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雪華散りゆき夜叉となりて…  作者: フランスパン
第二部 京都編 鳥羽伏見
35/74

三三話 神の系譜


 その昔、この日ノ本に降りられた神々があったそうだ。

 その神は天帝天照大神の孫――天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命(アメノニギシクニニギシアマツヒコヒコホノニニギノミコト)である。

 ニニギは、神々の国である高天原から天帝の命を受け、この中つ国に降りたたとされている、その後に生まれてくる彼の子孫こそ、初代天皇『神武天皇』である。

 『天皇』は『神』――故に尊く、故に敬う。

 その血族は、一度も途絶えることなく、一二二代も続いているのだ――。

「雪が……『神』の子孫?」

 龍久はそう呟いたが、言っている自分でも信じられなかった。

「まてお前の言う通り、そいつが『天子様』の子孫だとしてもだ、今の『天子様』の子供ではないならば、内親王とお呼びするのは可笑しいぞ」

 隊士に肩を借りながら近藤がそう言っていた。どうやら騒ぎを聞いてやって来た様だ。

 だが近藤の言う通りだった、内親王というのは天皇の娘に対して使う物だ。今の睦仁天皇と、雪は家族ではない。

「それにそうだとしても、『天皇』の子孫はこの国にこいつ以外にも何人もいるはずだ、そいつら全員『神』と呼ぶなら、随分この国には『神』が多いんだな」

 土方もそう反論する。確かにその通りだ、一二二代も続いているのだからその分だけ子孫だっているはずだ、だから後醍醐天皇の子孫だからと言って、特別という訳ではない。

「……ならもし、今の天皇家が『神』で無いとすればどうだ?」

 その言葉に皆戸惑った。『神』だと言っておきながら自分で否定しているのだから、野次を飛ばす者もいたが、葛葉はそんな事どうという事も無いと言う顔で続けた。

「『神』とは言わば絶対的な権威だ、天の神、海の神、山の神、それらの血を身に宿した『天皇』すなわち『神の系譜』は、この現世に存在する生命の全てを服従するに足りるであろう、そしてその権威は、元は全ての『皇族』に存在していた」

