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雪華散りゆき夜叉となりて…  作者: フランスパン
第三部 維新編 
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三七話 再会の墓標

 新キャラ……のはず!


 実に五年ぶりの再会だった。

 京都へ行ってから一切なんの連絡もしていなかったので、これが久しぶりの再会だった。

 積もる話は語りきれないほど沢山ある、だが、まずは純粋にこの再会を喜びたかったのだが――。

「こんの、バカ久!」

 再会の挨拶の前に、藤田の拳が龍久の頬に向けて炸裂した。

 物すごく痛い、例え様がないほど痛い。

「お前五年も何処に行ってやがったんだ! 文の一つもよこさねぇで、この馬鹿野郎が!」

「ふっ藤田、お前……五年ぶりの挨拶が拳って……お前」

 痛かったが、それでも五年ぶりの親友の拳も顔も何もかも懐かしかった。

 色々と話したい事があるのだが、何から話せばいいのか多すぎて分からなくなった。

「生きてたんですねぇ、よかったよぉ」

 そう藤田の小脇にいた少年が肩を震わせ泣き始めた、そんな少年の頭を藤田は優しく撫でているのだが、龍久には一つ疑問があった。

「誰? こいつ」

 見覚えのない少年に向けてそう言うと、藤田と少年は眼をまんまるにして驚いていた。

 そして困惑しながら藤田が言う。

「おっおま、お前じっ自分の弟を忘れたのか!」

 そこまで言われて、龍久はようやくこの少年の事を思い出した。

「あっ……お前虎道か?」

 五歳年の離れた弟、虎道であった。

 虎道は再会の嬉し泣きを、悲しみの涙に変えてほろほろと泣き出してしまった。

「そりゃ僕はずっと遠くで療養してましたけど、血を分けた兄に存在ごと忘れられるほど存在感がないんですか……僕ってそんなに印象薄いんですか……」

「いっいや悪かったって、お前と最後に会ったのって、確か八年前だろう? お前あの時まだ子供だったし、ほっほらずいぶん成長しただろう? 今一五だっけ?」

「一七です! あと八年じゃなくて七年です、兄さん!」

 もう何を言っても駄目だった、完全に墓穴を掘る形になってしまった。

 兄としての威厳も信頼も、何もかも失ってしまった気がする。

「あまり興奮するなよ虎道、また咳が止まらなくなるぞ」

 藤田がそう言うと、虎道はまるで兄に嗜まれたかの様に大人しくなった。

 虎道は胸を患っている、労咳ではなく喘である。急な運動や驚くと咳が止まらくなり、ひゅーひゅーと音を立てて苦しむ病だ。子供の頃からこうなので、龍久はあまり弟との記憶は無かったし、療養の為長い事離れ離れだったので、本当に印象が無かった。

「龍久これから付き合え、色々聞かせてもらうからな」

 藤田がそう言って、龍久の腕をがっちりと掴んで無理矢理何処かへと連れて行った。



 三人は浅草寺に店を出している団子屋に入った。

 ただこの店でも龍久の格好は目立っていて、視線が痛かった。

「驚いたぞ、お前がそんな恰好をしているんだから」

「いや……まぁ色々あってな」

 ずっと京都にいて、新選組として活動していた事を藤田に話した。

 江戸では新選組の名はあまり知られていない様だが、藤田の耳には微かに入っていた。

「俺は今、彰義隊(しょうぎたい)に参加して、慶喜様の警護をしているんだ」

 大阪から脱走した徳川慶喜は、新政府軍に恭順する意志を表明し、上野寛永寺に蟄居(ちっきょ)していた。

 その処罰に不満を持った者達が、浅草東本願寺にて会合を開いた。その内に会合は組織に変化して、この二月二三日に『大義を彰かにする』という意味で、彰義隊と名乗り反新政府組織として誕生したのである。

