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Till you die.  作者: 一倉弓乃
34/41

33 ROAD1

 しばらく進むと、風は止んだ。

 あたり一面、悪臭が漂っていたが、じきに慣れて、気にならなくなった。

「おおい」

 奥の闇から誰かが呼ぶ声がした。

 はるきがそちらに進むと、後ろからも声がした。

「尾藤君!」

 ふりかえると、いつきだった。

「…来たんですか。大丈夫ですか?」

「…もう吐くものがつきたから大丈夫。…なんかが呼んでるね。いこ。」

 二人はつれだって歩き出した。

「おおい」

 もう一度呼び声がした。

 はるきは気付いていたことを口にした。

「…シュウさんの声だ。さっき、電話できいたのと同じです。」

「…陽介にかけたのにね。」

「…とんでもなく混線しているようですね。月島さんからの電話も、月島さん本人だったのか、怪しいところです。…なーんか、声がちょっと若かったような…??」

「…タイミングもよすぎたもんねえ。」

「おおい」

 声が近付いて来た。二人が立ち止まると、そこに赤いチェックのシャツを来た青年が立っていた。あきらかに、先ほどのセイより若い。一曲のヒットで姿をけした藤堂ジェイをすんなりと大人にしたような、爽やかな青年だった。

「シュウさんですね。…ビトウです。」

「ビトウくんか。人間だったんだな!…体を見つけて持って来てくれてありがとう。助かったよ。」

 はるきとシュウは握手をした。

 それからシュウはいつきをみて言った。

「あれっ、きみは、あれだろう、ウィリアムと一緒にいた魔女子さんだろう?」

「そうよ。シバウラだったよね。あたしはいつき。」

「今度はしゃべれるんだな。話ができて嬉しいよ、いつきちゃん。」

「…意外と美形でびっくりしたわ。あのときは顔もなにもなかったからね。」

「意外と二枚目だろ。昔はよく言われたもんさ。ははは。まあこんなところにずっといっぱなしだと、いろいろどうでもよくなってくるんだけど。…二人は知合い?」

「そ。」

「そうだったのか…。中味をみつけてくれたのもビトウくんの友達だったとは…しかし、体といい中味といい、よくみつけてくれたね、二人とも。ありがとうありがとう。」

「…泉を越えられなかったデショ、あのあとどうしたの。」

「うーん、まってくれーって、きみたちを追いかけたんだけど、ふりきられちゃったね。ウィリアムはきがついたら消えてたよ。」

「あーっ、あの手はシバウラちゃんだったの。」

「手?いや、よくわかんないけど…でもはぐれちゃって、どこかのお屋敷をさまよっていたんだ。」

「襖のいっぱいつづいてるとこ。」

「そうそう。…そしたら、静さんがやってきて、案内してくれたんだ。そこへ行ったら、ビトウくんの連れのあの可愛い男の子がいてさ…」

 はるきもいつきも驚いた。

「え、陽介?」

「ヨースケっていうの?違うなあ、覚えてないけど、ちがう名前だったと思うよ。ヨースケなんて、あまり似合わないよねえ。ゆりおとかさー、浅葱とかなんとか千代とかさ、そんなようなエレガントな名前だったと思うよ。」

 二人は陽介の母親が百合子であることを思い出し、複雑な顔になった。

「…でもむこうからはこっちが見えてないみたいだった。…静さんが、その子に今回のからくりを全部見せたんだ。それを俺も一緒に見ることができて、おかげでわけがわかった。だけど体もないし、こっち側に囚われたままだし、どうしようもないから一生懸命弟を呼んだんだよ。だれか手伝ってくれる人がどうしても必要だったから。じつは俺は兄貴も2人いるんだけどね、兄貴は威張るだけでいつも何もしないから。」

