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雪華散りゆき夜叉となりて…  作者: フランスパン
第三部 維新編 
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四八話 天皇陛下


 雨は止み、日は沈んだ。代わりに綺麗な星達が顔を出した。

 南雲家の門に、数人の男達が居た。皆提灯を手に持ち、鋭い形相をしていた。

「では、ここには『彰義隊』の残党はおらぬのだな」

「はい、隅々まで探しましたが、誰もおりません」

 男達は新政府軍だ、『彰義隊』の残党を追って家々を回っている最中である。

「ですからそう申し上げたでしょう……、用が済んだのなら、即刻お帰り下さいませ」

 応対した龍久の母は、そういうと新政府軍の連中を追い返して門を閉めた。

 そして彼らが立ち去る足音を確認してから、母屋のへと入った。

「みなさん、もう大丈夫ですよ」

 そう天井に向かって言うと、天板が外れてそこから藤田と龍久が顔を出した。

「すいませんおばさん、奴らの応対をして貰って……」

「いえいえ、それより早く降りてらっしゃい」

 藤田と龍久は慎重に天井裏から飛び降りた。そして今度は畳を外して、床板をめくった。

「おじさんもう大丈夫ですよ」

 今度は龍久の父と菊水が居た、二人に手を貸して引き揚げてやった。

「別に菊水さんは隠れる必要ないでしょう」

「えへへっ、成り行きでなんとなく……」

「このバカ息子! 今までどこ行ってたんだ、それになんだ、女人まで連れまわして……恥を知れぇ!」

「ちょっ、女人って、菊水さんはなぁ」

「えっ龍久君は女の人を連れまわしてたのかい?」

 なんだかもう説明がめんどくさくなって来た。

成り行きで生家に帰って来てしまった、ここまでくれば話さない訳には行かないだろう。

「お話は構いませんけどね龍久さん」

「なっなんだよ……母上」

 母はしばらく龍久を見つめた、髪が短くなり洋装をしている自分を見て一体何を考えているのか、不安になった。

 しかし母は、こう続けた――。

「とりあえず、貴方達全員着替えなさい、家じゅう泥だらけです」

「えっ……いや今それどころじゃ……」

「特に龍久さん、貴方臭いです、そんな匂いでこの家の中をうろうろされるのは、この母が許しません、早く着替えてきなさい!」

「父上母上、兄さんが帰って来たって本当ですか!」

 虎道が急いでやって来た、ずいぶん急いで居た様で息が上がっている。

「おっおいおい、虎道あんまり走るとまた咳が――」

 止まらなくなるぞと言う前に――、虎道の後ろから一人の少女が現れた。

 歳は虎道と同じか少し上ぐらい、黒髪をしっかりと結い上げて、良い生地の着物を着ていた。使用人ではない、身なりからそう龍久は直感した。

この家に居る全く身に覚えのない少女、それはすなわち――。

「にっ兄さん、彼女がそっそのぉ」

「お前は誰だ」

 虎道の言葉など最早龍久の耳には入らない、この目の前にいる少女がおそらく――。


「ゆっ……雪」


 虎道に嫁いだというこの娘、雪と名乗っているが龍久は知っている、この娘は偽物である。

 陽元が虎道との婚約を推し進めたのだから、赤の他人ではないだろうが、この少女が雪の名を語る事が、龍久には許せなかった。

「嘘を付け、俺は本物の天原雪を知っている……、それはお前みたいな餓鬼じゃないし、ましてやこんな所にはいやしない……、もう一度聞く、お前は誰だ」

「なっ何を言っておられるのですかお兄様、私は雪でございます……確かに貴方とはいろいろありましたが……今更そんな昔の事――」

「違う、お前は雪じゃない……俺の知っている雪はお前みたいな餓鬼でもないし、こんな不細工じゃねぇ…………これ以上俺を怒らせる気か」

 龍久は小さな雪を睨みつけた。その眼光は怒りに満ちている

 その恐ろしさに脅える少女をかばったのは、意外にも龍久の母であった。

「なんです龍久さん、いきなりそんなひどい事を言って……」

