7 YUU
早起きが、体に馴染み始めた。
最初は筋肉痛が酷くて歩くのもままならなかったが、それも3日ほどで解消した。眠っていた全身の筋肉と神経が目覚めた…そんな感じだ。
夜は冷え込むので、いつきはパジャマの上にトレーナーを着込んで寝ている。朝おきたら、まずそれを学校のジャージに着替える。それから裏の土間へいくと、かまどでおばあちゃんが御飯を炊いているので挨拶する。それから顔を洗って口をすすぎ、先に掃除をやってしまう。いつきにわりふりされた最初の掃除区域は、外だ。鳥居からの道を丹念に掃く。落ち葉は集めて森へ運び、生えて来た雑草をぬく。そのあと、中に入るとユウが拭き掃除しているので、手伝いで廊下を磨く。いつきが手伝えるのは水拭きまで。そのあとのワックス(らしきどすぐろい液体)がけや、ワックスのあとの乾拭きは「もう少しなれてからね」と言われている。雑巾の水を裏の薮の決められた場所に捨てにゆく。山に捨てるので、原則として化学洗剤の一切は使用禁止。ワックスさえ「豆の煮汁にあれこれをくわえた」という完全天然素材だ。洗い物には「米のとぎ汁」を使う。
土間へ戻るとおばあちゃんが神様に御飯をあげにゆく。その間にいつきは人間の飯をもりわける。おばあちゃんが出て行く前に、今日は何人お客がいるか尋ねて、間違えないようにきをつける。
神社には常時人が泊っている。童子舞いの稽古のために長期滞在している女の子が3人、その親の一人か二人が交代で毎日つめている。(このおばさんたちは洗い物や買い出しなどをてつだってくれる。)用事があって来たが夜になってしまって降りられなくなった氏子さんやらもいることがある。それから山で道にまよった人やら、怪しい研究者やら、けっこう入れ代わりたちかわり来ている。山の梺の町を統括しているドームからお役人が来ているときもある。そういう人全員に食べ物をふるまう。米は持ち込みが普通らしいが、いつきは「いらないよ」とおばあちゃんに言われた。もっとも「よこせ」とは誰にも言っていないらしい。みなここの様子をみて「使って下さい」とあとで送ったりするようだ。
朝食は保存してあった山菜や野菜の漬物や酢の物、あとは豆、豆腐などを食べる。味噌は自家製だ。肉も魚も別に禁止ではないそうで、「たまに氏子さんがくれると、夕食につくわよ。鹿とか猪とか鶏とか。釣りの得意な氏子さんがもどってきてるときはいつもヤマメとか出るわよ。季節になれば鱒ものぼってくるし。そしたら手づかみ。キャハハ。」とのことだった。…残念ながら今は野菜と豆中心だ。野菜は少しいったところに日当たりのいい斜面があって、そこでおばあちゃんが作っている。大根・かぶ・ねぎ・にんにく・大豆・インゲン・さやえんどうなどだ。「トマトやイチゴもあるわよ。あと西瓜とか、瓜も季節になればね。」とのことだった。畑は農家をしている氏子さんも手伝ってくれているので、出来はすごくいい。
食事が済むと後片付けは別の人に任せて、いつきは足腰を鍛えるために山に出る。教えられた道の周辺だけでお茶用の薬草を摘むか、あるいはおばあちゃんの畑で草取りや収穫を手伝う。ユウはそのあいだ、子供達に舞を教えている。昼前に戻り、少し学校の教科書をひらく。昼食の準備はおばあちゃんとおばさんたちがしてくれる。たいていは白いおにぎりと山菜のお浸し程度の軽いものだ。いつきにはかなりきつい。