「…僕も弟欲しいな。」

「…いいわよ、弟。かわいいわよ。不良でも過激派でも犯罪者でも。」

 いつきのコメントに、シュウはにっこり笑った。

「弟いるの?」

「昔いたの。死んじゃったけど。」

「死んじゃってても、いることにはかわりないさ。」

 シュウがそう言うと、いつきはちょっと困ったような顔をした。

「…まあ、あんたもいるもんね…。」

「…さて、そこだ。」

 シュウは言った。

「今のところ、俺は死んでいる。でも生きてる。詳しい説明は省くが、現実をどっちかにあわせなくちゃならない。このままではいつまでも現実が不安定になっちまうから。」

「…そうですね。もちろん、生き返る方向ですよね。」

 はるきが確認すると、シュウはばりばりと頭をかいた。

「うーーーーーんんん、まあ、どっちでもいいよ。」

「えっ。」

「ええっ、どっちでもいいの?なんで?」

「うーん、なんでっていうか…一回ドロップアウトしちゃうと、向う側では見えなかった部分も見えてきて…自分のエゴよりも大切なものもあるかもしれないって気がしてきて…。」

「だからその大切なものって、なに。エゴっていうけど、モノは命よ?」

「…」

 シュウは少し言葉を選ぶように、考えた。

 それからゆっくりと言った。

「あのね…。世界って、そんなに、確固としたものじゃないんだ。…なんていえばいいのか…喩えて言うなら、大海の上に浮かんでる、藻の固まりみたいなものなんだ。」

「…」

「そこにカモメが何かを狙ってつっこんだだけで、ばらばらになっちゃうかもしれないんだ。だから、実はその藻の浮島の回りを、多くの守護者たちがとりかこんで、守っているんだ。」

「…」

 はるきは少し考えてから、尋ねた。

「愛からでている行動なんですかね。守護者のそれは。」

「愛よりももっと醒めた愛だよ。そうするのが自然というか、大いなる流れというか、…当たり前だから、そうしているのさ。…すくなくとも、エゴや義務や権利や、利便性からやっているわけではないよ。…いや、逆に、そのすべてなのかもしれないけど。でもそれは純粋な善意なんだ。必死な、といってもいい。」

「…」

「…勿論、向う側に戻ってもいいんだけど、守護者になるべく修業してみてもいいなと思ってるんだ。」

 いつきは複雑なしかめっつらで尋ねた。

「じゃ、どうして弟さん呼んだりしたの?」

「そこだ。…今回のことは、僕の生き死にだけ調整してもうまくかたづくことじゃないんだ。

 僕は、体がないとすぐ意識が散じてしまうから、途中でやってることを忘れてしまうんだよ。いつきちゃんは見たろ?手も足も顔もない薄青い影をさ。…今回体がみつかったのは、すごくラッキーだった。

 でも到底一人の手じゃ追いつかないんだ。弟を呼んだのは君たちがあと一歩のところまできているのがわかったから、後押ししてもらうためだ。

 おかげで強引にぬいあわされていた道も開いたし、だいぶ風通しがよくなってくると思うよ。

 でもまだ次がある。手伝ってくれるよね。」

 いつきはそれを聞くと、あっさり答えた。

「…まあ、いいけど。」

「あのう…」はるきがおそるおそる言った。「…セイさん、生け贄にしたまんまでいいんですか?」

「のっててくれないと、道が閉じる。なまあたたかくて重いものでないとダメなんだ。…周囲に何か渦みたいなものをつくると早いけど、水守の一族みたいな霊力のつよい人がそばにいるだけでも開くよ。今回はビトウくんもいたしね。慎二さんもかなり強いほうだから。」

「…大丈夫なんですか?」

「…生き死になんて、たいしたことじゃないって。」

「…これだから兄貴どもは…あんたにとっちゃたいしたことじゃなくても、セイさんにとっちゃ大問題ですよ。」

「まあ、何事もなければ大丈夫さ。それより行こう。」

「なにごとかあったらどうするんですか!!」

「リスクなくして成功なし。」

「ちょっと!!」

「…尾藤君、今は急ぐのが一番だよ。セイさんのことはどうなるかわからないけど…むこうにはユウや慎二さんもいるし、京子さんもいるから、なんとかしてもらうしかない。」

 いつきが眉をひそめて言った。はるきはしぶしぶ従った。

 シュウの案内に従って、しばらく暗闇の中を歩いた。

 歩くうちに、はるきはおかしなことに気がついた。

「…なんですかね、この上からぞろぞろと垂れ下がっているものは。」

「…まあくわしくみないほうがいいよ、だいたいは木の根だけど。」

「…ここ、山の地下なんですか?」

「さーああ。根の国じゃない?根っこばっかりだから。」

 はるきはあきらめて黙った。いつきは上のほうを大きな目でじっと見上げながら歩いている。

(…いつきさん…グロ趣味…?…まあ、どうせ暗くてたいして見えないけど…)

