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Till you die.  作者: 一倉弓乃
7/41

6 KYOKO

 Y市にはいってから、自分は明らかにおかしい、と春季は感じていた。

 体調が悪いという意味ではない。体調はむしろ良いくらいだった。温泉のおかげかもしれない。汗のかきかたも普通になった。

 ただ…それは陽介もそうだったのだが、Y市の宿に入ってから夜はぱったりねむってしまう。夜中のお楽しみは途絶えていた。したくないわけではないのだが。ただ眠ってしまうのだ、子供のころのようにすやすやと。

「へんぱい。」

「むー。」

「…御飯おいひいでふね、ここ。」

「うん。」

 …飯もうまい。

 食後のお茶もうまい。

 体もだるくない。

 でも何かがおかしい。

「先輩。」

「んー。」

 陽介もぼんやりしている。

「…今日は、山登りでしたね。荷物は軽いほうがいいですね。」

「…うん。でも少し食い物もっていかないとな。あと水も。…多分売店とかないだろう。腹へったら地獄見る。」

「そうですね。じゃあ店に寄ってから行きましょうか。」

「そうしよう。」

 S市の近くの町で買った小さなリュックに荷物をつくって…カメラやらタオルやら…それを背負って出かけた。

 駅前の店で昼食とおやつ、それに水のボトルを買った。鈍行で2駅ばかり行って、小さなまちにおり、そこから30分ほどバスに乗った。風景はのどかな田舎の田んぼといった感じだった。春季もこの夏にこういう風景をふんだんに見て、これがこの国の「あたりまえ」な風景なのだな、と思うようになった。

 20分ほど歩いて、村の外れの裏山みたいなところを見つけ、陽介は地図を確認して、「ここだな」と言った。予定ではそこの上にある「目玉岩」という巨石を見に行くことになっていた。

「…近いのかな。」

「目玉岩のとこハイキングコースがあるらしい…初心者向けってかいてあるし、きっと大丈夫だろ。」

「あ、誰か来ますよ。ちょっときいてみましょうか。」

 通りかかった老人に挨拶をすると、おじいさんは立ち止まって、二人に挨拶をかえしてくれた。

「僕ら旅行者なんですが、これから目玉岩に続いてるハイキングコースを歩こうかと思っているんです。」

 春季がニコニコ言うと、老人はほうほう、そうですか、あのあたりは空気もよいし、緑もきれいですよ、と言った。

「…だいぶ遠いですか、目玉岩。」

「そんなこともないですよ。2~3時間でつくでしょう。あちらでちょうどお昼できますよ。…食べ物はもってきましたか。ないならそっちへ15分ほどいくと、ちいさな店があるから、何か買って行くといいですよ。上には何もないから。お水はあるけどね、神様のお水。」

「え…神様のお水、ですか?」

 陽介はぴくりと反応して口をはさんだ。

「なんだか、御利益ありそうなお水ですね。」

「ああ、おいしいお水ですよ。このへんはみんな同じ水の神様ですからね。水だけはおいしいですよ。ぼっちゃんたちも、大人になったらね、ここの『一の泉』ってお酒飲んでごらんなさい。とても美味しいお酒ですよ。」

「お酒、作ってるんですね。」

「米と酒しか、作っていないといったほうがいいかもしれませんなあ。」

 老人はそういって笑った。

「あのう、このあたりの水の神様って…どんな神様ですか?」

 陽介が尋ねると、老人は少し考えた。

「そうですなあ、確か…なにか長いものだときいておりますがなあ。」

「は?」

「長いもの。こう、にょろにょろっと。」

 春季は「う」と思った。

 …それは割と苦手だ。いや、得意な人は、多分特異な人なのだろうと思う。陽介もあははははと乾いた笑い声をたてた。

「そうなんですか~。…じゃあの、お嫁さんとったりとか…?」

「そういう話はありませんなあ。…優しい神様ですからのう、お嫁にゆきたいという女の人はいましたけれども。」

「…長いと知っていてもですか。」

「はっはっは…このへんは…昔から生活も決まり事も厳しい土地柄でしてな。ああいう優しい男は、物語の中にしかおりませんでしたから。」

「…願掛けすると叶えてくださったりするんですか?」

「いや、そんなことはなんもしてくれませんよ。ただ、洪水がおきんように守ってくれたり、洪水になれば堤防をな、助けてくれたりしたし、…子供が山で迷うと灯りをともしてくれたりですのう、いろいろ、身近なお話が多いです。女が泣いていると、ハチミツや金平糖をくれるそうですしのう。」

「ハチミツですか。」

「…詳しいことがききたかったら、目玉岩から15キロばかり山の中を歩むと、神社がありますから、そこで聞くとよいですよ。くわしい方がおいでだから。一本道ですから、道はすぐわかりますよ。」

