三五話 闇の世界
「うおりゃあああっ」
新八は鬼に向かって斬りかかった。力強い斬撃が鬼の胴を切り裂く。
「どおりゃあああっ」
続けざまに原田が、鬼の胸を槍で貫く。しかしそれでも鬼は動いている。全くの無傷の様に見えた。
「くそっ、こいつらどこを斬れば死ぬんだ!」
「全くだ、本物の鬼って言うのはおっかねぇんだなっと」
そう言って攻撃を避ける二人だが、その二人の横では――。
「おらあああああああっ」
怒号と共に土方は鬼の胴を切り裂き、続けざまに腕を切り落とした。
流石『鬼の副長』その形相は鬼よりも恐ろしく、それを見た原田は先ほどの言葉を心の中で取り消すほどだった。
「早く、近藤さんを船内に連れて行け」
嫌がる彼を無理矢理平隊士が船内へと連れて行った。近藤の身が危険であった為、あれほどの覇気を出していたのだろう、正に『鬼の副長』の貌であった。
「副長援護いたします」
「ああすまない斎藤」
二人は目の前の鬼に向かって刀を構える。隊列を取り戻したといえども相手は不死身の鬼、どうやって戦えばいいのかさえ分からず、ただこちらが消耗を強いられるばかりだ。
「くそっ、これじゃ埒があかねぇ」
土方がそうぼやいた時だった。富士山丸の上空で、大きな爆発が起こった。
皆音に驚き一瞬上空を見る、その時何かが落ちてくるのが見えた。
そして思い切り甲板にぶち当たったそれは――。
それは酷い火傷を負った葛葉だった。
童水干もほとんどが燃えて、左手から首元に駆けて酷い火傷を負い、それが黒く変色し組織も肌も溶けて居て、一目で致命傷だと言うのが分かるほどだった。
「くっ葛葉ああああああ!」
龍久はすぐにでも駆け寄ろうとしたが、玉藻が下降して来たので戸惑ってしまった。
「甘いわ、私も陰陽師よ、五行も心得ておるし、修行もしておるわ」
玉藻は日本刀を振り上げると、それを葛葉の腹に目がけて振り降ろした。
「――っ」
余りの痛みに葛葉の体が跳ねた。それでも玉藻は日本刀を抜かずに力を込めてより深くへと突き刺し続ける。
「くっ葛葉ぁ!」
龍久はとっさに駆けだそうと、雪から手を離そうとした。
「出るなぁ龍久!」
しかし葛葉が声を張り上げてそれを止めた。腹に日本刀を突き刺されても、葛葉は無理矢理顔に笑顔を作って言う。
「忘れたのか、俺は『式神』だぞ……本当の俺は遠くに居るんだ、この体だっていくらでも代えがある…………だから、そこから……動くんじゃねぇ」
そうだ、葛葉はここには居ないのだ。別の場所に本体が居てそれが死なない限り葛葉は何度でも復活出来るのだ。自分が陰陽師である玉藻に勝てる見込みなど無い、だから龍久は雪を抱く腕の力を再び強める事にした。
「ふふっ、本当はもの凄く痛い癖に」
玉藻は葛葉を見下しながらそう笑った。そして龍久の方を見ると続けた。
「『式神』と言っても、これは意識と五感のほとんどを共有している、そう都合よく痛覚だけ抜くと繰りが甘くなり動きが鈍くなる……故に大概の式神は術者とそのほとんどを共有しているのですよ」
龍久にも分かった。つまり今の葛葉はかなりの激痛に耐えているのだ。どこにいるか分からないが、葛葉の本体がその痛みに耐えているのだ。
「私には眼に浮かぶ様ですよ、この式神を通して、激痛に悶え狂う貴方本人が」
そう言いながら玉藻は日本刀をより強く突き立てる。葛葉の声にならない叫びが響く。
それと同時に、富士山丸の横にいた水の亀が、鳴きながら崩れて行った。
葛葉の術が解けているのだ。
