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Till you die.  作者: 一倉弓乃
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4 YASIRO

 雑草が、でかい。

 雑草とは、かように凶暴な勢いを持って空へ空へと突き進むものであったのか。

 …斎が山に入って最初に思ったのは、それだ。

 黒いほどに茂る凄まじい稲科の雑草群。

 その勢いに破られてしまっている廃屋さえあった。

「やあそれにしたってユウさん、よくエリアなんかで手伝ってくれるという人がみつかりましたねえ。」

 車を運転していた20過ぎくらいの男が、のほほんと言った。

「ほんと、ありがたいことです。…おや、景色がおもしろいかい、いつき。窓にへばりついて。子供みたいだよ。」

 ユウはそう言ってニコニコした。

「おもしろい。どこもかしこも緑だね。」

「あったりまえさね。それが普通だよ。…なんだい、フィールドは初めてなのかい?」

「こういうとこははじめてだよ。すごいねえ。」

「…そうか、じゃ、びっくりしたか。」

「びっくりさね。」

「きにいったか。」

「いいね。うん。いいわ。」

「そうかい。よかったよかった。」

 ユウはまたニコニコした。

「…ユウさんの学校のお友達ですか。」

 運転していた男がのほほーんと尋ねた。

「同じクラスの子なんですよ。…たまたま私と同じくらい忙しい子だったんです。」

 ユウは答えた。

「そうですか。ユウさんのような人がほかにもいたなんて、驚きですよ。」

「ほんとね。」

 ユウはニコニコ笑った。

 ユウの神社は斎が想像していたよりも、随分本格的な山奥にあった。ユウの話をきいたときは、精々集落まで歩いて30分か一時間程度の位置だろう、と想像していた。だが、駅まで迎えにきてくれた20過ぎの男…ユウが言うには「総代の坂下さんの息子さん」…つまり信者さんの代表らしい…の車に載せてもらって30分ほどたつのだが、上り坂がくねくねとつづくばかりで一向につく気配がない。またこの坂下という男が、若いのにじつにのんびりした男で、安全運転に徹していたりするものだから、到着時間はさらに遅れつつあった。

「はあ、このあたりで一休みしましょうか。」

「ええ、いいですよ。…いつき、少しおりてひざのばそ。」

「へーい。」

 いつきは答えたものの、万事このテンポなのだろうかと思うと先がおもいやられた。

 車がとまったので、ユウたちに続いて車から降りた。外はみっしりとした暑さだったが、不思議とそんなに不快ではなかった。直射日光は木々の緑が遮っているらしい。斎が見上げると、やたらまっすぐでストライプの目立つ幹の、美しく香りのよい木々が道の上空で手を繋ぐかのように枝を伸ばしあい、自然のアーチを形作っているのがわかった。素晴しい。これに比べてなんと斎のいたドームの、水の貧しかったことよ。魔法樹はそりゃ大きかったが、それにしたって。あらゆる木々のこの大きさにこの数。圧倒されてしまう。

「空気、空気。斎、空気をすってみな。美味しいから。たまらないよ。ここの空気に慣れたら、もう、よそへはゆけないくらいさね。」

 ユウが自慢気に言った。斎はゆっくりと空気を胸に吸い込んだ。…いい香りがする。きれいな空気だ。チリ一つない。ぬるいけれども少しもべたつきがないし、ささったりまとわりついたりするものがなにもない。ただ心地よい、森林の芳香と湿気だけ。

「…おいしいね。」

「そうでしょう?タダなんだから、好きなだけあじわっておきな。…ちょいと沢までおりようよ。」

「何しに?」

「手を洗って、口をすすぐ。気持ちいいよ。沢、冷たいし。」

 手招きされて、二人についていった。

 二人に習ってくつを脱ぎ、浅い沢に用心深く踏み込んだ。ユウの真似をして手を洗い、岸にあがってから、口をすすいだ。

 坂下がサンダルを手渡してくれた。サンダルというか、多分名称があるのだろうけれど、陽介にでもきかないことには斎にはわからない。陽介のお母さんがよくはいているお上品ですべすべぴかぴかのやつを、質素な皮でつくったような感じのものだ。親指と人さし指のあいだにひも(?)をはさむようにしてはく。はいていたくつを手に下げて、そのきれいな沢から、車に戻った。