「目玉岩から15キロ、ですか。」

 陽介は悩んでいる。…行ったら帰りは日暮れているはずだ。夜の知らない山道を歩くには軽装備すぎる。だが多分行きたくてうずうずしているはずだ。春季は言った。

「…あの、その神社から、一番近い駅まで、どのくらいありますか。」

「ああ、駅は少し遠いですねえ。」

「…近くに宿は…」

「山をおりればあることはありますよ。でもうちの息子でも村におりるのに3時間くらいかかるみたいだねえ。近くにはなにもないですよ。昔は山腹にも集落がありましたけれども、今は廃村になっておるとおもいます。…ちょうどね、この山から続く山並の、向こう斜面にあたるところでね。」

 廃村なんて聞くと陽介がますます乗り気になっているのは考えなくてもわかる。春季は言った。

「…先輩、いってみましょうか。最悪野宿でもなんとかなりますよ。食べ物だけもう少しもって行けば多分。」

「うーん…それにしても、別の日に出直したほうがよくないか?夜に山道を歩くのは危ないし…。それに神社に電話してから行ったほうがよくない?」

「…電話したら忙しいから来るなって言われる可能性もありますよ。」

「うーん…」

「…とりあえず、食料を買い足しましょう。歩きながら考えればいいし。」

「そうだな。そうしよう。…あのう、そこの神社はなんという神社さんですか?」

陽介が尋ねると、老人は考え込んだ。

「さて~なんという神社でしたか…。2回ばかり名前も変っておりましてな…。すいませんなあ、わたしは寺の檀家なもので…。ああ、お店で聞けば、多分わかりますよ。あそこは氏子さんだから。」

「わかりました。…いろいろどうもありがとうございます。」

「気をつけていってらっしゃい。」

「ありがとうございます。」

 春季もペコリと頭をさげた。

 老人とわかれて、老人が教えてくれた店に立ち寄り、少し食料を増やした。そこで店番をしていた若い女性に神社のことをきくと、「ああ、あそこね。水守さん。」と教えてくれた。

「ミズモリさん、ですか。」

「そう。正式名称はわからないけど、このへんの人はみんな水守さんて言ってる。…おまいりしにいくの?」

「どうしようかまよってるんです。日帰り…ぎりぎりですよね。」

「…あんたたちどっから来たの?初めていくんでしょう?山歩きしたことないなら、日帰りなんて絶対無理よ。すごい山道なんだから。今からじゃとんぼ返りしても帰ってくるまでに日がおちちゃうわ。お話きいてる暇なんかないよ。もっと早くに出発しないと。」

「…でも15キロくらいですよね?」

「それ、直線距離。のぼったり降りたりのぶん考えないと。体力すごく消耗するわよ。」

 春季もそれを聞いて、さすがに陽介には少しキツイかもしれないな、と思った。だが女子じゃあるまいし、動けなくなって座り込むということもないだろう。春季のほうはそもそも山育ちだ。あの程度の山など、山のうちにはいらない。春季の住んでいた山の山頂には1年の半分は雪があった。

「…あのう、懐中電灯ありますか。」

「…」

 店番の女性はじろーっと春季を見た。

「…あんた、行く気ね?」

 春季は掌を上向きにひっくりかえして少し笑顔を作った。

「いやあ、どうなるかわからないけれど、一応念のためですよ。」

「…山で野宿すると賊が出て身ぐるみはがれた上、バージンなくすわよ。」

「…へえ?」

 春季はニヤーっと笑った。さり気なーく、陽介につんつんと背中をつつかれて戒められた。

 陽介は言った。

「…考えてみたら懐中電灯はあったほうがいいかもな。」

「僕が持ちますよ。」

 すかさず言った。店の女性は呆れて言った。

「…一つでいいの?お二人さん。」

「ええ。暗くなったら仲良く手つないで歩くから。」

「春季…。」

「気をつけなさいよ。ホントにでるんだから。…まあ、年に一回くらいだけど…。」

 彼女は店の一角の防災グッズのコーナーからライトと電池をもってきてくれた。

「…悪いけど、電池も一緒に買ってくれない?電池入ってないの。ごめんね。こんなの滅多に買う人いないから。」

「ちょっとカウンターお借りしていいですか?」

「どうぞ。」

 春季は電池のパッケージをやぶって、カウンターでライトに電池を入れた。

「…ハイキングコースだからだれかかれか歩いてるとは思うけど、こんにちは、以上の口はきかないほうがいいわよ。」

 女性は春季のつむじにむかってそういった。春季は顔をあげた。

「えー、声かけるのって、失礼にあたるのかな…ひょっとして。」

「…あいさつくらいならいいけど、すれ違った後振り返ったりするのはやめなさい。」

「…そういう、風習なんですか?」

「…そう。」

 女性は春季から目を逸らし、陽介のほうを見て言った。

「…あの山道ですれ違う人はね、人じゃないかもしれないのよ。」

「…おねえさん俺のほうが春季より脅しやすいとふんでません?」

「勿論そうだけど…まあ黙っておききなさい。」

「…はい。」

「…隣村のシュウって男がいてね、あたしが高校んときの…」

「カレシですか。」

 春季がすかさすツッコむと女性は照れ照れで言った。

「やあねえちがうわよ。高校んときの、クラスメイトなんだけどね、ちーと顔がイイからって言うンで、女の子たちにちやほやされてたんだァ。芸能人だと、藤堂ジェイみたいな感じの子かなァ。」

