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Till you die.  作者: 一倉弓乃
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エピローグ

 学校がはじまってしばらくたってから、週末にかけて来るようにいわれ、はるきは家族に「ともだちんちとまるからー」と適当な嘘を言って、また山へやってきた。梺で京子に挨拶を入れると、京子があのあとのことを話してくれた。

 つまり、シュウは、セイと帰りもしなかったし、雨が止んでも遊びにもこなかったことを…。

 まだきっと、山のどこかにいるのね…

 京子はそう言った。

 はるきがニヤリとして、来年の盆が楽しみじゃないですか、というと、京子は少し気をとりなおして、「そうね」と言った。そのあと、神社まで車でおくってくれた。まだあまりうろつかないほうがいいわよ、もうすこしほとぼりさめるまで、と言った。はるきもそうだな、と思った。 

 神社は、藍の出産のお祝いムード一色だった。ユウも杖がとれて、どうやら自分の足で歩き回れるようになっていた。みな赤ちゃんに群がって、やさしいおじさんやおばさんになっていた。父親の姿はなかったが、子供は山のみんなに愛されているようだった。

 人相がよくなった田中に「人相悪くなったね、尾藤君」といわれて、少しショックだった。

「悪くもなりますよ…僕、活字中毒なのに、兄が僕の本をぜんぶ古本屋にもってっちゃって…」

「本くらいいくらでもあげるけど…それだけじゃないでしょ。」

「…」

 まさか、いくらなんだって、先輩と破局の手前です、とは、田中には言えなかった。なんだか、どうせ先輩は月島さんがすきなんだなあ、と思うと、気持ちが醒めてしまって…などとは、言えない。

 すると、田中が言った。

「…女の子とでもつきあえばいいじゃない。」

 …この人はお見通しなのか?と思った。いや、もしかしたら、いつきがメールしてるのかもしれない。

「…それも気分じゃないな。」

 はるきが言うと、田中は顔をよせてひそひそ言った。

「いつきちゃんをとっちゃいな。そのくらいの復讐をしないと、あのぼっちゃん、ボケだからわかんないよ。」

 田中はにや~っと嫌な顔でそそのかした。

「そそのかさないでください。僕はただでさえ、他人を断罪して、恨んで、嫉妬して、憎む人間なんです。傲慢ですから。」

「まーその年で聖人だったらヤダけどね。…それにそんなふうな自己認識、ちょっとエラすぎだと思う。」

「エラかないですよ、別に。…呪うためにいつきさんなんかにちょっかいだしたら、どんなひどいめにあうか…想像しただけでも怖い。…田中さんは?いつきさんとは清いおつきあい?」

「うーん、清いよおー。僕を救いに他の宇宙からやってきた正義の味方の女神様だからねー。拝んでるよ。」

「何が正義の味方の女神様ですか、あの女直人が…。まあ宇宙人なのはみとめます。…週末によびつけてデートすりゃいいのに。害のないふりしてればそのうち食う機会ありますよ。あのひとあれでけっこう心に王子様いたりするから、ロマンチック路線には弱いですよ。」

「君、けっこう酷い子だよね…。」

「…すさんでるんです、今。…失恋しそうで。」

「別れろ別れろ、やっぱり女の子のほうがいいって。男相手は不毛だよ。」

「そうかも…。」

 はるきはため息をついた。あれだけ静にいれあげていた田中が言うなら、そうなのかもしれない、と思った。

「…でもなんか夜中に目がさめたりすると、悲しくてねーっ。泣けてくるし。」

「恋だねーっ」

「からかうんなら口きかないから。」

「…月島にきいてみりゃいいじゃん、陽介さんとは清い仲ですかーって。」 

 …どこまでしってるんだろう、と思った。田中は続けた。

「そしたらきっと言うよ、何が清い仲だ、前時代の女学生かねきみは、って。」

「あははははは、いいそうだなーっ。似てるし。…涙出て来た。」

「ごめんごめん、いじめすぎ?」

 田中になぐさめられながら涙を拭っていると、玄関で、ものすごく嬉しそうなユウの声が聞こえた。

「あーっ、トムさんだーっ!」

「ラン!」

 楽しそうな男の声が答えた。

「えーっ、トムさん?」

「トムさんきたのー」

 みなぞろぞろと、…藍まで…声のほうに集まった。

「ふぃ~みんなげんきかーい、トムがやってきたよー」

 ふざけた声でそういいながら、前髪が後退気味で、眼鏡をかけた男が、いろんな荷物をさげてはいってきた。釣り人がよく着ているポケットのたくさんついた防水ベストを着て、アウトエリアブランドのワッペンのついたカーキ色のキャップをかぶっている。クーラーボックスやら、何か荷物やら、なにやらかにやら。