午後気温が上がってから沢でシャワーがわりに水浴びする。そのあと稽古着に着替えて、ユウと3時間くらい舞の稽古をする。本番ではクソ重い扇子を持つので、腕を鍛えるために棍棒みたいなものをもって踊る。踊って踊って踊りまくり、ユウにどなられまくったあと、おばあちゃんのつくってくれた野菜と肉のミンチ入りのオヤキという焼き饅頭みたいなものを食べて、たんぽぽやどくだみのお茶をいただき、また踊る。舞はテンポはゆっくりしていて動きもそれほど多くないのだが、中腰が多く、疲れは足にくる。
そのあと、おばさんたちの買い出しに付き合うか、また踊るかして日暮れまで過ごす。買い出しに付き合うときは現金を持って行って、おばさんたちがクリーニング屋に行っているわずかな隙にビーフやら魚の缶詰めやらハムソーセージベーコン食パンクラッカーコンビーフ、メチャメチャに自分用食料を買い込む。日がおちたら、夕食の支度を手伝う。寒くなってくるので、またジャージに着替える。夕食には卵料理も出る。卵は畑の近くでおばあちゃんが鶏を飼っている。
夜はユウと一緒に学校の勉強をする。州立放送のTV講座が録画してあるので、それを15分見て、放送テキストと学校テキストの両方から、同じ範囲の練習問題を探して解く。それから祭の下準備…発注やら確認やら…をおばあちゃんとする。そのあと、少し暇があるので、二人で喋ったりゲームをしたり、連邦ネットに上がったりする。
風呂は夏は週に一度くらいしか炊かない。炊くときは大変だ。ちなみに薪で炊く。昨日、坂下が来て薪を一山のほほんと割り、おばあちゃんに拝まれていた。まき割は重労働だ。小さな薪などは、子供達が拾って来てくれる。お客さんたちもそれなりに、いろいろ奉仕活動をして行く人が多いようだ。手伝わないのは研究者くらいのものだった。手伝わなくても、ユウやおばあちゃんからとがめられることはない。
「…ああ、あの学者センセイね。田中さんていってね、よくくんのよ。いいのいいの、ほっとけ。ドームの人って薪拾い一つできないのが普通だし。やる気のない人は手伝ってもらっても邪魔になるだけだから。」
「でもいついちゃったらどうすんの。」
「大丈夫でしょ、仕事だってあるし。本とかいちおう書いてるみたいよ。…それに問題ありそうなら、多分坂下のじじがのりこんで来て追い払うわ。」
「…あ、そうなの。総代さんて、いろいろしてくれんのね。」
「…そうじゃないのよ。坂下のじじは若い頃うちの婆に懸想していたのよ。だから今でも自分より若い男にこうるさい。うちの爺が死んでからは、静の親父気取りだったらしいしね。静は坂下が大嫌いだったよ。」
「ユウは好きだよね~。」
「…からかわないでよ。」
ユウがもじもじするのが面白くてつい言ってしまう。
いつきは隠しもっていたお菓子をひっぱりだしてきて開け、ユウとの間に置いた。ユウは悩ましげに眉をひそめる。
「…あんたと一緒にいると小ブタになりそうだわ。」
「なるもんかい、あんなにカロリーつかってんのに。あたしゃ骨ガラになっちゃうよ。」
いつきが威勢よくそう返すと、ユウはぶつぶつ文句を言いながらもいつきの菓子を遠慮なく食べた。
「ああ…オイシイ。堕落する~堕落する~。」
「きひひ、しろよ。ぷりぷりの世界へようこそ!!」
堕落する~としなを作るユウを指でつんつんつつく。
「…ねえ、藍ちゃんて人は今年結婚すんでしょ。ユウはしないの?高校でてから?」
「あのね、藍ちゃんはね、みんな誤魔化してるけど、…できちゃったのさ。それで急ぐの。」
「そうだったんだ。」
「そ。…ああ、でもね、ここんとこ調子がいいんだって。だから来て子供らの舞、少し見てくれるっていってた。ちょうど慎二さんと入れ代わりくらいかな。助かるわあ。藍ちゃんが来てくれたらあたしも畑にでるからね。」
「ああ、だいじょぶよお。」
「でも時間かかるでしょ、斜面だし。虫もいっぱいいるし。婆もトシだからね。」
