四〇話 宇都宮城攻防戦
新キャラと書いて、ヒロインと読む。
新選組は、二つに分かれていた。
斎藤と共に会津へと向かった多勢の一団と、土方と共に幕府軍に合流した少数の一団だ。
龍久は土方と共に幕府軍に同行していた。
幕府軍は、伝習隊、桑名藩、回天隊などを含めた、二二〇〇名。後発を含めれば、三二〇〇名あまりの兵が集まった。
この軍を率いる大鳥圭介は土方を先鋒軍の参謀に抜擢。
幕軍は、前軍一〇〇〇人、中軍六〇〇人、後軍六〇〇人、後発隊一〇〇〇人で下野国は徳川家の聖地、日光東照宮での決戦を行う為に日光街道を北上した。
幕軍は、政府軍の拠点宇都宮城を挟撃する為に、松戸小金宿にて東西に分かれた。
大鳥圭介率いる本隊は、小山での戦闘を経て、当初の予定を変更し栃木へと向かい、その後鹿沼へと向かった。
一方土方率いる別働隊は、下妻、下館を経て真岡を出て、蓼沼に陣を構えた。
四月一九日 下野・宇都宮。
土方は、この日未明に蓼沼を出発して、宇都宮城へと攻め入った。
幕軍一〇〇〇に対して、城を守る彦根藩七〇〇という数で勝る幕軍であったが、城が盾となって、なかなか落とす事が出来なかった。
「くっそぉ、城攻めがこんなに難しいなんて……」
龍久にとって、城攻めは初めての事だった。
城攻めの難しさというのは頭の中にはあったものの、夜が明ける前から戦っているというのに、昼を過ぎても思う様に占領できずにいた。
(流石に皆、疲れてきてるよなぁ……)
ふと茂みの中から後続の兵達を見ると、不安と疲れが混ざり合った表情をしている。
兵の士気が低くなっている、これでは城攻めなど到底不可能であろう。
「土方さんは……」
龍久の前方、誰よりも前へ出て茂みに身を隠して、小銃の弾を避けていた。
何発もの銃弾が、龍久の頭のすぐ横をかすめていく。その度に死ぬのではないかという恐怖に襲われるが、敵の銃はずっと旧式のもので命中精度は低い。
だから恐怖がやってくる度に、敵の銃は当たらないと己に言い聞かせた。
鳥羽伏見の戦いを経験した龍久でも、長丁場の戦いに疲れと恐怖で可笑しくなりそうなのだから、あの戦いを経験していない兵士達の中に耐えられなくなる者が出るのも、無理はない事だった。
「もっもう嫌だぁ!」
一人の兵士が半狂乱となり、手にしていた銃を放り投げて逃げ出して来た。
かなり前線の方に居たので、龍久よりもずっと怖かったのだろう、大の男がわんわん喚いて取り乱しながら後退して来た。
だが、そんな彼の前に土方が立ち塞がった。
「おいてめぇ、どこに行くつもりだ!」
「こんなのやってられるかぁ! こんな所で死にたかねぇ!」
武士としての誇りはないのか、敵前逃亡など武士のする事ではない。
いくら怖くとも、その恐怖を打ち消して前へと進むのが、武士のする事であろう。
何か言ってやろうと思い、声張り上げようとした時だった。
土方が、兵士を斬った。
肩から脇腹までの大きな傷口からたくさんの血を吐き出しながら、兵士は茂みの中へと倒れていった。
兵士のうめき声が、耳から耳へと通り抜けていく。
龍久は、何が起こったのか全く理解できなかった。頭がそれを理解し始めた時には、斬られた兵士の息が絶えていた。
「ひっ……土方さん」
今まで土方がやって来た事は知っている、多少横暴で残虐でも、それにはしっかりとした意味があるのだと、龍久は信じていた。
だがこの土方の行動は、龍久には理解できなかった。
まさか、殺すなんて――。
「てめぇらは武士だろうが! 武士が敵に背中をみせるんじゃねぇ!」
その形相はまさしく『鬼』。手に持つ兼定には血が滴っていて、辺りにいた兵士達が彼に恐怖するのは無理もない事だった。
「退却する奴は、他藩の野郎でも斬る!」
彼は本気だった。新選組以外の、名のある組織の人間であろうと、今の彼ならばためらいなく斬り殺す事が出来るだろう。
そんな彼が仁王像の様に立っている、皆その恐ろしさから銃弾が飛び交う敵陣に向かって走り出した。
