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Till you die.  作者: 一倉弓乃
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1 MIMORRY

 エリアトーキオは猛暑の季節を前に、今日も朝からじりじりと気温が上がりはじめていた。

 南西から吹く風がもたらす独特の湿気のせいで、まるで沸騰しはじめの鍋にかけられたせいろの中にいるかのようだ。

 斎は、ドミと学校を繋ぐすきとおった硬化樹脂の「渡り廊下」の途中で、すでにかなり機嫌が悪くなっていた。…蒸し風呂だ、まるで。これでも空調の入っているドームの中だというのだから、まったく一体外はどうなっているのだろう?

 斎の故郷は砂漠にある。いや、あった、というべきなのだろうか。正直なところ、どういう言い回しが現実に近いのか、斎自身にもはっきりとはわからない。斎の故郷のドームは戦争で全滅してしまっているし、その後そのドームがどうなったか確かめて帰って来た者はいない。現在「荒廃都市管理法」のもと、連邦が管理している。斎は戦災孤児で、今は政治家の養女だ。養父のコネで世界でも一二を争う平和なエリア地区に留学待遇で滞在させてもらっている。

 それはともかく、砂漠出身なので暑さにはかなり忍耐がきくほうなのだが、湿気となると馴染みがない。ドミを出て学校へ行くだけのたった10分ばかりの道のりがこれほどまでにきついとは思ってもみなかった。

 そんな斎の気分を知ってか知らずか、夏休みを前にした学芸都市ドームの雰囲気は明るかった。道行く学生たちはみな楽しげに、夏のバカンスの話題で盛り上がっている。エリアの家庭はその多くが子供を連れて避暑にゆくものらしい。大学生くらいになると、家族とではなく友人とバカンスにゆくこともあるらしいが、慣習として、高校生同士では、まだ保護者なしでは出かけさせない。それもそうだろう、エリアから高校生の集団が外に出るとなると、よくて財産・悪ければ生命の危険が伴う。いくら平和と言ってもドーム時代以前の昔とは違うのだ。

 久しぶりに学校に登校すると、「保留にされたしんがっき」が職員室で斎をまちかまえていた。

「ああ、君が目木さんね。…具合どう?」

「もう大丈夫なので来ました。」

「ああそうだったね。電話できいたね。そういえば。」

 40くらいの男の担任はタカダ・トーマスという名で、教科は公用言語だそうだ。なんでも共通語と英語がちゃんと日本語並に話せるとかで…そのせいで斎の担任をおしつけられたに違いなかった。ちなみに斎は事情あってネイティブをフランス語と偽っているが、本当の母国語はまた別だ。しかも顔はまるっきり日本人なのでややこしい。

「えーっと、今日はたまたまもう一人、今年度初登校の女子がいるから、その子が来るまでもう少し待ってなさい。…そこの椅子座っていいよ。」

 タカダが指したところに、壁からすーっと透明な座台が出て来た。狭い職員室では重宝な収納式の補助席というわけだ。斎はそこに座った。

 …もう一人って誰だろう、登校拒否の子なのかな、と斎は思った。残念ながらそういう人の友達になる自信が全然なかったので、深入りしたりされたりしないようにしよう、と思った。

 …別にそういう人だからって虐めたりする気もないし、変だとか思ったりまして嫌うわけではなかったが、斎は自分が無神経で大雑把な人間だと思っていたし、そんなに頭もいいわけじゃないし、へこんでる人の気持ちを汲み取って優しくしてあげるのなんて絶対に無理だ、と思っている。そういう人をスパルタ式に叩き上げろというのならまた話は別だが…。

 いたわりとかなんとかいうものは陽介とか、小夜とか、そういうタイプのほうが向いている…斎は友人知人の顔を2人ばかり思い浮かべつつ考えた。

「…うーむ、来ないな。…じゃ、目木に先に書類わたしておこう。」

 タカダはそう言って、ノート用のデータチップをくれた。

「…ちょっと開いてごらん。」

 斎がノートを出してチップを押し込むと、クラスや、教室の位置、それに時間割や教化担当の名やクラスの座席表などがでてきた。

「…きみはC組ね。教室は3階だよ。…一番下に三角マークがあるだろう、それをめくってごらん。」

 斎がその通りにすると、教科の名前がズラリとならんでいる。

「教科ごとに授業が終わった範囲のまとめが書いてある。自分の手におえなければ、夏休みの補習に出てもらうことになる。」

「…わかりました。」

「…追試まであと1週間あるよ。がんばりなさい。…わからないところはおしえます。昼休みや放課後に各教科の先生のところへ聞きに行きなさい。」

「はい。」

 …わからないところは陽介に電話できこう、と斎は思った。大抵の教師より陽介のほうが遠慮がないし、それに陽介はテストの山かけもうまい。てっとりばやく済むだろう。斎は煩わしいかけひきがあまり好きでない。

