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雪華散りゆき夜叉となりて…  作者: フランスパン
第四部 決戦編
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五二話 湖面に浮かぶ屋敷

 蛇の案内で辿り着いたのは、会津郊外の一軒の屋敷だった。

 周りを森に囲まれており、何よりも奇怪なのが湖の上に立って居ると言う事だった。

「……あれが、玉藻の隠れがなのか?」

 屋敷から半里ほど離れた小高い丘から、龍久は見下ろしていた。

「あれは俺の一族の拠点の一つだった所だ、もう一〇〇年以上前に投棄されて今は使って居ないものだったんだが、まさか玉藻の野郎が勝手に使うなんて……家賃払えよな!」

 『神の血族』を探す為の東の拠点だったのだが、この地にはいないと分かるとそれを投棄して、新しい土地に移ったのだ。

 しかし、今だ陰陽師達が施した術や絡繰りは健在だろう。これは慎重に行動しなければならなかった。

「どう攻め入るんだ、相手はあの『鬼』を使うんだろう? 普通の策じゃかてねぇぞ」

「そうだ、あれは俺達では殺す事が出来ない」

「まあ待て、それもちゃんと考えてある」

 葛葉がそういうと、その言葉を待って居たかの様に、木の陰から幾つかの人間がやって来た。

「誰だ!」

 身構える龍久、だがそんな彼の前に現れたのは、緋色や水色の袴を穿いた巫女たちだった。皆年頃の娘で、何より美人であった。

「大丈夫だ龍久、こいつらは応援の『式神』だ」

「しっ『式神』! この女全員か!」

 一〇人ほどの巫女達は、微笑みながら会釈した。その仕草は人間そのものだった。

「これも葛葉みたいに術者が居るのか?」

「いいや、これは自立している奴だ、自分で考えて行動できるし、命令すればある程度の事は出来る……服を脱げって命令すれば脱ぐぞ」

「ばっばっばか! こんな時に馬鹿な事言ってるんじゃねぇよ!」

 確かに随分艶っぽい女ばかりで、男心をくすぐる物があるが、今はそれどころではない。

「まぁこいつらは借り物だから、傷物にされると俺がねちねち怒られる、龍久君がぁどうしても欲求不満でしょうがないって時はぁ、俺が絶世の美女を一体作ってやるよぉん」

「大きなお世話だぁ!」

 龍久の叫びを気にも留めず、巫女の一人が葛葉に手渡した。それを受け取ると広げて目を通した。なにやら深刻な事が書いてあったのか、苦い顔をした。

「なんだ、何か書いてあったのか?」

「……いやこいつらを貸してくれた俺の知り合いが江戸城に居るんだ、そいつが殿下を城で見かけて、江戸にいる事が分かったんだが……」

「じゃあまた雪の情報か? 雪はどこに居るんだ!」

「いや、殿下の情報ではないんだが……」

 葛葉はどうも言いにくそうだったが、しばらく考えて意を決して答えてくれた。


「沖田と原田の死亡を確認したと、そう書いてある」


 その言葉に土方と斎藤も驚いた様子だが、それ以上に驚き困惑していたのは龍久だった。

「なっなんで、原田さんまで……」

「……上野戦争の時に原田は『彰義隊』に参加して、どういう経緯で死んだか分からないが戦死したそうだ、沖田はそれから数日後に病死したそうだ」

 上野戦争といえばもう三月は前の話だ、そんな前に亡くなっていたのに、今更そんな事言われても何もできない。龍久はどうしようもない口惜しさに襲われた。

 何も出来なかった自分が腹立たしくて仕方がない。

「……龍久、おめぇが気に病むんじゃねぇ、総司を置いて行ったのは俺だ、原田も自分で新選組を去ったんだ……お前が責任を感じるんじゃねぇ」

「でも、俺本当に何の力もなくて……」

 何も出来ない自分に落ち込む龍久の頭に、土方は小さく拳骨を喰らわせた。前に殴られた時よりもずっと弱いが、頭に響く痛さだった。

「おめぇは少し、なんでも背負いすぎる所がある……、新政府軍の事もあの女の事も、お前はどっちも背負おうしている、でもな、いくら男の背中がデカくてなんでも背負えるって言っても限度ってもんがあるんだ、このままなんでも背負いこんじまったら、いつかお前がつぶれるか、背負ったもんが全部落っこちちまう……それじゃあ意味がねぇだろう?」

