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雪華散りゆき夜叉となりて…  作者: フランスパン
第二部 京都編 鳥羽伏見
29/74

二七話 鳥羽伏見~開戦~

 新章突入です! 戊辰戦争勃発!

 時代が大きく変わり、戦争が始まろうとした時、雪は武士を皆殺しにすることを宣言し、土方という『鬼』を殺す『夜叉』になる。

 彼女を思い続ける龍久の運命とは――?

 そして陰陽師の葛葉と玉藻の目的とは――?

 

 激動の幕末の物語、三度ここに開幕に候――。

 

 日本は割れていた。

 大政奉還により朝廷に権力こそ戻ったが、外交能力などあるはずも無く、結局幕府側にこれまで通り外交などを任せるしかなかった。

 徳川慶喜の狙い通り、幕府はこれまで通り力を持ったまま存在し続ける事になったのだが、これに異を唱えたのが薩長等の倒幕派であった。

彼らは『王政復古の大号令』を発し、江戸幕府の完全な消滅、徳川慶喜の将軍職辞職、更に京都守護職の廃止、更に摂政、関白、幕府の政治体制を廃止し、新たな政治体制を築くという物だった。

これに表向きは同意したもの、徳川慶喜はなかなか踏み切らず逃げる様に京都二条城から大阪城へと向かった。

 これが一二月一三日、勅命を受けた翌日の事である。

 京都では会議が開かれていたのだが、一向に慶喜からの連絡がない。すっかりだんまりを決め込んだのである。

 そうしてその頃以前から『討薩』を掲げていた、幕府側の過激派をそんな慶喜が押さえ切れるはずも無く、表向きは『天皇』を救出する為の出撃が開始された。

 一二月一六日、京都守護職の会津藩や桑名藩と共に、新選組は京都伏見奉行所で幕軍と落ち合う為に一万五〇〇〇の兵で出陣した。

 しかし二一日には伏見奉行所周辺を、『新政府軍』が包囲したのだった。


 翌年 慶応四年(一八六八年) 一月三日。

 龍久は武装をしていた。いつでも戦闘になってもいい様にと命令されたのだが、決して本意ではなかった。旗本として幕府の為に戦うのは龍久には躊躇いなどない、むしろ本望だ、だが問題はその相手が雪であると言う事だった。

(……雪、アレからどうなったんだ)