味方を追い込み無理矢理戦わせる、この策が果たして良いのか龍久には分からない。
「……ええい、くそっ」
考える暇もなければ、考えられる頭もない。
今はただ、目の前の敵に向かって突撃するだけだった。
雪崩込む幕兵を抑え切れるはずもなく、幕兵はどんどん押し寄せてきた。
龍久の目に飛び込んでくるのは、旧式の小銃や大砲を使う敵の姿。ほんの数か月前までの自分たちを見ている様だった。
(俺も、最近まではあんなんだったのかなぁ……)
戦場だというのに、龍久の心はどこか別の方を向いていた。
今こうして物事の見え方が変わったのも、あの鳥羽伏見を経験しているからだ。
「龍久、呆けてんじゃねぇ! 戦えぇ!」
土方の怒号で、龍久は現実に引き戻された。
今は戦いに集中しなければと刀を構えた時だ、やけに焦げ臭い匂いがするし、風に交じり煤が混ざっている。
龍久がふと本丸の方へ視線をやると、黒煙が上がっている。
「なんで、まだ本丸まで攻めてないのに……」
幕府軍の戦闘は今二の丸に差し掛かろうとしている所だ、まだ本丸まで攻めてはいない。ならばこの黒煙は――。
「まさか、奴ら火をつけたのか!」
勢いよく燃え上がる本丸の炎を見て、確信できた。
この時龍久は知る由もなかったのだが、敵は宇都宮城に向かっている大鳥隊の援軍を恐れ、全滅するぐらいならば、宇都宮城に向かっている応援の部隊に合流すべきとして、退却を始めた。
その時間を稼ぐ為に、火を放ったのだ。
「正気かよ、城を燃やすなんて!」
城ごと自分達を焼き殺すつもりだったのだろうか、とにかく今は消火しなければならない、未だ本隊の大鳥隊が到着していないというのに――。
火災は一晩経っても鎮火する事はなかった。
この後本隊である大鳥隊が合流して、消火しようとするも火の回りは予想をはるかに超えて、本丸だけではなく、二の丸を焼き尽くした。
更に政府軍は、宇都宮城だけではなく、城下町に火を付けながら逃走して、宇都宮市内は大混乱となった。焼け残ったのは、三の丸と藩校の修道館だけである。
龍久は一晩の消火活動に追われ、城内の火が消し終わる翌朝には、身も心も疲れ果てていた。
「ああ……もう、無理」
昨日未明からの城攻めと、一晩の消火活動。拷問かと思うほどの重労働だった、龍久は本営のすぐ横に座り込んでしまった。
本営というのは、焼け残った三の丸の屋敷を利用して、急ごしらえで設営したものだ。
(……勝ったっていう実感がないなぁ、またあいつら攻めてくるよなぁ)
先の戦いで戦った敵は、薩長ではなかった。
あの鳥羽伏見で戦った敵ではない、それを打ち破った訳ではないと思うと、なんだかこの勝利を素直に喜ぶ気にはならなかった。
「雪ぃ、葛葉ぁ…………どこにいるんだよぉ」
怪我で未だ合流できない葛葉は仕方がないとしても、雪の姿がない事が、龍久にとっては何よりも怖かった。雪は薩長の奴らと行動を共にしている様なので、こことは別の戦場に行ってしまったのだろうか。
(雪は土方さんを殺しに来るはずなんだ、だからできるだけ土方さんの側にいないといけないんだ……)
不思議な雪が舞い降る中、雪は土方に向かってそう宣言した。
今思えばあの時の不思議な天候も、雪が『神』だからなのかと、ない頭で考えてみる。
「なんだ、なんだ龍久ぁ、雪が降ってほしいのかぁ?」
ぼーっとする龍久の頭の中に、男の声が響いた。
驚く龍久が、視線を上げると――。
「しっ、新八さん!」
江戸で別れた新八が、笑いながら龍久を見下ろしていた。実に一月ぶりの再会だった。
「よっ久しぶりだな、元気……じゃあねぇな、お前も城も」
「すいません……宇都宮を焼け野原にしちまって……」
拠点となるはずだった宇都宮城やその城下は、政府軍の放火が原因でほとんどが焼失してしまった。これではここを拠点として戦うなどできるはずがない。
「お前のせいじゃねぇ、むしろよく頑張ったな」