「…だれですか、トムさんて。」

「ああ、山出身の釣り人。休みがとれたんじゃない?いいときにきたぞ。魚が食える。天ぷらすき?」

「ええ、まあ、なんでも…」

「トムさーん、こんにちはー。」

「おおっ、我らがイェイツよ、ひさしぶりいいい。今夜はやろうねやろうね」と、盃を傾けるジェスチャー。「ビール川に漬けて冷やしてきたよ~。」

「やあ、たのしみだなあ。」

「その子は?」

「ビトウハルキくん。今年、神かがりになっちゃって大変だったんですよー。」

「おー、そうなんだ。何人くったの?」

 いきなり眼光がするどくなり、はるきを上から下までじろっと見た。X線で調べられた気分になり、はるきは精神的な打撃を受けた。

「うっ…」

「…きかないであげて、今ナーバスだから…」

 田中がアハハとわらいながら言った。

 トムさんはそれをきくと、ふっとリラックスした顔になり、

「だいじょーぶ」

と言ってはるきににこにこした。

 なにがどう大丈夫なんだろう、と思ったが、その顔を見ると、なんとなく楽になった。

「ぁーん、魚とってきたよ~おばあちゃーん、またおせわになりますうー、ハァ-~~、つかれた~、アッ、あとそれと約束の~…」

 大きいとも小さいとも言い難いよく通る声で、かつとても不思議な口調で、獲物のはいった袋を下げ、台所のほうに歩いていった。…うしろからみると、パーフェクトに髪がある。絶妙な後退加減だった。

「…鱒…鱒のてんぷらだわ…」

 ユウが身悶えしてよろこんでいる。

「…トムさんて、なんていうんですか、ファミリーネームは。」

「なんだっけ。ボンバティル…は、あだなのほうだよね。」

「澄川敏夫。」藍が小声で教えてくれた。

「ぜんぜんちがう!」

「トム・ボンバディルはあだなよ。ファンタジーに出てくるカミサンの名前なのよ。ファンなんだって。だからみんなで呼んであげてるの。…あれもここの神社の名物なのよ。すんごいサーチ・アイでしょ。女の3サイズならイッパツで見抜くわよ。補正下着つけててもだめ。目で裸にされる感じよ。」

「説明がエロいよ、藍ちゃん…」

「…いつきさんにも是非神ネームつけてあげてください。」

「…わるいけど、そんなら直人伯父がさきだから。直人伯父、ついにこの夏、変幻自在をマスターしたのよ。若い分身がユウちゃんと慎二さんに、テントと灯りとどけたんですって。自覚ないらしいけど…。テント返されて固まってたわ…」