 白い襟巻を龍久は大切に持っていた。もはや雪の面影を感じられるのはこれしかなかったからこれだけは屯所から持ち出して来たのだ。

 この奉行所に詰めてから一体何日過ぎただろうか、もう日付の感覚さえなかった。

「龍久君なにマフラーの匂いをくんかくんか嗅いでるんだよ、もうこの助平」

「そんな事してねぇ! て言うか葛葉何お前雑煮を食ってんだよ」

 相変わらずのおふざけに龍久はほとほと愛想が付きそうだった。

「いやななんとなく京風の雑煮が食べたくてな、食べるか龍久」

 そう言って味噌味の雑煮を見せる葛葉、だが今は到底餅など食べられなかった。

「……近藤さん達大丈夫かな」

 それは一二月一八日の事である、二条城から帰ってくる途中の近藤が御陵衛士の残党に狙撃されたのだ。運よく銃弾は肩を貫き近藤はなんとか屯所まで馬を走らせた。

 しかし怪我の具合は良くなく、土方の命令で、労咳により寝込んでいる沖田と共に、近藤は大阪へと移送された。

「なあに、死にはしねぇよただ治るまで時間はかかるけどな」

「なぁ、お前の陰陽の力で何とかならねぇのか? ほら俺を走らせた時みたいに」

「アレは韋駄天の力をお前に宿らせたんだ、それに俺は怪我を治す様な術は苦手だし、あんまり干渉したくねぇんだよ近藤とか土方には」

 何を言っているのかはさっぱりだったが、無理だと言う事は分かった。

 ため息をつくと、無言の時間が流れた。葛葉は黙って雑煮を食べているし、他の隊士や会津桑名藩の者達も何処か緊張した面持ちだった。

 やはりこれから戦が始まってしまうのだろうか、将軍が兵を挙げたと言う事はそういう事になるのだろう。

「……なあ葛葉、日本はこれからどうなるんだ?」

「俺に聞いてどうするんだよ、大体お前がそんな事言うなんて珍しいな、あちっ」

「土方さんは変わらないと言っていたけど、雪は変わるべきだと言ってた、俺は馬鹿だからどっちがいいのか分かんねぇ……でもお前なら何でも知ってるだろう?」

 葛葉は雑煮を置くと、真剣に答えてくれた。

「陰陽師の意見から言わせてもらうと、龍久お前が感じた事が答えだ……それはどっちも同じ事を言っているかもしれないんだぜ」

「なんでだよ、変わるのと変わらないのじゃ違うだろう?」

「良いんだよ龍久、お前がこれを分かる様になる日はいつか来るさ、だから今はただその答えを考えればいいんだ……変わるけど変わらない物、変わらないけど変わる物を」

 なんだかはぐらかされた様な気がする、葛葉は何時もこうやって難しい事になると逃げる傾向にある。きっと彼でも分からない事なのだろう。

 二人がそんな会話をしていると、土方が斎藤と共にやって来た。

「お前まだいたのか……」

「こうも囲まれてると逃げられねぇんでねぇ、それより随分お怒りの様で」

 葛葉がそう言うと土方は渋い顔をした。どうやら何かあったらしい。

「幕府の別動隊の奴らが、主導権を握らせろってうるせえんだ、俺達が先にこの奉行所に詰めてたってのに……」

 幕軍は、大阪から京都へ進む為に本隊と別動隊に別れた。本隊は鳥羽街道へと進み京へ、別動隊はここ伏見にやって来たのだ。

 しかし幕軍は新選組を田舎侍と罵り、後から着たにも関わらず命令をして来たのだ。

「俺達新選組はずっと京の都を守って来たっていうのに、こういう時だけ出張りやがって」

 ちょうど新八と原田もやって来た。随分とご立腹で別動隊の面々を睨みつけていた。

「土方さんあいつら一発とっちめてやろうぜ、どっちが上だか示すんだ」

「馬鹿野郎、俺達は会津の下っ端だぞ、幕府軍に盾突く様な事出来る訳ねぇだろう」

 だがそんな土方だって、幕軍の事を悪く言っていたはずだ。

「俺が言ったのは指揮官の事だ、大体なんで上様の野郎は大阪にいるんだ、とっとと出て来いってんだ」

 確かに徳川慶喜が一向に大阪から出てこないのは龍久も不思議に思っていたが、そう言う物なのだろうと納得していた。

「なあ葛葉お前はどう思う……て、何やってるんだ?」

 葛葉は真っ白な小鳥を指に止めて、何やらそれを真剣な表情で見つめていた。小鳥と戯れるなど、彼らしく無いと正直思った。

「……鳥羽街道での戦闘が始まったぞ」

その言葉に周囲がどよめきだした。まだ何の知らせも着ていないのにと不審に思ったが、耳を澄ませると地鳴りの様な銃声がかすかに聞こえて来た。

「俺の式神が敵さんの偵察をして来たんだが、やっぱりいるぞ鳥羽に……」

「雪か! 雪がいるのか鳥羽に!」

 鳥羽の方を見るが、見えるのは薄暗い夕方の空だった。もう日暮れだと言うのにこんな時間に戦いが始まるなど思っていなかった。だが鳥羽に雪がいるならば、行かなくてはならない、あんな状態の雪をこのままにしてはいけない。

