三四話 運命の地図
時は平安の話である。
宮使えの陰陽師であった先祖は、ある事に気がついた
それは運命が複数あると言う事だった。
ほんのちょっとした事柄で、予知した未来とは別の物になる。
占いが外れる理由が解明されたのだ、どこぞで誰かが意図せずに未来を変えてしまっているのだ。だからどれほど未来を占っても『完全な未来』にはならないのだ。
故に考えた、どうすれば『完全な未来』を知る事が出来るのかを――。
そして思いついた。
幾人もの陰陽師で未来予知をし続ければいいのだ。
それも同じ未来ではない、事柄を少しずつ変えた未来を予知し続けてその情報を蓄積し続けて行く。
無論並大抵の努力ではなかったはずだ、その未来の数と言うのは無限大に近い。
それを一つずつ予知し蓄積、予知し蓄積。それらは一つの情報として蓄えられ、そして平安が終わろうかという頃に、それは完成された。
それは『運命の地図』とでも言うべき物だった。
通常の予知とは違うのは、例え他人に未来を変えられても、すぐにその未来を見る事が出来る所だ。
しかもコレの良い点は、自分が辿り着きたい未来へと誘導する事が出来る点だ。目的地を定めて、道を選びながら進んで行くのと同じ様に、臨む未来へと辿り着く事が出来る。
未来を変える為の事柄を『異点』と呼ぶ、この一族はその後この『異点』を影で操作する事によって、自分達に都合がいい様に未来を変更して行ったのだ。
「そして、その子孫がこの俺とそこにいる玉藻という事になる」
葛葉はそう平然と言いきって見せたが、その話はあまりにもすっ飛んでいて理解の範疇を越えていた。
この船にいる誰が、これを理解できると言うのだろうか、だが龍久には全く思い当たらないと言う訳ではなかった。
「じゃあ、お前が何時もまるでこの先何が起こるか知っている様な口ぶりで話していたのは……本当に未来が分かっていたからなのか? お前は全部、何もかも知っていたのか?」
「……そうだ」
池田屋の時も、禁門の変の時も、三条大橋の時も、坂本龍馬暗殺の時も、天満屋の時も、そして鳥羽伏見での戦いも――――葛葉は全て知っていたのだ。
「俺達の頭の中には膨大な未来のデータベースがある、遠い先の未来を見据え、『異点』を駆使出来るアルゴリズムがある、故に俺達は繁栄を築き上げて来た」
葛葉はそうやって説明してくれるのだが、龍久には理解できなかった、なぜなら彼の口から出た言葉の単語が全く分からないのだから――。
「ちょっと待てよ、じゃあ、お前がよく言う『全く意味が分からない言葉』は、お前が適当に言っている物じゃなくて、『未来の言葉』なのか?」
龍久は、その言葉に対して深く追求した事が無かった。
きっと葛葉が適当に造り出した口癖の様な言葉なのだろうと、勝手に思い込んでいたから、全く持って触れないでいたのだった。
「……ああ、今よりずっと後のこの国の言葉さ、この時代が終わり、次に生れる時代も終わった、更に後の時代の言葉だ」
一体どれほど先の事なのか分からないが、きっと一〇年二〇年の話ではないのだろう。もっともっと長く、気が遠くなる様な先の時代の話なのだろう。
「徳川の世が終わり、今新たなる時代が始まろうとしている、『明治』という新たな時代、新たな政府が……」
「否、新たではない、愚行を繰り返す何一つ変わらぬ時代よ」
葛葉の言葉を遮る様に、玉藻が口を開いた。
「何一つ変わらぬ『男』の社会よ、日ノ本はこれから愚行をしようとしておるのだ」
そう言うと玉藻はここにいる全ての人間を睨みつける様に、周囲を見渡した。
土方に近藤、斎藤に新八に原田、会津藩に桑名藩に他の隊士達、全てを見渡す。
「見よこの者達を……愚かであろう、自分達の立場も理解せず一つの時代が臨終を迎えようとしているにも関わらず、今こうして勝てるはずもないうねりに立ち向かっている……これを愚かと言わずに何と言う?」
玉藻がそう語りかけるが、葛葉は否定せずに口を噤んだ。
愚かと言われ、皆腹立たしくは思ったが、言葉を出す事は出来なかった。
「これより始まる時代はこの国を良く出来やしない、未来をより良くする為に我々はこの五〇〇年の時を耐えたのだ」