 それからまた車で山をうねうねと登ったり降りたりした。

 いい加減欠伸がでたあたりで、車が止まった。

「いつき、起きてる?」

「おきてるまだかろうじて。」

「よかった。ここから歩きだよ。」

「まってました!」

 車から元気に降りる。

 外は先程とは樹木の種類のちがう、美しい森になっている。

 いろいろな種類の木がすんなりと背を伸ばし、天に葉の屋根を広げていた。

 湿度がみっしりと濃く、温度は低めだった。

「わ、涼しいね。」

「ふうう、ここまで来れば暑さとはおさらばだわさ!」

 ユウも降りて存分に伸びをしている。

「…あ、由宇さん、お迎えみたいですよ。」

 坂下がにこにこしてユウに言った。

 ユウは手のひらを上に向け、にっこりした。

「ほんと。」

 …雨、だった。

 斎も空を見上げた。

 音をたてて、雨粒がおちてくる。

「…かさ、もってきたろ。さしな。」

 ユウは斎にいった。

「…あんたは?」

「わたしはぬれてゆく。」

 坂下がうなづくので、斎は傘をさした。坂下も傘をさし、斎の荷物は斎に手渡し、ユウの荷物は坂下が持った。

 車をとめたところから、細い土の道が森の中につづいている。ユウはぬれるのもかまわずにどんどん歩いてゆく。辺りの土に雨がおち、土は森の香りを強く醸し出した。ゆっくりと靄がかかってゆく。斎は遅れないように歩きながら、足裏を柔らかくおしつつむ土が、朽ちた落ち葉でできていることに驚いた。まるで絨毯の上を歩いているように柔らかい。雨水をいくらでも吸い込みそうな、弾力のある繊維質の土。

(なんつー豊かさ…。)

 岩石砂漠の土も掘り返せば草の根だらけではあるが…。

(レベルがちがうわこりゃ…すげえ。)

 あの沢だって。ろ過も消毒もいらないのだ。そのまま口にふくめば、味も…。

(そのまま瓶詰めで売れちゃうような水。)

 そうして10分ほども歩いただろうか。

 足の感覚で、岩盤の上に出たのがわかった。

 そこは照葉樹の大群落になっていた。丈がひくく、空間が開けている。雨雲の下なのでまばゆい太陽、ということはなかったが、日によってはそういうときもあるだろう。その葉の向うに、木造の古い建物が見えた。

(…でかいじゃん思ってたのより。…ヨースケんちいく途中にある神社さんよかでかい。…こんな山奥なのに…。)

「ついたよ。入り口はこっち。足下、気をつけな。少し坂になってるから。」

 すこしゆくと、古い木の門…神社の前によくある妙なかたちのかわゆい門…が見えた。これまた陽介にでも聞かないことには、斎に門の名前はわからない。門の前でユウは立ち止まって待っている。斎がおいつくと、いきなりキアイを入れた。