ユウは起き直っていつきが昨日摘んで来て陰干ししてつくったドクダミのお茶をすすった。
「まあ、でも、あんたがモノになりそうでよかったわあ。これでとりあえず今年はやり過ごせそう。来年は…どうしようかねえ。暇だったら来てよ。」
「暇だったらね。…実家のほうでテロとか革命とかなければ。政治家も大変なのよ。」
「そおねえ。…ないように祈祷しとくわあ。…ところで、あんたの実家ってP-1なんでしょ?でもP-1てキリスト教と違うの?なんかあんたの話聞いてると、とてもキリスト教徒とは思えない。」
「あたしキリスト教徒じゃないよ。…それに実家と出身地違うし。」
いつきはいい機会だと思って、ユウに話すことにした。
ユウは少しきくなりびっくりして言った。
「えー、アフリカのほうなの?!…でもぜんぜんそうみえないよ?!まあ、今どき混血のすすんでいない地域なんて世界中どこ探してもないとは思うけどさ…。それにしたってアフリカにアジア系は少ないでしょ?」
「うーん、ミトコンドリアは突然変異しにくいっていうから、多分母方のご先祖様のどこかにアジア系がいたんだろうとは思う…と、P-1の医者は言ってた。でもうちは親父が明らかに染色体が珍しい人だったからね、何ともいえないわさ。親父は地中海周辺のごった煮みたいな感じだったけど、髪がぴかぴかの銀色で目が青かった。」
「へええ、そうだったんだあ。…かっこいいじゃん。少女まんがかロープレみたい。」
ユウはまたお菓子を食べた。
「…アフリカのドームっていうと…ケープタウン?カイロにもあったっけ?あっちの紫外線て半端じゃないんでしょ。白人だと本当に短命なんだってね。」
「…ううん、連邦じゃないんだ。あっちのほうにはまだそういうところがあんの。」
「…非加盟都市ってこと?!ちょっとおお、まあってよお。…そゆのって、オカルトマニアとか新興宗教とか人権偏重系団体の過激派のたわごと…てゆーかファンタジーでしょう?非加盟都市なんか今どきないって、歴史の教科書にかいてあるし。…そりゃあたしもアウトエリアってゆーかフィールドの人間だから、非加盟都市とか昔は信じてたし憧れてたけど…」
「…連邦政府の情報操作に教科書つかわれちまったら最後よね。あんたみたいな石頭が自動で量産されるってわけ。」
いつきが冷たく言い放つと、ユウは慌てた。
「あ、あ、違うよ、ただびっくりしただけさ。あんたがアタシに嘘ついたって、別に何もいいことないもんね。ごめんよ、変な返事しちゃって。」
「…信じられないなら別に信じるこたないよ。でも近いうちに、あたしの養父にここに小麦送らせるわさ。そうしたらあんたも否応無しに信じることになるだろうってことはあらかじめことわっとく。悪いけどヤツんとこではお米は作ってないの。小麦で我慢して。」
「…ひー、悪かった、悪かったよ!…あのさ、で、どうして連邦に来ることになったの?」
「…戦争になってね。視察かなんかに来てた養父に、怪我してたところを拾われたのよ。」
いつきはいろいろ省略してそう言った。
どことどこが戦争していたとか、実際は養父が何をしにきていたかとか、そういったことは巧妙に隠した。聞きようによっては、養父の都市が中立だったようにも聞こえるはずだ。
「怪我って…爆弾?」
「銃。」
「…い、痛そう。」
「…痛くなるまえに気絶したからわかんない。いっぱいアドレナリンとかでてたろうしね。感覚あまりないのよ、しにかかってるときって。でも衝撃はあった。意識が一瞬もどったときはかなり痛かった。あと治療中はもっと痛かった。…抜け出してたけど、足をぐいぐいひっぱられるような感じで、体が絶叫してるなって感じだった。」