「どいてくれ母上、こいつは偽物だ雪じゃない!」

「何を言って居るのですお兄様、私は天原雪です!」

 母の後ろで強く否定する少女、その光景に龍久はイラついていた。

 だから大声で、言い放った。


「雪は雪光で、今は新政府軍に居るんだ! てめぇのはずがねぇだろうが!」


「うっうそ……あの人刺したのに生きて――」

 少女が言ってしまった言葉を、その場にいる全員が聞き逃すはずがなかった。

「さっ刺しただとぉ……一体どういう事だ!」

「ひっ……だっだって、あの人お父様を殺そうとして……だから無我夢中で後ろから……」

 龍久はこの時、富士山丸で雪の体をふいた時の事を思いだした。

 あの時、雪の背中に何か鋭いもので刺した様な跡があった、一体何時出来た傷か知る由もなかったのだが、今はじめて分かった。

「お前が、お前が雪を刺したのか!」

 龍久は怒りに震えながら刀を抜いた、突然の暴挙に皆が驚いた。藤田は止めようにも、龍久の殺気は痛いほど伝わって来た。

「ひっひいいいっ」

 恐怖のあまり母の後ろから逃げ出す少女だが、ここは屋内逃げ場などあるはずがない、すぐに部屋の隅へと突き当たってしまう。

 あまりの恐怖に涙を流す少女、だが龍久は一歩一歩と詰め寄った。

 そして刀を振り下ろした――。


「やめて兄さん!」


 虎道が両手を広げて、立ち塞がった。

 それを見て龍久は振り下ろすのを止めた、刃は虎道の髪を数本切りはしたものの、どうにか寸前の所で止まった。

「何をするんだ虎道、そこをどけぇ!」

「嫌です、どきません!」

 虎道の反抗に正直驚いた。それは龍久だけではない、父も母も藤田も、それどこか少女まで驚いていた。

「兄さんがどうして怒っているのか僕は知る由もありません、でも兄さんが今からしようとしているは、あまりにも非道だ!」

「五月蠅い虎道、そこをどけぇ!」

 切っ先を向けて脅かすが、虎道は退かなかった。昔から体の弱くて、いつも母の後ろで隠れていた彼が、脅えながらも凛とした表情で、龍久を見る。


「彼女は僕の妻だ! 彼女を斬るなら、僕ごと斬り殺せぇ!」


 その言葉は龍久の奥の方まで響いた。

 自分の知らない間に、ろくに会えなかった弟はこんなにも立派になっていた。

 それに比べて自分はどうだろう、雪をあんな風にして、今こうして少女を斬り殺そうとするなど、武士の所業とは到底言えない。

「……もうよせ、とにかく話をしよう龍久」

 藤田がそう言って肩を叩いて来た、今は力を振り回す時でない、話し合いをしなければならないのだ、どうして自分はこうも冷静さが足りないのだろうか――。

「ぜー、ぜー、げほっげほっ、ヒューヒュー」

 虎道が突然苦しそうに蹲った。この独特の息は、間違えない喘の発作だ。

「とっ虎道!」「虎道さん」

 すぐに藤田と母が虎道を介抱する、父も足を引きずりながら虎道の様子を伺って居るし、あの少女さえも、虎道を心配して悲しい顔をしている。

「あっ……とっ虎道」

 またとんでもない事をしてしまった。どうして自分はこうも馬鹿なのだろうか、苦しそうに胸を押さえて咳き込む虎道、そんな彼を苦しませて、何もできずに立ち尽くしているだけの自分が、無力で仕方がなかった。

「大丈夫かい? ゆっくり息を吸うんだ」

 菊水が母と藤田の間をすり抜けて、虎道の背中に右手を置いた。

 そして胸の辺りをゆっくりと上下に撫で始めた。

「ゆっくり吐いて……吸って、ゆっくりふか~く息を吸うんだ」

 虎道は菊水に言われるまま、ゆっくり深呼吸をした。その様子を、皆が奇妙な物でも見る様に見つめていた。

 しばらくするとあの空気が漏れている様な呼吸も無くなり、徐々に呼吸が安定した。

「……あっあれ、苦しくない」

「嘘だろう、一度咳き込んだらなかなか治らないのに!」

 どんな医者に見せても、虎道の喘は絶対に治らなかった。薬でも療養でも治らず、咳き込むとそれがなかなか止まず、ずっと苦しそうにしているのに、菊水が少し撫でただけで咳が止まってしまった。

