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雪華散りゆき夜叉となりて…  作者: フランスパン
第二部 京都編 新選組
19/74

一八話 薩長同盟

 

 それから一〇日経っても、龍馬は現れなかった。

 だがこれ以上は待てないと会談が始まった。長州側は桂一人であるのに、薩摩側は西郷を含めて七人という事もあって桂にはあまりにも不利な交渉となった。

 どうにかして同盟の具体的な交渉をしたい桂だが、西郷らはあくまでもこれからの国の行く末、思想などの話をして両者の意見は食い違うばかりであった。

一月一八日に薩摩藩邸で行われた会談。

雪はその会談を聞いていたが、歯がゆいものだった。

 桂が具体的な事を話そうとすると、西郷やそのほかの者達に遮られ、話の方向を無理矢理変えられてしまう。対等な話し合いが出来ていない、それは雪にも分かっていた。

 もしも自分に、桂に味方出来るだけの力があれば、自身の無力さを嘆いた。

 だが、先ほどから西郷の視線がやけに痛い。睨みつける様に鋭い視線が肌に突き刺さる。

(……一体何なんだ、さっきから)

 雪はそれを不快に感じながらも、ただ黙って龍馬の到着を待つ事しか出来ない。

 だが、話は決着をつかないままこれでお開きとなってしまった。雪はしぶしぶ桂に続いて部屋を後にしようとしたのだが――。

「おはんは誰じゃっとな?」

 そう西郷がたずねた、たしか自己紹介は桂の口からされた気がしたのだが、向き直り改めて名乗った。

「私は坂本様と志を共にする雪という者で御座います。この度は桂様の護衛として――」

「違ご、なぜそげな格好をしちょっのか聞いている」

 それでようやく分かった。彼は自分のこの洋服姿が気に食わないのだろう。この白い肌も事情を知らない人間が見たら異人の様に見えても可笑しくはない。

「……これは私の命の恩人が用立ててくれた物です、幾ら西郷殿が何と言おうと着替えるつもりはありません」

 これはアルが造ってくれた大切な物だった。それを脱ぐなどアルを否定された様でとても不快な気分になった。

「こげな人を部下に持っなんち、坂本殿は正気の沙汰とは思えん」

「なんだとぉ」

 噛みつきそうな雪を桂が抑えた。こんな所でむやみに争うべきではないと彼の眼は言っていた。雪はしぶしぶ口を閉じて部屋を後にした。




「くそう、何やってるんだよ龍馬……」

 雪はふと独り言をつぶやいた。こんなに口を尖らせて怒っていると言うのに、肝心の男は今だ現れない。このままではまずいと思っていたのだが、自分が桂の為にしてあげられる事など無い。

 明日から一体どうすればいいのだろうと思い、隣の部屋に居る桂の元へと足を向ける。

「桂さん、失礼します」

 雪は断りを入れて部屋に入ると、すっかり寝巻に着替えた桂の姿があった。どうやら日記を付けていた様で、邪魔をしてしまったと後悔した。

 だが桂の傍にすっかり片づけられてまとまった荷物がある、これではまるで帰り支度だ。「桂さんまさか……」

 桂は眼を合わせようとはしなかった。まだ始まったばかりだと言うのに、たった一日しか会談が持たないなんて、あんまりだ。

「……すまんなぁ、雪殿がこの同盟を何よりも望んどるのは分かっちょる、じゃが薩摩のもんにわしから同盟をきりだす事はできん、それは長州の面子に賭けて出来んのじゃ……分かってくれ……雪殿」

 桂は哀しそうにそう言った。やはり無念なのだろうこの同盟は薩長だけではない、日本というこの国の問題にも発展していく事だろう。

(くそう……私に、私に出来る事があれば……)



 それから二日経った。

それでも龍馬はまだ現れなかった。もう大阪についていても可笑しくないはずなのに、雪は相当焦っていた。

 あの会談より二日、今だ二回目の会談が行われていない。

 なぜかと薩摩藩邸に使いを出しても、答えは薩摩より急な用事があった故というばかりだった。桂は会談に乗り気ではないし、何時この話し合いが終わっても不思議ではない。

 既に夕暮れ、明日までに龍馬が来なければきっと西郷は薩摩に帰り、桂さんも引き上げてしまうだろう。そんな事は駄目だ、絶対に阻止しなければならない。

「……桂さん、私龍馬を迎えに行きます」

 雪がそう切り出して、桂は少し苦い顔をした。そしてもうしばし待てば闇が来る街を見下ろした。

「日が暮れるまで待った方がよか、君の格好はこの街ではあまりにも目立ちすぎる、この街で目立つのはあまり良くなか」

 確かに京の街は広く様々な者達がいるので、目立つのが良くないのは分かるが、なぜそこまで警戒するのかが分からない。

「この街には『新選組』がおる、あいつらは戦いに飢えた猛者共の集まりじゃけ、気を付けた方がよか」

「新選組……?」

「わしはこの京で、池田屋という宿屋で奴らの討ち入り合ってな、屋根を伝って逃げた思い出がある……いらん争いは避けるべきじゃ」

 あの桂が此処まで言うのだから、きっと厄介なのだろう。雪はそれを肝に銘じて、日が暮れたのを確認してから、隣接する宿屋の屋根へと飛び移った。

 その様子を見た桂が驚いた様だったが、雪は気にしないでそのまま屋根伝いに大阪方面を目指した。

 日が暮れたといえども、西の方は赤から紫、紫から黒へと移り変わろうとしていた。

 空を見れば自分が屋根を飛び移っている光景が見られたかもしれない、だが今はそんな事に構っている暇はなかった、ただ人目の少ない道順で大阪を目指す。

(この国を変えるんだ、変えて見せるんだ!)

