六一話 夜叉の微笑み
それから数カ月経った。
会津の地はたくさんの雪が降り、すっかり銀世界になった。
正月が過ぎ、節分が過ぎ、固まった雪も溶けて春がやって来ていた。
冬の間眠っていた木々も目を覚まし、新芽を芽吹かせて春の訪れを大いに喜んでいた。
喜んでいるのは植物だけではない、冬眠していた動物達が穴倉から出て来て、春の山々を楽しそうに走り回っている。
もちろん人もまた、春の訪れを喜んでいた。
「ふぁ~良い陽気だなぁ」
龍久はいつもの切り株に座り、竹筒の水筒の水を飲みながら、握り飯を食べていた。
竹皮に包まれたおにぎりは玄米で出来ていて、大きな物が二つ乗っかっていた。
「……なんで同じ飯なのに、こうも違うかなぁ……」
「それは、愛情の違いじゃねぇのか?」
声のする方を見ると、そこには大きな鯛を一匹と酒を持ち、背中に米俵に背負った葛葉の姿があった。
「どうだ! 遅すぎるサンタクロースだぞ」
「すごい豪勢だなぁ……、一体どうしたんだよ」
どれももったいないくらい豪華で驚く龍久、特に鯛と酒など見せられては、たまったものではない。
「どうせ殿下に良い物を食べさせてないんだろうからな、『神』に捧げるんだこれ位しなければなるまいよ」
「雪なら、毎日うまいうまいって言って飯食ってるぞ」
「いや駄目だ、もっと良い物を捧げなければ天帝から罰が下る、餅も食べてないんだろう」
「まぁ、菊水さんの事もあったから自然とな、つく気にならなかったんだ、二人とも」
どちらから言った訳ではないが、二人は餅をつかなかった。
元々祝いの料理である餅は、菊水の事で今だ傷を負っている雪の喉は通らないだろう。
「……でも大分回復したよ、今は一応笑ってくれるし、ご飯も作ってくれる……でも、まだ時々哀しそうな顔をするんだ」
「正直、心の病と言う物に明確な治療法はない、俺はこういう物は人とのつながりが一番の薬になるのだと考えている、でもこれはとても時間が掛るし、外から見ているだけでは、それが治っていると知る事は出来ない」
葛葉は真剣な面持ちでいうが、龍久はその視線から少しだけ目を背けた。
「こんな事言いたくはないんだが……お前がそう感じているだけかもしれない」
「……はっきり言ってくれよ、葛葉」
龍久に言われて葛葉は腹を括り、話した。
「もしかしたら、殿下の『呪』はまだ解けていないかもしれない」
葛葉の言葉に、龍久は何も言わずにただ耳を傾けた。
「陛下は確かに『手当て』を行った、本来心に深くかかわる『呪』は、時間を掛けてゆっくりと解く必要があるのだが、あの時は仕方がないとは言えども、ほとんど一瞬しか『手当て』が出来なかった」
一回で全て『呪』を落そうとした反動で、雪は一時言葉を失ってしまった。
それほど強力で荒い『手当て』になってしまった可能性がある、そうなると『呪』が完全に解けずに、雪の心の奥の方に『夜叉』が残っているかも知れない。
「……そんな事無いよ」
「龍久、殿下は陛下を失ったショックから塞ぎ込んでいたが、今はそれから回復したし、蝦夷の長い冬はもうすぐ終わる、そうなれば殿下は土方の所へ、『鬼』を殺しに行くかも知れない」
「……土方さんかぁ、今どうしてるんだ?」
「……蝦夷共和国とか言うのを名乗って、箱館の五稜郭に居るよ、蝦夷の冬は寒くて厳しいから、新政府軍は攻めなかった……だがもう冬は終わる、もうすぐ戊辰戦争の最後の戦いが始まる。龍久今はそれはどうでもいい、さっきの俺の話しちゃんと聞いてたのかぁ?」