「…あう。怖い。…じゃ、そのときの戦争で、軍人だったお父さんや、弟さんがなくなったんね?」
「うん。」
「…他の家族とは、今は別れ別れなんだ?お母さんとか…」
ユウは遠慮がちに尋ねた。いつきはうなづいた。
「…残りの家族といえば、うちの場合は母と兄だね。」
「兄貴もいたの?わー、うらやまし。」
「なんで。」
「おにいちゃんて、なんかよくねい?…可愛がってくれるでしょ。」
「…」いつきは顔をしかめた。「…どうなのかなあ。あたしは全然可愛がってもらってなかったけど。…つーかいろいろ気難しい人だったからね、あたしのこと嫌ってたし。年も離れてたから仲も疎遠だったね。」
ユウは気をまわしたつもりだったらしく、かなり困った顔になった。
「あ、そお。じゃウチの静みたいもんか。」
「…」
いつきはそういわれていささか態度が悪かったかな、とカドをひっこめた。…多分、ユウにとっては「おにいちゃん」というのは慎二のようなものなのだろう。年上の異性で、おっとりしていて優しくて、いろいろ助けてくれる人なのだ。別に悪気はなかったのだろう。
いつきの兄は家族の中では浮いていた。なんというか、変人集団のただなかで、一人だけ普通の人だった、とでもいえばいいのか…。父が可愛がっていなかったら、多分家出するか犯罪者になるかドームから追放されるかしかなかっただろう。父親への義理だけで、なんとか踏み止まっていたような感じだった。…14でドームのお偉いさんの家庭に見習いに入り、そのまま執事になった。家を出たら、眉間の皺がとれて美人になった。まあ、もともと母親似のかわいい顔をしてはいたが。明るくなった、とでも言えばいいのか。自分の家に馴染めない兄だったと思う。…不良の弟とともに母の頭痛の種だった。
「…まあなんていうか…家の中で派閥みたいのがあったのよ。親父と兄貴のサイドと、あたしと弟のサイド。」
「お母さんは?」
「…それをまとめていたというか操っていたのが、おかあちゃん。」
「影のボスはおかーちゃんだったんね。」
「ボスっていうよりゃ飼い主って感じだったかな。」
「…そのお兄さんと、母上はどうしたの?」
「兄はどうなったかわからない。私はその後クニに戻っていないし。…母は、元気、らしい。」
ユウは意外そうな顔をした。まあそうだろう。いつき自身も自分の母親はてっきり死んだものと思っていたくらいだ。
「そうなんだ…そりゃ、不幸中の幸い。…らしいってことは、どっかで生きてるって話をきいたわけね。それともテレビかなんかにチラッと出てたとこでも見たの?」
「…ユウ、口外されると困るって、いちおいっとくね?」
「わあってる。わあってるっつーの。だれが非加盟ドームの話なんか口外するかい。」
…たしかに。非加盟ドームの話などしはじめたら周囲に馬鹿にされる。いつき以前にユウが笑い者にされてしまうことだろう。
「…ビトウの弟がついこのあいだ会ったらしい。あたしあてのメッセージを預かって来た。」
「ビトウって…小夜?小夜の弟ってこと?」
「そう。ハルキって一年の子。」
「知ってる。挨拶したことあるし。小夜そっくりのほっそい子でしょ、メガネかけてておしゃべりな子。すごいおねえちゃんッコなんだって小夜が言ってた。小夜のお弁当じゃないと食べないとかって。…メッセージには何て?」
「…それが…あたしの母親は巫女さんでさ…。…手厚く魔よけしてあって、あたしの目まで焼く始末。それで2週間人前にでられなかったんだ。」
「目を…焼く?!」
ユウは目を丸くした。
「あんたのお母ちゃん、何者よ?!」