「葛葉、俺を鳥羽につれて行って――――」

 そう口を開いた時だった、轟音が響いた。

 それが何なのか分かる前に、大きな揺れがやって来た。立ってはいられないその状況で、龍久はこれが何なのか理解出来た。


「……大砲か」


 伏見奉行所を占拠していた新政府軍がとうとう砲撃して来たのだ。

 まるで鳥羽との戦いと呼応する様に、伏見でも開戦したのだ。

「ちっ、おめぇら全員戦闘準備だ!」

 土方の怒号と共に、新選組は一斉に動き出した。戦い慣れている京都守護職の会津兵と共に砲弾の雨が降り注ぐ中、大砲を準備する。

 龍久も会津兵と共に大砲を移動させるが、すぐ傍で砲弾が炸裂する。

 戦争が始まったとようやく実感できた。だが禁門の変とは全く違う、なんとなく嫌な予感がしてならない。

「撃てぇ」

 土方の号令の元、幕軍の反撃が始まった。何一〇発の砲弾が新政府軍に向けて放たれた。

 しかし、どれも陣まで届かず、地面へと落ちて行った。

「駄目だ、敵の方が高台にいるんだ、こんな大砲で当たる訳がねぇだろう」

 新政府軍が布陣していたのは、伏見奉行所よりも高い丘だ。その高さでは大砲の弾が届くはずも無かった。

 葛葉の冷静さが、今だけは腹立たしかった。敵の砲弾はこんなにもこちらに届いていると言うのに、こちらのは一つも届いていなかった。

 敵の陣も力の差を高い所から見せつけている様にしか見えなかった。

「撃てぇ、撃てぇ撃てぇ!」

 土方の号令だけが、砲弾の音にかき消されながら響くだけだった。



 新政府軍は鳥羽で、桑名藩や京都見廻組で構成された本隊を迎え撃った。

 一万五〇〇〇の幕軍に対して、新政府軍はたったの五〇〇〇。数で圧倒的に勝る幕府軍は、少し脅してやれば彼らが道を開けて京都へと入れると考えていた。

 しかし新政府軍は退かずに、発砲して来たのだ。

 新政府軍が使う銃は、英国の破棄寸前の品であったが、それでも圧倒的に命中精度と射程距離が勝っていたので、幕軍の銃が届かないはるか遠くから発砲して来たのだ。

 二発に一発は弾丸で幕軍の兵が死ぬ。だが、数では勝る幕軍は勢いだけでその弾幕を打ち破り、一部はかなり進撃をして来た。

「討ちとったりぃ!」

 幕兵が敵の政府兵に向けて刀を振り降ろす――が、男の腕は無くなっていた。

 一体何があったのか分からないままの幕兵だったが、ただ眼前に、政府兵の後ろに白髪の少年がいる事だけは分かった。

 幕兵の腕に激痛がやってくるその前に、その首は跳ね飛ばされた。

 噴き出て来た血が、周囲に飛び散り政府兵の顔や手足に付着した。そのあまりの気持ち悪さに、命を助けられた礼ではなく絶叫を上げた。

「ふふ、あはははっ」

 だがもはやそれにはどうでもいい事だった。

 口の両端を広げて、ただ恍惚とした頬笑みを浮かべている。今しがた人を殺したというのに楽しそうに笑っているのだ。

「おっおのれぇ!」

 すぐ様仲間の仇を取ろうと幕兵が斬りかかるが、 その太刀筋は全て見切られて半身を引いただけで避けられてしまう。

「あはっ」

 至極楽しそうな笑みを浮かべながら、村正を振るい腹を切り裂いた。血と共にいくつかの腸が露わになるが、それでも笑みが崩れる事は無かった。

「ふふっあはははは、あははははははっ」

 そう高らかに笑いながら、村正を振るい攻め込んでくる幕兵に向けて駆ける。

「ひいっ」「ぎゃあ」「ああっ」

 胸を貫き、腕を切り落とし、眼を潰し、腸を引き出し、指を千切り、肉を削ぎ落とす。幾ら攻撃しても幕兵の刀は届かないのに、村正の攻撃だけは鋭く突き刺さり、確実に命を奪っていく。