この国を良くする、それが葛葉達の目的なのだろうか、龍久には理解できない。
「話を据え変えてんじゃねぇ! てめぇらの目的はなんだ、とっとと言え!」
茫然とするしかない龍久の代りに、痺れを切らした土方が怒鳴った。
「『異点』と呼ばれる運命の変更点は、言わばY字の分かれ道だ、せいぜい本来の道の隣の道に変更させる程度の物、それでは進むべき方角が一緒で何時か同じ未来に辿り着いてしまう可能性が極めて高い」
進む方向が同じならば、何時か道が交わり結局同じ場所に着いてしまうかもしれない。それが隣接した道ならば尚の事同じ未来に辿りついてしまうだろう。
「だがごく稀に『異点』よりもはるかに強力な『特異点』という物がある、これを使えば分かれ道どころではない、定められた運命の道を曲がる事が出来る。本来北に進んでいた物を東に変えるほど大きな変更だ……、二度と同じ未来に辿り着く事は無い」
「だから、それが何だって言うんだよ、そんな事と雪に何の関係があるんだよ!」
そう怒鳴ると、葛葉はとても悲しそうに龍久を見つめながら言った。
「殿下が『特異点』なんだよ、龍久」
葛葉の言葉で龍久は再び何も言えなくなってしまった。もう何が何だかわからなくなってしまいそうだった。
「じゃあ……雪を連れてってどうするんだよ、何をする気なんだよ」
龍久が力なく尋ねると、葛葉は口を噤んだ。
何も答えない彼の代りに、玉藻がとても嬉しそうに気味の悪い笑みを浮かべて返した。
「雪様に、『天皇』を即位して頂くのですよ」
頭に、殴られた様な衝撃が走った。
雪が『天皇』、そんな事龍久にとっては考えもしない、思いつきもしない事だった。
「それじゃあ今の『天子様』はどうするんだ! 皇位を退くはずがない」
新八が言うが、玉藻は笑みを浮かべるだけで口を開かなかったが、その場にいる誰もが理解出来た事だろう。
――玉藻は『天皇』を殺して、雪にすげ替えるつもりだと。
「我々は五〇〇年もの間、この最大の『特異点』を待ちわびていた……、幕末という動乱も、この国の騒乱も、全て雪様が『天皇』になる為の演出にすぎない、そしてこの国の運命は変わる、未来の過ちは改変され、素晴らしい時代が始まるのだ」
玉藻は嬉しそうに、うっとりとしながらそう言う。
「もう止めるんだ、俺達の時代は終わったんだ、そんな事したって何にもならん」
「……何にもならないと言う割に、貴方は何故この四年も京に居たのですか?」
胸の高鳴りを邪魔され、少し不機嫌そうになった玉藻がそう切り出した。
「貴方はとても優秀な陰陽師だ、特に人の縁に関しては貴方の右に出る者は居らぬでしょう……だから貴方は南雲龍久の縁を使って、我々よりも先に雪様の所在を突き止めた」
四年前、葛葉はそう言って龍久の傍に当たり前の様に居座る様になった。
自分には無い縁を持っているからと言われたが、あの時は全く意味が分からなかった。
「それにも関わらず、貴方は雪様を連れ去ろうとはしなかった……とっとと行動していれば、我々が雪様を探し当てる事は不可能だったでしょう」
玉藻の言葉で、龍久は思い出した。
そうだ葛葉は二年前の三条大橋の時に雪に出会っていたのだ。
「……なんでだよ葛葉」
龍久はそう哀しそうに言葉を紡いだ。葛葉はそれをただ黙って聞いていた。
「お前は二年も前に雪に会ってたのに、なんでずっと俺の傍にいたんだよ! 雪を連れてとっととどこへなりとも行っちまえばよかったんだ……なのに、なのになんでずっと傍にいたんだよ!」
龍久は全ての感情を葛葉にぶつける様に、言葉を吐いた。
だが大切な友人に裏切られた龍久には、まだ足りない。
「なんで俺の傍にいたんだよ、俺の縁を利用する為か! だったらなんで俺と仲良くなったんだよ、俺は、俺は……お前を………本気で友達だって思っていたのに!」
眼から涙が零れ落ちても不思議ではなかった。
裏切られた怒りと哀しみで、自分がどうにかなってしまいそうだった。
「答えろよ葛葉ぁ! お前は俺をずっと利用してたのか!」
夜の海の潮騒に、龍久の言葉はゆっくりと呑み込まれていった。
