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雪華散りゆき夜叉となりて…  作者: フランスパン
第三部 維新編 
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四九話 一つの希望


「五〇〇年前の……『天皇』の子孫」

 葛葉は掻い摘みながら、藤田達に状況の説明をした。『神の系譜』と自分達陰陽師の事。

「……なぁ、色々複雑だろう?」

「いや、様は今の『天子様』には何のお力もなく、古来よりある『神の力』とやらを持っているのは、こちらにいらっしゃる菊水様と、その娘である雪み……雪で、お前たち陰陽師からすれば、『力』を持っている方が本来の『天皇』であるからそちらを即位させて、お前たちだけが知っている未来の事柄を書き換えたい、そして葛葉、お前は他の陰陽師と違いそれを阻止しようとしている……とまぁ、こんな感じだろう?」

 藤田はまるで呪文の様にスラスラと言って見せた。昔から思っていたのが藤田は――。

「へぇ、龍久君のお友達の割には頭が冴えるみたいで、類は友を呼ばない事もあるんだな」

 皆まるで夢物語の様な話を聞かされて、酷く驚いている。藤田はため息をついて、頭を掻き毟った。

「はぁ……それで、その敵の陰陽師の目的は何なんだ、お前の話じゃ、陽元を陰で操っているのはその陰陽師らしいじゃないか」

「あっああ、俺は宇都宮城で玉藻と陽元、それに捕らわれていた菊水さんを助けたんだ」

 だがここで一つの疑問が龍久に浮かんだ。

「なぁ葛葉、菊水さんは『天皇』なんだろう? 『内親王』より『天皇』の方が偉いのは、当たり前だ……玉座にふさわしいのは父親である菊水さんだろう、なのにどうして玉藻は雪を狙ったんだ?」

 龍久はてっきり、この世に『神』は雪しかいないのかと思っていた。しかし菊水は此処に存在している、もちろん『神』は全員手の内に置いておきたいというのも分かるが、玉藻は既に菊水を捕らえていた。ならば玉座には菊水で十分だ、雪をわざわざ狙う必要は無かったはずだ。

「正直俺は玉藻も陛下を見つけていないと思っていた、だから俺の様にまず行方が分かっている殿下を保護して、それから陛下を探すのかと思っていたのだが……どうやら違ったらしい……その理由は俺には分からないが、陛下、貴方はご存じなのではありませんか?」

 一同の視線は、菊水へと向いた。

 だが菊水は酷く顔色が悪く、下を向いて口を堅く閉ざしていた。

「菊水さん、知っていたら教えてください! どうして玉藻は雪を狙ったんですか!」

「……それは……」

 しばらく黙った。そして何かを決意して口を開こうとするのだが、言葉が出ない。

 そして菊水は十分に時間を取ってから、本当に小さな声で語り始めた。

「あいつが教えてくれたんだ、僕に……娘がいるって……」

 龍久は黙ってそれに耳を傾けていた、その次の言葉を全く予想などせずに――。


「そして、その子に僕の子供を孕ませろと言って来たんだ」


「なっ……なん!」

 龍久は言葉を失った、怒りの言葉さえ口から出てこなかった。

 自分の娘と子供を成せなど、それは人の言う言葉ではない、しかもそれを玉藻が菊水に対して言ったとなれば、龍久の胸に彼に対しての怒りが爆発する。

「ふざけるなぁ……そんな非道な! 親子だと知ってそんな事……」

「そうだ、なぜそんな事をさせるんだ!」

「そりゃ『神』を作る為だな……」

 荒ぶる龍久と藤田に、葛葉は納得した様にそう言った。

「どういう事だ、もうこの人も雪も『神』なのだろう、なぜわざわざこの二人で子を成す必要があるのだ?」

「……それは殿下が『女』だからだ」

 納得できない面々に、葛葉は説明を始めた。

「お前達も知っているだろう、『女系天皇』を」

 

 『女系天皇』は、母方が皇統である天皇の事を指す言葉だ。

 しかしこの『女系天皇』は存在しない、神武天皇の時代より皇位を継承してきたのは、男系であり女性が継承した場合でも、それは『男系女性天皇』あるいは皇后が継承するので、例え『天皇』の血を受け継いだ母を持った男でも、それは『女系男性天皇』である為、皇位を継承する事は出来ない。