 ニニギとその子孫は、山の神と海の神との間に子を生し、天・海・地その全てを治める力を得て、この中つ国を支配する事が出来る様になったと言う。

 『天皇』の力というのは、この権威である。

 そしてその力はその血を一滴でも継いでいれば、皆が持っていた物だった。けれども『皇族』の数が増えれば増えるほど、その力は分散しごくごく小さな物になっていた。

「『神の力』、この場合『神の加護』が正しいかろう、南北朝時代にはその加護と言うのは本当に微々たるものであったが存在していた、しかしこの時一人の女が現われた」

 後醍醐天皇は、大変な好色家であった。

 何人もの女と関係を持ち、それだけの子もあった。その女もその内の一人だった。

 些細な事で、女と関係を終わらせる事になったそうだが、この時既に女の腹には赤子があった。

 後醍醐天皇は仕方なく、女に何でもくれやると言って手打ちにしようとした。

 そうして女は慎ましくこう言ったそうだ。


 『貴方様の一族の力を、この子に全て御授け下さい』


 しかしこの時、女の言っている事が、後醍醐天皇には分からなかった。

 ただの口約束だったと伝えられていて、その位の事で諦めてくれるならばと了承した。

「そしてその異変に気がついたのは、俺の御先祖だった……間違え無く全ての『皇族』に宿っていたはずの加護の力が、全て無くなっていた」

 皇族に自覚が無くとも、陰陽師達は焦った。

 今の今まで『神』としていた者が、ただの人になってしまったのだから――。

 すぐ様女を探した。女の腹にいる赤子だけが、この国の唯一の『神』となってしまったのだ、それはもう血眼になって探した。

 だが女の足跡を辿るのは難しかった、一〇年、二〇年経っても見つからず、とうとう五〇〇年という長い時間がかかってしまったのだ。

「俺達が認めているのは、ここに居られる『神の系譜』の正当なる後継者である雪殿下だけだ、『神の加護』を持つ者のみが『真の天皇』、つまり内親王という事になる……」

 葛葉の話を信じるとすれば、確かに『神の系譜』の後継者である雪こそが、今いる『天子様』よりも由緒正しいのかも知れない。

 だが、突然そんな事を言われて納得できるはずがなかった。

「馬鹿馬鹿しい、何が『神』だ、何が『系譜』だ! そんなもん誰が信じるんだ」

「別に俺はお前達に分かってもらうつもりはない、ただ問われるままに返しただけだ」

 証拠など無い話を、土方や近藤達が信じられるはずがなかった。

 突然仲間を殺した奴を、『神』だから敬えと言って誰がそれに従うだろうか――。

「お前達が分かればいい事は、このお方を殺させる訳にはいかない事だ、このお方は俺が連れて行く」

 その言葉を聞いて土方は眉を吊り上げた。

 一度新選組が捕まえた者を、勝手に連れて行かれるのは腑に落ちないからだ。しかもそれがよりによって葛葉であると、より承諾しかねる。

 だがそんな土方よりも、誰よりも、それを拒んだのは龍久だった。

「葛葉……、お前葛葉なんだよなぁ」

 龍久は哀しそうに問うた。その表情は平助が死んだ時よりも暗い。

「……そうだ、俺はお前と会ったその日と何も変わらぬ葛葉だ」

「お前は俺に嘘をついていたのか! お前は、お前はぁ!」

 感情がどっと押し寄せて来て、口が言葉を紡げなくなった。

「嘘はついていない、俺はお前に『お前の探している人を探している』と言ったはずだ、お前はずっと殿下を探していただろう」

 確かに雪を探していた、三条大橋で再会したあの日からずっと雪の事を探していた。でもそれは葛葉に会った後の話だ、これではほとんど嘘をついているのと変わらない。

「…………殿下は連れて行く」

 葛葉はそう言うだけだった。その顔は今まで見た事無いほど冷やかな物で、まるで別人になってしまった様だった。

 雪を連れて行こうとする葛葉の勝手を、この船の者達が許すはずも無く、皆刀や槍を構え始めてしまった。正に一触即発となりそうな時だった。


「一体何をやっているんだ!」


 そう周囲を叱咤する声が響き渡った。

「やっ……山崎さん」

 それは意外な人物だった。山崎はこちらに歩み寄ってくると、土方と近藤の横をすぎさり、葛葉を睨みつける。

「彼女は怪我人だぞ、それを勝手に病室から連れ出して、医師の俺の許可なしにその様な勝手止めて貰おうか!」

 どうやら葛葉が連れ出したと勘違いしている様だ。医師としての矜持がそれを許さないのだろう。

「そのお方は胸の骨を折られているんだ、激しく揺らせば治らなくなるぞ、さあそのお方をこちらに――」

「否」

 かなり強い口調で言っているにも関わらず、葛葉はそれを突っぱねたのだ、山崎はより顔に筋を浮かべる。