その余韻が消えて、葛葉はようやく顔を上げた。
そして――。
「そうだ、俺はお前を利用していた」
そう答えた。
この言葉が耳に届いた時には、龍久の頬を熱い雫が下っていた。
ただ哀しくて、悔しくて、その雫を拭い去る事も出来ないほどだった。
「お前に近づいたのは、所在不明の殿下の居場所を見つける為だった、それが俺の一族の使命であり、目的だ」
葛葉の言葉が、今はただ心に突き刺さるだけだった。
「……俺は玉藻達『革新派』に見つかる前に殿下を見つけて、彼女を俺達『保守派』が迎え入れるつもりだった、その為にお前に接触した」
聞きたくなどなかった、遮ってしまいたかった。もう何も信じられなくなってしまいそうだった――。
「でも、俺には一つだけ誤算があった………それがお前だよ龍久」
「えっ?」
葛葉は真剣な表情で龍久を見つめる。
「そうさ、俺はお前の事なんてただの青臭い餓鬼だとしか思っていなかった、利用するだけしたら捨てるつもりだった……でも――出来なかった」
どこにでもいる、ただの男。あるいはこれから訪れる未来を全く予測できない、哀れな人間だとしか思っていなかった。
だが、何時しかそうは思えなくなった――。
「龍久、お前は俺が思っていた以上に馬鹿で、人の心持ちなど考えないで、これが正しいと思ったらそれしか信じないで……女心も分かってねぇ、本当に馬鹿としか例え様の無い奴だけれど……」
葛葉はそう言うと、哀しそうに呆れながら微笑んだ。
「お前は素直で嘘がない、小気味の良い男だった――もっとお前が嫌な男なら、俺はお前を見捨てて殿下を連れて行けたんだ、でも俺は何時しかお前ともっと一緒にいる事を望んでしまったんだ」
その葛葉の言葉に偽りなど感じられない、何時ものおふざけもない、自分の事を正直に話してくれている様に思える。
「俺はずっと悩んでいた、使命を果たさなければと思う分お前と共に居たいと言う俺個人の欲にも抗えなかった、だからこんなにずるずると引き延ばして、最悪の結果を招く歯目になったんだ……」
玉藻に雪の居場所を見つけられ、龍久に最悪な形で目的がばれて、葛葉自身が招いた結果なのだが、例えその様になったとしてもどうしても譲れなかった。
龍久のいるこの京を離れるなんて――。
「俺は未来を変える事に反対なんだ、俺達陰陽師が運命を操作するのは間違っていると主張していたんだ、だから殿下を誰にも見つからない所へ連れて行こうとしていた」
「でもっ、でもお前は平助を助けようとしたじゃねぇか!」
陰陽師に言う事が正しいとすれば、本来の道筋では平助は死ぬはずだったのだ。それを自分に伝えて助けようとしてくれたのは、他でもない葛葉だ。
龍久の問いに葛葉は少しの間を開けてから、ようやく答えた。
「藤堂が死んだら……お前死ぬほど哀しむじゃねぇか」
「えっ……」
「お前は正直な奴だよ、藤堂が死ねば哀しんで泣くだろう……俺はお前にそんな思いをして欲しくなかったんだ、別に藤堂の奴がどうなったって構わなかったがお前にそんな思いをして欲しくなかっただけだ」
その言葉は、何時もよりずっと真剣そのものなのに、なぜだかとても優しい物に感じられた。
「龍久、お前は本当にずるい奴だ……、かの陰陽法師ここにありと謳われた俺が、人の心を持って居ないと言われたこの俺が、ここまで、ここまで骨抜きにされるとは……」
葛葉はそう言って、喜びと哀しみが混ざり合った、複雑な表情で月を見上げる。
美しい満月がただただぽっかりと空に浮かんでいた。
「お前は俺が『式神』である事を知っても、俺の生を喜び、ましてや友と呼んでくれた……俺の生を喜んでくれた人間が他にどこに居るのだ、俺を友と呼んでくれた人間が他にどこに居ると言うのだ、此処にいるこの『俺』が『俺』だと言ってくれた人間が他にどこに居るというのだ」
葛葉の声は震えていた、月を見上げていなかったら熱い物が眼から零れ落ちたかもしれない。
「俺は幕府なんて物がどうなったっていい、これから生まれる政府なんて物もどうだっていい、好きに戦争でもしていればいい……でもなぁ龍久だけは違う」
葛葉は視線を眼の前に居る玉藻に移した。