「殿下は陛下のご息女、王位継承権はあるが、それ以降のつまり殿下の子供はそれがない、それではこれから『神の血族』が玉座に着くのが難しくなる」

 もしも『女系天皇』が王位につくと、それと同時に二五〇〇年続いた天皇家が終焉して、新しい王朝の誕生となってしまう。

「これから国民に真の神ですと売り込むのに、それが『女系』になってしまうのは示しがつかない……その為には何とかして殿下に『男系』を産んでもうしかないのさ」

「ふざけんなよ! 親子だろう、親に子供を犯せなんて言うのか!」

「『神』は血縁者であろうと関係ない、別に親近相姦など珍しいものでもない」

「そういう問題じゃねぇだろう! 菊水さんの気持ちも考えろよ! 勝手に『神』とか祀り上げて置いて、娘を犯せだなんて……ああちくしょうっ!」

 言葉に出すだけで気持ちが悪い、こみ上げる怒りが食道の辺りで引っ掛かって、龍久の神経を逆なでするようだった。

「お前の言う通りだ龍久、『神』だろうが何だろうが、ここに居る御身の心持ちを尊重しなければなるまい……それを無視して強硬な手段を取るなど、玉藻は陰陽師の恥さらしだ」

「葛葉……」

「案ずるな龍久、俺は陛下に危害を加えようとしている訳ではない……それはお前が一番よく分かっている事だろう?」

 確かにそうだ、今までの葛葉の言動を見ていれば分かるはずだった、龍久はなんだか葛葉に悪い事をしたような気持ちになってしまった。

「……それで、菊水さんは逃げ出したんですね……」

「うん……、どうしてもそれだけは嫌だと泣いて頼んだんだ、でも聞いてもらえなかった」

「くそう、あいつ富士山丸の時は雪を『天皇』にするような事を言っておきながら、腹の中ではこんな恐ろしい事を考えていたのかよ!」

 雪を騙して連れ去って、菊水の所まで連れて行くのが本当の目的で、実際は雪を『天皇』にする気などさらさらなく、子供を作る為の道具としか考えていなかったのだ。

「……確かに可笑しいな、もう少しちゃんとした奴だと思っていたのだが……」

「何言ってるんだ葛葉、これで分かったじゃねぇか! あいつは絶対に倒さなければならない敵なんだ! 俺はあいつを許すわけには行かない!」

 龍久の怒りは既に限界だった。このどうしようもない怒りを、ぐらぐらと腹の底で煮えくり返していた。

「……玉藻」



 四ヶ月前 富士山丸・上空。

「なぜ分からぬ! 貴方なら分かるだろう!」

「分からないね! 分からなくなったんだ!」

 玉藻と葛葉はそれぞれ空を飛びながら、炎と水でぶつかり合っていた。

「もう止めろ玉藻、これ以上未来を操作する事に何の意味がある!」

「ある! この先に起こる絶望の未来を全て回避する事が出来る、この国の為になる!」

「違う、それはただ絶望を先へと追いやるだけだ! 別の形になって必ず襲い掛かる!」

「それも回避できる! 我々の力はそれが出来る、それをする為にある!」

「そんなイタチごっこに、全てを巻き込むなぁ!」

 水と炎の弾丸がぶつかり合い、爆発が起こる。その度に衝撃が肌を掠めて行く。

「何が悪い! 定められた『運命』を、未来を! この手で『変革』して何が悪いと言うのだ、これから先の未来を思い描く事の何が悪い!」

「俺達が干渉する時代は終わったのだ! いい加減諦めろぉ!」

 葛葉は玉藻に向けて水を放つが、玉藻は炎を放って蒸発させた。

 二人は息を荒くして向かい合っていた。

「……葛葉殿、どうして……ほんの少し希望を見る事が罪なのでしょうか」

「…………何?」

 玉藻がほんの少し見せた、哀しそうな表情。それが一体何を意味しているのか葛葉には分からない。