「聞いてたよ……そっかぁ元気にしてるのか土方さん」
「おい、分かりやすい現実逃避してるんじゃねえよ……頼むからちゃんと聞けって、お前の命にだって関わるかも知れない話なんだぞ……」
雪は龍久の事だって殺そうとしたのだ、もしもまだ『夜叉』としての部分が残っていて、蝦夷の冬が終わるのを待っているのだとしたら――真っ先に龍久に危害を加えるかも知れない。
「……大丈夫だよ葛葉、雪はもう『夜叉』なんかじゃないよ」
「……でもなぁ、頼むから気を付けてくれよ」
葛葉は本気で心配しているのか、少し不安そうな顔をしている。しかし龍久はそんな事まるで気にしていない様に、うっすらと小さく微笑んでいる様に見える。
「……龍久、お前また手を怪我したのか?」
「あっこれは」
また右手に布を巻いていた。あれから何度か、葛葉は龍久が怪我をしている所を見ていた。やはり、芝刈りはなれないのだろう。
「……龍久、お前やっぱり無理してるんだろう」
「そんな事無いよ、これも大した怪我じゃねえよ」
そうは言っているが、見た所随分強く包帯が巻かれていて、指一本動かす事が出来ないだろう。葛葉は龍久の強がりに呆れ、ため息をついた。
「全く……俺はもう行くぞ、ちゃんとこれ殿下に食わせるんだぞ」
そう言って葛葉は帰ろうとするのだが、龍久は右手を怪我していて、左手は芝刈りの道具や大きな木の棒で塞がっている。しかも背中には背負子を背負っているので、米俵など到底持って帰る事など出来なかった。
「…………」
「…………」
しばらく無言で見つめあってから、葛葉が大きなため息をついた。
「なんで俺が荷物持ちなんか……」
「仕方ねぇじゃねぇか、俺手が塞がってるんだから」
仕方なく葛葉は家まで鯛と酒と米俵を持って行く事にした。正直子供の様な葛葉が持っているのは何処かほほえましい気がする。
「大体なぁ、お前が手に怪我なんかしなければこんな事には――」
「あっほら、もう着いたぜ葛葉」
葛葉の愚痴を聞き流していると、竹やぶの横にある小屋に着いた。
縁側と玄関横にそれぞれ荷物を置くと、ほとんど同じ様に体を伸ばした。葛葉も流石にこの山道は辛い様で、大きく背伸びをした。
「あっお帰り龍久、今日は早いんだね」
竹やぶから雪が出て来た。その手には小さな籠があり、山菜やら野草がこんもりと入っている。
「今日は葛葉君も一緒なんだね、待ってて今お茶を入れるからね」
「殿下にわざわざその様な事をして頂かなくとも……、私はすぐにおいとま致しますので」
葛葉は『神』である雪に遠慮してなのか、態度をころっと変えて、帰ろうとする。
「遠慮しないでよ……何時も魚とかお米とか、貴方には本当にお世話になってるんだもん、お茶くらい出させてよ、ねっ?」
「しっしかし……」
「『神』の御意志に逆らうつもりか? 飲んでけって言ってるんだから、遠慮するなよ」
「うっう~ん、しかしだなぁ、わざわざ殿下にその様な……」
「もうっ殿下じゃなくて、私の名前は雪だよ、雪って呼んでよ」
雪はそう言って頬を膨らませて詰め寄る。そんな彼女を見て、もう観念したのか葛葉は小さく息を吐いてから頷いた。
「ゆっ……雪様、では大変失礼ながら、茶を一杯頂きます」
「ははっ、雪が淹れる茶は美味いぞ」
「えへへっ、じゃあ縁側に持って行くね」
「あっ雪、葛葉が酒をくれたんだ、せっかくだから皆で呑もう」
「うわっ鯛も! 今日は御馳走だね、待っててねとっても美味しいの作るからね」
「酒のつまみも頼むぞ」
