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雪華散りゆき夜叉となりて…  作者: フランスパン
第二部 京都編 新選組
27/74

二六話 ……夜叉となりて


 一二月七日。

 龍久はこの日、任務で天満屋に来ていた。

 内容は紀州藩士三浦休太郎の護衛であった。紀州藩は今年の四月に『海援隊』の船いろは丸と衝突事故を起こし、多額の賠償金を支払う事になった。

 これにより、坂本龍馬の暗殺を『海援隊』や『陸援隊』などに疑われ、新選組に護衛を申し出たのだった。

「龍久鎖帷子を付けておけ、いつ何時敵が来るかわからないからな」

 斎藤がそう言って帷子を手渡して来た。本来この任務に龍久は付くはずではなかったのだが、土方と近藤に何度も頭を下げて無理矢理入れて貰った。

 志願した理由はただ一つ、これが坂本龍馬の仇討ちだからだ。

「…………海援隊の奴ら着ますかね」

「分からん……だが龍久ぬかるんじゃないぞ、あそこにはお前の恋人がいるんだろう」

「ちっ違います! 恋人じゃないです!」

 斎藤の思いがけない言葉に龍久は赤面しながらも武装を整えて行く。隣には既に出来上がった三浦や一部の隊士達もいる。斎藤の命令を無視して、皆だらけている。

「ほんとだよなぁ、全く最近の若い奴はたるんどる!」

 そう言っているのは、平然とどら焼きを食べながら寝転がっている葛葉であった。一番くつろいでいる奴が何を言っているのだか。

「葛葉ぁ、お前ここに居て大丈夫なのか? 土方さんに知られるとどやされるぜ」

「へっ、鬼が怖くて陰陽師やってられるかっての」

 なぜか葛葉も一緒に天満屋に居た。なぜだか珍しく自分も手伝うと言ってくれたのだ。

(……葛葉がここに来たって言う事は、また何かあるのかな)

 結局あの後、葛葉に付いて詳しく聞く事は出来なかった。だが、アレから特に変わりなく葛葉とは友達として付き合っているので、あまり気には留めなかった。

「そう言えば、葛葉殿は以前の三条大橋や島原の時も龍久と連れだって、新選組の大事には必ずいたが……これは一体どういう事だ?」

「どういうって偶然だろう、偶然」

「島原に関しては……まあ遊びとしても、三条大橋については納得いかぬな、説明願おう」

 斎藤は非常に強い姿勢で葛葉に言う。屯所内でもこの二人が話す事は滅多になかった、葛葉は彼の事も土方と同じで何処か避けていた気がする。

「……正直に言ったらどうだ? 俺をどこぞの間者とでも思ってんのか?」

「…………少なくとも俺と副長はそう考えている節もある」

 まさか斎藤と土方が葛葉を間者として疑っているなど、驚きだった。

「別にあんたらに疑われた所で俺はかまわねぇけど……、斎藤さんよぉあんたは一体何時まで土方の傍に居るんだ?」

「……どういう意味だ」

「なあに、そろそろあんたも自分の意志を持って行動しても良いんじゃねぇのか?」

 葛葉の言っている事は相変わらず意味が分からなかった。土方の傍に居て何が悪いのだろうか、彼が嫌いだからそんな事を言っているのだろうか、龍久は首を傾げた。

「何を言っている、俺は何時だって自分の意志で――」

「おっと……お客さんだぜ」

 そう言って葛葉が入口を指差したその時。


「三浦氏は其許か!」


 恨みの籠った男の声だった。十余名は居そうな男共が我先にと三浦の首を取らんと上がり込んで来た。

「あいな!」

 叫び声と共に三浦は頬を斬られた。すっかり出来あがっていた彼に俊敏な動きなど出来るはずも無く、男はすぐに刀を振りかぶる。

「覚悟ぉ!」

 三浦が死覚悟した時、斎藤が男の腹目がけてその正確な太刀筋が振るわれた。崩れ落ちる男を見下ろしながら、斎藤は三浦を立たせると自分の後ろに庇う様に追いやる。

 だが新選組は完全に油断しており、この襲撃に遅れをとって、幾人かは既に傷ついていた。このままでは全員斬り殺されてしまう。

「おい葛葉、お前陰陽師だろうなんとかしてくれぇ!」

「こんな時に陰陽師頼るなよ……まぁ俺もあんまり死にたくねぇし」

 葛葉そう言うと、人差し指と中指で刀印をつくった。

「波ァ!」

 力の籠った掛け声と共に、部屋の燈火が消えて一瞬にして真っ暗になった。これでは敵も味方もあった物ではない。

「これじゃあ俺達までみえねぇだろう!」

「ははっ、三十六計逃げるが勝ちと言うだろう!」

 それを言うなら逃げるに如かずである。だが、確かにこんな酔っぱらった隊士共で何が出来るとは到底思えない。葛葉の言うとおり、此処は三浦をすぐ傍の屯所まで逃がして援軍を求めるのが最もの策に思える。