 戸惑う葛葉の周辺で小さな雷がかけ駆け巡っていた。ここは天空、雲と同じ高さであるので、雷雲があっても何ら不思議はない。だがそれが玉藻の周りを囲む様に走っている。

「貴方は陰陽の術をなんだと思っている? この一見奇怪な術とて自然の理を超える事は出来ない……だが逆に言えば自然の理の範疇ならば、なんでもできる……」

「まさか、お前!」

「五行を操る者は、それに近い属性を操る事も出来る……雷は、天の炎でしょう? 水はH2O、それを電気分解によって空気と水素に分けた……」

 葛葉は全てを悟った、ここには自分が使った水がある。玉藻はそれを気づかれぬ様に分解していたのだ。

 そしてこの空間は水素で満ちて、この日ばかりは風もない、そんな所で炎を使えばどうなるのか、葛葉は知っている。

 そして玉藻の右手から、炎の弾が放たれる。

「陰陽の術は科学ですよ……葛葉殿」

 刹那、巨大な水素爆発が起こった。



「おい、おい葛葉!」

「あっああ……」

 上の空になっていた葛葉に、龍久が声をかけた。

「どうしたんだよ」

「いっいやなんでもない……ただ玉藻が本当はそんな事を企んでいたとは……」

 富士山丸の時はもう少し同情できる奴だったのだが、どうやら違うらしい。

「お願いだよ龍久君、僕を、僕をあの子の所へ連れて行ってくれ!」

「えっ……」

「あれじゃ違うんだ、あれじゃ駄目なんだ……かける言葉が違うんだ……」

 菊水は龍久に詰め寄って、自分の右手を見つめた。細い手でまるで女の様な綺麗な手だ。

「でも雪は……もうあんな」

 もう何もかも滅茶苦茶になって、破滅の道へと突き進んで居る様な彼女に、正直親と言えども菊水を合わせるのは気が引けた。

「いや、会せるべきだ龍久」

「葛葉……お前は知らないだろうけど雪はなぁ」

「大体わかってる、大方お前を殺そうとしたんだろう?」

 まるで見て来た様に正確に言い当てていた、酷く驚く龍久と藤田。

「『夜叉』はそういう物だ……大体想像がつくよ……」

「なぁ葛葉、『夜叉』って何なんだ? そもそもどうして雪はあんな風になってるんだ……」

「そうだな、お前に分かりやすく言うと『夜叉』は『鬼』だ……それもただの『鬼』じゃねぇ天竺の『鬼神』だ」

「全く『鬼』やら『神』やら、果ては『鬼神』とは……なんとまぁ伝奇的な……」

 藤田がそうぼやく様に呟いた。確かにすでに御伽噺の域を超えてしまっているだろう。

「良いか龍久、お前は知っているだろう……天満屋の時に、殿下が自分自身に『呪』を掛けたの事を」

「……『呪』? ってまさか」

「そうだ、『夜叉』になる――という『呪』だ……これは非常にまずいんだ」

 天満屋の時雪が口にした言葉、『鬼を倒す夜叉になる』と、確かに彼女は言った。

「普通の人間がそんな事いった所で、それはただの妄言だ……でもこれまた最悪な事に殿下は『神の血族』で在らせられる、そんなものが自ら宣言すれば、それは『呪』になる」

「ちょっと待て小僧、『夜叉』になりたいとか言えば、その『鬼神』とやらになれるのか? そんな馬鹿な事あってたまるか!」

「お前にあってはたまるかでも、あるんだ『呪』は……。『呪』と言うのは『縛り』である、お前が『藤田』という人間で在れるのは、お前自身が『藤田』であるという『呪』を掛けているからだ、お前が『龍久』という『呪』を掛ければ、お前は『龍久』になれる……それと同じだ、殿下が『夜叉』という『呪』を掛ければ殿下は『夜叉』だ」

 龍久には到底ついていけない理論で頭から火が出そうだった。

「陰陽の術を極めればお前達でも『呪』を扱える様になるが、『神の血族』で在らせられる殿下は、その術を知らずとも、自分自身に『呪』を掛けるくらいの事は出来たのだ……そしてあろうことか『鬼神』即ち『夜叉』になるという『呪』をかけてしまった」

