葉と葉の間から差し込む太陽。仄かに香る花の匂い。でも不思議なことに動物や鳥の鳴き声が聞こえない。

「…なんか変な森」

 違和感を感じながらも先へと進んでいく。

「…ん?」

 人の声がした。あの2人だろうか。

 スワローは驚かしてやろうと思い静かに声がする方へと進んでいく。しばらく進むと人の気配が濃くなってきた。

(…あっ、いたいた…)

 そっと近づいていく。視界の中に樹にもたれかかっている人物が見える。あの背丈からして小さいアナのほうだろう。木々の間から差し込まれる光のおかげでよく見える。

「…?」

 足が止まる。アナは毛布に包まれて座っている。裸なのだろうか? 素足が毛布から見える。それに毛布の間から以外に豊満な胸の谷間も見えた。

―ゴクリ。

 唾を飲み込んだ。

 毛布の影に隠れて表情は見えないがジッと座ったまま動こうとしない。何かを話しているみたいだが小さくてよく聞こえない。規則的な息づかいだけはなんとかわかる。

(…何をしてるの?)

 好奇心が強くなったスワローはギリギリまで近づいていった。すると毛布からアナの手が出ていた。その手を握っている人物がいる。ちょうど木の陰でよく見えないがあのバインなのだろうか?

(??)

 まったく意味がわからず、その場に立ち止まり様子を見る。2人で手を握り締めて何をしているのだろうか? その行為は何を意味しているのだろうか? 私達の国ではよくわからない行為だ。

(…男と女が2人ですることといったら…)

 スワローは考えてみたが何も思いつかない。それで声をかけてみようと思ったがそんな雰囲気でもない。結局声をかけないままスワローはその場を離れた。

 2人から離れ、だいぶ歩いたところでようやく落ち着いてきた。何故か心臓がドキドキと鼓動をたてている。淫猥な気持ちになる自分が少しだけ嫌になる。

「…変なの。地上人てよくわからないわ」

 スワローはそれで自分を納得させようとした。体の芯から興奮している自分を抑えようとした。それでもあの光景が目に焼きついて離れない。

「…ああっ! もう!」


『―おやおや。どうしたんだい?―』


「!?」

 突然頭の上から声がした。見上げると何もない空間に口のようなものが見えた。

「…誰?」

『―僕はチェシャだ―』

 口のようなものが徐々に裂けていく。そして牙のようなものが見え出す。

「なに…何者なの?」

『―ただの気まぐれな動物さ―』

 声の主はのんびりと言った。空間から黒いローブが見え始めた。それが口元を覆っていく。

「そこで何をしているの?」

『―君こそ何をしているんだい?―』

 完全に姿を現したチェシャは黒いローブで全身を包んでいた。唯一見えるのは耳まで裂けた口だけだ。その口は不気味にニヤリと笑っている。

「なによ? なにが可笑しいの?」

 スワローは少しイラついていた。さっきみた男女の情事を覗き見していたことがバレたのではないかという根拠のない思いが頭に持ち上がったからだ。

『別に可笑しくはないよ』

「じゃあ何故笑っているの?」

『それは君が怖くないようにするためさ』

 平然とチェシャは言う。

「…そう。それならいいわ」

 スワローは特にチェシャに対して怖いという感情は持たなかった。むしろ恐ろしい者に触れてみたいという若者特有の好奇心から近づいてみたいとも思っていた。

『―ここにおいてでよ。シロウサギを追いかけてきた僕らのアリス―』

 チェシャのローブがスッと動く。少しずつだがスワローに近づいていく。スワローの羽が緊張で大きく広がる。

「…あなたと一緒に…どこに行くの?」

 チェシャが眼前まで迫っている。それなのに体が逃げようとしない。何故か身を委ねようとしている。

『―『真実』の所さ』

 チェシャの背中から何かが出てきた。それは左右に広がると大きな翼に姿をかえた。黒い翼だった。

 スワローの目が大きく見開いた―。



「大丈夫ダ…大丈夫ダ…」

 今日は長いなとバインは思った。アナはバインの手を握ったままそんな言葉を何度も呟いている。戦闘服である民族衣装を脱ぎ、武器を置き、大事なハチマキを空いている手で握り締め、念仏のように言い続けているのだ。