 返り血で仮面が赤くなっていたが、そんな事お構いなしに足元に転がっている幕兵に向けて、二度三度と村正を振り降ろした。

 その度にもはや息も無い屍が動く。切っ先が神経に当たって、まるでのたうちまわっているかのように動いた。

「あははははっ、あはっあはははははっ」

 一体それの何が楽しいのか、幕兵にも政府兵にも分からなかった。

 それを本陣から見ていた西郷隆盛でさえも、全く持って理解出来なかった。ただそのあまりの惨さに顔をしかめる事しか出来なかった。

「坂本どん、あんたは飛んでもなかもんを残して逝ってしもた……」

 返り血は顔にもべったりと付いていて、その光景に誰もが恐れた。

 口の端に着いた血はまるで人でも食ったかのように滴って落ちた――。


 そこにいるのは正に、一匹の『夜叉』であった。




 伏見奉行所では、熾烈な戦いが繰り広げられていた。

 大砲が届かない事を悟った土方は、決死隊を募り名乗り上げた者共を新八に率いさせた。恐れを知らぬ新選組と会津兵達が、新政府軍の陣へと一斉に襲いかかる。

 夜の闇の中明かりの炎だけを頼りに、新八は土塀を乗り越え奇襲を決行した。

 闇に乗じ斬り合いが始まった。その戦いぶりは会津の兵も舌を巻くほどだった。

 だが、そんな新八でさえ歯をガチガチと鳴らしながら腹の底に己の怒りを溜めていた。

「くそう! なんでうごかねぇんだよあいつらは!」

 どれだけ叫んでも、新八の言葉は当人達には届かないのである。

「くそったれの臆病ものどもめぇ!」

 そう、幕軍には全く届かないのである。



「早く兵を動かせって言ってんのが分かんねぇのか!」

 土方は怒りの限界を迎え、幕府の重役共にもこのような口をきいていた。

 もはや上も下もあった物でもなかった。龍久も土方が話していなければその様な口を利いたかもしれない。それほど彼も怒りを抱いていたのだ。

「ふざけんじゃねぇ、今うちの部下がてめぇらの命賭けて敵陣に斬り込んでんだぞ! それなのに、援軍を出せねぇってどういう事だ! こんなにいるじゃねぇか!」 

 幕府の別動隊は、全くもって動かなかった。本来なら主体となって動くべきの幕兵達が動かずに、こうやってせっかく新選組が造った機会を潰してしまっているのだ。

「しっしかし、此処にはその決定権を出せる者はいないんだ」

「じゃあどこにいるってんだ、出しやがれそいつを!」

 今にも胸倉を掴みそうな土方、何か余計な事を言えばきっと手を上げるに違いない。

「淀におられる、今軍議の真っ最中だ!」

 軍議、こんな戦の真っ只中に軍議とは聞いてあきれる。今まさに目の間の敵と戦わなければならない時に、その様な事無用である。

「くそったれ、今は会議より戦だろうが、何を考えてやがるんだよ上はぁ!」

 今の彼は正に『鬼の副長』にふさわしいほどの形相をしている。だが龍久も同じ気持ちだった。

「土方さん、此処はやっぱり俺達が援軍にいくべなんじゃ?」

「せっかく新八達が造った突破口を無下に出来るか!」

 そう言ってすぐにでも進撃しそうな彼に龍久も続こうとしたのだが、再び大砲が放たれて、それが庭にあった明かりを直撃した。

「うわあっ」

 火の粉は龍久の傍まで振りかかったが、それでも火傷はしなかった。

「大丈夫か龍久」

「えっええ……なんとか――ああっ!」

 明かりの炎は、奉行所へと燃え移っていた。

 乾燥した空気によって、火の粉は一気に火柱へと変わって行った。

「くそっ、水持って来い!」

しかし炎の回りが早く更に邪魔する様な砲弾の雨のせいで、消火などとても出来た物ではなかった。

「もう駄目だ、逃げろぉ!」

 誰かがそう言うと、皆一斉に奉行所の外へと逃げ始めた。ごうごうと燃え盛る炎のせいで、此処だけ昼間の様に明るくなっていた。

「馬鹿野郎、逃げるんじゃねぇ!」

 土方がそう言って制止するが止まる者などいなかった。

 皆混乱して気が付いていないのだ、炎によって自分達の影が照らし出され、敵に狙い撃ちにされている事に――。

 幾つもの銃声が鳴り響き、それと同じだけの悲鳴が上がる。

 天下の将軍の軍が、まるで狂った蟻の列の様に逃げ惑う事しか出来なかった。

「くそう、天下の徳川の軍がこんな……」

 悔しくて思わず口をついて出てしまった。龍久は元々旗本の人間だ、幕軍がこんなにも無ざまにやられているのを見て黙っていられなかった。

「土方さん!」

 斬り込みに行っていた新八が、原田と斎藤共にやって来た。どうやら無事だった様だ。

「すまねぇ……沢山仲間を死なせちまった」

 自分の不甲斐なさを悔いている様だ、彼は命を掛けて斬り込みに行ったのだ、誰が責められると言うのだろうか。

「もう奉行所は駄目だ、撤退しましょう土方さん」

 原田がそう言うが、土方の表情は渋い。だがやはり拠点が燃えてはどうしようも無い。

「一旦淀まで引くぞ!」

 土方の号令で、新選組は走り出した。しかし、炎によって姿は丸見えで非常に危険だ。

「駆け抜ける、おめぇら遅れをとるんじゃねぇぞ」

 龍久は必死に食らいつく様に着いて行く。会津兵と共に土方を先頭にして殿を原田が務めた、龍久の九番隊も必死に走って行く。

「こりゃ飛んでもねぇな、頑張れよ龍久」

 葛葉が余裕そうに龍久の隣にやって来た。式神の体は疲れを知らないのだろう。

 龍久はふと後方に視線をやった、沢山の会津兵や幕兵、仲間たちの屍がそこにはある。つい昨日まで暮らしていた奉行所も燃えている。

 まるでそれが今の幕府を象徴している様で、眼もあてられなかった。

(……どうなっちまうんだよ、俺達)

 今はただ、必死に淀へと走るしかなかった。

 今は逃げる事しか出来なかった――。


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