「はい……でも、俺は……」

 そう切り出すが、再び土方が拳骨をした。今度は先ほどより強い。

「良いから、今は目の前の事だけ考えろ! お前が今するべき事はなんだ!」

「はっはい! たっ……玉藻を倒す事です」

 そうだ、今は仲間の死を嘆く時ではない、玉藻を倒さなければならないのだ。こんな迷いのある心では、刃が鈍ってしまう。

 龍久の眼に、強い闘志と心が宿る、それを見て土方と斎藤は小さく笑った。

「……はいは~い、あつ~い少年誌の様な展開はこれ位にして、ちょっと葛葉君に注目してくれませんかぁ~」

「……おめぇは普通に喋れねぇのか」

「良いんです、これが数一〇〇年後の流行りなんです、俺は流行の最最最先端を行ってるんですぅ~」

 葛葉は咳払いをすると、ようやく本題へと入った。

「こいつらを借りて来たのは、お前達に『呪』を掛ける為だ」

「『呪』って、俺達を『夜叉』にするのか?」

「そうじゃない、お前達の刀で『鬼』を斬れる様にするんだ」

「そんな事が出来るのか! なんでもっと早くやらねぇんだ!」

「これには準備が掛るんだ、あの『鬼』はこの『階』の物ではない、この『階』の刀では斬る事が出来ないんだ」

 『鬼』は玉藻が『呪』を掛けて『式神』にした物で、元は妖や死者の霊魂である。そう言ったものは、この『階』の刀では斬る事が出来ないのだ。

「そう言う物を倒すには、陰陽の術を習得するか、あるいはこの『階』以外の刀を使うかのどちらかだ……しかし一時的ならば、お前達の刀に『呪』を施して斬れる様に出来る」

「効果はどれくらいだ、あまり短けぇと不利だぞ」

「夜明けまで、つまり今夜までその効果は続く……決着をつけるならば太陽が昇るその時まで……」

 一晩だけでも『鬼』が斬れれば、かなり戦況は変わる。

 今まで斬っても死なないあの『鬼』共のせいで、こちらは不利な状況になっていたのだ。これでまた大きく玉藻に一矢報いる事が出来る。

「少し時間をくれ、すぐに『儀式』に入る」



 巫女達は、丸太を組み上げて大松明(おおたいまつ)を作った。

 その側にはどこから持って着たのか、硝子の器に淹れられた水と、数本の(さかき)の枝が花瓶に入れられていた。

 龍久はそれをただ黙って見つめていた。

「……龍久水だ、飲むと良い」

 葛葉が竹筒を手渡して来た、中には冷たい水が入っていて、蒸す夏の日には格別の馳走だった。

「……よく働くなぁ」

「式神だからな、主人に対して文句は言わないさ」

「……なぁ葛葉、俺前々から聞きたかったんだが、お前と玉藻はどうして争ってるんだ?」

 元をたどれば同じ一族なのに、なぜ二人が争っているのか改めて疑問に思った。

「長い事分裂していたから考えたかが変わったと言うのもある、今では俺と玉藻以外にも幾つか派閥があるしな」

「……どうして葛葉は、雪や菊水さんが『天皇』になるのに反対なんだ? 玉藻はそっちの方が良い未来になるって言ってるんだろう?」

 元々陰陽師達は、『神の血族』を『真の天皇』として即位させることを目的としていたはずだ。それなのに葛葉はそれとは違う考え方を持っていた。

「俺はお前達陰陽師がどんな未来を夢見てるのか分からない……でも、未来が良い方に向かうなら、そのようにした方が良いと思う……あっでも玉藻には雪を渡したりしないぞ」

「……ああ、もしかしたらよい未来になるかもしれないし……ならないかもしれない、俺達がしようとしている事は、あまりにも曖昧なんだよ」

 たとえ玉藻や葛葉が理想の未来を求めて、『異点』や『特異点』を使って運命を変えたとしても、意図せずに誰か未来を更に変えてしまうかもしれない。

 陰陽師達は、あまりにも曖昧な理想の元に動いているのだ。

「俺達陰陽師はな、歴史を勝手に都合がいいように変革して、地位と権力を築き上げて来た……でも本当はいけない事なんだ、人間が勝手に未来を変えるのは、自然の流れと言う物に逆らう罪なんだ」