「斎藤さん此処は一旦退きましょう、三浦氏を屯所まで避難させましょう」

 どうやら斎藤も同じ考えだった。二人は手探りで闇の中を這って階段へと向かった。

 だんだん闇の中でも目が慣れて来て、走れるぐらいにはなった。

 店から出ると幾人かの隊士もそれに続いたが、海援隊も降りて来た。

「龍久、此処は俺が引き受ける、三浦氏を連れて屯所まで退くんだ!」

 斎藤はそう言って三浦を預けると海援隊と向かい合う。龍久も急いで屯所へ向かおうとしたのだが、どうも胸騒ぎがした。

 今どうしてもここを離れてはいけいない様なそんな感じがした。

「……へぇお前も分かる様になったな龍久、上だぜ」

 葛葉の視線は天満屋の屋根を向いていた、そこには人影があった。

 夜の闇を切り裂く様な白い肌と髪に西洋の仮面。それが視界に入った瞬間に、龍久は理解した。


「雪だ!」


 雪は屋根から飛び降りると、斎藤に向けてその刃を振りかぶる。

「斎藤さん、上だ!」

 龍久が叫ぶと斎藤も上からの急襲に気がついたが、既に目の前の海援隊と斬り結んでいる最中だったので、反応が遅れた。

 斎藤の背中を両断しようと、雪はその村正を振り下ろした――。


 金属音が周囲に響き渡った。


「……やめろぉ、雪ぃ」

 龍久は、鞘におさめたままの刀で雪のその一撃を受け止めていた。だがかなり強い一撃だったので、腕がじんじんと痺れた。

 雪はまるで天狗の様に後ろに飛んで間合いを取った。

「雪、頼む話を聞いて――――」

「中岡さんが死んだ」

 龍久の言葉を遮る様に、雪がそう言った。その言葉の雰囲気は、お時が死んだ時と全く同じだった。

「……龍馬も死んだ、死んじゃったんだ、私が守ると言ったのに、私が龍馬と一緒にこの国を変えようと約束したのに、ちゃんと見届けると約束したのに……龍馬が死んだ、死なせてしまった」

 仮面を付けていても分かる、今雪は泣いているのだ。あの時と同じ様にずっとずっと泣いていたのだろう。

「せっかくこの国は変わる機会を得たのに、女がもっと自由になれる国を造れるはずだったんだ……もう、お時の様な人が死ななくてもいい国が造れるはずだったんだ……それなのに、龍馬が……死んでしまった」

