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Till you die.  作者: 一倉弓乃
9/41

8 TELEPHONE

 陽介が地図を広げてバスなどあれこれ調べた結果、「水守さん」へゆくには、Y市よりむしろU市からのほうが近い、ということがわかった。

「…下り3時間とか言ってたな。登り、倍までいくと思うか?」

「道にもよりますけどね。倍まではかからないと思いますよ。」

「早朝登って、昼過ぎくらいにおりればなんとか行けそうだな。」

「…ここの予定を一日くりあげますか。」

「そうしよう。」

 ネットに上がったついでに馴染みのサイトをめくりはじめた陽介に、春季は言った。

「…先輩例の…電話で、お母さんのおっしゃってた人のことなんですけど。」

 陽介は顔を上げずに言った。

「なんだ?」

「…おぼえてますか?」

「…残念ながらまるっきりおぼえてねえ。」

 春季はその横顔を眺めて思った。…多分覚えていても、先輩は同じことを言うだろうな、と。

「…エリアを離れていた…というのは?」

「それはなんとなく覚えてるよ。すごく遠い道のりを車に乗って…それが、なにやら窓の黒い車だったんだ。でも途中で寝ちまって、そこまでしか覚えてねーんだよ。」

 これは誤魔化していそうだ、と春季は思った。

 だが、春季は自身、子供の頃神隠しに遭った経験がある。その間のことを尋ねられると、ちょうど今の陽介のような解答になってしまう。兄たちは春季が嘘をついていると思っている。

 疑うべきじゃないのかもしれない。

 春季は迷った。

 自分が言い掛かりをつけられて不快な思いをしている経験があるのだから、こういうとき人を疑うべきではないのではないか?

 しかしそう思う春季の心の一方では、感覚的な何かが、陽介は嘘をついていると警鐘を鳴らしていた。

 それはそれ、これはこれ、で考えるべきだという気がした。

「…先輩、もし、僕に絡まれるかもしれないと思っているなら、そういうことしませんから、本当のこと言って下さい。」

「…またかよ。」

「…こっち向いてくださいよ。」

 陽介はとりあえずノートを閉じて、春季にむきなおった。…機嫌は、悪そうだ。

「…正直なところとして、先輩は…電車の人はそのお父さんだと思ってますか。」

「春季、最初にいっとくが、…俺は州鉄でその男を見てないんだし、それにその昔縁があったとかいう親父のことも記憶にないからな。」

「…そうですか。」

「お袋がああ言ったんだ、可能性がまったくないとは言わん。どうやらお前の言ってた特徴ともまあまあ一致してるし、髪は時間がたてばのびるからな。…だがガキの頃たかだか一月弱一緒に暮した程度のやつが、今の俺とガキの俺を結び付けられるとは到底思えん。」

「…」

 それは正論に思えた。

 陽介はさらに言った。

「それから…おまえ忘れてるのじゃあるまいな?俺たちはお前がそいつに会ったっていう直後、列車が止まる前に、車内を隅々まで探して歩いたんだぞ。だがそいつはいなかった。トイレにもいなかったよな?可能性があるとすれば運転席だけだ。そうだろ?」

「…そうでしたね。」

「そいつはお前の左腕の件に気がついたから、たとえ人間だとしてもまず並の人間じゃないし、それに列車から消えてることを考えたら人間という選択肢は捨てるのが妥当だ。俺はそう思っているが?」

 補足すれば、彼は自分と話したことを他言すると狂人扱いされるから謹むようにと春季に言い残している。

 そう言われるとそうだなあという気もするのだが、陽介が例のお父さんとやらの件を回避するためにこねた屁理屈といってしまえばそれまでの気もした。

 春季がそんなことを思っていると、陽介は見すかしたように言った。

「おまえ、カミサマ関係を回避したいがために何もかもを俺の男関係のせいにしようとしてない?」

 …やられた。油断していた。陽介が牙をもっているのを、ともすると春季は忘れがちになる。

 春季は作り笑いをした。

「そんなことありませんよ。僕は先輩には昔の男なんていないほうがいいし、いたとしてももし今まだ未練があるなら引っ込んでて欲しいし、引っ込んでる気がないなら追い払うまでです。」

「…お前が俺のどの知り合いにどうケンカふっかけようがそれはお前の自由だが、カミサマに会ったのはお前であって俺じゃないぞ。その男は、俺を起こしても無駄だといったんだろう。それは単に俺が忘れてるからってだけの理由なのか?ひょっとしたら、起きてたとしても俺には見えないんじゃないのか?ほかの乗客がそうだったみたいに。」

