表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪華散りゆき夜叉となりて…  作者: フランスパン
第四部 決戦編
60/74

五七話 憤怒の焔

PCが壊れた


 龍久は、言葉を失っていた。

 いや言葉だけではない、思考と呼吸さえも失いかけていた。

 なぜなら目の前に、絶対にあり得るはずのない光景があったからだ。

「……なんで、二人……」

 結界の向こうに玉藻、マジックミラーの向こうに玉藻。

 今この場に二人の玉藻が居た。

 これも陰陽の術なのだろうか、こうやってまた惑わすつもりなのだろうか、龍久がそう思った時だ。

結界の向こう側に居る玉藻が、青ざめた表情で口を開いた。


「あっ……姉上」


 姉。

 その言葉を聞いて、龍久は酷く驚いた。

「えっ……女?」

 玉藻が女。それは衝撃だった。中性的な顔立ちだとは思ったが、まさか女性とは考えもしなかった。

 よく見ると前髪の分け方が左右反転で、隠している眼も違う。まるで鏡合わせの様に逆だった。更にこちらは紫の水干だが、向こうは白い着物に紫の羽織りと、衣がまるで違う。

「一体、どういう事なんだよ……」

「見たままだ、龍久……」

 全く理解できない龍久に、喉を修復し終わった葛葉が語り掛ける。まだ完全ではないのか少しだけ声を出すのが辛そうだった。

「俺達陰陽師の使う術は多種多彩だが、五行つまり木・火・土・金・水にはそれぞれ相性がある、俺なら水と言う具合で水に近い物海水や氷を操る事は出来るが、その他の属性火や金を操る事は出来ない……これは人間が操れる属性が、一種類と決まっているからだ」

 様々な術があるが、五行。この世を構成している五つの属性だけは、一人一種類と言う決まりがある。

 これはその身に宿る魂と肉体に関連していると言われており、一人の人間が複数の属性を使う事は不可能だと、過去の陰陽師達が結論を出した。

「では葛葉殿、つまりこいつらは……」

 斎藤の問いに葛葉は深々と頷き答えた。


「玉藻は初めから二人居たんだ」

 

