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雪華散りゆき夜叉となりて…  作者: フランスパン
第四部 決戦編
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終章 過去からの手紙


 異国へ向かう船の一室、そこには龍久と葛葉の姿があった。

「へぇ、死後の世界と言う奴は、行って帰って来るのに一月かかるのだなぁ」

 葛葉はベッドに座り、そう冗談半分に言った。

 別に信じて居ない訳ではないのだが、ただその様に可笑しく言った。

「……本当に不思議な体験だった、今でも夢だったんじゃって時々思うんだ」

「まぁ案外夢だったのかもしれないぞ、あの世なんぞ半分夢みたいなものだ」

「そういう物かな」

「そういう物だよ」

もしかしたら幻だったのかもしれないが、彼らに会えた事はとても嬉しい事だった。

「まぁ何はともあれ良かったじゃないか、お前は望んだ未来を手に入れたんだから、やはりお前は『運命』に抗ったんだよ」

「……葛葉、俺はそれは違うと思うんだ」

 葛葉がせっかくほめていると言うのに、龍久は納得していない様子で葛葉の方を向いた。

「だから違うとはいったいどういう事なんだよ」

「俺が思うに、初めから『運命』はこのように出来てたんじゃないのか?」

「……なんだって?」

「俺はこの未来を途中まで見なかったから、定かではないが……もしかしたら初めから俺がこうやって雪と共に歩んでいく様に出来ていたんじゃないかと思うんだ」

 未来の光景で見た龍久、あれは異人が龍久に変わったのでは無くて、初めから龍久であり、『運命』は初めからその様に出来ていたのではないだろうか――。

「待て待て龍久、確かにお前のいう事にも一理あるが、それを証明する事は出来ないじゃないか、既に『運命』は選択されてしまったんだ」

「……まぁなそうなんだけどさ」

 既に『運命』の分岐点は過ぎてしまった。最早真相を知る術はもうない。

 だが、龍久はどことなく遠くを懐かしむような顔をして言った。

「俺にあの未来を見せた玉藻がさ、『俺次第』って言っていた、ああいう言い方をするって事は、初めからあの結末を見ていたんじゃないかと思うんだ」

「…………」

「玉藻は『運命』を全て見た上で、俺が『夜叉』の振りをして、蝦夷に行き、妲己達と戦い、左腕を失って、死後の世界から蘇って、雪と一緒に異国に行くと言う様に仕向けたんじゃないんだろうかと思うんだ」

「……ちょっと待て、玉藻はお前次第だって言ってたんだろう? それはつまり、おまえの成した事によって『運命』が変わるかもしれないって事を示してるんだろう? だったらやはりお前が掴み取った未来と言う事じゃないか」

 玉藻は龍久に雪が微笑む所までの未来を見せた。

 未来はそこで終わっていたのかと思ったのだが、それには続きがあった。

 もし玉藻がそこまで見えていたのなら、龍久にそこまでの未来を見せるべきだったのだ。そうすれば、龍久があの様な大怪我を負う事もなかったのだ。

「もしもあいつがそこまで見えていたのなら、龍久にそれを教えてやればよかったんだ、そうすればこんな回りくどくて危険な事にはならなかったんだ」

 もし葛葉の能力で龍久を救う事が出来なかった、その未来は大きく変わっていたはずだ。

 あまりにも危険な賭けだ。

「多分、それじゃ駄目だったんだと思う、もし俺があの時『運命』の全てを見ていたら、俺は今の様にはなれなかった、俺は幸福と言うのがなんだか分からないままだったはずだ」