「気をつけ!」

 斎は思わずビシッ!と軍隊式に姿勢を正した。ユウは満足すると、斎を手招きした。それから斎をわきにかかえるようにし、大きな声で言った。

「ただいま戻りました!」

 そして斎をかかえたまま門をくぐった。坂下がにこにことついてきた。

「ユウめが、かえってきよったか。…ああ慎二さん、すまんね、ありがとお。お茶いれるから、あがっていきんさい。」

 ちょうど社殿の前で掃除をしていた老婆が腰をのばして、3人に向かってそう言った。坂下はのほほんと御辞儀した。ユウが言った。

「帰ったよ、婆。」

 すると老婆は冷たく言い放った。

「シゴト山積みじゃ。」

 ユウは軽くホールドアップした。

「おおっとお。…ま、それはおいといてえ。この子がイツキ。前話したよね、天井に…」

「ああ、浮いとる外人さん。…日本語は?」

「まあまあ喋る。…斎、これ、うちの祖母よ。おばあちゃん、て呼んであげて。喜ぶから。」

「こんにちは、おばあちゃん。はじめまして。」

 斎が言うと、

「まずこちらにアタマさげんさい。」

 おばあちゃんが斎の腕をぐいっとひっぱって、木の階段をのぼり、格子のそばの箱の前へ連れていった。斎が格子に向かって頭をさげると、そうじゃない、という。

「こう。」

 と、丁寧に見本を見せてくれた。斎が真似をすると、腰と背中をぐいぐいなおされた。…バレエでも習っているかのようだ。続けて、手の合わせ方をなおされ、手の打ち方をおそわった。

「…ま、おいおいできればええよ。」

 と、最後はオマケしてオッケーしてくれた。

「でもあんたは足腰が強い。いいことじゃ。舞をやるにはぴったりじゃのう。」

「へ?」

「…ま、雨も降って来たし、中へお入り。」

 …そういえば、ユウは「少しダンスの勉強をしてもらうかも」とか言っていたっけ…。舞、というのはそれのことだろう。

  斎は故郷でもダンスは一応勉強している。神殿ではなく軍隊でだが…。というのは国境は敵が来ないと暇なので、みんながその隙にいろいろ教えてくれるのだ、ダンスとか、賭トランプとか、曲芸とか、料理とかも。ダンスといっても競舞というもので、…なんというか、まあ、決闘みたいなものだから、女が踊れても意味はないのだけれど、幸か不幸か斎の担当教官も斎の親父もこれの名手で、とくに斎の親父ときたら負けず嫌いで、自分の子供がダンス一つできないなんて絶対に許せないという気持ちだったらしい。…斎の親父というひとは変わった人で、…ひょっとしてジェンダー音痴だったのかもしれなかった。(それでなければあの母親と付き合うのは無理だし、だらだらとバイセクシャルだったのもそのせいだろうと斎は思っている。)斎の教官(というか、子守というか)も、苦笑しつつ「まあ、健康にはいいと思うよ。それに武術の基本でもあるし。」といってよく練習の相手をしてくれた。おかげさまで斎は嫁さん探しに困らない技を身につけてしまったのである(無駄といえば無駄だ)。前テン・バクテン思いのまま、足は後頭部にべたっとなるところまで上がる。

 神社の建物は全て、美しい木目の木で出来ていた。おそらく伝統的な日本の神殿の建築様式…なのかもしれないが、斎には何がなんだかさっぱりわからない。ただ、日本の建物にしては豪勢な天井の高さだったし、屋根の木組みも何やら尋常でないし、もう、とにかく、斎のいた神殿とはまるきり違うが、迫力と威圧感だけはそっくりなのだ。

 どこもかしこも木だ。そしてどこもかしこも、黒くつややかに磨きこまれている。一体どのくらい古いのか見当もつかない。またどのように手入れをしたらこのように黒光りするのかも謎だ。なんにせよ、女の手が出した光沢なのは間違いないだろう。