「もう大丈夫だよ、これからはもう苦しくならないよ」

 菊水はそう言って微笑んで見せる、確かに彼の言った通りもう咳きはなかった。

「明日もう一回『手当て』をしようか、そうすれば君の喘は完全に治るよ」

「おっおい、本当か、本当に虎道の病は治ったのか!」

 龍久の父が、折れた足を引きずって菊水へと詰め寄った。

「うん……それより今は貴方の方が心配だよ」

 菊水はそう言うと、右手で今度は父の足をゆっくりと撫で始めた。

「ちちんぷいぷいのぷいっ、いたいのいたいのとんでけ~~」

 土方の時と同じ口調と動作だった。幼子にやるならまだしも、もう五〇も半ばという龍久の父にやるのは、あまりにも滑稽だった。

「きっ貴様何をするのだ!」

 恥ずかしさのあまり、父は立ち上がった。その光景を、皆がただ黙ってみている事しか出来なかった。

「おっおじさん、あっ足……」

「えっ……あっ」

 藤田に指摘されて、ようやく自分が立ち上がっている事に気が付いた。

 痛みが消えていて、何度か足踏みしてみるがやはり痛みはない。

「駄目だよ痛みがないだけで、まだ折れてるんだから! 夜が明けたら薬を煎じます、それですぐに良くなりますよ」

 微笑む菊水。だがこれで龍久は確信できた、彼は普通ではない、薬を使わずに怪我や病が治るなど考えられない。

「菊水さん、やっぱりあんた普通の人じゃないんだな……今の一体どうやったんだ!」

「ちょっと待て龍久、今はこの人の事よりも聞くべきことがあるだろう……」

 藤田が龍久を押さえる、そう今は菊水の事よりも聞くべき事がある。

 視線を、隅で小さくなっている少女へと向ける。

「全部聞かせてもらうぞ、お前が誰なのかを……」



 少女が口を開いたのは、しばらくして気持ちが落ち着いた事だった。

「私は……天原陽元の妾の子です……本当の名前は小鈴と申します」

「なるほど、血縁関係があるとは思ったが……まさか隠し子かぁ、別に珍しくないな」

 藤田の言う通りだ、別に珍しいとは思わないし、あの陽元ならばなんら不思議もない。

「五年前です、正妻の子である天原雪さんが突然行方を暗ませたんです……娘が家出したなどあっては家の恥と、妾の子であった私が雪と名乗り、そのように振る舞っていたのです」

 蓋を開けてみれば大した謎ではなかった、ただ自分の家に泥を塗らない為の物だった。

「でもあの雪の日、お父様とあの人が言い争っていて……そしてお父様を殺そうとしたから私がとっさに手元にあった裁ち鋏で……」

「何とも思わないのかよ、仮にも異母姉妹だろう」

「だって、あの時は男の恰好をしていたし……私は姉に会った事はなかったのです、私が姉だと知ったのは、父が川へあの人を捨てに行って……貴方が家に訪ねて来た後です」

 龍久の脳裏に、あの日の事が浮かび上がる。あの日の川の冷たさを忘れるはずがない。

「随分遅くに見た事ない人が訪ねて来たんです……その人が、あの人は天原雪だと、よくも殺したなと、父を罵ったのです……」

「誰だそいつ、仮にも武士の家だろう? 天原家だって……」

「私も詳しくは……ただ父はその人に逆らえない様でした……それに父はその人の事を、陰陽師って呼んでいて……」

 その単語に反応したのは、龍久と菊水だった。

 陽元とつながっている陰陽師は一人しかいない。


「玉藻……」

 

「なっなんだよお前、陰陽師なんか知っているのか?」

「そいつ、こう前髪を垂らして、片目に蛇の刺青をしている奴か?」

「はっはい……紫の水干を着ていて、その人が雪さんを探していて、父が川に捨てた事をとても怒っていました」

 龍久が川で雪を探している時に、玉藻があの場所に来ていたのだ。なんという事だろうか、意外な所で意外な物がつながっていた。

「その人は私が天原雪を名乗っていた別人だと知ると、とても怒りました……、でもその後私に天原雪として、今後生活する様にと言って……私はこの南雲家に嫁に来たのです、それ以来父には会っておりません」