 雪はただその事だけを心に刻みながら、一心不乱に走った。

喉の辺りに血の味が充満しだしたがそんな事関係無かった。

足に激痛が走って何度も倒れそうになったがそんな事関係無かった。

ただ、唯一この国を変える事が出来る男の元へと走った。

(アレは――)

 京都の外れの方、だいぶ荒れ果てた原に幾人かの男共が見えた。その中に待ちに待った坂本龍馬の影があるの事を雪は見逃さなかった――。

「龍馬!」

 雪はすぐに駆け寄ろうとしたのだが、こちらに気がついた龍馬が叫ぶ。


「来るな、雪!」


 暗がりの中で、ようやく雪は龍馬が今多勢に襲われているのだと気がついた。

 八人はいるであろう男共は、皆抜き身の刀を持ち何時でも龍馬を斬り殺そうとしている。

 敵。雪はそう判断した。そうして龍馬の到着を遅らせていたのがこいつらだと言う事も理解した。

 この国の未来を左右する重要な事柄を、こんなどこの馬の骨とも知れぬ者達が邪魔している。許せなかった、雪は込み上げてくる怒りのままに男共へと向けて走る。

「ああああああああっっ」

 村正を鞘から引き抜き、龍馬に斬りかかろうとしている男の件を受け止めた。

「雪、何をしちょる、はよお逃げんか!」

 龍馬の言葉等聞こえないように、雪は目の前の男の足を蹴り飛ばして転ばせる。そして隣にいた男の左手を切り裂いた。

 男の悲鳴など聞こえないように雪は答えた。

「龍馬、桂さんも西郷も会談はこれ以上続けられないって、皆国に帰ろうとしている、同盟の話なんて全然進んでない、皆藩の面子とかそんな事を重視して大切な事を見てないんだよ!」

 雪は左から襲って来た男の攻撃をかわすと、男のふくらはぎに向けて思い切り村正を突きたてた。

「だから龍馬が行って目を覚まさせてよ! そしてしっかり同盟を結ばせてよ、約束だからね」

 そう笑って言った。

 この場で自分がしなければいけない事は逃げる事ではない、坂本龍馬という男を守り同盟を成功させる事だ。

「私は坂本と志を共にする者、名は雪、邪魔立てするなら容赦なく切り捨てる! 臆さぬならば掛って来い!」

 口上を述べ、村正を力強く握る。

 今の雪には自分がしなければならない事が良く分かった。坂本龍馬を守る事、薩長同盟を結ばせる事、この国を変える事、それが今成すべき事なのだ。

「きええええええいっ」

 威勢の言い掛け声と共に斬りかかってくる男。雪はそれを身を翻して避けすぐ様その肩を村正で斬り裂く。

 しかし――。

「なっ」

 男がその刀を握り締め、雪は身動きが取れなくなった。すぐに刀を抜こうとするが男の力は強く、女の雪では対抗できない。

「もらったあああっ」

 別の男が右から雪に向かって刀を振りかぶる。その反応が一瞬遅れ回避行動が間に合わなかった。

(しまった――)

 

 その時一瞬の眩い閃光と共に轟音が響きわたった。


「あっ――」

 雪の眼に映るのは、星明かりで照らされた龍馬。その手にある短銃からは硝煙がうっすらと天に向かって伸びていた。

「おまんはわしの大事な『ばでぃ』ぜよ、どんな時でも一緒ぜよ」

「龍馬……」

 なんて馬鹿な人なのだろう、自分を置いてとっとと会談を成功させれば良いのに、でも雪はそんな龍馬の決断が嬉しかった。

 そして再び思った、絶対にこの男を守り抜こうと――。



 薩摩藩邸。

「これ以上の話い合は無意味、帰っ支度をしもんそ」

 西郷がそう言うと、皆は明日に備えて帰る支度を始めた。

 しかし、夜の静けさを全く気にしない豪快な足音が近付いて来た。

 その時襖が開かれて、同時に大変大きな声が響いた。


「遅くじゃった、話し合いを始めるぜよ!」


 龍馬の突然の出現に、半ばあきらめていた薩摩の面々は驚いていた。

 だが雪はそれを聞いてほっとした。

(後は、任せたよ龍馬……)

 雪は廊下の壁に凭れかかりながら腰を据えた。

 そしてすぐに睡魔が襲って来た、龍馬不在で張り詰めていた緊張が彼の登場によって解かれ、疲れがどっと押し寄せる。

 それに気がついた龍馬が雪の頭を何度か撫でると、部屋の中へと入った。

 かくして、坂本龍馬によって薩長間での同盟は樹立した。

 慶応二年(一八六六年) 一月二二日の出来事であった。



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