「起きてた仮定で話をしても意味ないですよ。」

 陽介は少し首を引いて憐れむような目をした。そして言った。

「…問題はそんなところじゃなくて、8月のU市近辺の祭や、その男の言ってた『よりこ』のことなんじゃねえのか?…水守さんの祭の日程が一致してるぞ。」

 春季が黙って見ていると、陽介はやがて目を逸らし、ノートに電話キットをつなぎ、そのままどこかにかけはじめた。 

「…もしもし、U市の教育委員会のサイトで拝見してお電話したんですが、今少しよろしいですか。」

 どうやら「水守さん」のところらしかった。

「あれえ、ひょっとしてヨースケじゃん?!」

 スピーカーから飛び出した聞き覚えのあるラフな口調に、春季は驚いて画面をのぞきこんだ。画像がきていない。音声だけだ。

「いつきか?!」

 陽介も度胆を抜かれたらしかった。

「おまえ何してんだそんなとこで!」

「なにいってんだよもう、何度もいったろ! 友達んちで巫女さん修行するって! きいてなかったのかよ!」

「…水守さんとこって…お前の言うところの『ミモリ-んち』かよ?! おまえミゾマリっていったじゃねえか!」

「日本の固有名詞はよくわかんないときがあんだよしょーがねーだろー。」

「水森なら知ってるっつーの!!去年同じクラスで登校拒否してたやつだよ! 顔は知らんが名前はしってる!」

「登校拒否じゃないよ。村や神社の仕事が忙しくて登校できなかったんだよ。…向うもあんたのことよく知ってるみたいよ。小夜がいろいろ話してたみたい。まあそれはもうどうでもいいけどさ、…けっこうホントに山奥! 空気と水がおいしいし、緑が深くてすごく気持ちいいんだ。…なに、近くまできてんの?」

「ああ、いまY市にいる。」

「Y市って近いの?」

「どういう地図音痴だてめーはホントに軍の訓練うけたのかあーん?」

「チューブラインで来たからよくわかんないんだよ。州鉄のもよりの駅はU市って聞いてる。もよりっつっても遠いよ。浮上車はこのへんシステム未整備みたいね。タイヤ車だから、けっこうかかるよ。」

「Y市はちょうど山並の、反対斜面の梺なんだ。ハイキングコースがあって、山ん中15キロ歩くとそっちに出るらしい。」

「ああ!ハイキングコースね、うんうん、きいてるきいてる。ばっちし境内に出るよぼろっと。出たはいいけど日が暮れちゃって帰れないって泊まってくタコがあとをたたない。まあ、神社のほうはそれもよしと思ってるみたいだけど。…なにさ、くんの?」

「…の、つもり。ちょっと聞くけど、八月か、お前がてつだってる祭とやらは。」

「そーよん。20日から23日まで。」

「そこに頼子って女、いる?」

「よりこ?知らない。ここにいるのはえーと、ミモリ-がユウであたしがイツキっしょ、あとはアイちゃんて子が近々来るね。子供達は3人いて…」

「ガキは多分関係ねーからいいよ。…いないか。祭りの客で頼子ってやつ、来るって聞いてるんだけど。」

「じゃ客なんじゃない?ここけっこう客くるよ。変な学者とかいついてるし。」

「いついてるって。」

「現地取材と称してずーっとバカンスしてるって意味。…あと一泊の客とかもよくいるよ、ふもとの役人とかさ。」

「…行けばとまれるか?日帰りだとかなりとんぼ返りになっちまって、ききたい話きけないかもしれないんだよ。…忙しいんだろ、そっち。」

「うん、すごく忙しいけど…でも外から来てるひと優先だと思うよ。おばあちゃんにきいてみようか。…あんたユウと交渉するより、おばあちゃんのほうがいいでしょ。まってな。…やれやれ、たまたま電話番してるときに陽介とはねえ…ここの神社はまったく…。」

 二人は息をつく間もなくそこまで一気に怒鳴りあい、斎が電話を離れて、やっと間ができた。春季はようやく口をはさんだ。

「…先輩、水守さんて…ひょっとして、姉さんの友達のミモリ-って人の実家ですか。」

「そうらしい。」

「…その人、ヤバい人ですよ。」

 春季の言葉に、陽介は顔を向けた。

「…どういう意味よ。」

「…詳しくはわかりません。ただ、…うちの4番目も父も、その人から逃げ回っていました。うちに来たことがあるんです。去年ですけど。…いつきさんそんなとこで修行って…何してるんですか?」

「掃除とかだろ。あと祭の手伝いっつってた。…俺ぁ水森にはほとんど会ったことないんだよ、こっちも去年はちょいちょい学校休んでたから、親父とかの都合で…」

 陽介がそこまで言ったとき、電話口に老人が立った。

「はいはい、みずもりでございます。」

「あ、今晩は。」陽介は慌てて口調を変えた。「…あの、今このあたりの物語を集めたり古いものの写真をとったりして歩いている旅行者なんですが、ハイキングコースの登り口のところでそちらの神社のお話をききまして…地元の守神様のお話を聞けたらと思って近々お伺いたく思っているんですが…名前は久鹿と申します。」

「久鹿さんね。はいはい、来ますか。いつでもおいでなさい。…ご旅行ですか。じゃ宿がないでしょう。日帰りは無理だから、泊まりですね。」

「はい、…あのう、御近所に宿は…」

「ないからうちに泊まりになりますよ。お一人?」

「友達と二人です。」

「…そうですなあ、あんまり、おもてなしはできませんから、男の人はお腹がすいたときのために自分で食べるおやつをもってくるとよいですよ。あと、お風呂は夏は水浴びになりますからね。粗食とお布団だけ、おだしできます。わしはいつ来ていただいても同じですから、そちらさんの都合のよいときいらっしゃい。」