「もはや【玄武】を維持する事が出来ませんか……、そこまで苦しいのならばとっととこの体を捨ててしまいなさい、七条大橋の時の様に」
「うっうる……せぇ」
「愚かな陰陽師、そこまでして南雲龍久を守りますか」
その玉藻の言葉に驚いたのは他の誰でも無い、龍久本人だった。今自分は雪を守っているのだ、葛葉に守られているつもりはなかった。
「気がついていなかったのですか? この性悪な男は私が雪様に手出し出来ない事を良い事に、貴方に雪様を盾にさせているんですよ、その結界を破るほどの攻撃をすれば雪様に危害を加えてしまう……だからこの男は貴方に雪様の傍にいる様に命令したのですよ」
そんな馬鹿な、だが玉藻が嘘をついている様にも見えないし、葛葉ならそれをしかねない。自分が死なない事を良い事に、こんな無茶な事をしているに違いない――。
「それに幾ら死なない体といえども痛覚は感じる、つまり裏を返せば、死ぬほどの怪我を負っても死ねず、ずっと激痛を味わい続けると言う事」
死ねずにただひたすらに痛みを感じ続ける事がどれ程の物か、それは龍久の想像を絶するものがあった。
「どうしてもリンクを解除しないならば、貴方の本体が痛みでショック死するまで、痛め付けて差し上げますよ――葛葉殿?」
そう言うと日本刀を持つ玉藻の手が、突然燃え始めた。熱さは感じていない様で平然としていた。
「腹の内側から徐々に燃やし尽くしてくれるわ!」
嬉しそうに邪悪に微笑むと、炎はあっという間に刀身全てを覆い葛葉の腹にまで襲って来た。
「ぐあああああああああああああああああああああっっ」
激痛のあまり手足が暴れている、炎が腹の中を徐々に燃やしているのだ。流石の葛葉も感じた事のないほどの激痛に意識が遠のく。
だが自分がこの体を捨ててしまうと、龍久にかけた結界が解けてしまう。そうなれば玉藻は龍久を殺して、雪を連れ去ってゆくだろう。
そんな事は絶対に許せない、葛葉は消えかけの意識をどうにかたもたせていた。
薄れかける意識の中で、葛葉は見た。
龍久が玉藻に向かって斬りかかる所を――。
「だあああああっ」
力強く刀を振る下ろす龍久だが、そんな彼を玉藻は鼻で笑うと、軽々と後方に飛んで避けた。玉藻が避けた事によって、腹の日本刀が抜かれた葛葉が弱弱しく叫ぶ。
「馬鹿野郎、なんで出て来たんだ……」
龍久は葛葉を守る様に、玉藻と彼の前に構える。
そして振り返って、葛葉に向かって言葉を返した。
「馬鹿はお前だ葛葉! 何が俺を守るんだ馬鹿、お前はそうやって何時も何時も俺を騙しておちょくりやがってぇ、痛くて苦しいなら俺にちゃんとそう言えよ!」
龍久の感情は怒りと心配と悲しみと慈愛で、もう滅茶苦茶だった。
「俺にとっては、此処にいる葛葉が俺の知ってる葛葉で『親友』なんだ! そんなお前が苦しんでんのに無視でき訳ねぇだろぉ!」
龍久は視線を玉藻に移す、その眼に闘志を宿して、彼を睨みつける。
「俺のダチを傷つける奴を、俺は絶対にゆるさねぇ!」
一体その言葉で、どれほど葛葉が救われている事だろう。今までずっと本当の事を話さなかった自分に、罵倒されても可笑しくないはずの自分に、まだ龍久は『親友』だと言ってくれた。
「馬鹿野郎……」
なんとかそう葛葉は絞り出したが、その声は酷く震えていた。
「愚かな男だ……覚えておけその愚かな行動によって、己の身が破滅する事を!」
玉藻がそう言った時だった、龍久の後ろに何時の間にか巨大な鬼が立っていた。
そして龍久に抵抗する間も与えずに、彼をその丸太の様な腕で胴絞めにした。
「ぐわあっ、はっはなせぇ!」
刀を振るい、鬼の腕を切っ先で引っ掻くがびくともしない。