 服を脱ぐと戦いから解放されているようで気分が良いらしい。すっぽりと頭から毛布をかぶり、自分を鼓舞するように独り言を呟く。アナは何か大きな戦いの前や、戦いが終わった後はいつもこうしている。

 あのS級犯罪者と戦うんだ…無理もないか…。

 バインは細い目で森の奥深くを見つめている。視界にはアナは入っていない。引きこもり状態のアナを見るのが悪い気がして見れないのだ。

 アナが引きこもっている間、バインはふと昔の事を思い出す。アナと初めて会った時のことを。

 ―お姉さんと初めて旅した頃は驚いたな。村人から倒してくれといわれているマルスオフと戦う前日、宿屋で一日中引きこもって出てこなかった。当時は俺も知らなくて、心配して部屋のドアを蹴り破って入ったもんだ。

 中でお姉さんはベッドの毛布で体を包んだまま動いていなかった。どうしたのかと声をかけると泣きながら謝ってきた。『戦うのが怖イ』と…。

 その時初めて気づいた。お姉さんはかなりの使い手だ。なのにどうしてランクが49位なのかを。

 色々お姉さんと話した。初めて出会った時に言っていた言葉の真意もわかった。お姉さんは戦う事にむいていない。

 だけど周りが許さないだろう。部族として戦闘経験があり、『赤眼化』もできる。なによりも…あの強さだ。本人が嫌がっても運命に飲み込まれていくだろう。

 運命という巨大な歯車に―誰も逆らうことなんてできやしない…。

 バインの額がピキッと痛くなる。

 お姉さんといる限り…俺のランクも上がらないな…だけどそれは…くそっ…またいつもの頭痛が…あいつ等がやってくる…。

「…バイン…バイン…」

 お姉さんが俺の名前を呼んでる。ほんとに普段では信じられないぐらい弱々しい声だ。これがあの死帝アナとは思えない。

「…なんだい…お姉さん?」

「…私はまた余計なことを言ってしまっタ。あの子達に『大丈夫ダ』なんて事を言ってしまっタ。それに本当は臆病なくせに城へ行こうだなんて強がった事を言ってしまっタ」

 これもいつものことだ。自分の言った事に自信が持てないのだ。

 バインはチラリとアナを見た。木々の間から差し込まれるキラキラと光る光線のおかげで、アナの茶褐色の肌がよく見える。それがとても眩しくてすぐに目を逸らす。

「…余計なことじゃないと思うよ。…俺にはとてもじゃないけど言えないことだ」

「仕事上そう言っただけダ。本音は違ウ。―私はいかなる道徳にも正解はないことを知っているかラ―」

 若さとは理想主義だ。いかなる妥協も許さず、道徳に厳格だ。だけど大陸を旅し、様々な人種、多様な民族に出会ううちに自分のもつ道徳は絶対じゃないこと思い知らされる。道徳に迷い、絶対の自信が失せるからこそ寛容さが生まれる。

 わかるよアナ。俺も自分自身が英雄ではないことを知っている。この世に正しいことなど何もない―。

「…そうだな…わかるよお姉さん」

カタカタ…カタカタ…

 あいつ等が叫んでやがる…。

 森の奥深く、暗い、暗い、闇から薄っすらと現れる人ならざる者。白くて、人間のように2本足で立っていて、自分と同じ武器をもっている…10人の髑髏の兵士。森の暗闇からカタカタと音をたてバインに近づこうとしている。