 そんなことを考えていると、シュウが言った。

「ついたよ。見える?」

 …何も見えない。

「まず明かりがいるな…どうしよう…あれっ。」

 ふと、シュウがはるきの左腕に目をとめた。

「…ちょっとうでをめくってみてよ。」

「ちょーーーーっとまったあ。」

 いつきが慌てて止めた。

「ごめん、これ、あたし、見ると目が潰れちゃうの。明かりならあたしがつけるわさ。」

 いつきは握りこぶしをふわっとひらいた。

 まるいぼんやりとしたあかりが、ふわっと浮かび上がった。

「おお、これはいい。」

「へええ、すごいや。」

 …光にてらされて、現れたものは…。

「…」

「…」

「…においの源はこれか…」

「あ、わかる?」

「それはまあ…」

「…加納された贄が一部くさっちゃったらしいんだよね。…あの穴をゴミ捨て場に使ってた不届きものもいたから、ほかのものもまじってるけど…。じゃ、かたずけるの手伝って。」

 その不届きものはオナトおじさんというにちがいない。

「待ってよ、どうやって片付けるの。」  

「運び出すんだ。」

「どうやってこの大量の……おそなえのなれのはてを…。」

「どうって…」

 シュウは無造作にそこに腐っていた首無しの鶏とイモリを両手に掴んだ。仕方なくはるきもとけかかった魚の尻尾のほうを5~6あつめて拾った。いつきも月島ばりに深い皺を眉間に寄せながら、変なお菓子の成れの果てのようなものを持てるだけ持った。

「こっちだよ」

 シュウはまた先頭にたち、今度は光りで比較的見える洞窟の中をうねうねとたどった。少したつと、急に明るいところへ出た。

「あっ、外だ。」

「ところどころ、外に繋がってるんだ。…ここいらに穴をほって埋めよう。」

 シュウが手で土をかきはじめたので、ついにいつきは唸って言った。

「そんなことしてたら1か月たっても終わらないよ。」

「でも仕方ないよ。」

 シュウは平然としている。

 はるきがあわてて提案した。

「…えっとお、このへんの木をすこしもらって、穴掘り棒でもつくりましょうか。ナイフなら持ってますよ。」

「1か月を2週間にしたからどうだっての?」

「でもどうするんですか。」

「こうすんのよ。どけて。」

 いつきはもっていた生ゴミをわきに置くと、二人をどけさせた。

 それから深呼吸すると、カッと目をみひらいた。イツキの肌が真珠色に輝いて、髪が逆立った。

「やっ!」

 かけ声とともに、ドォン! と音がしてぐらぐらとあたりが揺れた。 

「わっ」

「な…なんだ?!」

「…穴はこれくらいでいい?」

 そこには直径10メートルもあろうかという丸い大穴があいていた。周囲の木はなぎたおされている。深さも5メートルくらいはありそうだった。

「う…うわあ…」

「…どうやったの?」

 はるきとシュウがおそるおそるいつきを見ると、いつきは透き通った緑色の目で二人を見つめ返した。肌はまだ薄く光りを放っている。

「…企業機密ですので。口外しないでください。あなたがたには守秘義務があります。」

「いわないからおしえて、どうやったの?!」

 シュウが詰め寄ると、いつきは真面目な顔で言った。

「電子伝達系が…」

 そこまでいったところで、夏休み前にとりくんだつめこみ勉強を思い出してクサクサしたらしい。

「普通の電子のパワーを変換率100%でこうしたエネルギーに活用することが可能であれば、電子1個で、学校の校舎を持ち上げることだってできるのです。そのエネルギー革命を成し遂げることは、長く科学者たちの悲願でした。」

 そう言うと、二人にくるっと背をむけて、生ゴミをひろって穴に放り込んだ。

「…そこいらによけててちょうだい。1か月を10分にするから。」

 そして一人で通路を引き返していった。

「…なるほど…『魔女子さん』か…」

 シュウが呆然と呟く。

 やがて穴の奥で、くぐもったおとがして、少し揺れた。

 その直後、洞窟から奥にたまっていたものが轟音と悪臭を伴ってすべて吹き飛ばされて出て来た。そして、ぴったり全てが掘られた地面の穴の中に収まった。お供物のほかにも、得体のしれないものがたくさんあった。はるきの目についたものでは、女の着物のような物もあったようだ。そして最後に、なにやらながーい白っぽい皮のようなものがどさっと落ちた。