「…だから、巫女さん。石造りの巨大な地下神殿にいたの。レコード…ってつまり、聖典の編纂と筆記ね、それが本業らしいんだけど、あたしが神殿に入ったころには政治的な交渉を政府とする窓口だった。…当時はお父ちゃんの親友がトップにいたからね。お父ちゃん近衛だったし。」
「…」
ユウはしばらくぽかーんと口をあけ、それから気を取り直して言った。
「…あんた、大変ね。…あたしゃ生まれて17年、自分より大変なオナゴは滅多におるまいと思っていたけれど、あんたは大変だわ。」
いつきは軽く肩をすくめただけだった。
「…小麦はひいたやつとひいてないやつとどっちがいい?」
「…挽いたほうかな。」
「何トンくらいいる?」
「えっ?!キロ、キロ単位にしてよ。」
「キロ単位ぃ?!ラウールにあきれられっちゃうわよ。トンにして。」
「だってそんなにもらっても黴はえっちまうもん!」
「なんだとう!!…クソ、そうだな。わかった。100キロくらいならいいでしょう。1キロ袋が100個。」
「…なににつかおう。毎食かきあげかな。」
「じゃパンの打ち方おしえてってあげる。」
「おう、ナイスだわ。そういえば、婆は饅頭がつくれる。」
「あっ、いいなー、お饅頭!大好き!」
二人はキャッキャッと笑った。それからユウは抜け目なく聞いた。
「…で、あんたのおかあちゃんとハル坊は、何処であったの?」
「…誤魔化しきれなかったか。」
「…」
「…この世ならぬとこ…とでもいっとこうかねえ。」
いつきはそう言うと、ふうとため息をついて、もう一度肩をすくめた。
「…じゃ生きてないかもじゃん。おかーちゃん。」
…物凄く鋭いツッコミがはいった。
「…そこんとこは…まあおっさるとーり。でもハルキちゃんは生きてるしねえ。」
「まあね。」
ユウもうなづいて、また菓子を食べた。
二人は少し黙って、ドクダミのお茶をすすった。
ユウは言った。
「…あんたはさ、結婚はしないんの?」
いつきはしばらく「うーん」と考え、そして答えた。
「…まあ、いい人がいたら。しない、とかいうつもりはないけど、でもしてる暇もないかもね。…それでも一緒になりたいくらいいい人がいたら、結婚する。」
「…うーん、なるほどねえ。…じゃ、ま、多分しなさそうね。」
「…かもね。みんな他のひとは真剣だし。あたしの態度は結婚に対しては生温いと思うし。真面目に結婚する気のないやつと結婚しても、ジャマになるだけかもだし。」
さっきのお手伝い話にひっかけていつきがそう言うと、ユウはニヤリとした。
「そうかもね。結婚はひとりですることじゃないからね。最低でも二人ですることだから。」
「ユウはいい人がいるのに、結婚はしないの?」
「…坂下のじじに、大学出るように言われてる。金のことはなんとかするからって。…村がさ、このままだとなくなっちゃうかもしれないのよ。どんどん若い人がいなくなってて…。だから万一のときは、町にでなくちゃならない。そのとき、よそのナワバリでは神職はできないでしょう?だからせめて学校でとけって、じじが。できれば何か資格とれって。」
「…そっちはそっちで深刻じゃんか。」
「深刻よお。『わぁい、お嫁さん』とかって喜んじゃいらんないわけ。」
ユウはこきこきとクビの運動をした。
「…でもさ、いつき、あんた…そのギリの親父さんのほうから、縁談くるんじゃないの?政治家ならなおさらじゃない?」
いつきは菓子を食べながら、首を振った。
「それはない。…だってそもそも独身だし。」
「え、だれが。」
「だからその養父が。」
「…なんで独身なのに養子縁組みできるの??」
「できるよ、あたし災害孤児認定されてるから、養父っていうより『里親』とか『あしながおじさん』の扱いってわけ。」