「たっ龍久! ぐっ」
葛葉が体を起こそうとするのだが、式神の体といえども随分傷付いていたので上手く動かなかった。
「龍久しっかりしろ!」「くそっ、どうやったら死ぬんだこいつ」
新八と原田がすぐに鬼を倒そうと攻撃するが、やはりも全く攻撃が利いていない。
「南雲龍久、貴方は我が大望を邪魔する存在、今この場で処刑してやるわ」
その玉藻の言葉を聞くと、鬼は両の腕に力を込めて龍久を締め上げた。
「あっああああああああああっ」
龍久の絶叫が響いた、肉に腕が食い込み、骨が軋み、内臓が潰れそうだった。苦し紛れに何度も刀を振るうがやはり利いていない。
「龍久ぁ!」
葛葉は体を必死に起こそうとするが、やはり動かない。本体からの信号が上手く伝わっていないのだ、このままで龍久が圧死してしまう。
「ふふっ、そのまま苦しんで死んでゆけ、愚かな男め」
玉藻はそう言いながら、雪の元へと足を向ける。両手両足を縛られ猿轡をされている雪は、ぐったりと首を項垂れていた。
「――解っ」
玉藻が刀印で結界に触れると、葛葉が四方に打ちつけた針が砕けた。
足を踏み入れてもはじかれる事は無い、玉藻は恭しく雪に触れると縄を解き始めた。
「高貴な雪様を縛り上げるなど、さぞお辛かったでしょう、ですがこの玉藻が来たからにはご安心下さいまし」
両手足の拘束と猿轡を解くと、玉藻はどこにしまっていたのか羽織の袖口から村正と短銃、そして仮面を取り出した。
「雪様のお持物も奪い返して置きました、今に貴方を苦しめた男を殺し、この船を沈めましょう、そして共にあるべき所へ参りましょう、雪様」
そう言って手を差し出す玉藻、このまま雪を連れて行ってよりよい国をつくる算段はもう着いていた。そしてこの船を沈める用意も出来ていた、後は雪が手を握るのを待つばかりだった。
「………………さい」
「えっ、何と申されたのですか雪様?」
玉藻がその言葉を聞き取ろうと、顔を近づける。だが雪はぶつぶつと何かを呟いているばかりで、聞き取れない。徐々に声が大きくなり玉藻にも聞こえた――。
「――五月蠅い」
玉藻が反論などする暇などなかった。正に一瞬の出来事だった――。
村正が玉藻の眼に突き刺さった。
髪で隠された方の眼を村正は貫いていた、その柄を握るのは他でもない雪本人であった。
「あなやぁ!」
とたんに玉藻の絶叫が上がる。眼を押さえて甲板で悶え苦しみその姿は、先ほどまでの陰陽師は全く異なっていた。
「五月蠅いんだ、お前等全員」
雪は村正を持ち、ゆっくりと幽霊の様に、ゆらゆらと揺れながら立ち上がった。
そして空を仰いで――。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ」
まるで慟哭の様な、そんな声が夜の海に拡散して消えて行く。
皆その行動の真意が分からないままただ立ち尽くすしかなかった。しかし変化は直後にやって来た。
船体が大きく揺れた、立っているのが困難になるほど振動だった。
「どうした! 何があった」
岩礁にでもぶつかったのかと心配する土方の頬を、風が舐める様に過ぎ去っていた。先ほどまで凪であったのに、風がどんどん強くなっている。
「たっ、竜巻だぁ!」
船のすぐ近くに、巨大な竜巻が発生していた。
夜でも分かるのは、幾つもの雷鳴が轟いているからだろう、だが先ほどまで晴天だったのだ、幾ら天気が変わりやすいといえどもこれは異常だ。
波はどんどん大きくなり、ついに甲板にも水飛沫が飛んできた。もはや立っている事も出来ずその場に倒れる者もいた。