 だけどあいつらは俺の元にはこれない。なぜなら、俺とあいつらの間には見えない強固な境界線があるからだ。あいつらはそれを破ることができない。

カタカタ…カタカタ…

 髑髏達の口が開く。


『―バイン―』

『―バイン―』

『―バイン―』


『―下っ端のバイン―』

『―パシリのバイン―』

『―足手まといのバイン―』


 髑髏が笑う。そして罵ってくる。


『―裏切り者バイン―』

『―よくも我等を―』

『―共に戦ってきた仲間を―』


『―殺したな―』


 10人の髑髏は横ならびになるとそれぞれが汚い言葉を吐き始める。それは憎悪、それは悪意、それは嘲り…。その言葉を聞いていると頭痛がさらに酷くなる。


『―お前に安楽な死を―』

『―お前に安らかな死を―』

『―お前に平穏な死を―』

『―お前に愛する者に見守られる死を―』


 髑髏達が大きな口を開けた。その白い口の奥は空洞だった。大きな闇が広がっている。


『―与えられると思うなよ―』





「バイン…」

 髑髏達が突然消えた。頬から汗が流れている。アナの声で我に返れたようだ。

「―お前がいつも私の傍にいてくれるから助かるヨ。ありがとウ。バイン―」

「…そんなことないよ」

 バインは肩の力を抜くと目を閉じた。

「―死はいつも突然だ。俺はお姉さんがいてくれて助かってる。…無茶なことを言うのなら…死なないでくれよお姉さん―」

「…お前がそう言うのなら、なんとかがんばってみるヨ」

 アナは嬉しそうに笑うとバインの手を握り締めた。バインもそれに答えるようにアナの手をしっかりと握り返した―。



「…遅いねぇ。バインさんにアナさん。それにロリータ」

「スワン…本人に聞かれたら怒られるよ」

 セガルとスワンはバイン達を素直に待っていた。待つ間光の柱や地上の草木についてセガルと話し合っていたスワンも次第に飽きてきた。どう見ても天上界と似たりよったりなのだ。

 それより早くここから移動してもっと世界を見てみたかった。物語でしか読んだことのないような怪物や幻想的な風景、それに色々な地上人にも会ってみたかった。なによりもせっかくのチャンスだ。せっかくあの難そうなミカエル様から地上へと降りる許可をもらったのだ。もっと地上世界を満喫したい。

「…うっ…ん」

 コモリが小さな声を上げた。

「あっ! 気がついた!」

「そうみたいですね」

 気品ある口調でエリカがコモリの額を撫でた。優しい子だなとスワンは思った。まあ天上界では当たり前である。

 コモリはゆっくりと目を開けた。少しづつ光が視界を照らしていく。丸い瞳を大きく開けると、そこには手で変な顔をつくったスワンがいた。

「………」

 セガルはスワンの後ろで笑いを我慢している。ダークは完全に寝ているのか寝息が聞こえる。

「バア〜」

「………」

 コモリはしばらく呆然とスワンの変な顔を眺めていた。やがてゆっくりと口元が歪み、笑顔になる。

「ふふっ、おもしろかっ…ぶっ!」

 「バチッ!」とコモリの両手がスワンの左右の頬を挟んだ。

「いっ、痛い!」

「…ううっ〜」

 痛みでひるんだスワンを見計らい、素早くコモリはエリカの背中へと隠れた。そして犬のようにスワンに向かって唸った。

「あらら」

 エリカは悪いと思ったのか一生懸命笑いをこらえている。

「痛い! もう! お母さんにもぶたれたことないのに!」

「まあまあ、子供のやることですから」

「…とかいいながらエリカ口元が歪んでる…」

「そうですか。それは失礼」

 エリカは流暢に受け流した。

「あはは! スワン! 赤い跡ついてる!」

「えっ!? ほんとっ!? …というかセガル笑いすぎ!」

「だって! はは!」

 スワンはセガルにプリプリと文句を言おうとした時、視界が一瞬ぶれた。

「「えっ!?」」

 スワンとセガル同時に起こったらしい。


「キャー!!!!」


「なに!?」

「スワロー!?」

 スワンとセガルは森から聞こえた悲鳴に声を上げた。

「なっ、なんだ!?」

 さすがのダークも飛び起きた。

「もしかして…スワローに何かあったんじゃ…」

 セガルはオロオロとし始めた。

「スワン」

 エリカに初めて名前を呼ばれてスワンは振り向いた。

「行きましょう」

 エリカの顔は真剣だった。それは何かよくない事が起こる前触れのような感じだった。

「…うん!」

 5人は悲鳴の元へと駆け出した―。

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