「はあ。」

 …「天使の微笑」というデビュー曲が世界的にヒットして、その一曲で消えたアイドル歌手の名だった。「あの人は今」に出ていなければ確実に「死亡説」がながれるタイプとでもいおうか。

「そいつがね、家のおつかいで、隣村の入り口からハイキングコースに入ったの。ああ、隣村からの入り口は、供物台の5分くらい手前にあんのよ。」

「供物台…?」

「あー、なんつーの、テーブル型の岩があるの。ここいらでは供物台って皆呼んでる。まあそれはいいんだけど、…行き先は、やっぱり水守さんのとこ。氏子だったからね。」

「はあ。」

「…山道を歩いている途中で家族連れとすれ違ったんだって。見たことないなあ、と思ったけど、軽く会釈だけしてすれ違ったんだって。向こうも丁寧に会釈してくれて。」

「…」

「でもなんだか、すれちがったあとになって、おかしいなあ、という気がしたんだって。でも急いでたし、あんまり気にしないで進んだんだって。そうしたら三の沢の橋でふと気がついたんだって。その家族、変な服きてたなって。」

「…変な服って…水干とかですか?」

 …陽介は昨日のお母さんとの電話を思い出したのか、そう尋ねた。

「すいかん??…まあ何だかしらないけど、みんな平気で半袖とか、袖無しとか着てて、子供はすっごく短いショートパンツをはいていたんだって。」

「ああ…つまりドーム以前の服装ってことですか。」

「そういうこと。」

 女性はうなづいた。

「でも、見間違いだろうと思って、ずんずん歩いていったんだって。そうしたら、今度はカップルとすれ違ったんだって。カップルは、普通の服だったらしいのね。で、会釈して通り過ぎようとしたら、こんにちはあ、っていわれたんだって。だから慌ててこんにちはあって返したんだって。でも通り過ぎそうになってたから振り返ったんだって。…そしたら…」

 春季も陽介も面白がってじーっと聞き耳を立てていた。

「…後ろ首が骨だったんだって。」

「…」

「…」

「…びっくりして、怖くなって、そのまま走って逃げたんだって。まあ、ほら、行く先は神社さんだから、行ってお祓いでもしてもらえばさあ。」

「…」

「…ところがまた二の沢の橋でばったり通行人にあっちゃったんだって。今度は一人で、背の高い男の人だったんだって。ほら…っていうかあんたたちはしらないかもだけどさ、二の沢の橋って、狭いんだよね。すれ違うのは無理。それで向こうが明らかに年上に見えたから、脇によけて、待っていたんだって。そしたらその男が渡って来てね、こう言うんだって。『振り向かずにそのままゆきなさい。帰りはここを通ってはいけない。』って。」

 二人は息をつめて続きを聞いた。

「もうこわくてこわくて、そのまま走って走って走り通しで一の沢まで行ったんだって。息が切れて苦しくって、一の沢の橋を這うように渡って、そこで思わずふりかえっちゃったんだって。そしたら…どうなったと思う?!」

 春季はおそるおそる言った。

「…後ろに男の人が立ってて、みたな~って言った…?」

 女性は「ちがうちがう」と首を振った。

 陽介が言った。

「…何か見えた?」

「…そう。」

 女性はうなづいた。

「…遥か向こうの葉隠れに、丸太ほどのエメラルド色の長いものがずるりずるりと…」

 春季は「うげっ」と思った。

「…それってここいらの、水の神様なんでしょう?」

 陽介が言った。

「あら、知ってるの。」

「さっきおじいさんに聞いたんです。…じゃあ、その人、忠告して守ってもらったんじゃないですか?」

「まあね。…実はね、お盆だったのよ。昔からあそこのお山の盆には亡くなった人が歩くって言い伝えがあってねえ。気に入った人を連れて行くとも言われているのよ。」 

「…ホント、優しい神様なんだ。おじいさんの言っていたとおりですね。」

 春季も感心してうなづいた。

「…あら、お二人さん、でもいくら助けてくださったとはいえ、どうして振り返るなといったのかは謎なのよ?なにかよからぬことかんがえてたせいかもしれないし…それに、振り返ってそういうながーーーいもの、見たい?」