「まずい、まずいまずいまずいっ! お前等、どこでもいいからしがみ付けぇ!」
顔を真っ青にして葛葉が言った時だった。
大きな波が甲板へと押し寄せて、とたんに富士山丸は海へ沈みかける。
あまりにすごい波で、兵達は甲板やロープにしがみ付くが、知性が無い鬼共はそのままその波に呑まれて、積み荷や小舟と共に、うねる黒い海に呑み込まれて行った。
「たっ龍久!」
鬼に胴締めにされていた龍久は、鬼もろとも波に攫われ甲板を滑る様に流されていた。
葛葉が龍久の袖に針を打ちこむと、なんとか止まったのだが、鬼は龍久の袴の裾を掴んで離さなかった。
船体がだいぶ傾いていて、このままでは鬼もろとも龍久が海に落ちてしまう。
「龍久!」
急いで葛葉が針を投げようとした時だった、そんな彼の頭上を何かが飛んで行った。
彼が状況を掴む、その前にそれは起こった――。
雪が、鬼に蹴りを入れていた。
マストから伸びているロープを掴んでいて、どうやらそれを使って大波を回避した様だ。蹴っ飛ばされた鬼は、そのまま海へと落ちていた。
その後を追う様に、雪はロープから手を離した。
「ゆっ雪ぃ!」
龍久は手を伸ばすが、それが彼女に届くはずも無く指の隙間から、雪の姿が見えるだけだった――。
甲板に打ち上げられた波が全て海へ流れると、龍久は急いで船側から雪を探した。
こんな海に飛び込むなど、自殺行為に他ならない。見眼になって探していると、海の中に一艇の小舟、そしてそれに乗っている雪を見つけた。
波で攫われた救命艇、雪はそれで脱出する為にあんな事をしたのだ。
「雪ぃ!」
こんな荒れ狂う海だ、あんな小舟では転覆してしまうかも知れない。すぐにでも飛びこんで後を追いたかったが、絶叫が聞こえて思わずそちらを見てしまった。
「なぜっなぜなのですか雪様ぁ、私はこんなにも貴方様をお慕い申し上げているのにぃ!」
雪に突き刺された眼を押さえながら、玉藻が空中で叫んでいた。
『神』に拒絶された事がよほど堪えたのか、泣き叫んでいる。
「俺達の声なんざ、とっくに届きゃしねぇよ……『夜叉』はそう言うもんだ」
葛葉が苦しそうに腹を押さえながら膝立ちになる。だが、彼の言葉は今の玉藻を刺激するだけの物だった。
「五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い!」
怒る玉藻は更に上空へ舞い上がると、右手を天高く突き上げる。
すると、上空で大波を回避したらしいあの炎の鳥が、その手の上に止まった。
「貴様等には見えぬのか! 雪様のお力に呼応した、この海神の行いがっ」
この突然の大時化は雪が起こした物だと、玉藻は言っているのだ。確かにありえないほど突然の嵐で、神仏の御業としか言いようがないだ。
「もはや雪様の居らぬこの船に用などない! このまま海の藻屑となれぇ!」
すると炎の鳥は形を変え、大きさが一丈もあろうかという炎の球となった。あれほどの炎を喰らえば、この富士山丸といえどもただでは済まない。
だが上空にいる玉藻に手の出し様がなかった。
「くそっ、銃は使えねぇのか!」
「駄目だ、全部水を被っちまいやがった……」
このまま殺されるのを、指を咥えて待つ事など耐えがたい屈辱だった。もちろん龍久とてそんな死に方望んでなどいない。
「どうすればいいんだよ、葛葉」
そうどてっ腹に風穴が空いている葛葉に、龍久は尋ねた。その必死さは十二分に伝わって来たし、葛葉はこれ以上龍久に不安な顔をさせたくなかった。