新八は龍久の隣に腰かけると、その背中を相変わらず馬鹿力で叩いた。その痛みが、今はなんだか懐かしくてたまらなかった。
「あの、原田さんは? 一緒に靖兵隊に居たんじゃ」
別れた後新八と原田は、靖兵隊という反政府軍の組織を結束させ、新選組とは違う戦場で戦っていたのだ。
「ああ……佐之助は抜けたんだ」
「えっ?」
「あいつ、女房と子供が心配だって言ってな、江戸に戻ったんだ」
原田の子供、よく連れられて屯所に来ていたから龍久も知っている。だが子供がいるのは新八だって同じはずだ。
「俺の嫁さんは死んじまったし、子供も義姉さんに預けちまったしな……まぁ俺から戦いをとっちまったら、な~んものこんねぇだろう?」
そう明るくふるまう新八、そんな彼に会って、暫くぶりに新選組の空気というものに触れられた気がする。
「龍久知ってるか、どうも宇都宮から日光へ移るらしいぜ」
「日光へ? あそこは将軍家の聖地じゃないですか」
関東の北端、会津との境に位置す山、日光。
ここには古くは初代将軍徳川家康が祭られている、日光東照宮がある。
徳川家康を『神』と祭るこの聖地は、徳川家には欠かせない政治的にも儀式的にも重要な場所である。
「ああ、なんでも会津の兵が応援に駆け付けているらしいぜ……」
この時、政府軍に対抗しようという動きは、龍久が所属する幕軍だけではない。
仙台藩、会津藩などからなる奥州の勢力である。
数百年前に徳川と共に、関ヶ原で豊臣と毛利を打ち滅ぼした、伊達政宗が納めていた地だ。西に対して蜂起するのは当たり前だろう。
「……このまま北へと戦線は移動するんですか?」
「そうだろうな、江戸城は開場されたしなぁ」
今月の頭、江戸城は勝海舟と西郷隆盛の手によって、無血開城なされた。
江戸城は新政府軍の手に落ちたのだ。
故郷の江戸が戦場にならなかったのは大変喜ばしい事なのだが、素直には喜べない。
三〇〇年続いた徳川の歴史が崩壊し始めているのを、龍久は素直に感じ始めていた。
「……なぁ龍久、土方さんの様子はどうだ?」
「どうって……相変わらず『鬼』みたいですよ……」
それを聞くと、新八はあまり良い顔をしなかった。
少し考えると、龍久に真剣な面持ちでこう切り出した。
「近藤さんの事は聞いたよ、土方さんはあの人の為に新選組の為に頑張ってたからなぁ、あの人の中でもいろいろあんだろうけどよぉ……あのやり方は兵士達の恐怖を煽っているぜ、あれじゃあいつか部下達はあの人を支持しなくなっちまう……」
あのやり方というのは、やはり味方を斬り捨てたことなのだろう。
確かにあれは龍久も納得できていない。もしかしたら見間違いだったのかもしれないとさえ考えている。
「あの人は有能な指揮官だ……でもどっか、なんつーのかなぁ、人を寄せ付けなくて……その、なんというか人間らしさに欠けているように思えたんだ……」
「と……いうと?」
うまく理解できなかった龍久は、新八にもっと分かりやすい説明を求めた。
新八は非常に言い難そうに、言葉を選んで口にした。
「あの人、本当に『鬼』にでもなるつもりか?」
そんな馬鹿なと龍久は素直に思う事が出来なかった。
今まで散々鬼の副長と呼ばれても、心の芯の部分には人間らしさが、仲間思いで面倒見も良い優しい土方の姿があった。
だが今の土方はどうだろうか、近藤が居なくなった今、彼には新選組など最早どうでもよい存在なのではないのだろうか――。
(土方さん、まさか本当に『鬼』にでもなるつもりなんじゃ……)
龍久の胸に、一抹の不安があった。
そんな訳ないのだが、もしかしたらという思いが、胸の中に充満して、もやもやする。
こんな時どうすればよいかなどわかるはずもなく、龍久は必死に不安を消し去ろうとする事しかできなかった。
ただ何事もなければと願うばかりだった――。
***
四月二二日。
この日永倉新八や衝鋒隊、更に下野国に侵入していた会津藩の兵達が、政府軍の拠点となっている、壬生城へと攻め入った。