 女性は不服そうに言った。春季は慌てて首を振った。女性は、そうでしょうそうでしょう、という顔でふむふむうなづいた。

「だからふりかえっちゃだめよ、って。」

「なるほど。…盆までまだだいぶありますけどね。」

 春季がニコニコ言うと、女性は悔しそうだった。

 すっかり仲良くなったので、女性がお土産をくれた。

「お魚のソーセージあげる。いれとくわ。おやつに食べてね。」

「ありがとう。」

「…本当に気をつけてね。いつでもだれでも助けてもらえるわけじゃないんだから。」

「わかりました。いろいろありがとうございます。」

 二人は揃ってぺこりと御辞儀して、店を出た。

 薄曇りの空を見上げて、陽介はつぶやいた。

「…なかなか、思わぬ収穫に恵まれるな、Y市近郊は。」

「…ふふふ、シュウさんて人、きっと怪談の上手な人だったんでしょうね。それもあってモテてたんだ。沢をうまく使ってて、上手な構成じゃありません?」

「ああ、よくあるパターンだから平凡になっちゃってるけど、うまく使って処理してるとは思うね。多分一の沢の橋っていうのは、高いところで、振り返ると二の沢まで見渡せるようなところなんだろうな。地元の強みを最大限に生かしたんだろう。…藤堂ジェイなんて、ぜんぜんいい男じゃねえし。」

「そりゃもう、先輩のほうがずっと美人です。」

「…俺の顔の話してんじゃねーんだよ。」

「…うふ。」

 でも陽介はちょっと嬉しそうだった。


+++

 Y市発行の観光ガイド冊子によると、目玉岩には物語があるらしい。

 昔、山に鬼がいついて、人の子を攫っては食べる、ということをくり返していたのだそうだ。村の人々は「お山にいたいならいてもいいけれども、子供を攫って食うのはやめてくれ」と、何度も鬼を説得したが、鬼はまったく聞こうとしなかった。村びとは「それができないなら出て行ってくれ」と言ったり、山伏をさしむけたり、浪人をさしむけたりしたが、何しろ強い鬼で、誰も言うことをきかせることができない。説得にいった村長は隣の山へぶんなげられ、山伏は鬼の沢に逆さにぶっさされ、浪人は開きにされて干された。みなほとほと困ってしまったが、もう恐れて行くものがなくなってしまった。鬼はますます好き勝手にあばれた。ある日鬼が山を歩きまわっていると、きれいな泉に出た。その泉の水があまりにうまそうだったので、一口のむと、まこと極上の酒のような味がする。鬼は夢中で水を飲んだ。そして気分がすっかりよくなったので、泉で水浴びを始めた。すると「わたしの泉で水浴びするのは誰だ」と問う声がした。「鬼よ」と鬼が答えた。「乾いた血、生乾きの血、滴る血をあらっておるのよ。」と言った。すると銀色の閃光が閃いて、鬼の頭が斜にぶったぎれた。残ったほうの目で見ると、山の主が立っていて、「ではわたしはわたしの泉のわたしの水で、お前の生き血を洗おう」といって、刀を泉につけていた。それが鬼が最後に見たものだ。鬼のぶった切れてとんだ右目は、南の斜面にささってそのまま石になった。それが目玉岩である。

 …とまあ、そういうことらしい。

「…まあもともとのショバの持ち主のほうがずっと凶悪だったってことなんでしょうかねえ。」

「…昔話に出てくる鬼って他所からきた人のことらしいからな。…大切な泉だったんだろうさ。穢されたからマジギレしたんだろう。」

「でも自分も泉で血をあらっちゃうんですね。」

「ほんと、ちと不思議ネ。」

「山の主っていうのはつまり…エメラルド色の。」

「うん、多分、にょろにょろっとした。…龍には逆鱗っていう、逆さに生えてるウロコがイッコだけあるんだってさ。そこを逆撫でされるとモーレツに痛いんだって。だから暴れるらしいよ。」

「…龍って…ドラゴンですか?蛇と何か関係が?」

「まれにだけど、蛇が修行して龍になるって話があるよ。正式には、鯉が修行して龍になるらしいけど。」

「…ふーん。そうなんだ。日本のドラゴンて、長ひょろいもんなんだ…。」

「春季聖書は読まないの?聖書でも悪魔はドラゴンだったり蛇だったりするじゃん。」

「同じものとは思ってませんでした。同じものなら同じ言葉で書くかと思ってたから。」

「なるほど、一理あるね。」

 ハイキングコースは、急なのぼりには階段なども作ってあって、思ったより歩きやすかった。アスファルト鋪装していないので、足も思った程疲れない。緑の森もよい眺めで、森林の香りも快適だった。

「ところでさ、春季、供物台、ちと行ってみたいな、なんて、ヨースケさん思ったり。」

「ああ、卓状石ね。いいですよ。あとで行きましょう。」

「人工物かな。ちょっとどきどきするな。」

「…地図にのってますか。」

「いや、のってないけど、隣村からの入り口の近くって言ってたじゃん。きっと看板出てるよ。」

「なるほど。」

 老人の言葉通り、午を少しまわったあたりで、二人は目玉岩についた。

 岩は丸みのある天然石で、高さは2メートルほどだった。まん中より少し上あたりにいっぽん筋というか段差のようなものがあって、なるほどそれがちょうど目蓋のように見える。