「全く、龍久君は本当にダメ男の象徴みたいな奴だなぁ、完璧イケメン少年の葛葉君がいないとこのくらいのピンチ少年誌の主人公みたいに切り抜けられないんだから、もうっ」
苦しそうに無理矢理笑顔をつくる葛葉、やはり激痛を感じている様で、龍久の肩を借りてどうにか立ちあがった。
「…………葛葉、それも未来の言葉か?」
「……ああ、そうだ」
意味は何時も通り全く分からない、だがきっと自分を馬鹿にしているのだとは思う。でもそんな葛葉の強がりが、今は嬉しくもあり哀しい。
葛葉は強がった笑顔を見せると、徐々にその体が宙へと浮き始めた。
どんどん上昇して、龍久の手も届かないほど、彼は宙に舞い上がってしまった。
一体何をするのか、龍久は怖くて仕方がなかった。
「何するんだよ葛葉、おいっ葛葉ぁぁぁ!」
龍久に背を向けると、『呪』を唱えながら玉藻へと突進した。
葛葉の体が徐々に燐光を帯び、それはどんどん強くなり、直視出来ないほどの強い光へと変わった。
「玉藻おおおおおおおおおおおおっ!」
「糞がぁ――っ!」
この船を沈めるほどの技を繰り出そうとしている玉藻には、叫びながら向かってくる葛葉を迎撃する暇がなかった。
葛葉は一気に間合いに入ると、玉藻の胴へとしがみついた。
そしてそのままより遠くへと飛んだ。
「葛葉!」
龍久は舷側にしがみ付いて、葛葉の光を頼りにその光景を見ていた。
「離せぇ、離さぬかぁ!」
喚く玉藻とその手にある巨大な火の玉と共に、葛葉は富士山丸より遠くへと飛んだ。
玉藻も分かっているのだ、葛葉がしようとしている事が――。
「ごめんな龍久、そして……ありがとう」
それは今まで本当の事を話さなかった事への謝罪と、自分を『親友』と呼んでくれた大切な『親友』への、感謝の言葉だった――。
刹那、葛葉と玉藻が爆発した。
先ほどまでの炎と水の爆発とは、比べ物にならないほどの眩い光を放つ爆発だった。
眼を開けていられないほどの光が、星よりも月よりも明るい爆発が、真っ暗な夜の空と海を照らした。
龍久も理解出来た。どの様にやったのか知る由もないが、葛葉が玉藻を巻き込んで自爆したのだ。
愕然とする龍久の耳に、かすかな声が聞こえた。
《俺が行くまで江戸で待て》
葛葉の声の様に聞こえた。
式神であるから死んで無い事は分かっていても、体が粉々になる痛みを味わっていると思うと、龍久の眼から自然と涙が零れて来た。
あの波で遠くへと運ばれたのか、雪の乗る船はもう見えない。あんな小さな小舟で果たして岸にたどり着けるかさえ分からない。
この先、幕府や新選組、この日ノ本がどうなるかなど想像さえ出来なかった。
「…………雪、葛葉」
海を照らした眩い閃光は、徐々にその輝きを無くして、まるで先ほどまで何事もなかったかの様に、嵐と共に消えて行った。
夜の海は、ただ漆黒の水面を揺らすばかりであった――。
紀州沖。
一艇の救命艇が、潮に任せるままに進んでいた。そこに乗っているのは雪ただ一人。
しかし、そんな彼女を助けるかの様に、何頭もの鯆が船の廻りを泳いで、そこに潮の道を作ってくれていた。
「…………あはっ」
雪は力なく静かに笑うと、空にある月を眺めて横になった。
ただ何もかもがどうでもよくて、眼を閉じた。
今はただこの漆黒の海に呑まれてしまいたかった。
雪の中の世界には、闇の世界が無限に広がるばかりだった。
京都 鳥羽伏見編完結でございます。
次回からは江戸へと舞台が移ります。白熱する戊辰戦争に、『神』争奪戦。
はたして龍久と雪の運命やいかに――。
次回更新は二月ごろを予定してます。