 人の手にはどうしようもない流れと言う物が、この世にはある。『運命』もまた、その流れの一つだ、その流れを変えるには、それなりの咎を背負う必要があった。

「俺達がそれに気が付いたのは、もう随分たった後だった、既に罪は背負いきれないほどになっていた……、でも俺達はその罪に問われる事はなかった」

「どうしてだ? 許してくれたのか?」

 葛葉は首を横に振った。そして哀しそうな表情で、その続きを話してくれた。


「俺達の子孫の一人が、その咎を背負うんだ」


 数一〇〇年、歴史を陰で操って未来を操作した、陰陽師の一族達の罪を背負ったのは、たった一人の犠牲だった。

 改変した未来の数は、一〇〇や二〇〇では済まない。幾年月もかけて、幾人もの陰陽師達が行った身勝手な『運命』の変革を、たった一人の人間が背負うのだ。

「気が付いた時にはもう遅かったんだ……俺達にその未来が視えた時には、もうなにかもが手遅れだった……」

「咎って何なんだ、その子は死ぬのか?」

「死よりも恐ろしい事らしい……俺には想像できないよ」

 想像など出来るはずもなかった、数一〇〇年分、数一〇〇人分の咎を、たった一人の人間が背負うのだ。それがどれほどの苦しみか、どれほどの恐怖か、想像など出来ない。

「『異点』を使って未来を操作すれば、その分その子の咎が増えるんだ……『特異点』など使ってしまえば、その子にかかる咎の量はより増してしまう」

「それじゃあ、玉藻はそれを承知でこんな事してるのか?」

 雪や菊水、あるいはその子供が『皇位』に着いてしまえば、葛葉と玉藻の子孫の咎が増えてしまう。玉藻はそれを分かってこんな事をしようとしているのだ。

「たった一人の犠牲で済むと考えてるんだろうさ……この先の未来を全て改変出来るならば、犠牲も止むおえないんだろう」

「……でも、葛葉は違うんだろう?」

 葛葉は玉藻を止めようとしている。名前も顔も知らない、その子孫の為に――。

「……俺も初めは玉藻と同じ考えだった、でも何の関係もない子孫がその咎を背負う事なんてないはずだ……、本当はもう遅いんだ、もう数一〇〇年分も溜まってるのにさ、今更俺だけがその子を守ろうとしても、何の意味もないのになぁ」

「……そんな事ないよ葛葉、すごく立派な事だ」

 未来の事を考えられるのは、すごい事だと思う。例えもう遅かったとしても、たった一つの改変分だけその子が救われるなら、救ってあげた方が良いに決まっている。

「葛葉はその子の為に、出来るだけ未来を変えたくなかったんだな……、それなのに平助を助けようとしてくれて……」

「よせやい、藤堂の事は本当に悩んだ……だから式神を使って、表向きは死んだ事にしようと思ったんだけどなぁ……結局失敗だった。でも失敗して安心した自分が居たんだ」

「……うん、でもありがとな、葛葉」

 平助を救おうとしてくれただけでも、龍久は嬉しかった。素直に気持ちを伝えただけなのだが、葛葉は気恥ずかしいのか顔を逸らした。

「葛葉、俺……雪もお前の子孫も助けるよ、約束だ」

「………さあ、準備終わったぜ、行くぞ龍久!」

 そう言って葛葉は足早に、祭壇へと向かう。だが龍久は気が付いていた、彼が少し嬉しそうに笑っていたのを――。



 大松明に火を入れて、葛葉は榊の枝を一本手に持った。

「刃を上にして、そいつらに預けてくれ」

 言われるがままに、三人は式神に刀を預けた。巫女はそれを大松明の前の小さな祭壇に並べると、硝子の器に入れられた水をほんの少しずつ丁寧に、一本ずつかけていく。

 そして葛葉は祭壇の前に立つと、榊の枝を胸の位置で持ち『呪』を唱え始めた。

《水に宿りし御霊 邪を清め賜え 炎に宿りし御霊 魔を祓い賜え

 鬼を斬り魔を滅す 破魔の力よ刃に宿れ この世ならざる者を斬る力を与え賜え》

 榊を振るい、刀を一本ずつ撫でてゆく。その度に水の粒が飛び跳ねて、炎の中へと消えてゆく。当たり前の光景なのだが、なぜか龍久にはその光景がとても神聖な物の様に感じられた。

水霊邪祓(すいれいじゃばらい) 火霊魔祓(かれいまばらい) 魔滅御剣(まめつみつるぎ)