(みどりさんの皮だ…。脱皮したあとここにすててたのか…)

(ていうか、最初にこーゆーものすてたのは翠さんだな…)

(すてたんじゃなくて収納しただけかもしれないけど…)

 はるきには確信があった。記憶さえある気がしてきた。

 …話をそらしてみた。

「…うーん、そとで嗅ぐと有り得ない臭さですね。」

 シュウははるきの落ち着きぶりを変に思い始めたところだったらしい。こっちを見ただけで返事はなかった。

 はるきは家庭の事情で手品なれしている。別に「へーすごいや」くらいの気分だった。それに、こんなの、半分夢みたいなもんだろ、と思う部分もあった。

 横穴からいつきが出て来た。

「これ、ちょっとかさを減らそうね。」

「どうやって。」

「こうやって。」

 いつきはそう言うと、にぎっていたこぶしをゆっくり開いた。

 …火が浮かんでいる。

「下がって。」

 二人が下がると、いつきはその火を、生ゴミに投げ付けた。

 ガソリンに火を投げ込んだかのような紅蓮の爆発があった。そして一瞬で鎮火して、いつきの言うとおり、かさがへった。灰になったのだ。臭いもしない。

「…持つべきは魔女の応援だ。」

「…きれいにまとめたわね。」 

「いや、助かったよ。じゃあ次へいこう。」

「おまち。こんどこそその手ですることがあんのよ。…倒れた木をおこしてやって。そのくらいならできるでしょ。」

 3人で協力して木をたてなおした。シュウにもなにか不思議な力がやどったようで、とても人間の力では起こせないような大木も、なにかぶつぶつ祈りをとなえながら、やすやすと起こした。そしてしっかりと根元をふむと、木は倒れずに立った。

「シュウさんすごいですね。どうやってるんですか。」

「あっ、これは、カミサマが助けてくれてるみたいだ。力がわいてくるのがわかるよ。頼んでごらん。多分、君も大丈夫。」

 はるきにはどうやって頼んだものか見当もつかなかった。

 全部けりがつくと、シュウは「次へいこう」といって、また暗闇の洞窟に戻った。二人はあとに続いた。 


+++

「全然帰ってこないわね。」

 難しい顔になってユウが言った。

「…呼んだほうがいいかしら。」

 慎二がそっと答えた。

「…待ったほうが。」

 いつきが胃袋の中味をカラに戻してはるきの後をおってから、既に2時間がすぎていた。セイは供物台の上で、高くなって来た陽を浴びて眠りこんでいる。そのおかげあってか、潅木の茂みの闇も開いたままだった。

 慎二たちのほうへ、京子がやってきた。ユウは顔を上げて言った。

「京子さん、あまりお店をあけるとよくないでしょう?お帰りになってもいいですよ。セイは何か憑いてますから、神社へつれていきます。」

「お店は自治会のおばあちゃんに頼んで来てるし、まあ、盗まれても損害ってほどのものもないし、大丈夫です…。わたしよりも、ユウさんが、神社に帰らなくてはいけないのではないかと思って…。明日は宵宮でしょう?」

「…一応、婆に許可はとってあるけど…まあ、たしかに手は足りないと思うわ。でもあたしがここを離れるわけにはいきません。いざというときわたしがいないと。」

 京子が何か言おうとしたとき、どぉん、と音がして、地面がぐらぐらと揺れた。

「わっ」

「キャアッ!!」

 揺れはすぐに収まった。

 ユウは慎二にたすけおこされながら、ニヤリと笑った。

「やってるやってる。」

 京子は自分でおきながら、ふと鼻を動かした。

「…においがきえたわ。」

 ユウもきづいた。

「あら、ほんとうだ…。」

 二人は思わず手をとりあって喜んだ。

 慎二はそのせいで急に気になったのか、水をくんできていつきのゲロ跡を流し始めた。

「あら、今度はなんだか、きなくさい。」

「お炊き上げしてるみたいね。」

 