「ああもう葛葉、『呪』の話はいいから、どうして雪が『夜叉』になるとまずいんだ?」

「……全く、少しはそのオツムに物事の理を叩き込んだらどうだ?」

「つまり普通の人間が『夜叉』になると言ってもなれんが、雪が言うと『夜叉』、つまり『鬼神』になれてしまうのだろう?」

 呆れた藤田が見かねてまとめてくれた。その表情が酷く憎たらしい。

「この日ノ本の歴史を遡ると、一人『怨霊』あるいは『夜叉』となった『天皇』が居る……名は崇徳天皇」

 今から七〇〇年前に実在した、『天皇』である。

 幼き頃に帝となった。しかしその地位を失い、再び皇になるもそれは権力のない物だった。彼は後に保元の乱と言う戦を起こした、しかし彼は京を追われ讃岐の国へと流される。

 そして、軟禁生活の中で極楽往生を願い、法華経・華厳経・涅槃経・大集経・魔訶般若波羅蜜経の写本を己の血で書き上げて、これを京の寺に納めて欲しいと送るも拒否され、送り返された。それに怒り狂った彼は、己の舌を噛み切り、その写本に『日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん』と書き残し、憤死した。

 それ以降様々な厄災が降りかかり、この国の凶事には必ず彼の怨霊がかかわっていると言われるほどだった。

「『神の血族』はその名の通り『神』だ、『神』の呪いはただの呪いでは済まない、それ自体が自然を操り、厄災となり天災ともなる……、崇徳天皇の時代は、血族は数多く居た、彼にあった『神の力』は何十分の一か、あるいは何百分の一か、その程度で『怨霊』と呼ばれるほどの厄災を引き起こした、だが殿下は違う、今存在する『神の血族』は二人、力は二分の一だ……そんな状態で『夜叉』になればどうなるか、容易に想像がつくだろう?」

『神の力』の量と言うものは決まっている。

 碗一杯の飯を分け合うのと同じ様に、その数が少なければ少ないほど量が多くなる。つまり雪は崇徳天皇よりもずっと多くの『神の力』を有している。

 そんな状態で『夜叉』になればどうなるか――。


「殿下はこの日ノ本を滅ぼす、厄災の『荒神(こうじん)』となる」


「なっ……雪がこの国を滅ぼす?」

 悪い冗談、そう思いたかった。雪は普通の女の子のはずだった、それがこの国を滅ぼすと言われても、龍久は実感がわかなった。

「待ってくれよ、なんでそうなるんだよ……いや例えそうなっても、葛葉ならどうにかできるんだろう? 陰陽師なんだから」

「俺や玉藻、その他この国の陰陽師全てが束になっても勝てない……、『神』と言うのは概念であり、現象そのものに『呪』をかけて形にしたに過ぎない、そんなものに俺達陰陽師程度の人間が、敵うはずがないんだよ……」

 陰陽師は所詮人間だ、一方『神』は自然そのものであり現象であり概念だ。そんなものに小さな人間がどれほど集まったって勝てるはずがなかった。

「この世には『階』という層が存在している……、俺達が居るここは人が住む『階』、その下に死人の住む『階』、そしてこの上に『神』の住む『階』が存在している……それを総称して『界』あるいは『世界』と呼ぶ、これは数えきれぬほど存在し、これ一つ一つ隣接しているが決して交わる事無く存在している」

 三層からなる『階』はこの世界を構築していて、生者が住めるのは今彼らが存在しているこの『階』だけである。

「この『階』には階段がない、だから死者が我々の『階』に足を踏み入れる事は出来ないし、逆に我々が『神』の住む『階』に足を踏み入れる事も出来ない……だが『神の血族』は違う、彼らは『神』が人の『階』に落ちた物だ、それは肉の器を得てこの『階』に存在していられる……しかし彼らは手順を踏むと元居た『階』にシフトする事が出来る」

「手順とは何だ?」

「一つは『儀式』で肉体と魂を一体化させて『神』になる方法、もう一つは魂を呪いで汚し肉体を捨てて『神』となる方法……一つ目の方法は最早失われて存在しない、だが二つ目の方法なら出来る」