 雪の言葉の一つ一つが苦しい。皮膚にささり肉を抉る様に全身が痛んだ。

「たった一つの希望だったのに……大切な希望だったのに……死んだ」

 その姿はあまりにも哀れに思えた。

 大切な人を失う気持ちは、平助を殺された今の龍久には痛いほどよく分かる。きっとお時が死んだ時の雪もこんな気持ちだったんだろう。

「龍馬を殺した奴を鱠斬りにしてやる!」

 そう言って、三浦に視線をやる。今の雪はまずい、辻斬りを殺した時と同じ様に何をしでかすかわからない。今ここで止めなくてはいけない。

「三浦さん早く屯所まで逃げるんだ!」

 そう叫ぶと三浦は紀州藩の者と共に屯所へ向けて掛けて行く。すぐにその後を追おうとする雪だが、その前に隊士が二人立ち塞がる。

「退けぇ!」

 怒鳴る雪だが、隊士は一歩も退きはしない。しかしそれが不味い、すぐに退く様に命令し様としたのだが遅かった。

 鋭い突きが、隊士の右胸に突き刺さる。雪はそのままそれを右に振りきる。

胸を裂き、腕を断った村正は、そのまま隣の隊士の腹を引き裂いた。


 雪は二人の隊士を切り捨てた。


 内臓と血を飛散させながら崩れ落ちる仲間を、龍久はただ見ている事しかできなかった。

 援護も止めに入る事も出来ない、たった一瞬の事だった。

「あっああ、ゆっ雪ぃ!」

 とたんに口が酸っぱくなった。胃液が逆流するのを感じた。

 こんな現場何度も立ち会ったはずなのだが、この時ばかりは違うこれをやったのは雪なのだ、雪が殺したのだ。

「お前達は引け! ここは俺がやる」

 一般の隊士では太刀打ちできないと悟ったのか、斎藤が雪の前に立ち塞がった。

 新選組の中でも三本の指に入るほどの腕前を持つ斎藤。だが相手はあの沖田さえも敵わなかった雪だ、しかも今の彼女はあまりにも危険な状況だった。

「斎藤さん!」

「来るな龍久! お前に恋人を斬らせる訳にはいかない」

 だから恋人ではない。雪はもう三浦を追う事は出来ないと判断したのか斎藤に村正を向けた。とても珍しい、左利き同士の戦いとなった。

「はあああああああっ」

 先に動いたのは斎藤。顔面目がけて突きを繰り出すが、雪はそれを頭を動かすだけで避け、村正を首目がけて振るう。しかし斎藤は刀を振りかぶり無理矢理村正を叩き落とした。

 日ごろ双方共に右利きの剣士と戦っている故、左利きの剣士と戦うと言うのはなれない物だった。つまり先に左利きに慣れた物が、この戦いに勝するのだ。

「二人とも止めてくれ!」

 龍久の言葉など、真剣勝負の二人に届くはずも無かった。

 言葉だけでは駄目なのだ、行動に起こさなければと思い刀を抜こうとしたのだが、それをそっと葛葉が止めた。

「龍久その必要はないみてぇだぜ」

 その言葉と共に、明かりが見えた。

「斎藤君、龍久君大丈夫!」

 沖田がやって来たのだ。雪の姿を見ると楽しそうに微笑んだ。

「君、あの時の人だね……ずっと君を斬りたいって思ってたんだよね、ちょうどいいや」

 意外な援軍に少し驚いたが、雪は彼の姿を確認するとそちらを向いた。

「たった一人で援軍なんて、馬鹿にしてるな」

「そうでもないよ、すぐにあの怖い副長が来るからね、その間に君の事斬ってあげるよ」

 どうやら勝手な行動の様だ。そうでなかったら土方がこんな所に彼を寄越すはずがない。

「雪殿! 新選組が来る急いで撤退するんだ」

 天満屋から出て来た海援隊のまとめ役がそう言った。だが雪は振り返る事もせずに、ただ眼の前に居る沖田と斎藤を見つめるばかりだった。

「雪殿、なにをしてるんだ!」

「……陸奥さん、皆を連れて行って下さい」

 そう返した雪の声はとても冷え切っていた。まるで生気を感じさせない声だった。

「今まで有難うございました、此処は私がなんとかしますので逃げて下さい」

 その言葉が意味するものを察すると、海援隊を率いて逃げて行く。すぐに追おうとする隊士もいたが、雪はそんな隊士に向けて威嚇射撃をした。

「これより後ろに行きたくば、私を倒してからにしろ」

 皆雪の実力を恐れていた。斎藤と互角に戦っていた彼女に勝てるとは思えないのだ。

 だが沖田はそんな彼女の前にやってくる。

「嬉しいよまたこうやって会えてさ、あの時のお礼をしなきゃって思ってたんだ」

 刀を向けるが雪はそれをどうとも思っていないのか、沖田をまともに見ようとさえしなかった。

「余裕もそこまでだよ!」

 沖田は踏み込むと、雪に向けて思い切り振りかぶる。雪はそれを半身引いただけで避けて見せる。すぐに沖田は刃を返して更に斬りかかるが、それも避けられる。

 それから幾度も攻撃するが、雪は反撃せずにただ避けてばかりだった。

「どうしたの、反撃しないと殺しちゃうよ!」