「そうですか。助かります。じゃあ、…」

 陽介は日程の予定を伝えた。老婆は承諾した。

「あの、それと…今電話をとりついでくれた人が、知合いで驚いたんですが…夏休みは修行と聞いていたんです。そちらにお邪魔していたんですね。…様子は、どうですか。」

「ああ、ぼっちゃんはいつきとは知合いでしたか。ええ、よくやっとりますよ。祭でね、舞ってもらうから、しごいてますよ。よくついてきています。」

「あいつ夏休み前、目を患ってて…大丈夫みたいですか?」

「目は大丈夫ですよ。」

「そうですか。」

「…カレシですかの?」

「いえ! 違います。」

「照れんでええ。…でも夜ばいは禁止じゃから。おぼえときんさい。」

「しませんよ。」

「それぢゃ待ってますよ。山道ですから、おきをつけなすってのう。はいおやすみなさい。」

 老婆は勝手に電話を切ってしまった。

 陽介は画面を切り替えてスケジュールをなおした。

「…この日は宿がキャンセルだな。ええと…」

「…ここですよ。僕がかけましょう。」

 春季はいつも確認につかっているスケジュールシートを使って電話を入れた。陽介から受話器を受け取る。幸いキャンセル料はとらないということだった。荷物は猫荷便で配達日指定を行なって送り、到着日にホテルにとどけてもらうことにした。

 ひとしきり手続きがすんでから、陽介は言った。

「…どうして親父さんと兄貴は水森を避けてたんだ?」

「夜思がですね、学校で絡まれたことがあるらしいんですよ。はっきりとはわからないんですが。」

「絡まれたって…」

「…なんていうか、普段は大人しくしてる人みたいなんですが、ここ一番になると霊感少女する人物らしいんです。ほら、肩に霊がのってるとか、ここは怨念がどうの、とか言う女の人っているでしょ。」

「霊能者?本物なの?おまえんとこのスゴイのが二人も逃げ回ってるってことは。」

「どうなんでしょう??夜思は親父はただのUFOマニアみたいなもんだと言ってるし、親父は夜思はまだまだだと言ってます。」

「お互いにインチキよばわりかよ。」

「まあそういうことです。」

「だめじゃん。」

「僕に言われても。…それでも一家の一員ですからお互い利害は一致してるでしょ?だからあまり相手の立場がなくなるようなことを赤裸々に言ったりはしないんですよ。でもよその人はそういうわけにはいかない。…その能力が本物かどうかより、利害関係なんじゃないんですか?」

「…なるほど。真偽より何言い出すかが問題って事ね。」

「そういうことです。…彼女、かなり姉と親密なので、…先輩叩かれると思いますよ、きっと。」

 春季が心配してそう言うと、陽介は座卓に肘をついて背中を丸くした。

「…ま、なんとかなるべ。斎もいるしな。」

 その応えは春季をなんとなく沈消させた。

「…僕は頼りにしていただけないんですか。」

「…だっておまえ基本的に姉貴の味方じゃん。俺と姉貴が並んで崖にぶら下がってたら、俺に『すみません』だろ。まあいいよ。俺だってお袋とお前が一緒に死にかかってたらお袋優先だ。それは仕方がない。」

「…」

 二人は少しの間黙り込んだ。

 しばらくしてから陽介が言った。

「…それにしても、水森の実家じゃ、話きいてもネタには使えんな。…せいぜい学校に出す方のレポートだけかな。」

「…行くの、やめません?」

 春季がぼそっと言うと、陽介は言った。

「やめねえよ。行く。…おまえの腕の件だってあるだろ。」

「…僕の腕の件なんて。…普通の人は困らないんだし。かまうことないですよ。それに行ったところでヨリコって人が来るかどうかわかんないのに。」

「…いつきに会いたくないのか?それとも水森がいやなのか?あとはカミサマ関係拒絶反応か?」

 陽介にさらりと言われて、春季はこたえにつまった。

 自分の熱をはかるように額に手をあてて、こたえた。

「…全部かな。」

「…用心深いのはいいことだ。だが虎穴に入らずんば虎子を得ず、ってな。」

「…あんただって虎の穴だと思ってるんじゃないですか。」

「そりゃあ…つまりこういうことかな。『いつきがいる場所に虎の子あり。』」

「…虎の子レーダー?」

「…示準化石かカモメってとこかな。」

 陽介はノートを片付けると、春季が額にあてていた手を外させて、自分の手を春季の額に当てた。

「…頭痛いか?」

「…比喩的な意味で痛いです。」

「洒落たこと言うねえ。」

 陽介は春季の額に自分の額をそっと合わせて、目を閉じた。春季は薄く目をあけたまま、気持ちをもてあました。

 いつきがいると、陽介はそれだけで元気なのだ。

 それが悔しかった。 

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