「はあ、そうなんですか。あのひと一見普通のひとなんですけどね。それはたしかに神クラス…。でも変幻自在というよりドッペルゲンガー?死期近いんじゃないんですか?」

 はるきは思わず腹いせにそんなひどいことを言った。藍は肩をすくめて首を左右に振った。

「なんでもいいけどあんなの二人もいたんじゃあ、大変よ。…いまのところ便利なだけだからいいけど…。」

「今日は月島さんは?」

「さあ。でも仕事でしょ。」

 しばらくして、はるきはおばあちゃんに呼ばれた。

 おばあちゃんは山盛りの魚を下ごしらえして、天ぷらの準備をしているところだった。トムさんも手伝っている。

「僕も手伝いましょうか。」

「ああ、そうですか。でもちょっとその前に。」

 おばあちゃんは布巾で手をぬぐいながら、板の間の包みから、おりたたまれた布をつまみ出した。

「…トムさんがお使いしてくださったんですよ。トムさんは釣りであちこちへゆくから、わたしの古い友人から、これをあずかってきてくださったのです。」

 トムさんはニヤリとした。

「ありがとうございます。」

 はるきは頭をさげた。

「…友人が、まじないをしてくれたようです。ちょっと上着をぬいでください。」

 はるきが従うと、おばあちゃんははるきの左腕にその布をかけた。

「…完全とはいいますまいが、多少は効果がありますな。…これで包帯をこしらえてあげましょう。遠出するときや、忙しいときにまいて、万が一にそなえるといいでしょう。」

 はるきはほっとした。

「ありがとうございます。」

「明日の朝までにやっておきますよ。」

「あ、いそがなくても、…」

「いやいや、こういうことは早いほうがいいのです。」

「そうですか。…では、お手数ですが、よろしくお願いします。」

 山一番のおいしい食事のあと、飲み会で豪快に飲んでトムさんに喜ばれ、それでも一応遠慮して、「子どもは寝ますね」といって座を辞してくると、ちょうど来客があった。はるきが良い気分のまま出ると、そこに、山伏が立っていた。

(やまぶし。…翠さんの知識だな…。)

「こんばんは、なんでしょう。」

「…ポケット。」

「は?」

「…リュックのポケット。」

 山伏はそう言うと、そのままくるりと回れ右をして帰っていった。

「…なんだ??」

 思わず言うと、別の声に

「どうした。」と聞かれた。

 顔をあげると、闇の中から月島が現れた。

「…直人…」

「はるきか。…おまえ今なんかきかなかったか?」

「山伏に、リュックのポケット、っていわれたんですけど…直人、今来たの?」

「…まぁな。」

「見なかった?」

そうたずねると、月島はおかしそうに笑った。

「…みたとか見ないとか、愚問だな、この山で。この山にいる通りすがりのナニカが時間も論理もとび超えてお前を助けてくれたんじゃないのか?一定方向に時間が流れてるっていうのは人間にかましてるただのハッタリだからな。せいぜいあとでリュックをみておくことだ。…つったってないで、中に入れてくれ。」

 はるきももっともだと思い、苦笑した。

 陽介の滞在していた部屋は、水害で大破していた。

 まだまったく修理のメドはたっていないのだという。

 鏡池には漆喰や木片がうかび、廊下そのものはかろうじてのこったが、廊下にせっかくつけた手摺はとれてしまって、散々な状態だった。

 だが、やけにすっきりしたのも確かだ。

「…山はもうすっかり秋なんだね。寒いや。」

「そうだな。」

 その部屋を越えて、宴会になっている奥の部屋の近くの、あかるい縁側に二人で座った。

「…田中さんが、きけってさ。」

「なにを。」

「…直人と先輩は今も清い仲なのって。」

「…何をきくのかと思ったら…」

月島は笑った。

「…ばかと付き合うと馬鹿になるぞ。」

「…うん、いいんだよ、僕、ほんとはそんなに賢くないし。」

「…そんなことはない。」

「…なんか辛いんだよね。」

「…なんで。」

「わかんない。田中さんに、恋だねーって言われた。」

 月島はおかしそうに笑った。そしてなぜかひどく懐かしそうに言った。

「…俺もつらいよ。」

「なんでさー。」

「電話一本来ないし。用事あるのに。」

「…」

 はるきは少し考えた。…つまり、連絡を取り合っていないということ…。

 はるきは急に御機嫌になった。

「…あ、そう。…じゃあ、電話するようにいっとくね。」

 月島はまた笑った。どうやら、はるきは今、月島にとっては滑稽なヨッパライらしかった。

「人にからんどいて、譲るのか?」

「譲らないけど。…まあでも、先輩が直人のほうが好きなら、しょうがないけどね。」

「…愛されてないんじゃなくて、愛してないんだろ。絡むなガキ。」

 はるきは、それをどこかで聞いたようなきがした。

「僕は、誰からも愛されてないし、誰のことも愛してないらしい。」

「なんで。」

「しらない。だれかに言われた。」

「…全然そんな感じじゃないぞ。そういうタイプは見ればすぐわかる。俺のそばに一人いたからな、人生の7割くらいそうだったやつが。おまえはむしろもみくちゃに愛されてるタイプだな。だから、ものたりないんだろ。」