そう言うと、雪は返事をしながら鯛と酒を持って小屋へと入って行った。
「……『夜叉』に見えるか?」
「……まぁいいお嫁さんだけどな……まだ分からないぞ、油断するなよ」
明らかに動揺しながら、葛葉はそう言った。
龍久はそんな葛葉を見て笑いながら、縁側に腰を落ちつけた。
「はい、粗茶ですがどうぞ」
雪がそう言って、お茶を二つ持って来た。龍久が淹れると出がらしの様な粗茶でも、雪が淹れると茶葉の味わいが広がる、高級な玉露の様になる。
「……美味い」
「えへへっ、じゃあちょっと裏に居るから、何かあったら呼んでね」
「ああ雪、ついでに酒持ってけよ」
雪は小さく頷くと、裏口からどこかへと向かって行った。
葛葉が不思議そうに見ていると、龍久が教えてくれた。
「……菊水さんの墓だよ、いつもきれいに手入れしてるんだ」
「…………そうか」
『神』の墓にしてはかなり質素な物だが、竹林の中に作った物がある。雪は出歩ける様になってから、いつだって欠かさずにお参りと手入れをしている。
その光景を見る度に、龍久は己の無力さを痛感していた。
「龍久、お前はすごく大きくなったよ、昔のお前なら陛下を死なせた責任を感じて、いつまでもうじうじ悩んでいただろうからさ……」
「……もう悩むのは止めたんだ、俺には大きな目標が出来たからな」
「目標?」
「雪が腹の底から思い切り笑える様にしたいんだ、何年かかってもいい、どんな事をしてもいいから……昔みたいにまた笑って欲しいんだ」
まだ雪が雪光と名乗っていた時の様な、屈託のない笑顔で笑える様にしたい。それが龍久の一番の願いだった。
「……そっか、全く一段と男らしくなったなぁ龍久、もう葛葉君惚れ直しちゃうわぁん」
「おっおい、なにきもちわりぃ事言ってんだよ!」
「もう、照れるんじゃないよぉん、龍久君」
そう言って葛葉は胸の辺りを突っついて、照れる仕種をする。その気持ち悪さと言う物は、最早例えようがなかった。
「ふざけんじゃねぇぞ葛葉ぁ、大体俺が惚れてるのはなぁ――っ」
「……何叫んでるの? 龍久ぁ?」
墓参りから帰って来た雪が、ふと戸口から出て来てそう言う。
龍久は雪の姿を見るやいなや、心臓が飛び出るほど驚いた。
「いっいや、別になんでもないぞ」
(正直に言えばいいのに……)
葛葉はそう思いながら龍久を睨みつけた。そんな葛葉の事を知ってか知らずか、龍久は顔に苦笑いを張り付けたまま、無理矢理話題を変えた。
「それより雪、腹減ったよ! 早く夕餉にしようぜ!」
「あっうん、分かった……すぐに準備するね」
「それじゃあ、俺はこの辺で……」
葛葉はお茶を一滴残らず飲み干すと、立ち上がって帰ろうとするのだが、その手を引いたのは意外にも雪だった。
「もうすぐ夕御飯だから食べって行ってよ、ねっ葛葉君」
「そっそんな、茶のみならず夕餉まで馳走になる訳には……『神』の食事など私の口には到底……」
「……あっ、ごめんなさい、私の料理なんて口に合わないよね」
「いっいえ、決してその様な事は……」
あんなに困っている彼を見るのは初めてだった。その光景を見て、龍久は小さく微笑むと、葛葉の肩に手を乗せた。
「良いから食ってけよ、雪の飯はうまいぞ」
その日の夕餉は、何時もよりも一人分多かった。
鯛の塩焼気に、鯛の煮物、山菜の御浸し、鯛の澄まし汁、浅漬け。
どれも本当に美味そうで、龍久は舌鼓をした後涎を拭った。
「うお~鯛だ! めでたいぞこれは!」
「えへへっ、はいお酒もね」