 この建物を見れば、陽介の家だってコンクリートやアルミを大量に使ってあちらこちら現代的にリフォームしてあることがわかる。

「…すんごい建物。」

 思わずそう漏らすと、おばあちゃんが言った。

「すっっっごい古くて汚いじゃろ。」

 斎はあわてて首を左右に振った。

「きれいだよお。…誰が掃除してんの?」

「…明日からおまえさんがするんじゃよ。」

 …責任重大だ。

「しんぱいせんでええ。最初はばあが教えてやるから。」

「…よろしくおねがいします。」

「おお、やる気まんまんじゃのう。いいこっちゃ、そうでないとのう。」

 おばあちゃんは嬉しそうに言った。それから坂下に言った。

「…坂下さん、一日からしばらくドームへ戻るそうじゃね。さっき親父さんから連絡があったよ。」

「えー、坂下さん、大学もどっちゃうんですか?どうして?夏休みでしょう?」

 ユウが甘えた口調で言うと、坂下は、いやあ、と頭をのんびり掻いた。

「…すいません。実は2日から6日まで学会があるんですよ。わたしの世話になっている研究室の先生が、今年、運営の当番らしくて、学生がみな手伝いによばれてしまいまして。7日の夜には戻れると思います。この忙しいときに申し訳ない。代わりに親父がきてくれるそうですので。…すみません、ユウさん。」

「坂下のじじより慎二さんのほうが私は嬉しい。」

 ユウが口を尖らせて言うと、おばあちゃんがユウの頭をぺしっとぶった。

「あいたっ!」

「アホウ、失礼を言うな。誰のおかげで学校いっとるのじゃオマエは。…それにじじも昔はわかかったんじゃい。」

「あたまぶつと耳からのみそがこぼれる!」

「ほんだらひろっとけ。」

 斎はそれをきいてぷっと吹いた。坂下もにこにこしている。

「江面の兄妹が戻っているはずだから、手伝いに来ると思いますよ。タケトは去年車買ったし、荷運びに支障は出ないと思います。…藍ちゃんは、娘神楽は結局ダメだったんですね?」

「…いい子なんじゃがのう。あんなに色気が出てしまっては目の毒じゃ。」

「ずっとユウさんと藍ちゃんでやってきたのに、なんだかさびしいですね、ユウさん。」

「仕方ないわ。藍ちゃん9月にお嫁にいくんでしょ?…ま、カミサマよりオトコってことさね。それでいいのよ。人間なんだし、女なんだから。」

 ユウはドライにそう答え、それからこう付け加えた。

「一人でやるわよ。…なんなら古式に、男装してやるわ。」

 するとおばあちゃんが首をふった。

「男装はせんでええ。…それに、この嬢、手伝ってくれそうじゃがのう。頼まんのか、由宇。」

 3人が一斉に斎を見た。斎はドキっとした。

「…一ヶ月もないのに、無理じゃない?へたくそな舞手と並ぶのはゴメンよ。」

 その言い方が、じつに斎の父親そっくりだったので、斎は思わずニヤリとした。

「もともと男舞なら、可愛い男の子でもスカウトしときゃいいのに。」

 そう言って斎がからかうと、ユウはがっはっはと笑った。

「まったくさね!…んー、でもなァいつき、それは危ないから、ウチではしないのヨ。…まあほら、慎二さんみたいな男らしい人なら問題ないけど、可愛い男の子はまずいんだわァ。」

「なんで。」

「…うーん、とられるから。」

「とられるって?」

「…なんかわからんけどね、…つまり、舞手が嘉納されてしまうらしいのね~。」

「…」

 斎が黙っておばあちゃんを見ると、おばあちゃんはうなづいて、ひそひそと言った。

「最近ではユウの親父がもっていかれてのう。4~5年まえかのう。」

「…えーと…じゃあ、…」

「うんうん、わたしの父はね…」

 ユウはそう言うと、ちょうど歩いていた廊下の左手を指した。

「あっちのほうにチョイと沼というかそゆところがあって、そこに朝、うつぶせに浮かんでおりました。」

 まるで物語を読むように、ユウはそう言った。

「…ま、でも、そもそもがコワイ父だったのよ。手が鶏みたいになってて。」

「…にわとり??」

「爪が長くてうろこがあってさあ。骨張ってて。」

「…」

「わたしの物心ついたときはもうそんなだった。…まあ、話もぜんぜん通じなかったしね。そゆの、よく出るのよ、うちの一族は。…それでも母がいてくれたときはまだましだったんだけど、逃げちゃったからねえ。まあ、あたしでも逃げるわ、あの男からは。…怖かったもの。ねえ?慎二さん。」