「雪光が雪か……なんというか、とんでもないめぐりあわせだな、龍久」

 藤田は事を理解するとため息をついてそう言った。確かにため息が出るほどの事だった。

 だが思ったほど、この話は重要ではなかった。

 陽元が玉藻の手下だった事は、宇都宮城で知っている。

 それにこの小鈴の事だって、思ったほど重要な事ではなかった、ただの妾の子というだけだ。

 もっと大きな事が分かると思っていた龍久にとって、これは残念な結果だった。

「妾の子って事は、君には本当の母上が居るのかい?」

「はっはい……らん春という新造でした、でも一〇年前に梅毒で死にました、私は遊郭で下働きとして働いていました」

 妾の子で、しかも母親は遊女。更に性病で母を亡くして、父の元に来たかと思えば、見た事もない姉の振りをしろと言われ捨てられた、決して楽な人生ではないだろう。

「母はいつも亡くなった正妻の事を悪く言っておりました、自分の方が綺麗だとか、あんな勝気な女はろくでもないとか、確か名前は……」

 母親の事を思い出して懐かしんでいるのだろうか、小鈴の表情はどこか物哀しげに見えた。だからと言って、同情する気はさらさらない。

「ああそうでした、確か桜子さんです」

 雪の母親、確かもう八年も前に亡くなっていると言っていたが、雪があれほど嬉しそうに話していたのだ、きっといい人だったのだろう。

(待てよ、陽元が『天皇』ならこの子も『内親王』って事か? いやだとしたら玉藻がほおっておくはずがない……そうなると、まさか母親の方が『神』なのか?)

 到底陽元が『天皇』とは思えない、そうなると雪の母親が『神』だと考えるのが、もっとも自然な成り行きだろうと、龍久が思案を巡らせている時であった――。

「さっ……桜子さん?」

 今まで黙って聞いていた、菊水がふとそう呟いた。ひどく動揺している様に見える。

「えっ、待ってよ……桜子さんが……桜子さんが?」

「ちょっと菊水さん……どうしたんですか?」

「可笑しいよ、なんで……どうして桜子さんの話になるんだよ……」

 菊水が雪の母親の名を聞いて、ここまで動揺するなど考えても見なかった。

「どうしてって、そりゃあ雪の母親がその人だからでしょう?」

「ゆ……雪?」

「今日会ったでしょう? あいつが天原雪、その桜子って人の娘ですよ」

「えぇ……あの子は、男の子じゃないのか? そんなそんなぁ……」

 菊水は驚きと戸惑い、そして焦りが混ざり合ったそんな表情をしている様に思えた。彼がこんな表情を見せるのは初めての事だった。

「駄目だ、桜子さんの子供が……あんな、あんな風になっちゃ駄目だぁ……!」

 頭を押さえて、菊水はついに蹲ってしまった。その意味は誰も分からないが、ただ今の彼が普通でない事は分かる。龍久は掛ける言葉に迷いながらも、何か慰めなくてはと肩に手を置いた時だ。

「うあああああっ!」

 菊水が感情を爆発させる様に、そう叫んだ。

 まるで子供が癇癪を起した様な、そんな叫びだった――。


 瞬間、畳から草が生えた。

 