+++

 そのとき「わあっ」とか「ようちゃんあぶないっ」とか「ああっ、月島さんっ」とかそういったドラマがあったかどうかは別として、揺れが収まったあと、天井からたっぷり振って来た埃を肩から払い、床の間から落ちて割れた花瓶を、陽介と月島は片付けていた。

「あーあー、もったいない…いい花瓶だったのに…。」

「高そうですよね。」

「人間国宝の作なんだ。もらったんだよ、国宝のじいさんに。おばあちゃんに岡惚れしててね。」

「ああ、月島さんのライバルですか…」

「あんなじじいに張り合ってたまるか。…ジジイの人間性はともかく、花瓶はよかった。惜しい。」

 さかんに惜しがる月島に花瓶を任せて、陽介が箒で丁寧にほこりを縁側から掃き出していると、おばあちゃんがやってきた。

「やれ、ぼっちゃん、大丈夫でしたかな。」

「ああ、おばあちゃん、ようちゃんは大丈夫ですが、花瓶が割れました。」

「あれっ、直人さん?! あんたさん、いたんですかいの。」

「あっ、ばれた。」

「仕事さぼってばかりいたら首になりますよ。契約職員なんだから…」

「大丈夫です、さぼっていません。…それより花瓶…」

「ウホッ、滝川の花瓶が…なんとしたことじゃ!」

「ですよねえ…」

「保険屋じゃ! ほけんがおりるぞ! 祭のツケが払える! 静めこの孝行息子、死んでからとはいえよくやりおった!」

 おばあちゃんは元気にぽんっととびあがり、ばーっと走っていった。…保険屋に電話するのだろう。

「…保険がかかってたのか…」

「…まあここでは、芸術品より現金、現金より各種ゲンブツですよね…」

「…静は濡れ衣のような気がするが…」

 二人は呆然と見送った。

「…でかけて飯でも食ってこようか。」

「…月島さんがもういいなら。」

「…飯も食わずにあんなバカやってられっか。静じゃあるまいし…。行こう。」

「…確かに腹へった…」

 二人は掃除を途中でなげた。


+++

 暗闇の中では、時間の流れが今一つ判然としなかった。

 そのせいなのか、はるきのひそかな心配をよそに、いつきの口から「はらへった!!」の叫びはいまだ発せられていなかった。

 シュウは、「このへんだな」といって立ち止まった。いつきが明かりをつけようとすると、「つけても同じだから、つけなくていいよ」とシュウは言った。

「…えーっと、ここに根があるね。太い根だ。」

 シュウはかがんでいるようだった。二人も屈んで地面をさわると、確かに太い根があった。

「…?」

「…あれ、シュウさん、この根…」

「うん、逆さにはえてるだろ。」

「…よね?」

「そのとおり。…こうやって生えて、空の気をすっているから、木としてはおかしな木になっていると思うんだけど…ここには根しかないんだ。本体は地球のうらがわかもしれないし、地球の内側かもしれないね。」

 シュウはそう言って朗らかに笑った。

 いつきが押さえた声で言った。

「これ…駆除するよね。」

「…駆除、というか、まあ応急処置だね。完全にとりのぞくのはもう無理だよ。」

「…無理か…」

「うん…。まあ、自然の流れだから、見守るしかないよ。でも、一応、取り除けるぶんは一時的にでもとりのぞいておこうと思うんだ。…でもその前に…。」

「その前に…?」

「これからいくところで事件が起こる。それは本来起こるはずのない事件なんだ。しかもとても不幸なんだ。犯人は女だが、その女は死ぬときまでその悪夢に苦しめられた。…それをとめてくれ。僕は役割があるから、彼女をとめることができない。だから頼む。」

「…女を、とめればいいのね。」

「そう。不意をつかれたりさえしなければ、そんなに強い相手じゃない。君たち二人がかりでなら、楽な仕事だと思う。」

「まかして、そういうの、とくい。」

「くれぐれも。」

「わかったわ。」

「じゃ、二人で行ってくれ。」

 そう言うと、シュウはいつきとはるきの手をつぎつぎに掴み、怪力を発揮して投げ上げた。いつきとはるきは上へ上へと落下して、やがてばさりと土に落ちた。

 先ほどの廃村だった。

 二人とも、なぜか行く場所がわかっていた。

 迷わずに、雑草をこいで、一件の廃屋目指して歩いた。

「…いつきさん。」

「ん?」

「…時間て、どういうものなんですかね。一定方向に流れているものだと思っていたけど…こんな、音楽データみたいに、巻き戻したり、繰返したり、できるものなんでしょうか…」