そう言うと、雪は鯛のひれ酒を出した。ふぐほどの香りはないが、こくのあるだしが出て大変味わい深い。淡白なふぐとは違って、鯛は主張が激しいのが特徴だ。
「やっぱり熱燗が良いと思って、ついでにちょっと作ってみたよ」
「雪ぃお前の料理は最高だよ、美味いし丁寧だし」
「ほんと、龍久にはもったいないお嫁さんだな!」
嫁、と言う言葉を聞いて龍久と雪は驚いた。
だが徐々に恥ずかしくなって来たのか、頬を赤く染めてついには耳まで真っ赤になった。
「くっ葛葉、茶化すんじゃねぇよ!」
「何の事かな~俺は事実をありのままに言っただけだけどな~」
葛葉は龍久にそう言いながら、恥ずかしそうに頬を赤くしながらも、ほんのちょっぴり笑っている雪の方を見た。
「あっそうだ、今日はねとっておきがあるんだよ!」
雪が話題を変える様に土間の方からざるを持ってきた。
「なんだよ、鯛よりも酒よりもすごい物があるのか?」
「えへへっ、はいっ!」
雪は笑いながら、龍久と葛葉に向かってざるの中身を見せた。
それは小さな筍だった。
まだ小ぶりで、雪の両手に収まってしまう程度だが、筍に違いはない。
既に下ごしらえは完了していて、皮を剥かれはだけた筍が、笹の葉の上に乗っている。
「ほ~、ずいぶん早いなぁ!」
「たっ筍じゃねぇか! どっどどどどうしたんだよこれ!」
「えへへっ、朝にね竹やぶで見つけたんだぁ、龍久初物が好きだから、きっとこれ喜んでくれると思って……」
初物を食べると七五日長生きすると言われて、江戸の人間は初物を好んで食べる。
「雪ぃわざわざ俺の為に……」
掘るのはきっと大変だっただろう、なんだか泣きそうになるくらい嬉しかった。
「ちょっと小さいから焼き筍にしようと思うんだぁ」
「賛成! 早く焼いてくれ雪ぃ」
「龍久お前ちょっとは落ち着けよ」
初物と聞いて興奮する龍久にそう言うが、龍久の高鳴りは収まる所を知らない。
雪が囲炉裏に網を敷いて、その上で筍を焼くのを身を乗り出して見つめる。
筍からじゅうじゅうと音がして、汁が囲炉裏の炭に落ちる度に、ぱちんと火花が跳ねる。そんな光景さえも、良い物だと感じられる。
表面に、ほんのちょっぴり焦げ目が付いた所で、雪は筍を網から上げて三等分に切り分けて、それぞれの皿の上に盛り付けた。
「はい、どうぞお上がり下さい」
「いただきます!」
「ご相伴させて頂きます」
三人は手元のひれ酒を口にした後、それぞれ焼き筍を口にした。
鯛の味わいが口の中で広がり、筍の食感と味を醤油が引き立てている。それがまた言葉にできぬほど美味しい。
「美味い……なんという、『神』の食事はこれほどの物か……」
「大袈裟だよ……、本当は筍御飯にしたかったんだけど、これは小さくて量が足りなかったんだ」
「十分だよ雪、とっても美味いよ」
龍久がそう言うと、雪は嬉しそうに微笑みながら、でもちょっぴり恥じらって言う。
「今度、一緒に筍御飯食べようね……」
「…………」
その言葉に、龍久は直ぐには答えなかった。首を傾げながら葛葉が声をかける。
「……どうしたんだ? 龍久」
「……いや、喜びのあまりぼーっとしてた」
「おいおい、しっかりしてくれよ」
そして三人は笑いあった。
とても楽しそうな笑い声が、間もない春の夜に木霊した。
「じゃあね葛葉君、また来てね」
葛葉が帰る事になり、雪は玄関口で見送っていた。
「もったいないお言葉で御座います雪様」
「俺、ちょっと葛葉を送って来るから」
そう言って葛葉と龍久は暗い夜の山道を下り始めた。二人の背中が見えなくなるまで、雪は手を振り続けていた。