 龍久はあの未来を見て、死後の世界で皆とあの未来を視なければ、ずっと幸福について勘違いをしていた。

 幸せと言うのは、片方だけのものではない。

 両方がそれを感じて初めて幸せになるのだ、幸福は雪の中にある訳ではない、雪と自分、二人の間に存在している、この事を言うのだ。

 この共有する幸福の形を、あの事柄全てがそろって居なかったら、龍久は見出す事が出来なかっただろう。

「……結局の所、俺は最後まで間違ってたんだなぁ」

 玉藻に未来を見せられた時は、これこそ正しい選択であるとそう信じて居た。

 結局それも間違いで、自分は本当に最後まで間違っていた。

 龍久がそうしみじみと言うと、葛葉はそんな彼の雰囲気をぶち壊す様に、不機嫌そうに文句を言っていた。

「俺は玉藻は認めねぇぞ! あいつは関係ないね、全く持って関係ないね、あくまでも『天帝』が雪様の願いをだなぁ――」

「あ~はいはい、分かったよ葛葉」

 騒ぐ葛葉を宥めるが、それはあくまでも口先だけの事。

 本当はもっと別の事を考えていた。


(――後は貴方次第ですよ……南雲龍久――)


 彼の頭の中では、玉藻の言葉が巡っていた。

なぜならあの時、玉藻はとても意地悪な笑みを浮かべていたから――。

「でも、葛葉はいいのか、俺達と一緒に異国へ行って……」

「何言ってんだよぉ、そりゃあお二人のハネムーンを邪魔するのは悪いと思っていますけどぉ、龍久君が異国で生きて行けるなんて考えらねぇからな! この超絶美少年陰陽師の葛葉君が、仕方無く一緒に行ってやるんだよ」

「……でも葛葉、お前もう『運命』が見えなくなっちまったんだろう?」



 龍久を救う為に、己の資質以上を見た葛葉は、未来を予知する能力を失ってしまった。

 この能力は元々、親から子へ、先祖から子孫へと受け継がれてゆくものである為、葛葉の子孫が『運命』を視る事は出来なくなった。

 もう『異点』を使って歴史を変革する事は出来なくなった。

「……別に良いんだよ、あんな能力今思えば初めから必要なかったんだよ」

「でも、もう未来で何が起こるのか分からないんだろう? 良いのか?」

「何言ってるんだ龍久、お前だって未来で何が起こるのか分からないだろう、俺も同じになったんだ、もう明日なにが起こるのか分からない、一〇年後、一〇〇年後、一〇〇〇年後の未来がどうなっているのか分からない、これが正しい人の在り方なんだよ」

 能力を失った葛葉は、どこかとても満ち足りていた。

「まぁ失ったのが俺だけなのか、玉藻やら妲己もなのかは分からないけどな」

「良いのか? もしも妲己が雪を追って着たら対抗できないんじゃないのか?」

 未来が見える分妲己の方がかなり有利である、もしも彼が雪を追って着たらかなり不利になるのではないのだろうか。

「その時はその時だ、でも世界は広いからなその可能性はかなり低いだろう……それに」

「それに?」

 龍久が何の気なしに聞き返すと、葛葉は少し気恥ずかしそうに、そっぽを向きながら答えた。

「……お前の命に比べたら安いもんだ」

 ちょっと口に出して言いづらいのか、もごもごとしている。

「……あっ悪い、聞こえなかった、もう一回言ってくれるか?」

「ふざけんじゃねぇ! お前絶対に聞こえてただろう!」

 葛葉はまるで雨蛙の様に頬を膨らませる、容姿のせいもあってかとても子供っぽかった。

 それを見て龍久が笑っていると、ドアの向こうから声が聞こえて来た。

「龍久~、葛葉君、なにしてるの~」

 雪の声だった。それを聞いて、葛葉は飛び上った。

「しまった、雪様に帽子を持っていかねぇと!」

 急いで帽子をとると、そのまま部屋の外へと出て行ってしまった。

 乱雑に閉められたドアの音に、龍久は眉をひそめた。

 そして机の上に置かれた、書きかけ書物へと向き直る。

「…………よしっ」

 