 坂下は話をふられて、少し困ったように笑った。

「…手のことは、ユウさんはそう言うけれども、私は普通に見えましたよ。静さんは、同じ男とは思えないような優美なお姿の方でしたね。うちの親父なんかとは本当に種族が違うのではないかと思えるような美しい人でした。うちの親父や私が秋田犬やら土佐犬やらなら、静さんはボルゾイか何かでしたね。…きっと、翠さんがお友達に欲しかったのでしょう。」

「そうね、坂下のおじじよりは翠さんに似てたわさ。舞も変にうまかったしね。」

「これこれ、静の話はともかく、翠さんの話はやめなさい。」

「はぁい。」

「すみません。」

 坂下は頭を掻いた。

「…でも、このままだんだんと神楽が絶えてしまうのは残念ですね。」

「ま、のんびりやりましょ。童子神楽は今年からまた3人に増えたし。もしかしたら昔みたいに5人でできるときも来るかもしれないわ。わたしは当分気が狂う予定もないし。ちゃんと後継者育てるわよ。…父だって私と藍ちゃんにちゃんと伝えて亡くなったのだから、若死したと責められるほどでもないのよ。」

「…せめて近くにもう少し仕事があれば、若い夫婦がいついてくれると思うんですけどね…。」

 坂下が残念そうに言うと、ユウが言った。

「じゃ、そのうち考えましょう。うちで民宿でもやってお客さん集めるとか。そしたらお土産とかお弁当とか、売れるでしょ、写真とか。」

「そうですね。私や親父も手伝いますよ。仕事さえあれば、兄貴も帰ってこられるし。」

「慎二さん、いつもありがとう。」

 ユウがにっこりすると、坂下は少し赤くなった。

「…女は平気なんだ?」

 斎がそこでカップル(らしき二人)にニヤニヤ水をさすとおばあちゃんがうなづいた。

「女はなぜか大丈夫なのじゃ。わしもこのとーり長生き。ユウも元気バリバリじゃ。」

 なるほど。美しい男の子の好きな、女のカミサマなのだろう。斎はうなづいて、それから堂々と言った。

「ハッキリキッパリ一度だけきくけど、翠さんて、だれ。」

「おお、堂々としておっていいのう。オマエここむきの人材じゃぞ。…ウチのカミサマじゃ。オマエならそのうち会うかもしれん。」

「エ、カミサマそんな人間みたい名前なの??友達は日本のカミサマはなんとかのミコトとかそんな名前だと言ってたのに…」

「呼び名というか、まあ、徒名みたいなものよ。本当の名前をみだりにおよびすると、向こう様がお疲れになってしまうから。本当の名前は教えない。あんたに教えるとヤバそうだし。…親父が浮かんでた沼、見たい?」

「…やけにサバサバしてんのね、ユウ。」

「…人間て、死ぬとどうなるか知ってるかい。」

 どこかで聞いたこのある質問だった。

「…魂が抜けて、死者の国かカミサマの国へ行く…って地域にくらしてたよあたしは。」

「そうかい。ここいらではね、魂は最初恐慌状態にあるって言われてる。」

「…へえ。」

「死のショックだよね。そのショックが抜けるまでに50年かかるって言われてる。」

「え、そうなの。そんなに。」

「そうよ。だから50年間お祭りとかやって、慰めて癒してあげるの。そうしたら、50年かかって、魂はおちついて、変なことしなくなる。あとは、ずーっとお山のあたりにいて、生きてる人を守ってくれるようになる。」

「ずーっと、いるんだ、ここいらに。」

「そうよ。だから、悲しむことはないの。それにね…わたしは生前の父とはどうつきあったらいいか全然わからなかったけど、死んだら愛せるようになったの。…父のためにお祭りをして、お供えして、舞って。…父は今は荒ぶる魂だけれど、あと50年もすれば、優しいよいカミサマになるってわけ。昔の人は知恵があるわ。死のことをとても真剣に考えていたのね。…わたしもその伝統にのっとって過ごすわけ。」