 斎がノートを閉じたところへ、やっと「もう一人」が駆け込んできた。

 …汗びっしょりだ。

 斎はぼけらっ、とその女子を見つめた。

 髪はさらりと短いボブにしている。制服の白いシャツが妙に似合う女子だった。背は高く、肩幅が広く、引き締まったメリハリのある体つき。日本人にしては色白で、ふたえまぶたで、鼻が高い。気が強そうな黒い目をしていた。

「はあ、はあ、はあ、…遅くなって申し訳ありません。」

 言葉がはっきりしていて、唇が美しい。…登校拒否とはあまりにかけはなれた堂々たるその態度。

「…ミモリーじゃん。」

「ああ?!…ああ、オマエか。…なにしてんだ、朝からわるさしたか。」

「違うよ、あたし今年度初登校。」

「わたしもさね。」

「…怪我でもしてたんかい。」

「わたし?アホウ、わたしは地域の都合じゃわい。やっとこさ祭りの準備がなんとかなったから、ウチをばあにまかせて出てきたんだわさ。オマエはなによ。パレードは見たけど。その後は…ああ、サボりか。」

「何がさぼりだい。…あたしは怪我さね。」

「ドコヨ。」

「顔、顔。」

「ほー、おなってよかったんねー。オマエの顔に傷あったらみんなびびってよりつきゃしない。ただでさえこええのに。ほかの女とちがうんだから。」

「まったくさ。…んじゃ、同じクラスか。」

 タカダは二人が知合いなのを見て、嬉しそうにニコニコした。


+++

 大幅に「遅刻」な二人の席は教室の後ろのまん中あたりにさり気なく並べてあった。二人はちょうどよく協力しあい、なんとかクラスに数カ月遅れの顔見せを済ませた。

 斎が初めて彼女と知合ったのは、昨年の秋口のことだ。

 斎が一応表向きは持病ということにしている睡眠衝動に襲われて中庭にひっくりかえっていたとき、「ちょっとちょっと」と声をかけてきた。

 普通なら決して目が覚めないのだが、なぜか彼女に呼ばれると、意識が戻った。

「あんたあ。よしな。死んじゃうよ。」

 と言われた。

 死ぬとか簡単に言うな、それに、よしなと言われてもわざとじゃない、と言うと、

「ばか。それならがんばりな。がんばらないかんよ。そのままでいたらいけない。」

 と言った。

 …この女子は斎の状態がわかっているようだった。

「あんたでしょ、たまに天井のあたりに足はえてたり、逆さに浮かんでたり…びっくりしたよ、最初は。でも小夜って子がさ、あれは目木って子よって教えてくれた。だから探してたのんよ。どんな子かと思って。」

 彼女はそう言った。…そのうち小夜が、斎のほうにも、あれはミモリーって子よ、と徒名を教えてくれた。

 それ以来、たまに、小夜を挟んで顔をあわせることがあるようになった。

 お互いにお互いのことは何もしらない。名前だって知らないのだ。だが、お互いの顔と…お互いが、どこか一点変わった体質なのだけは、…知っていた、お互いに。

 授業は数学と化学がちんぷんかんぷんだったが、その他はなんとかなりそうだった。教師の点呼を聞いて、初めて斎は彼女の名を知った。

「…ミズモリ。」「はい。」

 ちなみにその次が目木だ。向こうも「メギっちゅーのか。」と小声で言った。そして勝手に斎のノートに、「水森。ほんとは水守。美森もあり。名前は由宇。でもほんとは佑右。読み方はユウ。」と送って来た。「どれよ」と斎が送ると、「どれも」と返事がかえってきた。先生にさっそくチェックを入れられると、休んでいる間自分で勉強していたらしいユウは斎に答えを教えてくれた。斎は別に教師に怒鳴られても平気だと思ったが、ユウの顔をたてて、それを答えておいた。教えられた答えは正しかった。