「…」

「はるき、愛情を育むのだって、上手い下手があるんだぞ。みんながみんな上手いわけじゃない。とびきり下手なやつもいるんだ。…でも練習すれば、そこそこは上手くなる。一生懸命育てなくちゃダメなんだ。ほっといたら、飽きて、風化して、崩れ去るだけだ。…みんなが君と同じレベルじゃない。だから君がたくさん助けてやらなきゃいけない相手もいる。」

「…そうなんだ?…愛情って、技術面ありなんだ?」

 はるきはそう言われて、シュウのことを思い出した。

 お母さんに、とても優しかったシュウ。

「あるよ。…君の場合は、普段贅沢してるから、物足りないだけだろ。…だからって充足感を求めてSMとかに走るなよ。底がないぞ。」

「…ああ、そう、僕、…贅沢なんだ…。」

 これもどこかで言った気がした。…忘れた。

 ため息をついた。

「…そうそう、直人んちの御両親、生き返った?」

「いや。死んだままだ。…確認したら、どうやら病気で死んだことになってる。…突然ここで生き返られても、当惑するしな。かれらの時間は終わったんだ。」

「…そうなんだ。」

「ああ。」

「…ねー、直人、…人は死んだら、どうなるのかなー。」

 月島は、とくに深く考えず、答えた。

「…肉体は滅んでも、世界の外側から、内側から、世界をささえ、そして生きてるものの祈りにひたすら応じつづける場合もあるようだな。…そしていつかは…」

 はるきは不思議な気がして、月島の顔を見上げた。なんとなく、月島が若返っているような気がした。

「…いつかは?」

「…空にのぼっていきたいもんだね。」

「ああ…」

 はるきは察した。あの空だ。カモメのとんでいた、青い空。

 直人もあれを見たんだな、そうか、それでこんなに笑ってるんだ、とはるきは思った。いつ、見たのかなあ…。

「…それよりはるき、お前はいきているんだから、まず生きることを考えなさい。どう生きるのか、生まれてから死ぬまでの短い期間、自分が何にとりくむべきかを考えなさい。いつわりなく、お前が本当にしたいと思うことを…。

…ひとたびそれを掴んだなら、万難を排してそれにあたりなさい。そして死力をつくしてつとめはげみなさい。そうしたとき初めて、君は本当に生きるということを知るんだ。

…はるき、生きている時間というのは、長いサイクルのなかの、いわば光り輝く夏休みだ。それは充分に長く、その気になればなんにでも取り組める。だが、…やがていつかは過ぎ去ってゆく。過ぎ去ってしまえば、ほんのひとときだ。

…だからそろそろ目をさませ。」

 …この夜のはるきの記憶はこの説教で終わっている。 

 はるきは思ったよりかなり酔っていたらしいが、どうやってか、ちゃんと布団にたどりついて眠ったらしい。

 翌朝めざめると、おばあちゃんが、布を包帯にして、うでに巻き付けてくれた。そして残りの布をつつんで、予備です、と渡してくれた。

 おばあちゃんに聞いたところ、昨日は、月島にあっていない、いつかえったかもわからないとのことだった。酔っぱらって夢でもみたのかな、とはるきは思った。

 帰るときになって、ふと山伏のことを思い出し、リュックのポケットをさぐった。夏休みの旅行中にもつかっていたものだ。たいして整理もせずに、一部入れ替えだけしてそのまま使っていた。

「…?なんだこれ。」

 ちいさな紙屑が出てきた。不審がりながら開いた。

「…あーっ!!」

 はるきはおもわず大声を出し、あわてて口を自分でふさいだ。

 …兄の夜思の字で、はるきには読めない一文が書かれていた。

長い長い夏休み、一緒に冒険できて楽しかったです!

また秋に http://wildsoul.web.fc2.com/top_kyaku.html 『冒険少年』(けっこうBL)でお会いしましょう!

今日の日はさようなら!ありがとうございました<(_ _)>

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