「…さあねえ。あたしにゃわからんよ、カミサマじゃねーもの。…ただ、今をイッショケンメ生きるだけさーってこと。」

「今を生きるだけさーっ、ですか。」

「そっ。」

「…そうですよね。」

「でしょっ。」

 二人はかるい足取りで雑草を踏み付けて進んだ。

 その廃屋の前でしばらく待った。

 時刻はわからないが、昼間だった。

 暑かった。

 向うから、シュウがやってきた。

 赤いチェックのシャツを着ている。

「来ましたね。」

「話しても多分ムダだろうから、隠れてて現場を邪魔しよう。」

「そうですね。」

 …というのはたてまえで、二人とも腕力が大好きなだけだった。 二人はすっと裏にまわって身を隠した。

 シュウは家を合鍵で難無く開け、中に入った。

「…入ろ。」

 いつきが小声で言うと、はるきはうなづいた。

 二人は息をひそめて家の中に入った。

 中は荒れているが、家具などはそのままになっていた。

 音をたてないように、シュウのいる部屋にたどりついた。シュウは何かさがしているようだ。

(ああ、印鑑がなんとかといってたっけ…)

 はるきはのんびりそう思った。

「ウッ」

 いつきがちいさく唸って腕をおさえた。

 はるきがぴくりといつきを見遣ったそのとき、視界の端をプラズマが走った。はるきは目をみはった。

 唐突に、部屋の中に女が現れたのはその時だった。

 はるきは一瞬で葛藤にけりをつけ、いつきをそのままに、女に飛びかかった。少し遅れていつきも飛び出して来た。

 後ろで起こっているすったもんだの争いに、シュウはまったく気付かないようすだった。無気味なほど気付かない、といってもいいくらいだった。

「はなせっ! はなせーっ!!なかまなのかーっ、どろぼうーーーっ!どろぼうーーーーっ!」

 女が初めて恐ろしい声を吐いた。 

 どろどろとした声だった。

 はるきもいつきも、先ほどの供物の成れの果てを両腕いっぱいに抱えている気分になった。

 勿論それでも放さなかった。 

 すると女の口から出た声が、なにかどろどろっとした黒い霧のようになり、それが数を増すに従って濃くなり、だんだんと何かのかたちをとり始めた。

(ヤバいな…これ、呪いだろ…呪う心がいっぱいに詰まってる状態なんだろこの人…)

 はるきはそう悟っていつきを見ると、いつきがうなづいた。はるきは女の延髄を手加減して打った。

 女は気を失って、はるきといつきの腕にだらりとぶらさがった。

 はるきが女をいつきからひきうけると、いつきは床におちていたマッチを拾い上げた。

「風がとおる白くとおる水をかわかしさらさらときえてゆき、そして若返る。」

 するとマッチのつぶれかかっていた箱がきれいな形を取り戻した。まるで、箱が「きをつけ」のの姿勢をとったかのようだった。

 いつきは箱を開けて、シュッと一本火をつけると、空中にわだかまっていた黒い濃い霧に火をつけた。

 バッと赤い閃光を放って、一瞬でそれは燃え尽きた。

 シュウはそのとき、初めて嬉しそうに立ち上がった。

 そして言った。

「ありがとう、印鑑が見つかったよ。」

「よかったね、シュウ!」

 いつきが晴れやかに笑うと、シュウは笑い返した。

 そして、うら若い自分の母親の過去を、大切な宝物のようにはるきから受け取った。

 はるきはその仕草にとても深い愛情を感じて、胸が熱くなった。

(…家族から愛されていたのにね…こんなに…なのに不倫なんかして、ばかなひとだなあ…)