「でかい目ですね~」

「ほんと、でかい。でかいものは、人間にとっては鬼サイズってわけだな。鬼のナントカって名前のものはたいていでかい。」

「僕も写真とろっと。」

「っと、俺もとらなくちゃ。」

「撮ったらあそこのベンチでお昼御飯にしましょうか。」

「そだな。」

 必要な資料分の写真をそれぞれおさめると、二人はベンチに座って昼食の包みをあけた。

「…そういえば、水があるっておじいさん言ってましたね。」

「あ、そっちにあるみたいヨ。その樹のむこっかわんとこ。」

「ちょっと見て来ますね。」

「うん。」

 春季が行ってみると、そこには石でてきた直系1メートルほどの平らな水盤があり、その上を溢れるように水がつたっていた。日本の造形ではない。多分最近つくりなおしたものだろう。水盤の下には水を受ける部分があり、そこであつめられた水が注ぎ口のようなところから出ていた。…けっこうな勢いだ。

「…ちょっとだけいただきまーす。」

 春季もいつぞやの陽介の真似をして手を合わせ、それから手を洗って、手に水を受けて、飲んでみた。…うまい。春季は水のあじのことはよくわからないが、うまい水なのは確かだった。疲れがとれる。

 陽介のところに戻ると、陽介はもぐもぐと美味しそうに梅のおにぎりを食べていた。

「どうだった?」

「とてもきれいな、おいしいお水です。冷たいですよ。」

「じゃ俺もあとで。」

「ええ。」

 食事のあと、水盤を目にした陽介の感想も春季と似たようなものだった。

「レリーフは、ここはないな。新しいものな。」

「そうですねえ。ちっちゃいかわゆいにょろにょろへびたんくらい彫っておいてくれてもよさそうだけど。」

「…あそこの町中の水も、ここの水脈なんだろうな。こっちのほうが数段うまいけど。いや、飯くったせいかもしれないけどね。」

「そういえば、あそこのレリーフは、きえかかっていたとはいえ、人のかたちでしたね。」

「うん。そうだったな。」

 二人は食事で減ったペットボトルの中身をここの水で補充してから、供物台めざして歩き出した。


+++

 地図にも観光案内にも、供物台に関する文や写真はまったく記載がなかった。

「…あまり大したものではないのかもしれないですね。」

「ありうる。要するに地元の人にとってはただの石なのかもね。」

 二人は注意しながら道を進み、そのうち隣村へ続く小道をみつけた。その近くの薮の奥に、大きな石を見つけた。

「あれじゃないかな?…けっこうでかいですね。」

「そっちまわっていけば行けそうだ。」

 二人は薮を迂回して、森の中にふみこんだ。

 道からさほど遠くないところに、それはあった。

「…これは…遺跡…だろうな多分。」

「周りが踏み固められてますね。…かなり立派なドルメンなのでは…。」

「…ちょっと写真。…なんでこんなとこほったらかしなんだ?」

「ほったらかしというか、現役な香りですね。周りの草、とってあるみたいだし。」

 高さは二人の腰くらい、平らな天板岩を、ごろんとした無骨な大岩二つで支えているかっこうだ。幅は2メートルぐらいで、奥行きも1メートルくらいある。本当にお供物でものっけたくなるような感じだった。陽介は5~6枚写真をとった。

「…案内版が立ってますよ。」

 春季が見つけた立て札に二人は歩み寄った。

 春季が案内版を読み上げた。

「えーと…供物台。花崗岩でできた石器時代の建造物と言われている。この山は昔から信仰の対象であったため、そのなんらかの儀式につかわれたものと思われる。詳しいことはわかっていない。Y市教育委員会。…なんの説明にもなってないような…。」

「すくなくとも花崗岩なのはわかった。…石器時代っつーのも眉唾だな。まあでもうんと昔からあったのはたしかなんだろう。」

「…僕の読み違いでなければ、…山そのものが信仰の対象だったということですか。」

「うん、そゆことみたいね。」

「…山にもしめ縄まいちゃうんですか。」

「山には直接は無理だから、入り口とかに鳥居をつくってね。そこに。」

「すごいなあ。」

 二人は供物台の周りを歩き回ってみた。

「…ここは水場はないんですね。」

「そうみたいだな。」

 春季はふと向こうへ目をやって、赤い色が見えた気がしたので、言った。

「あ、なんか花が咲いてるみたいだ。ちょっと写真とってきますね。」

「うん、わかった。ここにいるよ。」

「すぐもどってきます。」

 春季は陽介を残して森の奥の方に向かい、薮をかきわけていった。

 陽介は供物台のそばで、ひと休みしつつ、黙って待っていた。

 薄曇りだった空だが、少し雲が厚くなりつつあった。

 やはり水守さんとやらへは、今日行くのは無理だろうという気がした。いや、行くだけならともかく、帰りがまずいのだ。行きはよいよい、帰りは怖い、だ。

 出直したほうがいいだろうな、天気も怪しいし、雨なんざ降ろうものなら…。陽介はそう思った。

 ただそう思ったからといって、行くのに乗り気でないわけではまったくない。むしろ行きたくてうずうずしているといったほうがいいだろう。けれども連れもいるし、まさか山中で野宿というわけにもいかなかった。ハイキングコースがあっても熊が出ることもあるだろうし、一番やっかいなのは野犬だ。はっきり言うが、賊のほうが、言葉がいくらか通じるだけ、野犬よりましなくらいだ。そりゃ斎でもいれば野犬くらいなんとかしてくれるだろうが春季ではそういうわけには…。