 昼休みに、一緒にカフェテリア…というか学食…に並び、二人で冷やし蕎麦を食べた。

「ここはさあ、蕎麦だけは美味しいんだわあ。」

とユウが言うので、

「そう?何でも美味しいよ。定食も好きだし。」

と斎は答えた。

それを聞くとユウは

「定食だって!」

とクスクス笑った。

「あんたあ、そんなこと貧乏人にゆったら、だめよお。」

 …言われて初めて気がついた。定食は、蕎麦の倍の値段だ。

「わたしなんか氏子さんたちの御厚意でこの学校入れていただいたのに、定食なんか食ったらバチがあたるわさ。蕎麦か、ラーメンか、あとはカレーライス。あとは単品の御飯味噌汁に納豆。これ以外はダメ。」

 …斎なら3日で死んでいる。

「…うじこさんってなに。」

「おまえヨーロッパだっけ?…んじゃ、教会でいうとこの、教区の信者さんみたいもんかなあ。」

「あ、信者さん…て、あんたんち、宗教?」

「宗教ってば宗教だけどねえ。…うち、神社よ。」

「ジンジャ?」

「日本古来の、八百万のカミサマさね。…わかんないか。」

「…ええと、シャーマニズム?精霊系多神教?」

「まあ、そうかもね。」

「へえ、そうなんだあ…。」

 斎はいささかびっくりした。極東の土着の宗教の関係者に実際に会うのは初めてだ。一般的な知識は陽介から教わってはいたが…。

「それより、おまえ、目木ナニよ。」

「いつき。」

「いつき?へえ、どこに居着いたの?」

「どこって…エリア?」

「ぎゃはははは、ジョーダンジョーダン! なにさ、サイトーさんのサイちゅう字?」

「そうらしい。」

「ほんならそれあたしのことさ。」

「あ?」

「斎って精進潔斎して神様につかえる人のこと。」

「…そうなんだ。」

「そだよん。」

 ユウは硝子の蕎麦ちょこにスレスレまで蕎麦湯を注ぐと、卵や茸や山菜をずるずるとつゆごと飲み干した。おっ、やるなっ、と斎は思い、自分も蕎麦湯を入れて、生卵をくずさずに一気飲みした。ワサビがツーンときて、頭がすかっとした。ユウは目を細めて笑った。

「…おまえ、顔怪我したって、…一体どうしたんさ。」

 賑やかなカフェテリアのざわめきにちょうど紛れるような大きさの声で、ユウは尋ねた。斎はコップの水を飲みながら答えた。

「ん…なんつーかなあ。…まあ、いろいろあんのよ、あたしは。」

「…ケンカ?」

「いや、今回は違う。」

「…んなら、おまえ、…おかしなめにあったのと違うの?」

「うーん、まあ強いて言えばそうかな。」

「…だからそのままでいたらいけないって言ったのんに。」

 斎はチロッとユウを見た。

 それから言った。

「…そおね。ちょっと半端だったせいでやらかしたみたいなんだ。…その件、片付けなくちゃいけないんだよねえ…。学校の勉強のほうは追試でなんとかやっつけてさ、夏休みはどっか山奥に修行にいこうかと思ってンの。ナンカこう、滝に打たれたりするとこがあるって、連邦ネットで見たからさ。あと、燠火の上あるったりとか。」

「ちょいちょいまちなさい。そんなことしてどうするの。」

「そゆ荒行やれば、昔こんなんなる前の感覚がもどってくるわさ。」

「…ふーん、そんなもんかねえ。」

 ユウはかばんから歯磨きセットを出すと、斎を歯磨きにさそった。

 水飲み場はがらんとして広く、誰のかげもない。外では暑さにもめげず、元気な男子どもがサッカーに興じている。…遠い歓声。

 ユウが歯磨きしている間、斎は黙って退屈凌ぎに外を眺めていた。

 水が流されてうがいが終わると、ユウは言った。

「…あのさ、おまえのこと、婆に話したんだよね。たまに天井にささったり、ぶらさがったりしてる子がいるって。その間、体はそこいらにぶっ倒れてるって。」

 斎はふりむいてユウを見た。

「…そしたら婆も心配してさ。…外人でコトバ通じなくてもいいから一度連れて来なって言ってたんだ。…おまえ、もし修行したいなら、うちの神社へこない?こんな日に一緒に登校したのも何かの縁だよ。盆あけくらいに大きな祭があって人手がたりないし、来てついでに手伝ってくれたら嬉しいんだけど。地面に足つける練習なら何処でもできるしょ。自然の豊かなところで、ウチのカミサマを一緒にお世話しながら心の修行してみたらどう?なんなら滝もあるし、沢もきれいだから水ごりくらいならできるよ。山奥って言えないこともないし。…おまえ、一人で修行するの危ないだろう。寝ちゃったら困るし。」