「お前、その方を殺すつもりか!」

「やっ山崎さん、あんまり怒ると傷口に響きますよ!」

顔色の悪い彼に労わりの言葉を掛けるが、それでも彼の怒りは燃え上がり鎮火しなかった。どうすべきかと考えていると、再び葛葉が口を開いた。

「龍久、そいつから離れろ!」

 かなり焦った様子でそう言っている。

 そいつというのは、山崎の事を言っているのだろうか、自分の傍にいるのは彼だけで他の者とはそれなりに離れている。

 なぜ山崎から離れなければならないのか、理由がさっぱり分からない。

「何言ってるんだよ……葛葉」

「良いから、そいつから離れろ!」

 相変わらず強い口調でそう言うが、今葛葉の言葉を聞こうと言う気にはなれなかった。今までずっと信用して来たのに、今は疑う事しか出来ない。

「そんな風に訳も言わず命令されて聞ける訳がねぇだろう! 俺だって馬鹿じゃねぇ、こんな仕打ちをされて、それで、はいそうですかと利けるか!」

 そう言い返すと、葛葉は口を噤んだ。

 そして一時考えると、こちらを睨みつけながら言葉を紡いだ――。


「その山崎は偽物だ」


「えっ?」

 龍久は何を言っているのか理解できなかった。目の前にいるのは間違えなく山崎だ。

 四年も一緒にいたのだ、顔も体の造りもしっかりと記憶している。これが彼でないはずがない――。

「何言ってるんだよ葛葉! これ以上ふざけるなら怒るぞ!」

「……ふざけてなんかいないさ、こいつは山崎ではない」

 一同の視線は、自然と山崎の方へと向かう。

「何言ってんだよ坊主、こいつが山崎じゃねぇなら、一体誰が山崎なんだ」

「そうだ、狐狸が化けてんならまだしも」

 新八と原田が茶化す様に言うが、葛葉の表情は変わらない。ただ偽物と言い張る山崎を睨みつけるばかりだった。

「そこまで言いきるならば、俺が偽物という証拠でも出してもらおうか」

 身の潔白を証明する為に、両手を上げて無抵抗の意を表示するが、葛葉はゆっくりと口を開いた――。

「龍久、お前は男山を走っていた時、山崎の前を走っていたから知るはずもないだろうが、俺は見たんだ山崎が胸を撃たれる所を……」

「えっ……」

 龍久は振り返った。胸を撃たれたら死んでしまう、それに山崎はあの時肩を撃たれたと言っていたはずだ――。

「知っているか? 山崎はな雪殿下の事を龍久の『恋人』だと言っていたんだ、まあこれは勘違いも甚だしい訳なのだが……でもお前はずっと『あのお方』とか『そのお方』と呼んでいた……、なんで俺がこのお方が『神の系譜』を継ぐやんごとなきお方だと言う事を説明する前から、お前はこの方が、敬われる存在だと知っていたんだ?」

 この船にいる人間の視線が、全て山崎へと注がれる。

 きっと怒りながら否定すると誰もが思っていた、龍久だってその一人だった。

 しかし、山崎はにこりと微笑んでこう言った――。


「見られてしまっていてはどうしようもありませんねぇ」


 その口調は山崎の物ではない。

 それにその微笑みも、男らしい山崎からは考えられないほど不気味な笑みだった。

「酷い人だ、見ていたならばもっと早く言えば良い物を、そうすれば私にここまで侵入される事も無かったのに……」

「……一瞬だったからな自信は無かった、俺はむしろ後者の方でお前を疑っていた」

 くすくすと笑う山崎。何が可笑しいのか龍久にも土方にも、誰にも分からなかった。

「山崎、つまんねぇ冗談言ってんじゃねぇよ!」

「そうだぞ山崎君、全く面白くないぞ……」 

 新八と近藤がそう言うが、山崎の表情は変わらない。薄気味の悪い笑みを浮かべている。

「やっ、山崎さん……嘘ですよね」

 龍久がそう聞くと、山崎はおもむろに服をずらして自分の右胸を晒した。

 そこには赤黒く変色した穴が開いていた。その周囲は青く変色していて、精気という物が何一つ感じられない――。


 それは銃弾で開いた穴だった。


 普通の人間はこの傷で生きていられない。

 龍久でもようやく理解出来た――ここにいるのは山崎ではない。

「一つ訂正させてもらいますが、私は彼の呼び方に関しては知っていましたよ」

 服を直しながら、そいつはそう言って龍久を睨みつける。

「ただこんな下賤な男に対してその様な表現を用いるのは、この私の矜持が許せなかった……例え正体がばれる様な事になっても、呼ぶ訳にはいかぬわ」

 怒り、憎しみ、そんな山崎の顔でそいつは睨んでいる。

 ただこの場にいる全ての人間が、この得体のしれない物に対して警戒していた。

「くふっ、あはははははははははははははっ」

 そしてそれを嘲笑うかの様に笑っていた。

高らかに不気味に笑いながら背中を猫の様に丸めた――。

 