 ぼんやり物思いにふけりつつ、供物台に腰掛けて、春季がいなくなった方をみながら、独り言を言った。

「今日は諦めよう。なんとか日程やりくりして別の日にでも…」 

「なにをしている。」

 突然咎めるような口調でそう言われ、陽介は吃驚して立ち上がった。そして自分が供物台にうっかり腰かけていたのに気がつき、慌てて声のほうをむいた。

「す…すみません、うっかり座ってしまいました。」

 陽介がとるもとりあえず深々と頭を下げると、明らかに不興の口調で、男が言った。

「そこに腰かけてはいけない。」

「申し訳ありません。」

「…早く立ち去れ。」

 陽介はおそるおそる顔を上げた。

 男は逆光で顔がよく見えない。背の高い男だった。

「…連れが、花の写真をとりに、薮にはいっていってまして…ここで待つと言ってしまって…。」

 遠慮がちに言うと、男はさらに機嫌が悪くなった。ヤバいな、と陽介は思った。

「あ…あの、この、供物台は、…何に使うものですか。」

「なぜそんなことをしりたがる。」

「夏休みの研究レポートで、伝説や物語を調べてみようと思っていまして…。」

「何にでも鼻をつっこむものではない。…とにかくすぐに道まで戻りなさい。連れは私が探して来てやろう。」

「…ここ、近付いてはいけないところでしたか…?…すみませんでした。」

「早くいきなさい。」

「あの、連れとはぐれたときのためにお名前を…」

「わたしか?坂上だ。…道で待っていなさい。」

 坂上はそう言うと、薮の中へ入って行った。陽介は入って来たコースを逆行して、道まで引き返した。

 …どうやら、よそものが近付いてはいけないところだったらしい。だから観光案内にものっていないのだ。タイミング悪かったな、と陽介は思った。ハイキングコースに入ってから今までに、最初に人にあったのがそういう場所とは…。

 しばらく待っていると、春季が道に出て来た。

「…春季、ごめん、地元の人に追い払われちまって。」

「ああ、いいんですよ。御無事でよかったです。」

「その人がお前を探して連れて来てやるって言うからさ。…会った?」

「…先輩、それより、ちょっとヤバいことになりました。」

「ヤバいって…怒られた?」

「僕は会っていないんです…その人、顔みましたか。」

「いや、ちょうど逆光で。」

「…神社は後日にして、電話の圏内まで戻りましょう。…いや、ひょっとして、隣村のほうが近いかもしれませんが、さっきの村のほうが、顔見知りがいるぶんいいと思います。」

「…?どうしたんだ?」

「…赤いのね、服でした。」

「服って…」

 陽介はそこまで言って、青ざめた。

「…ふ…腐乱?」

「…幸いなことに、白骨でした。…はやく行きましょう。先を歩いて下さい。」

 春季は陽介の腕をとって、促した。陽介は慌てて我にもどり、急いで歩き出した。


+++

 幸い、見つけたのが時間のたった亡骸だったため、警察からは名前と住所を聞かれただけだった。陽介が坂上の話をすると、警官は「あーあ」と言って「坂上でなくて、坂下でしょ。このへんに坂上って人はいないよ。坂下さんち、今年総代だからな、見回りしとったんでしょう。…怪しい人なら名乗るわけないし。」と言った。

 たちあってくれたあのお店のお姉さん…この人はウィズリー京子さんという人なのだそうだ…は、「大変だったわね」「大丈夫」と冷房の効いた店の奥の部屋でスープを作ってくれたり、チョコレートをくれたりと、かいがいしく世話をやいてくれた。どうやらおしゃべりもお世話も大好きの、村の婦人部の役員さんらしかった。

 警官が帰った後、春季は京子に言った。 

「…あんなに道の近くに死体があったら相当臭ったはずだ。誰も気付かなかったんですか?」

「…確かに一時期臭ったのよねえ。…でも、誰も探さなかったのよ。」

「どうしてですか。」

 春季はスープの入ったカップを両手で持ったまま、眉をひそめて尋ねた。

 すると京子はしばらく困っていたが、やがて言った。

「…あそこはしょっちゅう臭うし、変なものもでるのよ。」

「しょっちゅう?どういうことですか??」

「だから…つまり、供物台だから。昔あそこに、お供物あげてたのよ。昔は鶏とか、うずらとか…。まあ、今多いのは御菓子とかお酒、お魚、かな。」

 陽介は驚いて尋ねた。

「本当にお供物あげてた台なんですか?」

「…今でもときどき、願いごとをする人がいて…よく色んなものがのっかったままになってるのよ。夜中とかに置きにいくんでしょうね。…それで市が、『衛生的でないからその風習はやめるように。持って来た人は持ち帰るように。』ってしょっちゅう言ってきてて…あそこは教育委員会と水守さんで管理しているから、しょっちゅう衝突しているのよ。…こっそり置いて行く人をとりしまるのって大変なの。水守さんのほうも迷惑してて…。ほら、神社からはまだ遠いし、こっちからもけっこうあるでしょ、距離。」