 最後に叩き付ける様に榊の枝を振り下ろすと、一瞬刀が淡い光を帯びた様に見えた。

 呪文を唱えると、巫女が刀を持って戻って来た。

「……これで本当に『鬼』が斬れるのか?」

 特に何も変わっていない、刃が変わった訳でも、形状が変わった訳でもない。

「保障するぞ、術は間違えなく成功だ……ただし効果は先にも言った通り夜が明けるまでだ、それまでに玉藻を倒さなければならない」

「それだけあれば十分だ」

 四人は半里先の屋敷へと向かった。湖の上に佇んで居る、幻想的だが不気味な建物。

 そこに一本だけ伸びる様に、橋が架かっていた。

 時折湖の波で浸水しており、長年放置されていたのが目に見える様に、所々朱色の塗料が剥がれたり、木が腐っている所があった。

 橋を進んで行くと、屋敷の門が見えた。瓦が割れ所々塗装が剥げているが、造りが良いせいか崩れる気配はなかった。

「この門をくぐる前に、お前達にこれを渡しておく」

 そう言って葛葉が渡して来たのは、一寸ほどの小さな木の板だった。

 一見は根付の様にも見えるが、それにしては紐がなく、上に星が描かれ、その下にはよく分からない絵の様な文字の様な物が掛れていた。

「なんだこれは?」

「『呪符』だ、『霊符』とも言うがこれは『護り』の『呪』を掛けたので『護符』と言った方が分かりやすいかもしれない」

「これが何か役に立つのか? 葛葉殿」

「まぁ、ちょっとした厄災から身を守ってくれる……、ただ期待するなよ、これはほんの気休め程度だ、これは俺なりの保険だから身に着けてはおくが、無い物として扱え」

「……なるほど、俺達を守れねぇかもしれねぇのを少しは気にしてるんだなぁ、おめぇ」

 あくまでも葛葉が優先するのは、龍久の安全だ。もし三人が同時に襲われる様な事になれば、葛葉は真っ先に龍久を助ける、だが、もしかしたらこの『護符』が二人を救うかもしれないと言う、葛葉が出来る精いっぱいの事だった。

「うるせぇやい、いいから行くぞコノヤロー!」

 葛葉はそういうと、門を開けた。古い蝶番から嫌な音がするが、なんの邪魔もなく門は開け放たれた。

「玉藻にお前達の事が悟られぬ様に、『護符』に『呪』を掛けて置いた、とりあえず玉藻が俺達の侵入に気が付くことはないが、目には映るから見つからない様に慎重に行くぞ」

 先頭は葛葉が進んだ、高下駄の音を警戒して一尺ほど宙に浮きながら先へと進んだ。その後に、なるべき音を立てない様に土方、斎藤、龍久の順で続く。

 門を潜ると、豪華な玄関があった。靴は脱がずにそのまま更に奥へと進むと、全面床の大きな広間があった。

「すげぇ、藤堂村の屯所の道場よりも広い」

「ああ、なんという広さだ、これほどの建造物を湖の上に建てるなど……」

「感心してるんじゃねぇ、ここは敵の本陣だぞ」

 土方の言う通りここは玉藻の隠れ家であり、陰陽師が建てた屋敷なのだ。

「そうそう、ここには色んな絡繰りや術が仕掛けてあるんだ、油断なんかするんじゃ――」

 葛葉が注意を促した時であった。

 彼の一歩後方を歩いていた三人の足元が突然光り輝いたかと思うと、一瞬にして目を開けていられぬほどの眩い閃光となった。


 瞬間、三人の姿が消えた。


 それはまさに一瞬の出来事であった。

 声を上げる暇さえなく、三人とも光の彼方へと消えてしまったのだ――。

「あっあっああ……」

 葛葉は言葉を出す事が出来なかった。注意を促しているまさにその時に、この屋敷の罠に嵌るなど、最早絶望を通り越して笑いがこみあげて来る。

「なんだよこの展開はぁ! やっすいコントかこの野郎! こういうなぁお約束なんていらねぇんだよこんちくしょー!」

 三人が立って居た場所には、転という文字を丸で囲んだ光る図形が三つあった。

 これは昔の陰陽師達が、部屋から部屋への移動を楽にする為の物なのだが、これはあくまでも陰陽の術を知り尽くした者が使う物だ。

 もしも術が使えない物が使用した場合、どの部屋に行くかなど分からない。

「くそうまずいぞ、土方と斎藤はきっとどうにか生き延びられるだろが、龍久が問題だ……あいつがこの屋敷で一人で生き残れるなんて到底考えられない!」

 真っ先に殺されてしまうだろう、とにかく龍久を見つけなければならない。

 葛葉が龍久を見つける為に、次の部屋へと行こうとすると、そこらじゅうの闇と言う闇から『鬼』がわらわらと出て来た。

 どうやら侵入者を撃退する番犬の様なものらしい。

「……次から次へと面倒なぁ、そこを退きやがれぇ!」

 瞬間葛葉の両腕に水が集まり、二本の槍を形成する。それを『鬼』に向かって投げた。

 槍は胸を貫き、『鬼』は絶命する。倒しても直ぐに別の『鬼』が現れるが、その度に葛葉はそれを撃ち滅ぼしながらも進んだ。

「俺の邪魔をするなああああああ!」



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