種子があった訳ではないのに、草が次から次へと生え始めて、あっと言う間に菊水を囲み始めた。

 植物がこんな所に生える訳がない、ましてやこんな速さで育つはずがない。

「なっなんだよこれ!」

 今まで菊水の周りでは不思議な事が起こったが、これはその最たるものだ。

 龍久や皆の目の前で、植物がどんどん芽吹いているのだ。

「いっ井草だ! 井草が生えて来る!」

 藤田の言う通り、この草は井草、畳の材料の植物だ。一体何がどうなっているか分からないが、これは菊水がやってる事に違いない。

「きっ菊水さん、落ち着いてください!」

「にっ兄さん、欄間が!」

 虎道が小鈴と隅でぶるぶると震えながら、欄間を指さした。

 欄間から木の枝が伸びて来た。欄間だけではない、柱からも枝が伸びて来た。

 どういう訳か分からないが、菊水の周りで植物が異常な成長をしている。

「きっ貴様妖魔の類か!」

「一体どういう事なんだ龍久、説明しろ!」

 父が戸惑い、藤田が問い詰めて来た。しかし龍久もこの現象がなぜ起こったのか分からないので、対処のしようがなかった。

 色々な事があって頭がいっぱいだというのに、こんな現象が起こっては龍久の頭は破裂する。

「もうぅ、誰でもいいから助けてくれえぇ!」

 龍久が情けなくもそう叫んだ時だ、突然障子が開け放たれた――。


「おうおう、ずいぶん騒がしいなぁ龍久くう~ん」


 それは待ちに待った友人の声だ。

 いつも通りの童水干に、茶色の髪の毛が四方にはねている、龍久の親友であり陰陽師である彼――。

「……葛……葉?」

 しかしそこに居るのは葛葉と全く同じ顔と恰好の、一一・二歳の元服も済ませていなそうな少年だった。

「このバカ久! なんで江戸で待ってなかったんだ! おかげで葛葉君はおこだからね、もう悟り開くくらいおこだからね!」

 間違いない葛葉だ。なぜ少年の姿になっているのかは分からないが、とりあえず葛葉だ。

「なっなんでお前、そんな小さく……」

「玉藻の奴にストックしてあった『式神』をぜ~~んぶぶっ壊されて、新しく作ってる時にお前が江戸に居ないってわかって、まだ成長途中だった『式神』で、今ここに駆け付けたんですけど何か?」