そして鋭い眼光を向けながら、目の前の敵に向けて叫んだ――。
「龍久は、俺の友だけは、死んでも守る!」
嬉しかった。
葛葉はやっぱり葛葉だった。龍久の涙は何時しか止まっていた。
「あくまでも私の邪魔をするのですねぇ葛葉殿……、いいでしょう、いいですとも! それならばお望み通り、此処にいる全員を殺してから雪様を奪う、最悪の悪役にでもなって差し上げますよ!」
玉藻がそう悪役にお似合いな笑みを浮かべた。
「この餓鬼がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「この老害がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
葛葉と玉藻の怒号と共に、二人の髪や服の袖などが風も無いのに揺れていた。まるでそこだけ風に変わる何かの力があるかの様に――。
「渇っ!」
葛葉の気合いの叫びと同時に、まるで何かに吹っ飛ばされた様に玉藻が宙を舞った。
よく分からないが、どうやら葛葉の攻撃だったらしい。
「龍久、お前は殿下をお守りしろ!」
葛葉は龍久の手を掴むと、無理矢理雪の隣へと引っ張った。
「待ってくれ、俺も戦う!」
「良いから、お前は俺の代りに殿下を守ってくれ!」
そう言うと、葛葉は龍久の言葉も聞かずに、二人の周囲の甲板に向けて、あの五寸もある大きな杭の様な針を、四方に四本打ちこんだ。
「この中なら安全だ、殿下をしっかり抱えて離すんじゃねぇぞ!」
そう言うと葛葉は背を向けて、吹っ飛んで行った玉藻へと視線を移す。
だが玉藻はどういう訳か、地上から二丈ほどの空に平然と立っていた。
「流石は針の陰陽法師と呼ばれた貴方の霊力、ただの衝撃で此処までの物とは……」
皆空に浮かんでいる玉藻に驚いていた。だが驚きはそれだけではない、玉藻が上を向くとその口から、長さが二尺二寸ありそうな刀が出て来たのだ。
「だが、我が大望の邪魔はさせん!」
そう言うと玉藻は日本刀を天に突き刺す様に、頭上に向けて構えた。
《属性は炎、方角は南、星は火星、色は紅》
玉藻がそう呟き始めると足元に光る星型の方陣が浮かび、皆が持っていた松明の炎がまるで引き寄せられるかの様に空へと登って行って、まるで人魂だった。
《属性は水、方角は東、星は水星、色は黒》
まるでそれに呼応する様に、葛葉も同じ文言を口にした。同じ様に星型の方陣が浮かび先ほどまで穏やかだった海が、突然大きな波しぶきを上げて唸った。
《我が問いかけに応え、汝の力を示せ――朱雀》
《我が問いかけに応え、汝の力を示せ――玄武》
炎と水が、それぞれ何かを形作っていた。
《紅点無双》
《黒点無双》
二人がそう叫んだ時、巨大な翼を広げた炎の鳥と、海中から顔を覗かせる水の亀がそこにはあった――。
玉藻と葛葉のまわりにも、炎と水がまるでその身を守る様に渦を巻いてた。
「あっあああっ」
龍久は、巨大な水の亀の顎を見上げながら、言葉を失っていた。
それもそうだろう、今まで散々戦場には立ったが、此処まで人間離れした物に立ちあったのは、初めての事だった――。
「これが、陰陽師」
雪を抱きしめながら、龍久はその光景をただ眺めている事しか出来なかった。
「業火に苦しみ、焼け死ねぇぇ!」
玉藻が日本刀を振り降ろすと、それがまるで号令であったかの様に炎の玉が、数え切れないほどの数で降り注いで来た。
まるで炎の雨だった、その光景に隊士達や会津兵達からは叫びながら逃げ惑っていた。
「させるかぁ!」
葛葉が右手を振るうと、海から幾つもの水の玉が舞い上がった。
そして玉藻の放った炎へと向かって行った。
そして爆発が起きた。
高熱の炎は水を一瞬で蒸発させて水煙があがった。
もはや人の戦いではない、こんな常識はずれな戦いなど、化物の戦いとしか言い様がなかった。
炎の鳥と、水の亀はその口を大きくと開けて、互いに威嚇しあっていた。
「流石と言わざる負えませんねぇ貴方のその力……、ですがその様なお荷物を抱えて居てどこまで戦えますかな?」