 エリアに来てから、こんなに親切な申し出を受けたのは、陽介のお母さんの御飯以来だった。いささか驚いた。

 よく考えると、そういえばユウはさっき、地域の事情があって忙しくて学校にこられなかったような話をしていた。多分この祭というやつがけっこう大掛かり…なのか何かで、人手の足りないこと甚だしいのだろう。とりあえず片っ端からボランティアをスカウトして歩いているのではないだろうか…?それなら親切というよりは企みだから、熱心なのもうなづける。

 …一人で修行するのは、確かにあまりよくない。そのことは斎自身もよくわかっていた。

「…いいの?あたしがさつよ?」

「わたしもがさつだし、そんなこたいいさね、別に。ちなみにウチの婆もがさつ。」

「…じゃ、あたしの保護者に言って許可もらってみる。」

「うん、そうしな。…夏休みまではわたしもドミにいるし、休みに入ったら一緒に連れてゆく。それでいいしょ?交通費とか、保護者にタカって。食費まではとらないからさ。」

「いや、多分食費も出るよ。」

「うーん、でも祭りを手伝ってくれる人、他にも滞在しているし、そういう人は神社でお世話する決まりだから、ほんと気にしなくていいよ。」

 …やはりどうやらボランティアの件は読み通りだったらしい。

「場所はどこ?」

「チューブラインでT市まで行って、そこから鉄道使う。急行で2時間くらい。それから各駅にのりかえて30分くらい、あとは車かな。代金はね、…」

 ユウは慣れた口調で予算を教えてくれた。

「…そんな遠くなんだ、実家。」

「そう。でもすぐさね。チューブは早いから。」

 それからユウは、ユウの神社に来るにあたっての注意を2~3した。山のわりと上のほうにあるから、寝るときけっこう寒い、セーターを着替えにまぜておくこと、正装は神社で用意するのでいらない、むしろ山歩きできるものを着てくること。雨具を絶対に忘れないこと。そして…。

「…他の人ならこんなこと言わないけどさ、おまえには言っておかないとまずい。…うちのカミサマね、ほんとにいる。お飾りのお題目じゃないよ。だから気持ちを引き締めて来て。…勿論、このカミサマの件は、他言無用だよ。くわしいことは、追々話す。それと…」

 …なにはともあれ、斎の一番の問題は、まずは追試だった。


+++

「へえ、おまえも旅行いくの。」

「旅行じゃないよ。修行。」

 陽介の家の猫まみれの客間は、冷房が入っていてとても涼しかった。

 斎の足音をききつけた巨大なヤマネコのどんぐりもどこからともなく現れて、もこっと大きな猫手で襖をあけ、勝手に部屋に入って来た。陽介は仕方なく立ち上がり、襖を閉めに行った。「こいつなんかまだいいぜ、自分では絶対に開けないやつもいてさ、襖の前にすわってニャーって俺の顔みやがんの。」とかなんとかぶつぶつ言っている。その閉じかかりの襖をするりとくぐりぬけて、白い猫が入って来た。尻尾だけがしましまで、レモン色の目をした美しい猫だった。