 『式神』がどのように作られるかは知る由もないが、どうやら作成には時間が掛る様だ。その為そんな童の様な恰好になってしまったのだろう。

「くそうこのバカ久ぁ、せっかくの上野だっていうのにぃ! 上野だって言うのにぃこれじゃ、これじゃ…………吉原に遊びにいけねぇじゃねぇか~~~」

 葛葉は畳を拳で殴りながら、絶望の意思を表していた。確かにそんな子供の姿では吉原に行くことはまずできないだろう、だが絶望する理由が少し間違っている。

「葛葉、そんな事どうでもいいから、これを何とかしてくれぇ!」

「何がどうでもいいんだよこのダメ久! 吉原に行けない上野なんて、ジェットコースターがない遊園地並に面白くないんだぞ」

「わっ分かった、分ったよぉ、お前の気持ちはよ~く分かる、でもとりあえずこの状況を何とかしてくれ! このままじゃ家が崩れちまう!」

 既に井草はかなりの高さまで伸びて、枝には葉や花が咲き始めた。このまま成長していけば家が壊れてしまう。

「いいんじゃないの~~劇的なリフォームで、なんという事でしょう!」

「葛葉ぁ!」

 怒鳴ると葛葉はしぶしぶと言った具合で、右手で刀印を結び、それで周囲で空を何回か斬るとぶつぶつと『呪』を呟いた。

「喝!」

 唱え終えると、植物達の成長が止まった。だがまだ菊水は頭を抱えて蹲っている。

「植物と言うのは生死の境が曖昧だからな、簡単に蘇っちまうんだ」

「くっ葛葉?」

 蹲る菊水の元へと葛葉は近づいて、そっと語り掛ける。

「ご安心を、今ならまだ間に合います……お心をしっかりお持ちください」

「……君は誰、誰なのぉ?」

 突然現れた謎の少年に、菊水は少なからず戸惑っている様に思えるが、もう草木が成長する事はなかった。

「こいつは陰陽師だよ、菊水さん」

「陰陽師……まさか君も玉藻の仲間なのかい!」

「ちがうよ菊水さん、こいつは俺の友達だ、すごく頼りになる陰陽師だ、なぁ葛葉!」

 龍久が説明しているのだが、葛葉はまるでそれが見えていない様に菊水の前に座った。

 そして恭しく頭を垂れた――。

 その光景を、龍久は一度見た事がある、葛葉が頭を下げる所を――。

「よくぞこの五〇〇年ご無事でいらっしゃいました……御身にお目通りできる事、誠光栄の極みでございます」

 そして葛葉は、恭しくも御身の名前を口にした――。


「『天皇陛下』」


「なっ……何を言ってるんだよ葛葉!」

 菊水に対して、間違えなく言った。『天皇』であると、これは聞き間違いなどではない。

「龍久無礼だぞ、この御方は『神』であらせられる、そのように高みから見下ろす事など許されない……頭を下げよ」

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ葛葉! 菊水さんが、菊水さんが『天皇』だって!」

 そう菊水が『天皇』で『神の血族』というものであるのであれば、それは彼が――。

「そう、このお方こそ後醍醐天皇の子孫にして『神の力』の継承者であり――」

 葛葉はこちらを振り向いて、その続きを言い放った――。


「『雪内親王殿下』のお父上であらせられる」


 誰も何も言えない、無言の時が流れた。

 誰もがその言葉の意味を理解する事が出来なかった。それは龍久とて同じ事――。

「きっ……菊水さんが、雪の父親……そんな、そんな訳ないだろう!」

「……龍久よく考えてみろ、天原陽元が殿下の父親な訳がないだろう」

 確かに、と龍久は正直思った。陽元と雪は全くと言っていいほど似ていない、容姿も性格も全く似ていない。

 だがそれに比べて菊水は――。

「ちょっと失礼……」

 藤田が菊水の後ろへ近づくと、後ろの髪の毛を手で束ねて見せた。すると、そこには見覚えのある顔があった。

「あっ……ゆっ雪光」

 まだ彼女が男の振りをしていた時、まだ髪が長かったころの彼女に瓜二つだった。

 それ見て、龍久は今まで菊水に対して感じていた物すべてを理解した。

 菊水の顔に見覚えがあったのも、彼の仕種を見て頬が赤くなったのも、雷を落としたのも全て――――彼が雪にそっくりだったからなのだ。

「こら、陛下に失礼だぞ!」

 葛葉は藤田の手を叩いて叱咤した。目の前に居るのは『神』なのだ。それに触れるなど死罪になっても文句は言えないだろう。

「全く、龍久お前の『縁』は本当にすごいな、俺達が見つけようともこの五〇〇年見つけられたかった『神』を、お前はたったの五年で見つけてしまった……人の『縁』は神仙が作る物だが……それは本当にすごいものだ」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ、お前は雪を探してたんだろう? なのに何で菊水さんの事も知ってたんだ?」

「龍久、俺は最初お前に言った筈だぞ、ある『男』を探していると……」

 全く覚えていない、そう言われてみればそんな気もするが、記憶にない。

「俺の予定では、まず殿下を保護して、その後で居所がいまだに掴めない陛下を探そうと思っていたんだ……まぁ結局保護は出来なかったんだけどな」

 そう富士山丸の時に玉藻が邪魔をしなければ、葛葉は雪を連れて行っただろう。理由は分からないが、葛葉は雪が『天皇』になる事に反対していた。

「ちょっと待てお前ら、勝手に話を進めるな、俺達に分かる様に話せ!」

 藤田が間を割って入って来た。藤田だけではない、父も母も弟も突然聞かされた話に戸惑っている様子だ。

「まずお前は誰なんだ! それに雪光が『神』と言うのはどういう事なんだ、分かる様に話せ!」

「……うわ~龍久、この頭が良さそうな、葛葉君の次に美形の男子はだれぞなしも?」

「あっああ、そいつは俺と雪光の友達の藤田だ……、藤田こいつは俺が京都で世話になった陰陽師の葛葉だ」

 二人ともしばらく顔を見合わせて、互いを確認しあう。それにしても童の様になってしまった葛葉と藤田ではまるで兄弟の様に見えた。

「ふ~~ん、まぁお前らに話す義理はないな……、一般ピープルのチミ達は、こんな話忘れて普通に過ごした方が身の為だぞ」

「ふざけるな、俺は雪光と龍久の友人だ! ダチが妙な事になっているのに何もせずに居られるものか!」

 真剣な表情をする藤田を、葛葉はしばらく見上げながら、小さく息を吐いた。

「まぁ良いだろう……、ただしここで見聞きした事、命が惜しければ他言しない事だな」



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