 まだ日が浅い組織ではあるが、官軍にひと泡吹かせてやろうと言う志は高い。

「組織は違うが、同じ志を持っていて嬉しいぞ龍久」

「ああ、お前も変わって無くて嬉しいよ」

 こうやって藤田と話していると、自然と昔の事を思い出してしまう。まだお時が生きていて、雪が雪光と名乗っていて、四人で道場の帰り道を歩いたあの頃を――。

「……ずっとお時の墓を見ててくれたのか?」

「ああ、なんとなく……あそこにいたら皆帰ってくるんじゃないかと思ってな」

 藤田は、龍久には出来ない事をやってくれる男だった。自分は絶対にそんな事しなかったと思うので、本当に頭が下がる思いだ。

「雪光も……帰ってくればいいのになぁ」

 不意に藤田がぼそりと呟いた。これは本当に意識せずに言った言葉の様で、独り言の様にも聞こえた。

「あっ……すまんな、あの日お前が雪光を追って帰って来て、あいつが死んだって報告してくれたんだったよな…………でも俺、あいつが死んだって思えないんだ」

 五年前、雪の襟巻を持って龍久は戻って来た。

 そして詳しい事は話さずに、『雪光は死んだ』とだけ言い残して、ろくな金銭も持たずに家を出て行ってしまった。

 だから藤田は知る由も無いのだ、雪光が雪で、生きている事を――。

「あっ……あのさ藤田」

 龍久はそう切り出したが、言葉が出てこなかった。

 言った所で何になるのだ、彰義隊にいる藤田にとっては今の雪は敵だ、それに彼女が『神』で『天皇』で、今狂ってしまっている事を話してどうなるというのだ。

 むしろこれは、大切な昔の思い出に傷を付ける事になってしまう。

「いっいや……その、なんだ……最近皆どうなんだ?」

 明るく話題を変えた。雪の事は話さない方がよいのだ、そう自分に言い聞かせた。 

「あ……ああ、まぁおじさんもおばさんも元気だぞ、師範も元気でやってらっしゃるし……道場の皆も元気だ……あとは……」

 懐かしい顔ぶれが、龍久の脳裏に浮かんでくる。

 あの頃は本当に良かった思いながら、藤田の話を聞いていた。

「ああそうだ、虎道お前龍久に言う事があるだろう」

「えっ……あの事ですか!」 

 団子を静かに食べていた虎道が、突然話を振られて酷く嫌そうな顔をしていた。

 一体何だと言うのだろうか、まだおねしょでもしているのだろうかと期待してみた。

 そして虎道がとても遠慮しがちに口を開いた。


「僕、兄さんの元婚約者の『天原雪』と、結納したんです」


「な……んだどぉ!」

「ひぃやああ、怒らないでよぉ兄さん!」

 虎道は藤田の後ろに隠れてふるふると震えている。藤田はそんな虎道をまるで弟を守る兄の様な態度で、龍久を制する。

「まあまあ、お前は自分で断ったんだからしょうがないだろう、それに虎道が自分で選んだ訳じゃなくて、相手方の父親が無理に話を進めてだな――」

「違う! なんで虎道が雪と――っ」

 そこまで言って龍久は気がついた。

 天原陽元が、この話を進めた。あいつは自分に雪は死んだと、そう言って来たはずだ。

 それが、どうして虎道との結婚話を進めるのだ。

「でも、お前断って正解だったと思うぞ、もう同居して四年経つけど、あいつ未だに家事は出来ねぇし、掃除はしねぇし、ほんとおばさんが可哀そうだぜ」

 自分が京都に行ってすぐではないか、その頃雪は攘夷志士として活動していたのだ、虎道と結婚など出来るはずがない。

 ――ならば、その天原雪は一体誰なのか。

 龍久の知らない所で、何かとても大きくて淀んだ物が蠢いている様に感じた。

(待てよ、雪が内親王って事は、その父親の陽元は『天皇』! あいつも『神の系譜』の一人って事だよな……、でもあいつは雪を殺そうとしたんだぞ……大切な血族を殺すなんてあり得るのか……?)

 いくら考えても中身の無い頭ではこれ以上考えられない。

 龍久は頭を搔き毟って苛立ちを募らせた、一体何が起こっているのか――。

(葛葉なんで来ないんだよ、一体何がどうなってるのか教えてくれよ……)

 天を仰ぐが、頼りになる友が現われる訳でもなく、ただ青い空を白い雲が流れて行くばかりだった。

 そして、そんな龍久の耳に飛び込んで来たのは――、

 『甲州鎮撫隊』の惨敗の知らせだった。



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