「……それで、俺に何の様なんだ?」
「えっ……やっぱりばれてたか……」
空を飛ぶ事が出来る葛葉をわざわざ送る必要は無い、そうなると何か話があるのだろう。
「いやあ、なんか俺ばっかり雪に良い思いさせてもらって悪いからさ……お礼って訳じゃねぇんだけどさ、明日なんか甘い物でも買ってきてくれねぇか?」
「か~、上等な着物とか鼈甲の櫛とか言えねぇのかお前は」
「そんな金、逆立ちしても出てこねぇよ……、なっ頼むよ葛葉、俺じゃ菓子屋までは遠くていけないんだ」
「分かった分かったよ、まぁ俺もご馳走になってしまったからな、最上級の菓子を買って来てやるさ」
「……ありがとう葛葉」
葛葉はふわりと宙に浮かんだ。龍久はそれを黙って見上げていた。
「じゃあまた明日、何時もの場所でな」
「……ああ、また明日」
「あっ……龍久、今日話した『夜叉』の事だが……忘れてくれ、あれは俺の取り越し苦労だったみたいだ」
今の雪が『夜叉』のはずがない。葛葉は彼女と接してそう確信できた。
龍久は小さく微笑んで、深く頷いた。
葛葉はそれを見て、星が輝く夜空へと飛んで行った。
「お帰り、もう寝る準備できてるよ」
「ああ、ありがとう」
居間に布団が二人分引いてあった。雪が龍久の布団に潜り込んで以来、居間で別々の布団で寝るという事で、どうにか落ち着いた。
「なぁ雪……ちょっと」
「えっ、なに?」
龍久は雪の側まで駆け寄ると、雪の顔に向けて顔を近づける。息がかかるくらい顔を近づけられて、鼓動が早まる。
「……やっぱりそうだ、お前背が少し伸びたよ」
「えっ……背?」
「うん、伸びた絶対伸びたよ」
「そんな事言ったら、龍久は髪がすっごい伸びたじゃないか、一体何時になったら切るの、前の私ぐらいあるんじゃないの?」
「えっそうかなぁ、雪だってその白髪、随分伸びたじゃないか……」
「なに、白髪が長い髪じゃ不満ですかぁ?」
「ううん、すごく似合うよ、綺麗だ」
皮肉のつもりだったのだが、とんでもない言葉が帰って着て雪は戸惑ってしまった。頬を湯気が出るくらい紅くした。
「もううるさいなぁ龍久はぁ! 早く寝るよ」
そう言って雪は先に布団の中へと潜り込んでしまった。
龍久はそんな雪を見て、小さく微笑んで行灯の元へと近寄る。
「……お休み雪」
「お休み龍久……」
そして、家の明かりは消え、夜は深まって行った。
***
まだ動物も眠っているであろう早朝。
土間では、龍久が一人出かける支度をしていた。笠を深くかぶり、今は靴を履いている。
(……順番間違えたな、先に靴を履くんだった)
笠が邪魔で視界が悪く、なかなか靴を履く事が出来ない。
後ろの居間では雪がまだ眠っているので、起こさない様になるべく静かにしている。
(ああ、履けた履けた……次は左っと……)
龍久が今度は左足で格闘を始めた時だった。
「…………」
その後ろに、まるで幽霊の様に佇む雪の姿があった。
薄暗く顔の表情は読み取れない、更に龍久はその存在に気が付いていない。
「…………」
そしてその細い手を伸ばしたかと思うと、龍久の首目掛けて腕を回した。
「――っ!」
驚き声も上げられない龍久、首を締め上げられて、ようやく雪の存在に気が付いた。
(まさか、そんな……)
「……たぁつひぃさぁ」
冷たく、感情の読めない声が龍久の耳に吹きかけられる。それが指し示す物が一体何か龍久はようやく理解できた。
そして雪はその口の両端を吊り上げて、微笑んだ。
「……あはっ」
それはまるで――『夜叉』の様だった。