「なるほどねえ。…実はあたしの父も非業の最後とげてるんだけど、うちの父もお祭りしてあげたら、いいかみさまになるかしら??」

「えーっ、まさか喪中だった?!」

「3年くらい前。」

「あ、そうなんだ、びっくりした。喪中の人コキつかっちゃいけないことになってんの。」

「あ、そうなの。」

「うん。…親父さん、お祭りすればいいカミサマになるよ。50年かければ。…異教徒でも大ジョブよ。このへんのひとそゆことあまり気にしないから。」

「ふーん、そうなの。いいとこね。なんかちょっと惹かれるねえ。」

「…あんただってサバサバしてるじゃない。親父さん死んでたなんて知らなかった。」

「…うん、親父も弟も。」

「…でかい事故かなんか?」

「…うちの父は軍人だったの。」

「そうなんだ。」

 斎は話を誤魔化す必要性を感じた。そのうちユウには話すにしても、今はまずい。…斎は簡単に言うと、ここの国からは国家として認められていないところの生まれで、そこは無かったことになっている戦争で滅んでいる。そんな事情は連邦の人々は誰も知らないのだ。いっぺんに全部は伝えきれない。

「…ねえ、あたし、向こうにいたとき、ダンスはちょっとやったことがあるんだ。だから、ひょっとしたら、なんとか踊れるかもしれないよ?試してみようか?…あんまりみっともなかったら、勿論舞台には出ないってことで…。練習だけでもしておく?」

「そりゃあたすかるねえ。」

 ユウがつべこべ言う前に、おばあちゃんが言った。

「がんばってくれるかい?けっこう大変だけど…。」

「うん、いいよ、おばあちゃん。」

 斎はニコっと笑った。


+++

 お茶をいただいたあと、坂下が暇すると、ユウは斎を着替えさせた。短い着物を着て、裾をしぼったかわいいパンツ(??)をはかせてくれた。

「あらあ、可愛いわア、なんだか男の子みたい、オマエ。」

「この立派な乳が目にはいらんかい。」

「あたしとどっちが立派よ。」

「うーん。…あとでブラジャーみせろ。くらべる。」

「のぞむところだわ。あとで泣くなよ逃げるなよ。」

 ユウは節をつけてうたいながら、斎を連れて建物の奥へ奥へと進んだ。

「…広いんだねえ。まよっちゃいそう。」

「…気をつけな。あまり迷うと怖い目にあうよ。」

「どんな。」

「んー…あのね、何か変な物見ても、無視するようにして。」

「変なものって…?」

「いろいろ。…スッと無視するのよ、スッと。公園の茂みでエッチしてるホモのカップルみつけたときみたいに、あたしは何も見てません、て顔でね。スッと。」

 スッと、と手の振り付きでくり返しながら、ユウはさらに進んだ。

 廊下の突き当たりは広い部屋になっていた。

 畳がしいてあり、縁付きの立派な簾が垂らしてあって、きれいな飾りひもがついている。部屋の二辺が縁側になっていて、戸は開け放たれている。向こうは自然石を積んだ野趣あふれる庭園になっており、…ユウを迎えた雨が、静かに緑を濡らしていた。

「わー、すてき。古典の図録みたい。」

「うんうん、そのとーり。…年代はじつはかなり下がるんだけどね。」

「ここの神社ってふるいんでしょ?」

「…神社そのものはね。ここのお山ってずーっと信仰の土地だからね。うちの先祖は流れ者で、前ドームの末くらいにここにいついたの。そんときここのお社は荒れ放題で、上からの管理もあいまいになってて…時代が時代だったからね、ドームに入る入らないのごたごたがあったでしょう、人道一揆みたいなのが。おかげさまもあって今や州の神社庁でも全国にあるお社の管理は無理になっちゃってる。いわばそのどさくさにまぎれた感じかなあ。まあ、ここいらの土地の人たちも、すごくかばってくれてさ、うちがここにとけ込めるように。」