「あしながおじさんね。なるほど。…あんたはさ、なんか、いないの?いい人は。」
ユウはちょっと照れ照れしながら尋ねた。
いつきは考えた。
「そおねえ。…なんかタイミング悪いのよね。」
「タイミング??」
「うーん…。あたしなぜか身の周りに男多いのよ。幸か不幸か。」
「幸か不幸か。」
「うん。でもフリーの男はいないのよね。…どっかが壊れたら御縁もあるかも。」
「なんだ、みんな誰かのお手付きか~。そんな男いてもいなくても同じじゃん!つまらん!」
「…同じっつーこともないけど、まあ、どこもかしこも補欠採用待ちだわさ。採用通知くるまでは、お友達だね。」
「…なんか泣けてくる、その話。誰が好きなのかおせーてよ、ナイショにするから。」
「おせーない。」
「狡い! あたしの秘密は知ったくせにー!! おしえろー!!」
ユウがコブシをふりあげて言うので、いつきはけらけら笑った。
「ちなみに今ンとこ一番あたしに懐いてる男は年下で同じあしながおじさんの世話になってる子だな。」
「お子ちゃまじゃん。駄目そんなの。」
「あたし年下けっこう好きなのよ。弟とも仲よかったし。」
「なんで。」
「なんでかな。おかーちゃんごっこできるからだろか。」
「…あー、あんた、彼女とおりこしておかーちゃんしちゃうんだ?」
「しちゃうってこともないけど、別に嫌いじゃないね。」
「…あーんたそれ、隠しとかないと、マザコン男にストーカーされるよ。」
「男なんざみんなマザコンでしょー?」
「えーそんなことないよー。」
「ファザコン男よりマザコン男のほうが付き合いやすいと思う。」
ユウは「げげー」という顔になり、話を変えた。
「…じゃ、同じ年か、年上はどう?」
「年上好きよ。おもいきりおじさんとかもいいなあ。やっぱりいざってときガツンとほんとのこと言ってくれる人はいいよね。…同じ年の男には縁がない。」
するとユウは途端に猜疑心にみちみちた目に変った。
「あらーん?おかしいわねえ。」
「…何が?」
「…小夜ってさ、あんたのカレシを奪ったんじゃなかったっけえ?」
いつきは一瞬何を言われたのかわからなかった。そして少し考え、陽介の話だということに気がついた。
「ああ、久鹿のこと?」
「そう!そいつよ。クガとかいうやつ。」
「…だって陽介は女子だもん。あいつは駄目だわさ。」
「どういう意味よ。」
「どういう意味って言われても…だから私にとっては、ちょっと我侭でコーマンチキな女みたいなものだから、どうがんばっても色っぽい感じにならない、といいたい。…小夜とごしゃごしゃやった前だって、別にカレシとかじゃないよ。」
「…小夜はあんたのカレシだと思ってたみたいよ。あんた随分長い間日本開けてたでしょ。なんか独りで寂しそうだったんだって。だから。」
意外なところから意外な話が流れて来て、いつきはびっくりした。
「ふーん、そうだったんだ。知らなかった。」
「あんたが帰ってくるまえにきれいさっぱり御破算になってたもんねえ、あの二人は。…全然気が合わなかったみたいね。なかなか美男美女って感じで絵にはなってたけど。」
いつきはハルキのことを言うべきかどうか迷った。「ヨースケはホモよ」とばらす権利はさすがにないような気がした。
「…あまり骨太な男とはいえないしね。小夜の兄貴たちに比べたら、久鹿なんか女の子だって。」
「あんたはさ、久鹿とは去年も別のクラスでしょ?あたしは一緒のクラスだったけど。…あんたと久鹿はどういう馴れ初めなのよ。気になるわあ。」
いつきは考えた。そういえばいつから友達だっただろうか。
「…久鹿はね、えーと…ああ! そっか、部品だわ。」