「あれ、この子だれ。」

 テーブルの上に「とん」と乗ったその猫の胸のあたりを斎は人さし指でくすぐった。

「マルガリータ。」

「びっじーん。」

「かわいいだろ。」

 すると斎の背中にどでっと何か大きなものが体当たりしてきた。

「うっ。」

「…どうした?」

「…どんぐりに体当たりかまされた。」

「ヤキモチか、どんぐり。珍しいこともあるもんだ。」

 陽介が笑って覗き込む。どんぐりは背中をむけてでれっとのびていた。のびるときにただぶつかってしまっただけかもしれない。

「…まあでも、夏休中のエリアは暑さも厳しいし、それに地方から上がってくる連中も多いから、すごく治安が悪ぃんだ。出かけるのはいいことだと思うよ。」

「…あんたんち、お母さんはどうすんの。」

「お袋は残る。猫いるしな。…心配ねーよ、あれでかなりの豪傑だから。」

「いや豪傑なのは知ってるけど…あんた、危ないところにお母さん残してって平気なんかい?」

「…年頃の息子と二人のほうがよっぽど危険だろ。」

「それブラックだよヨースケ。」

「現実なんてブラックなもんさ。」

 斎はそう言われて頭をかいた。

「…んー、それでさ、化学と数学の試験が来週あるんだけど、ヤバそうなんだ。ちーと面倒みてくんねい?」

「いいとも。」陽介はにっこりした。「おめえとも夏休みはバイバイだしな。せいぜいサービスしといてやるぜ。」

 陽介はそう言うと、嬉しそうに手だけで阿波踊りをした。

「あんら、うらやましいこと。でもいいの?高校生のくせに恋人と二人っきりで旅行なんて。」

「男同士だからいいの。…間違いがあっても、どうってことないの。」

「にくたらしいいい。あたしは修行しにいくのに。…オメーラどっかで追い剥ぎにでもあえばいいのにさ!」

「ははは、なんとでも言えー♪…でも一応俺は研究目的ってことで、学校の許可も正式にとったんだぜ。旅行計画書だって担任と校長とジャイ子に出したし。レポートも出すんだぜ。…まあそれで宿題をチャラにしてもらうんだけど。」

 ジャイ子というのは文芸部の顧問の徒名だ。

「えーっ、なんで、宿題ってそんなんでチャラになるの??」

「なるなる。俺去年もそれで通ったもん。ようは単位が足りればいいんだからさ。…お前も申請だしとけば?書類わからないなら持って来いよ、適当に書いてやるから。」

 機嫌のいい陽介は親切の大盤振舞だった。

「…ところで修行ってどこいくのヨ。」

「友達んちのジンジャで、お祭りスタッフのボランティアすんの。そこぼちぼち山奥で、水のきれいなとこなんだって。早寝早起きして、カミサマに御飯あげたり、神殿お掃除したりするんだって。あと字かいたり、ダンスしたり。」

「おっ、意外とマトモじゃん。なんだ、俺ぁてっきり山伏に混じってロッククライミングやったり火くぐったり滝つぼはいったりかと思ったぜ。」

 …考えてたことと一緒だから憎たらしい。

「…でも友達って、ダレよ。おめえそんな、神社の子のダチなんかいたの?」

「それが、いたんさ。」

「ダレ。」

「…ミモリーよ。」

「…」

 陽介はしばらく顔をしかめて考えた。

「…そういや、その名前、お前の口からよく出るよな…?…で、本名はわかったのか?」

「ユウって名前。」

「名字は?」

「えっとお、み…み…み…なんだっけな、みぞまり、じゃないな。なんかそんなような。」

「ふーん?しらねえなあ。」

「…小夜の友達だよ。」

「それも前聞いたけど…全然わからん。」

 小夜は春まで陽介の彼女だった。…陽介に、「俺はやっぱりゲイなんだし、ちゃんと男とつきあおう」と決心させた女…ということになるだろうか。…それよりも、今、陽介とベタベタしている男というのが、この小夜の弟の春季だということこそが重要だろうか。

「…ところでおまえ神社とかって、わかってんの?なんだか。」

「なんか、精霊とかまつってあるんでしょ?」

「うん、まあ、そうだけど…いや、きっと行けば詳しく教えてもらえるだろうから、俺が言うほどでもねえな。…ふーん、ナントカ・ユウねえ。どいつだろおなあ。じゃ巫女さんか。お前と同じだな。」

「今年あたしと一緒のC組なのさ。背高くておかっぱでさ、そいで美人でさ。ハキハキ喋んのよ、ちょっと変わった言葉使うけど。あと胸バイン!尻ボイン!みたいな。」

「…うーん。」

 陽介はしきりに首をひねっている。その陽介の膝を、マルガリータが歩いて通過し、ついでにしましまの尻尾で陽介の顎の下をしゅる...っと撫でていった。

 斎は呆れて言った。

「…あんな女、普通の男なら一回みたら忘れないだろおに。」

「…悪うござんしたね、普通でなくて。」

「まあいいけどね、別に。…春季ちゃん元気?」

「…夏バテってる。」

「…あらあ。…まあでもわかる。エリアって湿気がひどくて…。」 

 一週間後、陽介のヤマかけと指導のおかげで斎は無事に追試をクリアし、陽介のおかげでレポートと引き換えに宿題を免除される権利を手にし、…とにかく陽介様様状態で夏休みを手に入れた。さすがに恩義を感じて、休みに入る数日前に手みやげをもって訪問すると、若くて美人のお母さんから「斎ちゃん当分こないのね。ちょっと寂しいわ。帰って来たらいつでも来てくださいね。陽介がいないときでも別にいいんですよ。」と熱烈なラブコールをもらい…足にはどんぐりがでかい体で名残りおしげにグルグルなつき…そうしてついに、斎にも夏休みが訪れたのであった。

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