「…じゃ一回ここって人が絶えて…」

「そう、そこにウチのひいばば一家…多分かなり怪しいヤツ…が入って、手入れして、ってかんじ。」

 怪しいヤツ、と自分で言って、ユウはクスクス笑った。

「でもね、いいのよ。だって、ここのカミサマがウチのこと気に入って、おいてくれたんだもん。だからいいの。ここの人もひいばばとか婆が気にいったのとちがうかな。」

「きっと一代目美形だったんじゃ…。」

「あーっ!あたしもそう思う!!」

 ユウはそう言ってギャハハと笑った。

「…まあ、静の先祖なんだし、美形でも不思議ないよ。あの男は人間越えてた。…婆も若いころは美人だったんよ、今はみるかげもないけどね、きひひ。」

「…お父さん、だいぶ重かったの?」

「…どうなのかな。神楽の指導してるときは、少し怖いだけの普通のセンセイって感じだったけど…。本とかも難しいの読んでたみたいだし。…でも私や母とは全然ダメ。言葉が通じないのね。お母さんよく殴られてたし。お社から出ることも滅多になくて、外の用事はみんな女たちで手分けしてやっていたの。…死ぬ少し前は婆ともまったく会話が成り立たない状態だったなあ。

 …あんた外人らしいからさ、思いきって言うけど…婆が言うに、ウチって昔…故郷の村に置いてもらえなくて、それで先祖があちこち流れてたんだって。なんとか誤魔化して別の土地にいついても、結婚して子供ができると、なぜかまた追い出されてっていう家族史らしい。学校で絶対言わないでよ、いじめられるから。きっと遺伝的に、静みたいなのが出やすいのかもしれないわ。…でもだからってねえ。人間て冷たいわあ。」

「極東にもあるの、そういうの。」

「人間社会、どこでもあるよ。」

「…あたしもなんだよ~。」

 斎が思いきって言うと、ユウはびっくりしたように振り返った。

「えー、そうなの?」

「そうなの。うちはかけ合わせが悪いらしいのね。だからおとうちゃんとおかあちゃんは別にアレなんだけど、あたしたち兄弟はすごく大変だったの。」

「あー、じゃあなんか、カースト制みたいな感じなのかな?違う階級の人と結婚しちゃいけない、みたいな?」

「…とも違うんだけど、まあ、そうなのかな?よくわかんないけど…」

「子供は親は選べないからね~。」

「ほんとだよ~。」

 ユウはなぜかニコニコして、斎の手をとると、手をつないで縁側のほうへ連れて行った。

「…でもね、ここの人たちは、みんないい人なんだ。親切だしね、私や婆のこと、わかってるけど、それはカミサマと対話する力だといってとても大切にしてくれるの。ここすごくいいところよ。だからわたしもこの地域を大切にしていきたいんだ。」

 斎はうなづいた。それは斎も察していた。さっきあたりまえのように坂下が「ユウさんはそういうけれど、わたしには普通にみえる」とのほほーんと言っているのをきいて、少しびっくりしていた。それをあけすけに言うユウも凄いが、のほほーんとしている坂下もなかなかだ。

 斎はニヤリとして言った。

「…坂下さんは、ユウのカレシ?」

「ち…ちがうちがう、幼馴染だけどね、いろいろよくしてくれるのは、今年あそこの家が総代当番だから…。そ、それにお祭りのお神楽はいつも手伝ってくれるのよ。」

 そう慌てていいわけすると、ユウは少し赤くなった。そして照れ隠しなのかぱっと立ち上がると、ささささと部屋の向う側へ歩いて行った。

「…斎、じゃ軽く舞ってみせるから、見てな。すぐやってもらうから、よくみるんだよ。」

 斎はその後ろ姿をちょっとニヤニヤ見送ってから、自分ももうすこし、部屋の中のほうに移動した。

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