 いくら挑発しても、雪は反撃しない。全部ただ避けるだけだった。

 反撃してこない雪に痺れを切らした沖田が、痺れを切らしたのか、三段付きの構えをした。今度は前よりもずっと強くてずっと早く繰り出した。

 しかし――それは雪の眼と鼻の先で止まった。あと一数も動かさば彼女の頭に風穴があくはずなのだが、切っ先は止まっていた。

「ごほっ、ごほごほっ」

 沖田は突然咳が止まらなくなった。あの何時ものかすれた咳だ。

 苦しそうに咽る沖田を見下ろする雪は、まるで道端に落ちている石ころにでも話しかける様に、感情の無い言葉を投げかけた。


「お前、労咳か?」


 その言葉に龍久は我が耳を疑った。労咳、雪は間違えなくそう言った。

「沖田さんが……労咳?」

 一度かかれば治る事はない死病。それにこんな身近な人が掛っているなど誰が思うだろうか、それがあの天才剣客とまで言われた沖田総司に限って――。

「違う……僕は、労咳なんかじゃない……」

「もう熱も下がらないんだろう、それに随分血を吐いてるじゃないか」

 沖田の手には血が付いているそれもかなりの量だ。現実を受けれいていないのか、沖田は血のついた手を地面に擦りつけて落とそうとした。

「違う、違う、違う……僕は、僕はぁ」

 いつもの笑顔は何処かへ消えさり、死病への恐怖に支配されていた。こんな彼を見るのは初めての事だった。

「興が醒めた」

 雪はそう言うと沖田など見えていないかのように、彼の横を通り過ぎようとした。

「待て! 殺せ、僕を殺せぇ」

 雪の足を掴んで、沖田はそう叫んだ。その姿は到底新選組の沖田とは思えないほど、見ていられない物だった。

「お前はそうやって地面でも這い蹲って、労咳で徐々に命を削られながら死んでゆけ」

「嫌だ嫌だぁ! 殺してくれ、今ここで、戦場で僕を――ごほっ、ごほっ」

 雪の足さえ掴めぬほど酷く咳き込む沖田。雪はそんな彼をただ見下ろすだけで村正を振るおうとはしなかった。

 それが戦いだけで生きていた沖田の最も恐れる死に方だと、知っているから。

「剣を振るえぬ武士なんて、もはやただの錆だな」

 雪は沖田の手を振り払うと、もはや何の興味など無い様に歩を進める。もはや彼にはそんな彼女を止めるだけの力さえも残っていなかった。

「さあ、誰が来るんだ?」

 そう挑発的に言った時だった。沢山の明かりがこちらに向かって走ってくる。そして聞き覚えのある声もやって来た。

「大丈夫か、斎藤、龍久、総司!」

 土方が十数人の隊士を連れてやって来た。だが、既に海援隊の連中に逃げた後で、この場に居るのは雪一人だけだ。

「ほう、三浦が言ってた化け物ってのはお前だったか」

 明かりを部下に託すと、土方は兼定を引き抜き雪に向けた。だが同時に雪の足元に倒れている沖田と、彼女に斬られた二人の隊士が抜きに入って来た。

「総司、船津、宮川……てめぇがやったのか」

 仲間を斬られた土方の怒りは計り知れない。だがそれは雪も同じだった、島原の時とは状況が違う、どうなるか全く分からない。

「三浦は屯所か、なら屯所に行こうかな」

 簡単に言う雪だが、それを許すほど新選組は生易しくないし何より土方が絶対にそんな事させるはずがなかった。

「飼い犬が主人の仇取りに来たのか? だがな三浦が犯人だって証拠はどこにもねぇだろうが」

「ならお前達が殺したのか、龍馬をぉ!」

 雪は土方に向かって左から右に向けての斬撃を放った。だが土方もそれに応戦して兼定と村正は互いに噛みつく様に、ギチギチと金属音を鳴らす。

「あそこで死んだのは、所詮あいつがそこまでの男だったって事だろうが! この京都で暗殺ごときでガタガタいうんじゃねぇ、武士としての覚悟が足りねぇんだよぉ!」

「何が武士だ! 刀を振るう事しか出来ない輩が何を言うんだ!」

「武士が刀を振るって何が悪い!」

 土方は雪に向けて力強く振り降ろすが、雪はそれを軽々と避けると顔面に向けて突きを放つが、土方はそれを避ける。

「なぜ分からない! もう刀の時代は終わるんだ、武士の時代も差別の時代も終わりが訪れて、全部変わるんだ!」

「変わらねぇ! 例え何が変わろうと、俺達新選組は何一つ変わりはしねぇ」

 完全に二人の意見は対立していた。

 変わろうとする者。

 変わらずにいる者。

 どちらが正しいなど、この場に居る誰にも分からなかった。

「龍馬はこの国を変えようとしたんだ! 弱くてちっぽけなこの国を、強くて平等な国に造り変えようとしていたんだ! それがどうして分からないんだぁ!」

「はっ造りかえるだぁ、そんな事言っててめぇらが都合の良い様にしようとしてるだけだろうが!」

 雪が刀を振るえば土方がそれを受け止め、土方が刀を振るえば雪がそれを受け止める、もはや何人たりとも手出し出来ない状況がそこにあった。