 平助を殺し山崎の死体を操って、富士山丸を襲撃した玉藻。

 菊水の腱を斬って監禁し、宇都宮城に現れて陽元と行動していた玉藻。

 この二人は、初めから全くの別人だったのだ。

「思想がまるで違くて当たり前なんだ、なんせ全くの別人なんだから……畜生もっと早く気が付いて居れば……」

 確かに菊水と小鈴は陰陽師であるという事と、髪型と刺青があると言う事しか言って居なかった、それがどちらの眼であるかは言わなかった。

「てめぇ、ずっと俺達を騙してたのか!」

 龍久は目の前の紫の水干を着た玉藻に言う。記憶が確かなら、こいつが宇都宮城で会った玉藻のはずだ。

「ふ、ふんっ……私は名乗った覚えなどないぞ、貴様が勝手にそう呼んでいたのだろうが!」

 菊水も小鈴もこの陰陽師の名前は知らなかったし、陽元もずっと名前で呼んでいなかった。当然だ、こいつは玉藻とは名乗っていなかったのだから。

 龍久は向こうに居る、自分から玉藻と名乗った陰陽師へと視線を移した。



「お父さん……お父さん……」

 雪は菊水の体に縋りついて、必死に呼びかけていた。

 だがいくら体を揺らしても、答えてはくれない。

「もう一回名前を呼んでよぉ、ねぇ……お父さん」

 菊水の眼はほんの少しだけ開いていて、黒い瞳が良く見えた。まだ体だって暖かい、すぐにでもまた頭を撫でてくれそうだった。

 もう雪には、目の前に居る土方と陽元はどうでも良い存在になっていた。

 そんな彼女の元に玉藻が近づいて来た。雪の後ろまで来ると、手を伸ばした。

「雪様」

 玉藻はそっと菊水の眼に触れると、瞼を閉ざした。その手はとても優しくて、敵意など何一つなかった。

 そして雪へと語り掛ける。


「お父様を眠らせて差し上げましょう」


 それは菊水が死んだ事を意味するものだった。

 雪はそれを聞いて、ようやく彼が死んでしまった事を理解した。

「あっ……ああ、おとうさぁん……」

 薄い色の瞳からいくつもの涙が毀れて行く、それは徐々に量を増して行き、止まる事を知らない。

 小さな体を震わせる彼女の肩を、彼女はそっと抱き寄せた。

 そこには富士山丸で見せた凶悪な陰陽師の顔ではなく、一人の人間として彼女を心配する慈愛に満ちた顔があった。

「泣いて良いのです、家族を失った時に涙を流すのは、当たり前の事です」

 家族。その言葉はとても優しくて、雪の中へと溶けていく様だった。

「うっうあっあああ、うあああああああああん」

 雪はまるで稚児の様に声を上げて泣いた。

 その慟哭は、胸に突き刺さる刃物の様だった。鋭利な小刀でも突き刺された様に、胸が苦しくなる。

 玉藻はそんな彼女を抱き寄せて、深く深く抱きしめた。

 雪の涙で胸元が濡れるが、そんな事気にしない。まるで子供を抱く母親の様に、ただ雪を優しく抱きしめていた。

「…………」

「…………くっ」

 二人の目の前には、兼定を降ろしただ二人を見下ろす土方と、雪を連れて行こうとしている陽元が居る。

 玉藻は土方を見つめ、彼に敵意がない事を悟ると、陽元を睨みつけた。

「ひっ……」

 顔は全く自分の主と同じだが、その視線から送られる圧は比べものにならない。

 陽元の様な小物でも玉藻の実力を理解する事が出来た。

「去ね」

 たった一言。玉藻は陽元に向かって言う。だがそれは彼には十分すぎる物だった。

「ひっひいいいいいいっ」

 陽元は一目もはばからずに、この部屋から逃げて行った。

 それには負け犬と言う言葉がふさわしかった。

「愚か者、この世で最も貴きお方を……」

 玉藻は菊水の亡骸を見ながらそう呟いた。そして雪の頭を数回撫でると、自分の紫の羽織を掛けて立ち上がった。

「そこに居るのだろう、出てこい」

 鏡に向かって玉藻は強い口調で言った。当然鏡が返事をするはずもなく、無言の時が流れた。

 解がない事を理解した玉藻は右の拳を握った。

「出てこいと、ゆうておるだろうがぁ!」

 瞬間右手に炎が宿る。それはどんどん膨れ上がり、とうとう二丈はあるかないかの大火となった。

 玉藻は鏡に向かって走った、そして炎の拳で思い切り鏡を殴った。


 刹那、鏡が溶けた。


 鏡に熱が伝わり、玉藻が殴った周辺から音を立てて溶けて行く。

 その熱風がマジックミラーの向こう側にいた、龍久と斎藤と葛葉を襲う。

「あっあつっ!」「下がるんだ龍久!」「無茶苦茶だぁ、摂氏三〇〇度は超えるだろう!」

 三人が熱風から逃げ惑い、部屋の奥へと避難する中、ぽっかりと空いた穴から玉藻が見下ろして来た。

 あまりの熱で、その周辺が歪んで見えた。

「……この二〇年まともに顔を見ていないと思えば、よもやこんな所に居ようとは」

「きっ貴様がなんでここに……多重結界に閉じ込めたはずだぁ!」

「ああ閉じ込められていたとも、富士山丸で爆発した後、お前が『式神』を全て破壊して結界を張ったせいで……私はこの数ヵ月外に出られなかったとも」

 どうやらあの陰陽師は葛葉の『式神』だけではなく、玉藻の物も破壊していたらしい。この数カ月本物の玉藻が現れなかったのは、彼からの妨害のせいだった様だ。

「お前は子供の頃から、人を騙して貶める事に関してだけは才があったなぁ」

「黙れ、この糞アマぁ!」

 そう玉藻に向かって吐き捨てた後、陰陽師はそれを酷く後悔して、口を押えた。

 思わず言ってしまったこの言葉は、玉藻には言ってはならない物だった――。

「アマ……だとぉ」

 玉藻は眉を吊り上げて、その怒りを露わにする。元々怒っている所に余計に怒らせる事をしたのだ、最早止めようがない。

 右手に再び炎が宿る。それは先ほどよりもずっと大きくて美しく輝く炎だった――。

「この愚弟がぁぁぁぁぁ!」

 陰陽師に叫びながら、玉藻はその炎の拳を振り上げた。

 かなりの熱量を持つその拳からは、まだ距離があると言うのに熱風が感じられる。温度だけなら、摂氏五〇〇度は超えるだろう。

「ちぃぃ!」

 陰陽師はすぐさま右手を突き出すと、床下に隠しておいた二振りの刀を操る。床板を突き破り、刀の切っ先が顔を出したのはちょうど玉藻の真後ろで、死角である。

一応結界は張ってあるのだが、彼は知っている。この化物相手にこんな結界は役に立たないという事を――。

「死ねぇ、糞アマ!」

 陰陽師がそう言いながら右手を振り下ろすと、一対の刀が左右から襲って来た。

玉藻の『式神』には痛覚がある、傷つけられれば当然痛がるはずだ。その隙に強力な一撃を入れる。そう思い、刀を操った。

 刀は玉藻の肩を貫き、背中を切り裂いた。

 しかし、玉藻は一歩も引かずに陰陽師に向かって殴りかかって来た。

「なっ――」

 驚きの声を上げた時には――既に玉藻は目の前に居て、その拳を振るっていた。


 拳が顔面に炸裂した。


 重い一撃は、結界を突き破り陰陽師の体に拡散していった。

 陰陽師の体は衝撃に抗う事は出来ず、そのまま床に一度叩き付けられた、しかし衝撃がすさまじくそのまま吹っ飛ばされ、壁に激突してどうにか止まった。

「こんな痛みなど、雪様の痛みに比べればどうという事などない……」

 玉藻は雪の方へ眼を向けた。父親を目の前で失った雪は、声を上げて泣いている。

 陰陽師が吹っ飛んで行った方向に視線を移して、酷く冷めたい目で見詰めながら実の弟に向かって言い放った。

「殺す」

 その視線は、とても冷やかだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