「部品?」
「…ちょっと通信…つーか複合プリンターこわしちゃってさ、あたし。それで電気街へ行って部品をさがしていたんだわさ。」
…実際は兼用プリンターではなく、通信機だった。軍からかりていたやつだったのだ。かなり慌てていた。壊すと始末書をかかねばならないし、なにより仕事に差し障りがあった。軍用通信はチャンネルが普通のものと違うし、データも暗号化されて送られている。勿論、軍の極秘だ。当時物を壊し過ぎて「フォックス ザ クラッシャー」と陰口を叩かれていた手前、なんとかこっそり修理したかったのだ。
「あんたってばそんなもん自力で修理するの?!」
「簡単なのはね。…そんときたまたま久鹿もなんかの部品を探しに来てて…」
…陽介もかなり変なものを探しに来ていた。陽介は去年の今頃は、満杯のストレスをウェブ上の危険で悪質な「遊び」で解消していた。当時の徒名を言えば、防衛庁や大企業は無理でも、中小企業や地方自治体ならすぐにやとってもらえるだろう。その程度の腕はある。勿論隠している。
「…それでふとあたしの持ってた壊れた部品を見て…」…陽介はぎょっとして、「…ネ-チャンそれならここじゃ無理だぜ、あっちの店に行きな、と教えてくれたわけ。あいつロボット趣味があってさ、詳しいんだよね、メカ。」
…陽介はつまり、その軍用部品にくいついて来たのだ。実際は店まで一緒にやってきて、値切って、…修理も結局陽介がやった。なおったからよかったが…これは実はバレると重篤な義務違反となる。ラウールが平謝りしなければ、軍法会議にかけられかねないことだ。
ユウは訝しげにこう言った。
「…なによ、なかなかいい出会いじゃない。」
どこがだ。それをネタにしばらくゆすられた。…勿論「鼻つっこむと火傷するわよボーヤ」といって2~3発ヤキを入れて収めたが…。いや、ヤキといっても軽くだ。デコピン程度のもの…だ。(嘘だが。)
ただそんなこんなのうち、いろいろいきがかり上助け合う場面もあったので、友情が芽生えた。お母さんの手料理の威力もあったし。にゃんこもすごかったし。…そうだ。猫たちがいつきを面白がったのは、大きかったと思う。陽介は自称猫の奴隷だ。猫のおもちゃを求めて日夜ペットショップ徘徊をくりかえす人物だ。
「…まあでも、向こうも公然とあたしのこと女じゃねえっつってるし。」
「照れてるのと違う?」
「…現実問題として、あたしはあっこんちでよく昼寝もするし用もなく遊びにいって暇もてあますこともあるけど、今まで一回も色っぽい雰囲気になったことないね。」
「あやしい。絶対あやしい。」
ユウがしつこいので、いっそのこと陽介とハルキのことをすっぱぬいてやろうか、と思ったが、やはりよくない気がしたので、我慢した。かわりにこう言った。
「うーん、…久鹿はね、今は恋人がいるらしいよ。」
途端にユウの顔が変った。
「エッ!そうなの?!もう!早くそれを言ってよ!!だれ?ねえ、だれ?」
…目がキラキラしている。
「うーん…それはあたしの口からは…ちょっと…。あ、あのね、久鹿はメガネかけてる子が好きなんだよ。」
いつきはそう言って誤魔化した。
「あっ、長話しているうちにもうこんな時間! 歯磨きして布団しかなくちゃ! 明日も早いし!」
「うー」
ユウは不満げだったが、時計を見て仕方なく腰を上げた。
いつきは滞在者用の小部屋を借りていて、初めの頃はそこに布団をしいて独りで寝ていたが、最近はユウの「手引き」で、客間の好き勝手なところに布団を敷いて寝ている。ユウは気が向いたときだけやってきて、布団を並べて敷いて、一緒に寝る。
修学旅行みたいね、とユウはよく笑った。