 龍久はただ見ている事しか出来なかった、それほど手出し出来ない戦いだった。

「龍馬はそんな事しようとしていなかった、本当にこの国を良くしようとしていたんだ! なんで分からないんだ、どうして気がつかないんだ、この国が可笑しい事に!」

「可笑しいのはてめぇの頭の方だろうが! てめぇがなんと言おうとこの世に俺が、新選組がいる限り、てめぇらに好きにさせてたまるか!」

 土方が力強く振り下ろしたその斬撃を、雪は後ろに飛んで回避した。

 すぐに反撃に移ると思ったのだが雪は動かなかった。

「…………そうか、お前のせいか」

 澄んだ綺麗な声には、何もない様に感情が見えない。ただそれが皆に恐怖を与えた。何か嫌な事が起こる前触れの様な、そんな奇妙な静けさがあった。

「お前が、お前ら武士が変わろうとしないから、龍馬は死んだんだ」

 雪は自分から仮面を取った。色の薄い瞳がただ真っ直ぐに目の前の土方を見つめていた。

「……目覚めたか」

 葛葉が誰にも聞こえない様に、そう呟いた。

 それと同時に雷鳴が轟いた。雷雲など見当たらないのに、まるで天を二つに割る様に雷が光った。

「……雪?」

その光が無くなる頃、ひらひらと音も無く雪が舞い落ちた。

 雲など一つも無い、ただ美しい月の晩に幾つもの雪がただ落ちて来た。

「私はお前達を許さない、変わろうとしないお前達を絶対に許さない!」

 その変化は目に見える物として現われていた。

 雪の灰色の髪の毛が、まるで意志でもあるかの様に逆立ったかと思うと、徐々にその髪の色が抜けて行った。

 夢かと思うほど、その変化は唐突にやって来て終った。

 完全に白くなった髪は、月の光によって本当に美しく煌めいていた。

 だがその眼には憎しみと怒りしかなかった、他には何一つとして無かった。


「私は、『鬼』を殺す『夜叉』になる!」


 その途端に、強い風が一陣吹いた。

 雪が風に乗って飛んでいくそれは、まるで雪の華が散っている様だった――。

「鬼ぃ、お前を殺すのはこの『夜叉』ぞ、しかと覚えておけ」

 村正を鞘に納めると、雪は塀に飛び乗って宿屋の屋根へと上った。その動きはもはや人間ではなかった。

「ゆっ雪!」

 絞り出す様にそう叫んだが、雪はもう龍久を見る事は無かった。屋根から屋根に飛び移り、夜の京都の街へと消えて行った。

 その場に残ったのは、身を突き刺す様な冷気だけだった――。



 龍久は不安だった、雪が残した言葉が頭から離れなかった。

「……雪」

 これから何か嫌な事が起こる前触れの様な気がした。完全に白くなった雪の髪は、まるで彼女が遠い所へ行ってしまった証の様に見えて他ならない。

 龍久はただ残った雪をそっと手の上に乗せてみたが、呆気なく溶けてしまった。

「畜生……」

 悔しくてその手で拳を握った、何をどうすればいいのか分からない苛立ちだけが募るばかりだった。

 ふと顔を上げた時だった、路地の暗闇の中に人影があった。

「あっ――玉藻っ!」

 まるで闇にどうかする様に、玉藻はそこに居た。

 龍久が急いで刀を抜こうとしたのだが、いつの間にかその姿は無かった。

「……気のせいか?」

 しぶしぶと刀を納めると、龍久は土方の方へと歩み始めた。

 葛葉はそんな彼をただ見ているだけだった。

「……『特異点』が動く」

 そう言うと、ふと空に浮かぶ月を見上げる。先ほどよりもずっと美しく輝いていた。

「始まっちまったか……何もかも」

 葛葉は視線を龍久に移すと、彼には聞こえない様に小さく呟いた。

「……もっとお前とここに居たかったよ、龍久」




 薩摩藩邸では今後の行く末を決める会議が行われていた。

 沢山の男共が倒幕の話をしているのだが、それを止めたのは大きく開いた襖の音だった。

 驚く薩摩藩の面々の中には、西郷隆盛もいた。

「おはんは確か……」

 部屋に押し入る様に入って来たのは、一年前にここを訪れた護衛の少年だった。だがあの時とは違い様子が可笑しかった。

「私もあんたのやろうとしている事に入れろ」

 その声は澄んでいるにも関わらず、何処か恐ろしい物があった。

「武士を皆殺しにしてやる」

 そう言って狂った様に禍々しく笑うその姿は、まさしく『夜叉』であった。




 第二部 京都編 新選組完結でございます! 次回からは鳥羽伏見戦争が勃発します! 

 『夜叉』になると宣言した雪、彼女を思う龍久。

 そして葛葉と玉藻の目的とは?

 京都後編 京都編 鳥羽伏見が始まります! 更新は一一月下旬を予定しております。

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