その瞬間、背中から腕が生えた。


 肉を貫きながら、右手が出て来た。

 内側から貫いて来た腕は、まるで布を裂く様な軽快さで背中の肉を縦に割ってゆく、そして背中を縦に割りきると、蛹から羽化する蝶の様にそいつは出て来た――。

前に長く垂らした前髪で片目を隠し、もう片方には刺青が彫られ、白い着物に紫の羽織を纏ったなんとも中性的な人物――。


「……たっ玉藻」


 龍久の頭に、平助が殺された時の映像が甦る。それと同時にあの時の恐怖と、憎しみがこみ上げて来た。

 玉藻が完全に体から抜け出すと、山崎の体は支えを失った様にもろく崩れ落ちた。

 それは本当にただの屍だった。

「山崎君、山崎君! 貴様山崎に何しやがった!」

「これはこれは局長の近藤勇……、別に私は何もしていませんよ、ただそこにちょうどいい死体があったので中に入って操っていたまでの事」

 男山で狙撃された時、本物の山崎は既に死んでいたのだ。

 玉藻はその体を被って、この富士山丸に潜伏したのだ。

「死臭は腐りかけの兵士共で誤魔化しやがって、おかげで気がつくのに四日も掛った」

「それでも限界を迎えていたので、そろそろ脱ごうと思っていた所ですよ」

 そう言う玉藻の体には、一体どんな術を使ったのか血が一滴もついていない。

それ以前に、人間の体から、同じぐらいの身の丈の人間が出てくるなど考えられない、皆驚き、戸惑い、ある者は恐怖し叫んでいる者もいる。

 だが玉藻はそんな者達が見えていないのか、数歩進むとそこに両膝をついた。

 そして深々と甲板に額を当てながら、五体投地をした。


「よくぞ御無事でいらっしゃいました、我らが『神』よ」


 それは葛葉の後ろにいる雪に対しての、最上の礼だった。

「我ら一族この五〇〇年の間、御身との邂逅の日を夢み、今日まで生きて参りました……そしてこの私の代でそれがなされた事、光栄の極み」

 玉藻の眼から涙が流れていた。『神』と出会えた事がそれほど嬉しいのか声も震えていた。

「雪様、どれ程口惜しかった事でしょう、男共に虐げられ、男女の差別に苦しみ、その様に御心を痛められ……この玉藻、口惜しくて堪りませぬ」

 この言葉に雪さえも驚いているのだから、それ以外の人間が驚かずに居られる訳がない。

「さあ雪様、本来御身のあるべき場所に行きましょう、この玉藻と共に」

 そう言って手を差し伸べる玉藻だが、その前に葛葉が立ち塞がった。

「殿下は渡さない、彼女は俺が連れて行く」

 すると玉藻は立ちあがり、葛葉を睨み殺さんと鋭い眼光を向ける。

 カチカチと歯を鳴らしながら、その怒りを露わにした。

「なぜ邪魔をする、元は同じ大望を抱いた血族でありながら、なぜ我が邪魔をする」

「大望などではない、俺達が抱いたのは幻想にすぎない……これ以上の干渉は不要だ」

「ならば何故、藤堂平助を生かそうとしたのだ!」

 玉藻の言葉に、龍久は反応せずには居られなかった。

 なぜここで平助の名前が出て来たのか、意味が分からなかった。

「藤堂が生きていれば、津藩の裏切りは阻止できたでしょう……アレは藤堂藩の妾の子、貴方の手腕ならば、その程度の事たやすい、だが津藩裏切りを阻止する目的で、貴方が藤堂を助けるとい行動は理解できない」

 表向きは三浦に殺された事になっている平助の話が出て来て、新選組隊士達の間で波紋が広がって行く。

 それは龍久とて同じ事、皆この陰陽師達の言動が理解できなかった。

「葛葉、お前の目的は一体何なんだ、雪を連れて行ってどうするつもりなんだ!」

 そう問うと、葛葉は眼で龍久の方を見てから、天高くある月を見上げた。

 その表情は悠久の時を見る様に、何処か哀しげに見えた。

「俺達は、『運命』を垣間見る事が出来るんだ」



●●用語解説●●

 (略)ニニギ――日本神話における最高神、天照大神の孫。

  色々あって大国主という神様からぶんどった中つ国という国(現在の九州といわれてる)に降り立った神様。

  お嫁さんを二人(山の神の姉妹)ももらうけど、不細工な方をのしを付けて返してしまうぐらいのダメ男(そのせいで人は限りある命になってしまったらしい)

 神武天皇――言わずと知れた初代天皇。読み方はじんぶてんのう。

 存在したかどうかはさて置いておいて、この作品では存在している。

 一二七歳まで生きたとされる。

 後醍醐天皇――言わずと知れた鎌倉幕府を倒した人物。

 天皇中心の国づくりをするために、鎌倉幕府を倒したのだけれども、武士からの反発にあい、足利尊氏に裏切られた。

 後に南朝という朝廷を作る。結構な女好きだったらしい。

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