玉藻は眼下の葛葉にそう言うと、懐から幾つもの札を出した。それを放り投げると、紙とは思えないほどの速度で落ちて行った。
そしてそれは徐々に形を変えて、甲板に降りてくる頃には、首の無い体に大きな一つ目眼がある、肌が黒い身の丈が二間はありそうな鬼だった。
「愚か者の武士共を、殲滅しなさい!」
玉藻の号令と共に鬼共は兵士達に襲いかかった。
武器など持っていなくとも、その巨大な手の平手打ちだけで骨が折れ、肉が裂ける。その手に握られただけで、頭蓋が割れ、脳漿が飛び散る。
「うああああっ」「ひいいいいっ」「たっ助けてくれぇ」
突然現れた鬼に慄き逃げ惑う兵士達、それを楽しむ様に鬼共は虫を潰すたやすい感じで兵士を殺して行く。
「くそっ!」
葛葉が鬼を倒す為に水弾を放とうとするのだが、玉藻が葛葉に向けて炎弾を放った。
突如頭上に来た攻撃に戸惑ったが、水弾でその攻撃を防いだ。
「貴方の相手は私ですよ、葛葉殿ぉ」
玉藻は口の両端を大きく広げて笑うと、もはや炎と化したその日本刀を振るった。今度は斬撃が三日月の様な形をした炎として襲いかかってくる。
「波ぁっ!」
葛葉が気合いと共に右手を振るうと、海から水の蠎蛇が顔を出して、炎の斬撃に向かって噛み付いた。
瞬間水も炎も相殺され蒸気の爆発を起こす。
「ちっ、やはり下では不利か……」
葛葉はそうぼやくと、玉藻と同じ様に宙へと浮かんだ。
「てめぇこの化物共をどうにかしやがれ、こいつはお前等の本分だろうが!」
土方が宙に浮かんでいる葛葉に向けてそう怒鳴った。
周りには、為す術も無く鬼共に殺されていく兵士達、その光景に葛葉も顔をしかめた。快いはずがない、それが玉藻の手で行われているのならば尚の事責任は自分にある。
しばらく葛葉は悩んだが、それでも土方に向かって言い放った。
「俺が守るのは殿下と龍久だけだ、武士だったらてめぇの命ぐらいてめぇで守りやがれ!」
そう吐き捨てる様に言うと、葛葉は玉藻に向かって飛んで行ってしまった。
「言いやがったな、この葛野郎」
土方はガチガチと歯を鳴らすと、周囲に居た隊士に向けて怒号を飛ばした。
「おめぇら、こんな化物にぎゃあぎゃあ言ってんじゃねぇ! 俺達は新選組だぞ、化物が怖くて武士何ぞやってられるかぁ!」
鬼の副長の号令で、恐怖に狂っていた兵士達の眼に闘志が宿り始めて来た。
「一人で戦うんじゃねぇ、必ず複数で斬りかかれぇ!」
少しずつ平静を取り戻して行った兵士達は、少しずつその言葉を受け入れ反撃を始めた。
だが鬼の力も強いがなにより数が多く、雪を抱く龍久の元にも一匹やって来た。
鬼はその大きな手を二人に向かって振る下ろして来た。
「うわああっ」
龍久は必死に雪を守ろうと、強く抱きしめるのだが、バチンと大きな音をたてたかと思うと、鬼の手は眼と鼻の先の宙で止まっていた。
「あっああっ」
見ると、鬼の手は透明な壁の様な物で防がれていた。鬼の手がある所がバチバチと火花を散らしていた。
龍久は葛葉がこの中が安全という意味が分かった。何か陰陽の術をここに施してくれたのだろう、鬼の攻撃は二人には届かなかった。
「葛葉は……」
龍久は上を見て葛葉を探した、マストの先の方で玉藻と戦っていた。
「なぜ分からない! 雪様が『天皇』になれば全てが変えらるのだぞ!」
「俺達の時代は終わったんだ、いい加減諦めろぉ!」
「関東大震災も第二次世界大戦も東京大空襲も人間宣言もGHQも憲法第九条も男女差別も尖閣諸島も竹島も北方領土も拉致問題も阪神淡路大震災も赤字財政も少子高齢化も年金問題も教育問題も無能な政治家も極東の外交も東日本大震災も――――」
「違う、その代わり別の事が起こるだけだ! それに代わるだけの事が――」
時折見える玉藻の炎から察するに決着はまだ着いていないのだろう。
二人の言っている意味は龍久には理解できなかった。
きっと彼らしか知らない未来で起こる事柄なのだろう。
「雪大丈夫だからな、俺が絶対守るからな……」
そう言う龍久の声は震えていた。これから先の不安というのもあるが、少なからず雪が『神』だと言う事を聞いて動揺していたからだ。
今はただ雪を守る為に力強く抱きしめるばかりだった。