この時政府軍側も迎え撃ち、安塚陣地に両軍が激突した。
政府側も精鋭揃いだったのだが、常勝を続けている幕軍に勝てるはずもなく大敗、壊滅寸前まで追い込まれるも、折からの豪雨により幕軍にも疲労が溜まり始め、一時は安塚陣地を占領するも、息を吹き返した政府軍が盛り返し、幕府軍は宇都宮城への撤退を余儀なくされた。
その日の午後、新政府軍側の応援が壬生城へと入城。
負傷した一〇〇名の兵を除いた、先鋒隊は宇都宮城への進撃を決定した。
翌四月二三日。
早朝、政府軍は出撃した。しかし幕府軍もそれを迎え撃った。政府軍の進路の要所要所に兵を置くなど、的確な判断で対抗する。
政府軍は最新の火器でこれを迎撃した、戦線は宇都宮城西側へと迫った。
所が西側の守りをしていた、幕軍の主力戦力伝習隊が猛攻し、敵将を撃ち食料や銃弾を奪うほどの快進撃を見せた。
まさに両者一歩も引かない激戦となっていた。
この時土方は松ヶ峰門の守りを任された。龍久は本営がある修道館への伝令係の任について、絶えず修道館と松ヶ峰門を往復して、伝令をしていた。
その往復も、三回目となると目を瞑って走れそうだった。
「はあっ、はあっ」
流石に三往復目となると疲れてくる。脇腹の辺りが苦しくて思わず立ち止まってしまう。だが長い時間休んでいる訳にはいかない。
今戦場は完全に膠着状態となっているが、天秤が一粒の米で傾く様に何らかの衝撃でどちらかに傾いてしまうかもしれない。
「ええい、とにかく本営へ行かねぇと!」
龍久は自分に喝を入れて、とにかく走り出した。
暗くて狭い通路をひたすらに進む人がいた。
「はあっ、はあっ、んあっ」
黴臭いこの通路は、長い間放置されていたのか、埃っぽくて所々外壁が剥がれている。それでもここを進まねばならない、進まなければ追いつかれてしまう。
「絶対に、逃げなきゃ……」
追手はどこまで来ているだろうか、だが今この人に、立ち止まっている暇はなかった。とにかく進まなければと思っていた時だ、頬をかすめる風がある事に気が付いた。
出口がある、そう思い辺りの壁を手が痛くなるくらい叩きまくると、壁の一部がずれた。それと同時に、目に突き刺さるくらいの光が襲って来た。
それは、一つの希望でもあったのだが、目がくらむほどの光だった。
「うわわわあああっ」
そして、その人は光の中へ倒れていた――。
今度は、修道館から松ヶ峰門へと戻る為に走っていた。
本営の判断を土方に伝える為、所々に松が生えた道をひたすらに走っていた。
(なんだ、なんかものすごく嫌な予感がする……)
妙な虫の知らせを感じていた。何か、何か悪い事が起こる様な、そんな気がする。
とにかく土方の元へと龍久は急いでいた。
「ん? なんだこの音」
ふと立ち止まった。急がなければならないのは百も承知なのだが、ドンドンという音が耳に入って来た。
大砲の音ではない、もっと小さくて近くで響いている。
「…………」
敵の罠だろうか、と龍久は腰の刀を握りながらじりじりと音のする方へと近づく。
目の前には漆喰塗りの城壁があるだけで、誰もいないし、何もない。
だが音は間違えなくこの辺りでしている。
「…………まさか」
ふと城壁に耳を当ててみると、より強く、より大きなドンドンという音が聞こえた。
音は、城壁の中からしているのだ。
「なっなんなんだよ、これ!」
少し不気味で離れようかと、壁から耳を離したその時だった――。
城壁が、龍久に向かって倒れて来た。
「えっ」
高さが一貫はありそうな漆喰の壁が、龍久に向かって倒れた。
壁に人間が勝てるはずもなく、龍久はそのまま壁の下敷きになった。
「うぐああっ!」
かなり重いが振り払えなくはない、このまま下敷きになり続けるなど御免こうむる、龍久は振り払おうと、両手で押しのけるのだが――。
「うわわわあああっ」
突然人の悲鳴が聞こえて来て、同時に城壁がどっと重くなった。