 …なぜかいつきも涙ぐんでいる。

「よかったね、シュウさん。」はるきも言った。

「ありがとう、ビトウくんも。」シュウはさわやかに言った。

「さあ、今度は母を、然るべきところにもどさなくちゃ。…ついてきてくれ。」

 シュウは歩き出した。


+++

「おい、おまえらいつまでも何やってるんだ。」

「あら、直人おじ。そっちこそ、仕事サボって。」

「俺は一旦役所へ行ったら、地震の被害を見回るようにいわれてまた出て来たんだ。そのついでだ。」

「ついでってこんな山奥に?…まあ、ありがたいけど…。」

 最後のありがたいけど、は、月島が防寒具を差し出したからだった。

 あたりは日暮れて久しく、月島は荷物…というか装備を背負って、ライトで照らしながら来てくれたのだった。

「とりあえず明かり。」

 そう言ってライトを置いた。

「暖房いるか?」

「ああ、そこまでじゃないわ。」

「これシュラフ。2つな。」

「…まだいつきと尾藤くんが、あそこから出てこないの。」

「察しはついてる。…だいぶすっきりしたな、ここ。…テントはっとくから交代で休め。」

「ありがとう…。…お祭りのほうは、どう?」

「…子供たちの舞いは仕上がったぞ。」

「ああっ、舞いっ、どうしよう、いつきのバカたれ…」

「まあなんとかなるだろ。餅はできたらしい。昼の段階で、飾り付けは6割。」

「順調ね。」

「君以外はな。」

「…だって、しょうがないじゃない。」

「別にせめとりゃせん。おじさんはこれでも大人だ。…ほら、虫よけスプレ-。顔がボコボコじゃ祭りんとき洒落にならん。…紫外線よけは虫さされの薬と一緒にテントにいれとく。」

「ありがと。」

 月島はスプレーを手渡すと、てきぱきと小さなテントを組み立てはじめた。

「…あれ、舞台にだれか寝とるぞ。」

「…そうなのよ。おじさん、悪いけど、あのお供物をシュラフにつっこんでってくれない?起きないと思うわ。トランスよ。」

「…大丈夫なのかあ??」

 月島はいじわるそうに聞いた。

「しらないわよ。賭けるしかないじゃない。」

「まあな。…人生は冒険だ。」

「あらなによ、若返っちゃって。」

「ふっふっふ。」

「気持ち悪い。」

 月島はシュラフを一つ持って、供物台に近付いた。

「わっ、君は…ウィズリーさんか。」

「あっ、どうも、こんばんは。」

「何しとるんだ、君まで。」

「わたしはそこのお供物をつれてきました。」

「すぐ帰らないから居残るはめになるんだ。」

 かわいくないコメントを発しながら、月島は供物台の男をシュラフにつめはじめた。

「…いえ、ちょっと興味があったから。」

 京子が言うと、月島はチラッと視線を向けた。

「好奇心でなんにでも関わると身を滅ぼすぞ。まあいい。…なんだねその足下は。サンダルばきじゃないか。何か着なきゃいかん。ちょっと待ってなさい。」

 月島はそう言って、しばらくどこかへ消えていたが、また戻って来て、京子に毛織りのシャツを差し出した。

「ありがとうございます。」

「女は冷やしちゃいかんぞ。それから、近くても山に登るときはちゃんとした靴で来い。」

 月島は今度はテントのそばに置いてあったコンテナを開けて、食べ物と飲み物を出すと、起きている3人に配った。

「ありがと。」

 うけとってユウはため息をついた。

「…大丈夫かねえ、あの腹減り大王、腹はからっぽ、そのあと何も食べてないわ…。背中だってけがしてるのに…。」

「いつきか?…あの子は多分大丈夫だろう。」

「なんでよ。」

「…訓練を受けている子だと思う。」

「何の?」

「…粗食や断食や痛みに耐える訓練。」

 月島はそれ以上詳しくは答えなかった。

「…さて、と。おじさんは一旦山をおりるぞ。おばあちゃんには一報入れておいてやる。」

「あら、ありがとね。」

「月島さん」

 慎二が口をはさんだ。

「なんだ。」

「…朝、はるきくんに電話しましたか?」

「朝?いや、してないが。」

 ユウはため息をついた。

「…やっぱり…。」

「…どうかしたのか?」

「…いや、たいしたことじゃないんです。」

「ならいいが。」

 月島は深く追求せずに背を向けて、別の懐中電灯をともすと、またすたすたと下りていった。

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