***


 これが、この物語だ。

 歴史の表舞台では語られぬであろう、一つの終焉の物語。

 この歴史を我が子孫に知って貰う為に、ここに記した。

 これは手紙だ、これを読むであろう我が子孫の為に残す、過去の記録だ。

 これを読んでいる子孫の時代には、もう武士も陰陽師も、そして『神』さえもいないのかもしれない。

 それでもいい、それを選んだのは我々だ。

 『運命』も未来も関係ない、自分達が最も幸福であれる道を選択したのだ。

 この選択が正しかったかを決めるのは我々ではない、君だ。

 名も知らぬ我が子孫よ、これはあくまでも手紙であり記録だ。

 君にはこれをただ知っていて貰いたい、過去にこの様な人間がいて、この様な未来を思い描きこの様に生きた事を、他の誰でもない、君に知っていて欲しい。

 

 他の誰でもない、俺と雪の子孫である君に――。

 

***


「龍久、遅いよ」

 客室から出て甲板へとやって来た龍久に、雪はそう言った。

 潮風で白髪と、腕の通っていない右腕の袖が翻っている。

「うわっ……まぶしなぁ」

「海の上だからな」

 船側の上に座る葛葉がそう答えた。海に落ちてしまいそうで危険だが、彼ならそんな事にはならないだろう。

「ずっと何を書いてたの?」

「まあな、左手で生活する為の練習も兼ての手紙……かな?」

 そう言って龍久が左手を握ると、雪は少し哀しそうに、彼の手を握った。

「……ごめんね龍久、利き手だったのに」

 龍久の利き手は右だった、左手一本でこれから先生きて行くのは、想像よりもずっと大変だろう、生活の不自由だけではなく、周囲の眼も変わる事になるのだ。

「良いんだよ、雪が気にする事じゃない……それに、刀を振るう為の右手はあの国に置いて来た、残された左手はこれからの俺達の人生の為に使いたいんだ……まだ何が出来るかは分からないけどな」

「少なくとも、作家にはならねぇ方が良いぜ、龍久は文才が無いからな」

 余計なひと言を言った葛葉を龍久は睨みつける。だが、雪は小さく笑ってくれた。

 龍久は雪の手を強く握り返して、雪を見つめて言った。

「なぁ雪、俺はやっぱりお前と同じ方向を視る事は出来ないかもしれない、同じ志を抱いて、同じ様に泣いたり笑ったりしてやることは出来ないと思う……それは俺が女じゃなくて男であり、俺が雪では無くて龍久だからだ……俺はお前と同じ存在にはなってやれない」

 これは龍久が馬鹿だからという訳ではなく、彼が龍久だからだ。

 龍久はどう頑張っても雪にはなられない。

 だから何もかも同じなってやる事は出来ない。

「でも、俺はお前の隣に居る、もうどこにも行かない。お前が笑っていても泣いていても怒っていても、ずっとずっと傍に居る……隣で、お前の事だけを見ているよ」

 龍久は知ったのだ。

 本当に必要な事は、ただ側に居てやる事なのだ。

 同じ立場に立ってやれる事は出来なくても、ずっと彼女の隣に居る事は出来る。

 同じ方向を見てやる事が出来なくても、ずっと彼女を見ている事は出来る。

 同じ志を抱けてやれなくても、ずっと彼女だけを思い続ける事は出来る。

「……龍久」

 それはずっと雪の心の奥深くにあった孤独感を、溶かしてくれる様な言葉だった。

 長い間、同じ存在でなければ分かり合う事は出来ないと思っていた。

 でもそんな事はない。

 主義主張が違くても、人は分かり合い、寄り添って行く事が出来るのだ。

 なぜなら、最も対極の存在にある『男』と『女』が、こういう風に愛し合う事が出来るのだから――。

「ねぇ、龍久」

 そして今度はあの満面の笑みを浮かべて、龍久に向かって言った。



「……ずっと、ずーっと私の手だけを握っててね」



 残った左手の意味。それはきっとそう言う事なのだろう。

 葛葉と龍久は互いに顔を見合わせると、互いにクスリと小さく笑い合った。

「ああ約束するよ、雪」

 そう彼女の同じ様に満面の笑みを浮かべて言った。

              


           雪華散りゆき夜叉となりて…   完

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