「…うはー、俺座っちゃったよ。」

 陽介が言うと、京子はアハハと笑った。

「だいじょうぶよ。ここいらの男子、小さい頃一度は肝試しにあそこへのってみるけど、みんな元気に生きてたもん。私ものったことあるよ。あんまり見晴らしとかはよくないよネ。」

「…でも、捜索願いの出ている人とかは、いなかったんですか?」

 春季が話をもとに戻した。

「どうだったんだろうねえ。」

 京子は困ったようにそう答えた。

「…このへんの人、無理して家族のうち一人だけでもナイショでドームに入れることがあるし、いつのまにかいなくなってる人なんて、そういう意味じゃ少しもめずらしくないから…。私の同級生とかで、実家に残っている人も数えるほどしかいないし。つっこんで聞くのも失礼でしょう?」 

 言われてみればそうなのかもしれなかった。

 他人から見れば、ドームに入るのも、他都市へ引っ越すのも、行方不明と同じことなのだ。…いや、下手をしたら、死と。

 …すうっと、寒くなった。

 黙って二人がスープを口に運んでいると、京子は言った。

「二人ともドームに滞在しているの?Y市?」

「はい、Y市です。」

「じゃ、車で送ってあげる。買い物ビザがあるから、中まで送ってあげるわ。」

「え、いいんですか。」

「いいわよお。ついでに買い出しもしちゃうから。」

「助かります。」

「じゃ、着替えてくるからまってて。…チョコレート、全部たべちゃってよ。」

「はぁい。」

 京子は別の部屋に消えた。

 春季はひそひそ言った。

「…せんぱい、写真とったけど、見ます?」

「写真て…なんの?」

「…赤いお花。」

「と…とるなよそういう写真!!」

「ついでに京子さんもとっておこう。」

「俺、見ない!だって怖いもん!!」

「…なんスか、ただの骨ですよ。服着てるだけの。」

「俺そういうの本能的っつーか生理的に怖いの!」

「…死んだ人見たことないんですか?」

「多分ない。」

「でも猫が死んだのはたくさん見てるでしょう?大差ないですよ。」

「にゃんこ毛皮あるしだっこできるちっさいから。」

「…そんなに怖いですか?」

 春季が呆れて言うと、陽介は必死の形相でうなづいた。

「…に…日本では魂は荒れ狂ってる状態と和やかな状態があるって言われてて、死後50年は荒れ狂ってる状態だと言われてるんだ。」

「へえ。」

 春季は興味をもって陽介ににじりよった。

「50年たつと、おちつくんですか。」

「そう!だから、春季の見たのはまだきっとアラミタマ状態!」

「やだなあ、僕がみたのは魂じゃなくて、亡骸のほうですよ。うふふ、こわがりやさんvかわいいセンパイってば。」

 思わずチューっとしていると、京子が戻って来た。

「わー、見ちゃった!!」

「おっ、見たなァ。」

 春季はケラケラ笑ってそう軽く言い返した。

「…もすこし照れてくれれば面白いのに。」

 京子が言うと、春季はニヤリとした。

「…京子サンの着替え覗いて写真とろうかとおもったけど、センパイ怖がらすのがあまりに楽しくて、やりそこねました。」

「おねーさんの着替え高くつくわよ! 金はらえ。」

「金はらったらいいんですか?」

「ちゃうちゃう。見てしまったものは取り返せないから、せめて金で償えってこと。」

「アハハ、見てませんよ。…じゃ、行きましょうか。」

 春季が荷物を拾い上げたので、陽介も立ち上がった。春季がとっとと靴をはいて表に出ると、そさささと京子が玄関でくつをはいている陽介の背後に忍び寄った。

「…彼は、チュー族?それとも、バイセクシャル人種?」

「…外国産ジャパニーズですよ。」

 陽介は淡々と答えて、靴紐を絞めた。

「あなたにチューしてたわ。」

「…気になりますか?」

「なる。すごく、なる。」

「…春季、京子おねーさんが、チューして欲しいって。」

 春季はくるっとふりかえった。

「なに、どこにしますか?」

「…いいわ。そういう対応なら、面白い話、おしえてあげないもん。知ってるけど!」

「やだなあ、どこでもしますよ、遠慮なくおっしゃってください。」

「春季、おねーさんが、気にしてるよ。お前が俺にチューしたから。」

「えー、おねーさんチューしないんですか。したほうがいいですよ、体にいいんだから!寿命がのびるんですよ! 」

 …このやりとりで京子はどうやら「春季はチュー族」という分類におちついたようだった。

「チュ-はダーリンとするからほっといて。」

「遠慮しなくていいのに。」

「…で、なんの話を思い出したんですか?」

 陽介がせまい玄関から出ると、今度は京子が靴箱からパンプスを出した。

「…あんたたちを見ているとシュウを思い出すわ。」

「ああ、どこそこ高校の藤堂ジェイ。」

「東高よ。…シュウが中学生のときにねえ、水守さんでないところの、お祭りへ行ったんですって。こっそり。」

 京子はパンプスに足を入れると、玄関を出た。戸締まりをして、確認してから、ガレージへ二人を連れて行った。

「…そのときに、すごーく優しい男の人が話し掛けてきて、なんか変だな、と思ったんですって。…ああ、ここいらの男の人って、荒っぽい人が多いのよね。余程お歳でも召していればべつだけれど…。」