 『神の血族』を『神』としているのは、その血と魂である。肉体はこの世にある為の器であり、同時に彼らを人としている唯一のものである。

「ちょっと待てくれよ! 肉体を捨てるってどういう事だよ……それじゃまるで……」

 龍久は言葉に詰まった。そんな事あってはならないと思いながらも、どうにか言葉を発した――。


「それじゃあまるで、雪が死ぬみたいな言い方じゃないか」


 葛葉は龍久から視線を逸らして、答えた。

「……死ではない、肉体はあくまでも肉の器であり、その魂は概念として『神』になる」

「同じだろう! それじゃあ雪は『夜叉』になったら死んじまうのか!」

 興奮した龍久が、葛葉の胸倉を掴む。葛葉はそれでも目を合わせようとしなかった、だがそれが十分すぎる答えになった――。

「ふざけるなよ……そんな、そんなのあんまりじゃないか……どうすればいいんだよ! どうしたら雪は死なないで済むんだよ、葛葉ぁ」

「ちょっとまて龍久ぁ」

「龍久、襟首を掴んだら話したくても話せないぞ」

 身長が縮んだ葛葉は軽々と持ち上がってしまい、襟首を持ち上げて首を絞めていた。

「ああ……ごめん」

「全くお前は少し冷静さを身につけろよ……、確かに状況は悪い、だがお前は此処におられるもう一人の『神』を忘れてはいないか?」

 視線は自然と菊水の方に行く。皆きょとんとしている彼を見つめる。

「玉藻を含めて俺達陰陽師は、正直殿下があんな状態になるとは予想していなかった、あれでは保護する所か玉座に座らせる事も出来ない、玉藻が拒絶されたのだって既に『夜叉』化が進んでいたからだ……つまり玉藻が手元に陛下をどうしてもおいて置きたかったのは、殿下の『呪』を解く為だ」

「葛葉……それじゃあまさか!」

 龍久の問いに、葛葉は深く頷いてその続きを言い放った。


「陛下ならば殿下の『呪』を解ける」


 『呪』を解くというものがどういう物か、龍久の理解の範疇を超えているが、もう『夜叉』ではなくなると言うならば、きっとそれはまだ彼女が笑っていた、あの頃の様に戻せるという事なのだろう――――絶望を振り払う、希望の光が、ようやく見えて来た。

「うん、僕の『手当て』をもう一度あの子に……、今度こそちゃんとした言葉で……」

「撫でるだけで本当に元に戻るのか?」

 右手を見つめる菊水に、藤田が尋ねた。あんな状態の雪に手を当てただけでいいとは思えないのだろう。だが龍久は、あの時雪が撫でられるのを恐れているのを確かに見ている。

「『手当て』は原始的治療法だ、お前らも覚えがあるはずだ母親にたんこぶ撫でてもらうと痛みが引いた事があるだろう? ただの人間でそれぐらいの力があるんだ、『神』である陛下がなされば、どんな病でも治せるし怪我も癒せるだろう、そして『心』も同じ事……」

「『心の病』……か?」

「ああ、少なくとも『夜叉』になっていない今ならまだ間に合う、陛下の『手当て』で殿下の『呪』を解く! 龍久まだ巻き返す機会はある!」

 玉藻はまだ雪を捕らえていない、例え捕らえたとしてもその計画に必ず菊水が必要になる、肝心の彼は此処に居る。

 状況から言えば、菊水を失った玉藻の損失は大きいはずだ。まだ負けてなどいないのだ、むしろこちらが大きく前進している、奴らとの差は大きい。

(雪を元に戻せる……、幸せになれるんだ)

 龍久の脳裏に、あの雪の言葉が浮かぶ。自分が奪ってしまった彼女の幸せ。

 それを、今度こそ彼女に――。

「……絶対に、雪を戻すんだ」

 龍久はそう自分に言い聞かせる様に呟いた。

それが彼に残された、たった一つの償いだった――。




●●用語説明●●

 女系天皇じょけいてんのう

 母親が皇女である皇族。自分が皇族で男性でも、女系男性天皇になるので天皇にはなれない。一時期日本で認める認めないの話が出た事がある。

 崇徳天皇すとくてんのう

 日本三大怨霊の一柱。

 実の父親に酷い扱いを受けて、大魔王になって憤死した人。

 その後京都では色々と祟りが起こった。今でも恐れられている天皇で、現在は荒神としてその荒霊はまつられている。

 ちなみに後の二人は、学問の神様菅原道真と、坂東の英雄平将門。

 (ちなみに皇族が怨霊になる例は、割とある早良天皇とか……)

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