「ぐべぇっ!」
鳩尾に岩でも乗せられたような加重、あまりの苦しさから馬鹿丸出しの悲鳴を上げる龍久。だが、それだけでは終わらない、そのままその重さは腹から胸へ、胸から頭へと、移動していた。それはまるで何かが転がっている様な、そんな感じだった。
「うわっっ、ぎゃんっ!」
誰とも知らない人の声と共に、地面に叩きつけられる音が聞こえて来た。
同時にあの重さがなくなったので、龍久はとにかく城壁を押しのけた、そして自分の上でゴロゴロと転がった奴に向けて、怒鳴った。
「だっ誰だ、人の上で転がりやがったのは!」
まず見えたのは、腰まである一本一本が絹糸の様に細く柔らかい黒髪。色白の肌に黒曜石の様な瞳、何の模様もない無地の淡い青の着物に、薄らと菊があしらわれた白い羽織を着た人物。
歳は二〇後半から三〇ぐらいであろう、ずいぶん派手に転がったのか、着物が乱れて裾の中から、ちょいと力を込めれば折れてしまいそうな、か細い足が二本見えていた。
そんな事もあってか、それはもう言葉には言い現わせないほどの色気があった。
「おっ、女ぁ!」
驚きのあまり、龍久はそう叫んでしまった。
ずいぶん綺麗な顔立ちの、華の様な愛らしさと可憐さを持つ女が、なぜか城壁から出て来た。全くその理由が理解できない。
「きっ君、一体誰なの……」
それは龍久が聞きたい事だった。それにしても色っぽい物だから、龍久の頬はなんだか熱を帯び始めて来た。
「おっ俺は、新選組の……南雲龍久だ」
「新選組……、それは新政府軍の人って事?」
「違う! 俺は幕府の武士だ」
思わずそう声を張り上げて言ってしまった。女人に対して失礼な事をしてしまったと反省したのだが、その人物は意外にも張りつめた胸を撫で下ろす様な、安堵の表情を見せた。
「よっ、良かったあ……新政府軍の人だったらどうしようかと……」
そう言ってほっとする謎の女。どうやら新政府軍に見つかってはいけないらしい。
どういう立場なのかはわからないが、城壁から出てくるなどただ事ではない。
「あんた何者なんだ、ここは戦場なんだぞ、民間人なら早く外へ行くんだ」
龍久は正直、この女が普通の人間には思えなかった。どことなく気品があった。
「あの、あの……きっ君にお願いがあるんだ」
女は申し訳なさそうに、そう切り出すと龍久に有無を言わせずに、そのお願いとやらを発した。
「僕を、連れ去って欲しいんだ!」
龍久の頭はしばらくの間、思考を巡らせる事が出来なかった。
連れ去れと、突然言われてはい分かりましたと了承する者がいるなら、見てみたい。
「お願いだよ、僕、お金もなんにもないけど、お礼は必ずする、君が欲しい物をなんでも上げるから……だからお願いだよぉ、僕を連れ去ってくれ!」
女は龍久の足に縋り付く様に懇願して来た、しかしその時龍久の目にある物が映った。
「あっあんた、その足」
見ると両足首に、真一文字の深い傷痕があった。龍久がその事について追及しようとした時、どこからか怒号が響いた。
「待てぇ、菊水!」
男の声は、女が倒れて来た城壁から人が出て来た。
薄毛が目立つ白髪交じりの髪に、歳を感じさせる皺が彫り込まれている肌。恰幅の良い腹回りに、髪と同じぐらい白髪が混じった髭。
およそ四〇代後半から五〇歳といった、どこにでもいる様な男――、だが龍久はその男の顔を見て、驚きを隠せなかった。
「あっ天原……陽元」
●●用語解説●●
下野――現在の栃木県。日光東照宮があるところ(でも知られていない)。
あと苺の生産地、とちおとめは県の主力商品の一つ。(最近はスカイベリーという大粒の品種で、あまおうにむかって武装蜂起してる、名前の由来は皇海山という県内の山)
宇都宮――餃子のよくわかんないビーナス像がある街。餃子を推してるけど、実はお寿司の方が好き。餃子をめぐって浜松と争ってる(あっちはうなぎあるんだから、少しくらい譲ってくれてもいいと思う)。