「今朝会ったおじいさんもそんなようなこと言ってたなあ。当の本人は、丁寧でエレガントなおじいちゃんでしたけど。」

「あ、それきっと米田のおじいちゃんだわ。あの人他所の人と話すのが大好きなの。いい人に当ったネ。もとは役場にいたのよ。でもあのじいちゃんだって、つい10年くらいまえまではすごかったんだから。米田のおばあちゃんよく店に来て泣いてたのよ、『山に嫁に行ったほうがましじゃった!』って。山っていうのは、山の主のことね。…最近落ち着いたみたいだけど。」

 …なるほど。そういう事情だったわけだ。

「…それでシュウのほうだけど、…しばらくその男の人と一緒にお祭りをまわったらしいのね。そうしたら、ちょっと物陰に連れ込まれて、エッチなことされちゃったんだって。」

 陽介はなぜか眉をひそめた。春季は楽しそうにハキハキ言った。

「あ、里帰り中のゲイのおじさんだったんだ!」

「そうなのよ。その里帰り中のゲイのおじさんは、一番北のはしの、水守さんの氏子だったらしいわ。名前は伏せとく。いちお念のため。」

「…なかなか味わい深い氏子さんがそろってますね。」

「まあね。…それでその男の人が言うにはね、一の泉の主は、美童好きなんですって。」

「あー…?」

 春季は突然複雑でかつ曖昧な返事をした。

「だからあ、山の主は、幼くて美しい男の子が好きなんですって。…水守さんとこのお祭りにはお神楽が二つあって、どちらも似た踊りなんだけど、童子舞っていうのと娘舞っていうのがあるのね。童子舞は5才~13才くらいの子供でするの。ドーム以前の時代に幼稚園をやってたときがあって、童子舞はそのころ発達したのね。娘舞っていうのは14以上の未婚の女の子がするのね。赤い袴をはいておっきな鈴付き扇持った女の子、とっても可愛いんだけど、…ホントは昔は男の子や男の神主が剣持ってやってたんだって。今は水守さんとこの宮司は娘さんが継いだんだけど、一代前は男の宮司さんだったの。そのときは一時的に男の人が踊ってたときもあったしね。…あのね、お神楽の歴史は、今の宮司さんたちの一族より古いのよ。今の宮司さんの一族はあとから入って来たよその人たちだから。覚えてた氏子が教えなおしたのよ。楽器やるのはどうせ氏子だし。…まあ、それが、なんでドーム時代の少し手前くらいから女の子がするようになっちゃったかというと…可愛い男の子がやると、死んじゃうからなんだって。きっと神様が気に入ってひっぱるんじゃないかって。それで氏子で話し合って、女の子がするようにしたんだって。」

「…しんじゃうって…どうしてですか?」

「どうしてってこともないけど、事故にあったりとかで。」

「…え、でも先代の宮司さんは、やっていたんですよね?」

「死んだわよ、5年くらい前に。」

「そりゃ…人間いつかは死にますけどね。美童って歳じゃなかったんでしょう?」

「…深さ30センチの沼で溺死したのよ。」

「…」

「…」

 陽介はますます嫌な顔になった。そして静かに言った。

「…その話は、どこが面白いんですか?」

 京子は明るく言った。

「水守の氏子同士、よその祭でばったり会って暗がりでエッチしながら神様もゲイって話で盛り上がった、ってとこが。」

「…シュウって人、実はゲイだったんだ?」

 陽介がげっそりして言うと、京子はうんうんとうなづいた。

「…わたし達の間では、そういうことになってたわ。モテたのに彼女いなかったしね~。でもほんとのところはどうかわかんない。ゲイっていうのはただの噂。…さ、馬鹿な話はこれくらいにしましょ。車にのって。」

 車に乗り込みながら、変なリアクションをして以来、話しつつも妙にぼんやりしていた春季が、ふと気がついたかのように言った。

「…そのシュウさんて人、今はどうしてるんですか?」

 すると京子は少しの間考え、そして言った。

「うーん、『あのひとはいま』って感じねえ。卒業したあとのことはしらないわ。ほんと、どうしたのかなあ。また怖い話とか、みんなで集まって、ききたいわねえ。シュウは話がすごく巧かったからねえ。色んな話をいっぱいしってたし。今どうしてるんだろうなあ。」

 京子はガレージの戸を下ろし、施錠すると、車を静かに発進させた。

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